しかし、その行く先には恐ろしい罠が仕掛けられていた。
ようこそ、希望の街へ
名古屋港に併設された、中部警備府庁舎。
一部の部屋で、内装工事が進んでいる中、
先行組の大村夫妻は、お互い、多忙を極めていた。
出発時には奈緒が、
「二人共、昼の仕事になったからこれで、毎日
等と言っていたが、
恵一郎は、新設する設備の承認やら現地確認、
工事担当者の打ち合わせ、赴任してきた士官との面談や、
どんどん上がってくる書類。
第二陣でやってくる高天原が来るまで、分刻みのスケジュールをこなしている。
奈緒は奈緒で、防御隊の顔合わせ、警備隊の施設に関して、工事担当者との打ち合わせ。
深海棲艦上陸時の、防衛計画書の作成、それが、恵一郎のダメ出しを食らう。
等で、二人共疲れ切り、『夫婦の営み』どころではなかった。
それでも、二人、ぴとっとくっつき合って毎日寝てる辺り、ラブラブである。
冬の寒さが厳しくなってきた、12月に入って、
漸くやって来た、総務部長高天原智子神(奈緒談)。
総務部オフィスに入って来た第一声が、これである。
「……まあ、そうなるわね」
こめかみをひくつかせ、引きつった顔の中、己のデスクまで向かい、
そこから先は、冷徹な、血も涙も捨てたクールな佇まいで、仕事を始める。
己のデスクに積み上げられた、決裁待ち書類を、
その日のうちに片付け、総務部員を総動員し、恵一郎が、右往左往していたところを負担する。
そして、入ってきた、広報部の案件を見て、邪悪な笑みを浮かべ、『了承』と返答した。
「本当に智子神サマサマよ」
「じゃあ、今日のコーヒー代は、遠慮なくご馳走になるわね」
警備府内の喫茶店で、ちょっと残業の残っている恵一郎を待ちながら、拝んでる奈緒に、遠慮なく謝礼を要求する智子。
ちなみに、智子のほうが、階級は一つ下である。
「ところで、明日、ちょっと視察を、代わりにやってもらえる?」
「はぇ?」
「……
「………」
そう、彼女の妹大村
「名古屋港港湾部、瓦礫撤去の視察予定は丸一日、そのまま直帰していいわ」
「ありがと……」
涙をじんわり浮かべそうになったところで、智子が、鞄から書類を取り出す。
「あと、確認頼まれてた上陸防衛計画書。やり直し」
「うげっ!」
涙が引っ込んだ。慌てて中を確認すると、赤ボールペンで朱入れがされて、丁寧に添削されている。
「あんたの計画書は長すぎんのよ。それはあんたの仕事じゃない。大きな方針計画をもとに、細部は、各部を担当する部隊長がどうするか策定して実行するの。じゃなきゃ、中間管理職は要らないわ」
「………ごもっともです」
「いい?明日は、心ゆくまで、しっかり視察をしてきなさい。そしたら、明後日の定時までに、幕僚長に提出。OK?」
「ふぁい……」
しょげる奈緒に見えないように、頬杖を付きながら、ふっと、笑みを浮かべる智子だった。
各務原結有は、智子達と共に着任したが、当初、業務補佐だったのを、一緒に来た、恵奈ちゃんのことを鑑みた智子が、
「各務原一等兵、司令官に代わり命令よ。恵奈ちゃんの面倒見てやって。あんたの官舎に預かっててもいいから」
「はいっ!」
命令を下し、恵奈ちゃんのお世話に変更されていた。
まだ、瓦礫や建設中で、危ない所も多いため、あまり色んな所を見ては回れないが、
散策中、眼帯を着けた女性建設作業員に、結有をお化けと間違えて、びっくりされたりしながら、
恵奈ちゃんとの同居生活をしていた。
本来、一等兵は営内だが、軍属待遇者の時点では、『将官に
現在、その司令官官舎が、司令官未到着で入れない為、暫定的に、官舎が割り当てられている。
何故か、翌日、暁と雷が加わって、六畳ワンルームしかない部屋は、狭くなった(当然ながら艦娘寮規定違反である)。
更に、居候三人にベッドも布団も毛布も奪われ、一人、床でタオルケットに包まって眠るという理不尽が、容赦なく結有を襲っていた。
「ううう……寒い……」
その後、それに気づいた艦娘寮長加賀が(響は一人部屋を満喫して黙っていた)、げんこつと共に、連れ戻しにやってきた時、再びベッドは、結有(と恵奈)のものになった。
―――――――
休暇を終えた高梨湊が、名古屋の地に降り立ったのは、その翌日だった。
「わぁ、すごい……!凄いのです、湊!」
「まさに、蘇る……都市ですね」
電が、新幹線の窓から、覗き込んだ。
新幹線が、名古屋に近づくにつれ、空白地帯から、沢山の、建設中のビルが立ち並ぶ光景に変わる。
おそらく、鳳翔や清霜も、この光景を目にしているだろう。
そして、遠くに見えるのは建設中の、新名古屋タワー。758mを目指すということで、建築学の専門家が結集して設計され、今、建築の真っ最中である。
全国の建築業者が総結集して、村上組という、軍出身者の多い建築会社が中心の、共同企業体が結成された。
まさに、オールジャパンJVと言ってもいい、大きなところから小さなところまで集結した、
産学官民一致体制で、復興事業がもう、進み始めているのだ。
その為に、矢部総理大臣は先日、『中京都市圏復興特別税』を所得税・法人税に課す、『中京都市圏復興特別税法案』を国会に提出、審議中だ。全会一致で可決される見通しだろう、というのは、マスメディアの見解である。
名古屋駅に到着すると、全てができたての、駅のホームに降り立った。
名古屋に降りる人間は、今のところ、そう多くない。
レジャー関係は、まだ殆どない状態である。建築商業関係者か、マスコミか、軍人が主である。
駅の広告看板は、全面が、『ようこそ。希望の都市、名古屋へ』という看板になっている。
「希望の都市……か」
呟くように、看板を眺める二人。
まだ、復旧してるのは、東海道新幹線と、それに並行する、東海道本線である。
いずれ、東京へ至るもう一つの路線、中央本線も復旧するだろう。
湊の視線の先には、まだ使われていない、多数のホームがある。
「いずれは―――このホームに、沢山の人が訪れるのですよ」
電の言葉に、「そうですね」と小さく応えると、笑みを向ける。
「さあ、行きましょう」
電と手を繋いで、ホームから、階段に向かおうとした時だった。
「高梨准将!」
視線の先に立っていた、軍服姿の女性が歩み寄って来て、敬礼をする。
「小官は、海軍広報部の鈴木大尉です。お迎えに上がりました」
「広報………部?」
湊と電は、とても嫌な予感がした。
「はい、総務部長の高天原中佐より、了解頂いておりますが、ご存知ありませんか?」
「はい、ご存知ありません」
「……」
急遽、未使用のホームのベンチに、移動することになった。
「マスメディアから、復興の象徴として、かつて『不敗の女神様』と謳われた、
高梨准将に、取材の申し込みが来ておりまして……先日、中部警備府司令部にお送りしましたが……」
年上の大尉は、少し困ったように、概要を印刷した書類を手渡す。
当然ながら、そんな書類は見ていない。今頃、司令官デスクの上だろう。
広報部のミスと言えば、ミスではあるが、湊に伝えなかった、智子の、邪悪な笑みが想像できるだろう。
「そんな気はしていました。ええと、復興の街をMCと歩きながら、色々の話をすれば良いんですね?
他、メディアは、そのお話を記事にして良いと……ええと、『ぶっさん家』?ああ、ぶっさんが来てるんですね?」
人気芸人の山渕智昭が出ていた、東海から広域に放送されていた、バラエティ番組である。
あの一件以降、放送がされておらず、久々の放送再開が決まった番組である。
「……あのですね」
それを見た湊は、ちょっと、様子が変だった。
「今日、ナチュラルメイクで、
「………」
隣りにいた電は、ぽかーんと口を開けていた。
目の前で立っている鈴木大尉は、堪え切れずに笑い出してから、
「失礼しました。准将は、私の目から見ても、充分可愛らしくていらっしゃいます。これは、お世辞じゃないですよ?」
ウィンクして応える大尉に、湊は苦笑いして、資料に目を通す。
軍としては、公表できない事項を、頭に叩き込んでから、
「あー、さっさと退役しておけばよかった」
「今更なのです」
毒を吐く湊に、サラッと応える電の様子を見て、鈴木大尉は、両腕に資料を抱えながら、笑いを堪えていた。
登場シーンを、三回リテイクされてから、湊のテレビデビューが始まった。
芸人であるぶっさんが、面白おかしく話を振って、湊が答え、天然ボケを見せる湊を、電とぶっさんで突っ込む。
広報部の鈴木は、マネージャーのように、次のシーンについて湊に説明しながら、テレビ局のスタイリストが、その場で髪を直したりする。
そんな収録も、夕暮れの港湾部を、三人で歩く場面で締めである。
「どうですか?この夕日の名古屋港」
「そうですね……きれいな夕日です。深海棲艦との戦い、色んな人の力で、この平穏な時間が訪れたと思います。私は決して、
優しい笑顔で振り向いて、
―――きっと素晴らしい街に蘇ります。
その言葉で、収録は終了した。
収録後、ぶっさんと握手をして、サインを貰い、
「夜は、居酒屋鳳翔で打ち上げしますので、よかったら、顔を出してくださいね」
という鈴木大尉の言葉を、聞きながら、向かった先は、中部警備府司令部の
すれ違った、防御隊指揮官大村奈緒は、今までになく、激怒した表情で総務部に向かう彼女に、声を掛けられなかった。
ばたんっ!!
勢い良く開けられた扉の先には、定時で職員は帰ったのか、智子だけが座っていた。
余裕綽々だったその表情は、湊の顔を見て、引きつりに変わった。
「ご苦労さ……おこ?おこなの?」
「あ・た・り・ま・え・で・す!」
「湊!落ち着くのです!!」
その後、追いかけてきた電が宥めて、事なきを得た。
ぶっさんから貰ったサインと、収録時の写真、打ち上げの写真は、
司令官執務室に飾られることとなった。
ちなみに、智子は、当然ながら始末書と、次の飲み会の、支払いをする羽目となった……
「鳳翔さん、今週の金曜日貸し切りで~。はい、警備府で飲み会します。お会計は智子でー」
という電話を目の前でしながら、ちょっとした仕返しをする湊だった。
「
「自業自得なのです♪」