いつもの青ヶ島泊地司令部。
一通の通信文が入電した。
メール等のネット回線が発達したため、今はVPN等仮想化技術を使った専用回線で網羅している。
通信が入電すると、電の使っている専用PCに、通知が出される。
だが、この通信文は、特別な意味を持っていた。
送信者は、横須賀鎮守府司令長官大垣守大将。
【艦隊名称変更及び、停泊地変更命令】
青ヶ島泊地を閉鎖する。横須賀鎮守府外郭独立艦隊は、中部警備府駐留艦隊に名称を変更する。
艦隊通称「湊ちゃん艦隊」は、引き続き用いること。
中部警備府駐留艦隊は、新設される中部警備府に、駐留場所を変更すること。
【辞令】
高梨湊
上の者を、中部警備府司令官兼駐留艦隊司令官に任ず。
駆逐艦電
上の者を、中部警備府総秘書艦に任ず。
また、少佐に任官する。
大村奈緒
上の者を、中部警備府防御指揮官に任ず。
また、大佐へ昇任する。
大村敬一郎
上の者を、中部警備府幕僚長に任ず。
高天原智子
上の者を、中部警備府総務部長に任ず。
また、中佐へ昇任する。
各務原裕二
次期陸軍大学への入学を命じる。また、少佐へ昇任する。
入学まで、陸軍幕僚監部付きとする。
また、現在青ヶ島泊地に在籍している軍属待遇者は、
中部警備府司令官付きとし、同司令官から改めて辞令交付するものとする。
【昇進辞令】
各務原結有
上の者を、軍属一等兵とする。
【配置転換】
青ヶ島泊地陸戦隊を、中部警備府防御隊に、配置転換する。
横須賀鎮守府外郭独立艦隊所属の艦娘を、中部警備府駐留艦隊に、配置転換する。
【泊地閉鎖について】
青ヶ島泊地閉鎖は、三ヶ月後を予定している。
それまでに、司令部移動を済ませ、監察部へ引き渡すこと。
「司令官!司令長官からの辞令なのです!」
電は一瞬、目を疑ってから、ばっと立ち上がって、プリントアウトした辞令を、慌てて司令官の高梨湊准将のところに持っていく。
「………」
湊は何も答えず、辞令に目を落とす。思いの外、と言うより、最初から解っていたかのように、静かだった。
―――――――
辞令交付前日。
彼女は、オフの日で、午前中は、東京に出かけていた。
湊は、閉店した後の居酒屋鳳翔を訪れていた。
「すみません、今日は暖簾を……湊さん?」
「夜分遅くに申し訳ありません、鳳翔さん、ちょっと真面目な話があります」
その言葉に、閉店後も居座っていた陸戦隊は、気を利かせて帰っていく。
静かになった、鳳翔のカウンターに座る。
「あなたにこのお店をお任せして、もう一年以上経ちましたね」
差し出されたお通しの余り一つと、日本酒久保田萬寿――奈緒が気を利かせて買い直してくれたーーの熱燗の徳利に、「頂きます」と礼を言いながら、
日本酒を注いで、一口飲む。
「はい。貴方に助けられたときから、貴方のお手伝いができて、嬉しいです」
「……でも、このお店も、もう長くなさそうです」
「えっ……」
驚きと、衝撃で、理解できない。という顔をする。
経営自体は健全で、開業時湊から借りたお金も、すべて返済済みだ……
「おそらく、この泊地は閉鎖になります。ここからは、現状の情報と内々のお話の総合的な判断ですが、私は、名古屋に行くことになります。多分、新設される警備府を、任されることになると思います」
「………」
黙って鳳翔は、続きを促した。
「おかしいと思ったんですよ。
「そう……だったんですね」
「この島は、再び、閑静な島嶼部の、一つの小さな村に戻ります。この土地は、軍が保有している土地を、軍の福利厚生目的で貸与しているものです。私達が立ち退いた後、店を閉めるか、場所を変えねばなりません」
その言葉に、鳳翔は、何か決意を秘めている表情を浮かべた。
「ですから、お願いです―――」
湊のその言葉を遮るように、鳳翔が口を開いた。
「―――私を名古屋にお供させてください」
「………ふふ、ふふっ……あははっ……」
その言葉を聞いた湊は、子供のように笑い出した。
「あーおかしー……鳳翔さん、ありがとうございます。そこで、今までは貴方一人で切り盛りしていましたが、名古屋では規模も大きくなります。実はですね~……」
そういうと、大型タブレットを鞄から取り出すと、名古屋復興計画地図というファイルを開く。
「ここが、警備府庁舎建設地です。 もうだいたい出来上がってるらしいです。ほら、私の母って、村上組の株主なんですよ。それで、こっから、少し歩いて、港湾駅カッコカリの前の商業ビル、一階部分ですけど、ここ、押さえてあります」
「………は?」
何を言ってるの?この子、という目で、湊の顔を見る。
「……新・居酒屋鳳翔 やりましょう!」
「………湊さん……」
持っていた手ぬぐいで、涙を拭いながら、笑みを零す。
「で、ここからは、大ごとですよー。ここは、マックス70人、しかも、艦娘の手伝い付きで回してきましたけど、
やっぱり、目の前の湊は、子供っぽい笑顔で、頬杖をついている。
「おいで、キヨシー」
「キヨシーはよしてくださいよぅ」
そう言いながら、私服姿の元清霜―霜月清美ーが入ってくる。外で待っていたのだろう。
「清霜ちゃん……」
そう。居酒屋鳳翔は、この三人から始まった……
―――――――――
鳳翔は、片桐の虐待を、一番多く受けていた。
皆を守ろうとして……
そして、一番深い傷をおった。艤装を
艤装というのは、代わりはない。
ハワイ大戦時に、艤装が完全破壊された木曾と最上が、
そんな中、毎日毎日、片桐の配下に汚される日々を送っていた。
救われた彼女は、当初はこの村唯一の医師のもとで預けられていた。
この村の医師は、放射線科以外なんでも出来ると豪語している医師で、中央の、
山村英美子という医師。片桐准将の統治下では、軟禁状態にされていた。軍医がいるからお前はいらない、でしゃばるな、と。
彼女による診療と、静養による療法で療養させていた。
湊が、第3艦隊の艦娘に暴行を受けた時―――湊は決して、命令プロトコルを使わなかった――ー治療してくれていた。
「あんたね、身体は一つなんだから、大事にしなきゃいけないよ」
と、説教しながら。
その頃も、鳳翔は離れの病室から、一歩も出ることができないでいた。
そんな中、半年くらい経った頃だった。
「高梨ちゃん。ちょっと相談があるんだけど、良いかねぇ?」
電話で呼び出された彼女は、電に司令部を任せると、すぐに医師の元に向かった。
その頃には、艦娘達の施設もでき、第1艦隊の立てこもり、第3艦隊の反逆もなくなり、少しずつ、湊のことを認めてくれている頃だった。
そんな中、清霜は、第2艦隊でサボタージュをしていた、と居場所が少なくなっており、山村医師の手伝いをさせていた。
山村医院にたどり着くと、
助手をしている清霜と、ベッドに座っている鳳翔、椅子に座ってお茶を飲んでいる山村医師が待っていた
「お待たせしました」
「はじめまして、鳳翔です」
暗い顔をしていた。湊の、彼女に対する、最初の印象だった。
「作業療法って在るじゃない?わたしも年じゃし、最近食事を頼んでおるんだけどねぇ、それがもう、美味しくて美味しくて。働くことで、療養していっても良いかな、と思うのよ」
湊は、少し考えた顔をする。
「分かりました、こうしましょう。軍の土地を提供します。この辺は、司令官カッコカリの権限でなんとかなります。只じゃないですけどね。その他はわたしが出資します。鳳翔さん、居酒屋、やりましょう!」
「え!?!?」
目を白黒させている鳳翔に、湊は、子供っぽい笑顔を浮かべる、山村医師は、この子の笑顔が、閉ざされた艦娘達の心を開いていったのか、と思いながら。
「最初は試験的営業で、お客は、艦娘達だけでやりましょう。この段階は、
「でも、失敗したら……」
そう言って、断ろうとする鳳翔の両手を、湊は握っていた。子供のような笑顔のまま。
「大丈夫。失敗したら、責任を取るのが『オーナー』のわたしの仕事です。成功したら、出資金は返してくださいね。出資金を全額返していただいたところで、
「………」
決断に困った鳳翔に、山村医師が口添えをする
「手伝いなら、この清霜にさせればいいよ。こっちは、私一人で十分だからの」
「なんでも、申し付けてください!」
その上から、両手を置いて鳳翔を見つめる清霜。
「……やって……みます」
その言葉から始まった。
湊は、昼間は司令官の仕事をして、夜は、山村医院の小部屋を借りて勉強会。
食品衛生関係や、経営関係、山村医師は、村人で詳しい人間を、何人も紹介してくれた。
そして、湊は、何度も過労で倒れかけ、山村医師に叱られる。
こうして、開業日を迎えた。
「皆、来てくれるかしら?」
心配そうな鳳翔に、
「大丈夫!湊提督が連れてきますよ!」
と元気づける清霜。
開店の時間18時。
ガラガラ
「おっす!来てやったぜ!」
明るい天龍の声、その後ろには第六駆逐隊に吹雪、雪風。
一斉に、カウンターに腰掛ける。
「いらっしゃいませ!」
笑顔で、声をかける鳳翔に、ちょっと居づらそうな清霜。
天龍が、自分の隣の、空いている椅子をぽんぽんと叩いて、清霜を手招きする。
その間に、作り置いておいた、お通し、お刺身のヅケを出していく鳳翔。
ちょこんと座る清霜。
「お前よ、よく頑張ったな。中立を守って、オレ達が衝突をしねえようにしてくれたんだって?」
「え、いや、その」
清霜が、訂正しようとするも、
「照れんな照れんな、今日はしっかり、店員頑張れよ!」
「は、はい!」
その後長門達が、湊を連れてやってきた。
「今日はよろしく頼む。雪風以外の第3艦隊の子達は、今日は、哨戒を買って出てくれた。明日来るそうだ」
「お腹が空きました」
「ここは譲れません」
第1艦隊の長身組が、湊を挟んで座敷席に座る。
「あー、電が
と、湊の膝の上に飛び乗る。
「あらあら」
と、笑いながら座敷席に座る。
「あたしと大井っちは、そこのテーブル席ね」
「一緒に酒を酌み交わしましょう!北上サン!」
一気に賑やかになった。
「追加のお酒、ちょっとお待ちをー!!」
清霜も、鳳翔も、てんてこ舞いになりながら、それでも笑顔で働き続けた。
「司令官、寝ちゃったのです」
「さっきから、ハイペースで飲んでましたからね」
皆が湊の顔を覗き込む。幸せな顔をして、電を抱っこしながら、壁に寄りかかって眠っていた……
その後、清霜は、終戦と共に、軍を去った。
鳳翔に告げることもなく。
そして山村医師も、鳳翔の立ち直りを見届けるように、そっと息を引き取った。
居酒屋鳳翔が、軌道に乗りだしてすぐだった。
「葬式はいらん。高梨ちゃんと、清霜と鳳翔と―――愛弟子一名に見送られるだけでよし」
という遺言通り、広島総合病院の、消化器外科の副医長をしている、
そして、平林医師の語る山村医師の思い出話を聞きながら、居酒屋鳳翔で、夜遅くまで飲み明かした。
湊は、この平林虎子という女性が、
遠い先のことになるだろう……
―――――――――
「翌日は、頭痛いし、補佐官の子に、酒臭いって言われるし、散々でしたよ」
「あはは、そうでしたね」
苦笑いを浮かべながら思い出す湊に、笑いながら清霜が答える。
「さて――鳳翔さん」
「は、はい」
背筋を正して湊を見ると、清霜も背筋を伸ばす。
「今より、この三人で、『新・居酒屋鳳翔』計画を始動します」
「はいっ!」
鳳翔は、飛び切りの笑顔を浮かべた。
「和の鳳翔さん、フレンチのキヨシーがいれば、新しいスタイルの居酒屋も、夢じゃないですね?」
「あはは、調査部で潜入捜査した時の一年と、軍やめて、半年ちょっとですけどね」
清霜が、謙遜しながら答える。
「私だって、一年半です。まだまだこれからです」
「それで、湊さんは、
「そうですが?」
子供みたいな笑顔のまま答える。唖然としたまま、言葉の出ない清霜。
「では、よろしくお願いします。鳳翔さん、ざっとレイアウト考えたので、目を通しておいてください。ファイルに開店費用とその他諸々があります。銀行の融資は、一応、話は通ってます」
「あらあら……最初からついてくることを、解っていらしたんですね?」
「はい。信じてました!」
力強く答える湊に、笑顔で返す。
「さて、キヨシー。ちょっと散歩に行きましょうか?私は、これで帰りますね」
「は、はい」
清美が連れてこられたのは、庁舎の階段下の、小さな扉。
「………」
「さて、答え合わせをしましょうか?」
真顔になって、清美を見つめる。
「貴方が――『草の者』だったんですね?」
「……はい」
「貴方のお陰で、皆が救われました。これは――私からのお礼です」
そう言って取り出したのは、名誉除隊章――木曾や最上のように、功績を残して退役をした艦娘に対する、退役年金の特例章だ。
「………」
それを、清霜に握らせながら、ポツリと語る。
「それと、鈍感で、馬鹿で、信念が固くて、目的意識が強くて、自分よりも他人を気にする、悪ぶった先輩と、血も涙もないようで情が深い、私の親友にも」
「………」
「でも私は、彼等にお礼は言いません。彼等も望んではいないでしょう。『不敗の女神』は、
「湊さん……」
「鳳翔さんは、明け渡しまでここを離れられません。清霜、貴方に依頼します。あちらの準備をお任せします」
「はいっ!」
清霜は、元気よく答えると、居酒屋の方へ走っていった。
「―――ですが、きっと今後も不敗の女神様と呼ばれるんでしょうね、復興の象徴とかで……まったく、さっさと退役しておけばよかった」
そう毒を吐きながらも、笑みを浮かべて、湊は官舎へ戻っていった。
――――――――
「司令官?」
静かに、辞令を見たまま思いを馳せていると、電に声をかけられる。
「なんでもありません。皆さんを呼んでください。お引っ越しです」
こうして、色々な思い出の詰まったこの泊地に、別れを告げる時が訪れようとしていた。
次回からお引っ越し回です