意外なその相手とは……
艦娘最初期から工廠で戦っている彼女の物語。
第2season初の過去編です。
『艦娘基本法』にまつわるお話。
大井と北上、そして恵海は、間接的に、彼女らを救ってくれた、魔大砲を作った、夕張へのお礼で、
代わりに、割れたガラス代を支払い、領収書と共に、中部警備府大工廠を訪れていた。
「いやー、今月、
にへらっと、頭に片手を当てて笑う、夕張。
大工廠の作業台横に、大井と北上の間に、恵海が座るという、ポジションだ。
「ところで………榴弾って……あんなに燃えない……ですよね……?」
そう、爆風と共に、周辺が火の海となっていたのだ。その疑問を、開発者にぶつけてみる。
「ちょっと、榴弾内に、ジルコニウム粉末を仕込んでみまして……」
「………それ、焼夷炸裂弾でしたね……?」
結局、硫黄島は、そのジルコニウム粉末のおかげで、高温で燃え上がる炎が、木々に引火、島全体が、大火災を引き起こし、自然消火まで、数日間かかったのだ。
防衛省から消防庁に、「出動しなくていい」と、指示してあったので、消火活動は、一切行われなかった。
鎮火後、片桐逃亡の件で、東京に呼ばれていた、湊や安藤等が、現場に赴いたが、片桐栄治らしき死体は、発見できなかった。
高温で、骨まで燃え尽きたのか、あるいは逃げたのか……?
前後の状況から、片桐栄治は死亡した、と判断付けて、片桐栄治逃亡事件は終結した。
深海棲艦の操作の可否も、「生み出した深海棲艦のみ」有効、ということがわかり、結局、そっちの捜査も、迷宮入りのようだ。
「さて。あの80㎝連装砲は、壊れてしまいましたけど、新しい主砲を開発したんですよ」
「……嫌です」
懲りずに、新主砲について、力説しようとするのを遮って、恵海が、静かに拒否する。
「おー、めぐみっち。ちゃんとNOって言えるようになったじゃん」
「恵海、一歩前進ね」
そんな恵海を、褒める二人。その様子を見て、苦笑いを浮かべる夕張。
「……でも、可哀想なので、何を作ったかだけ……」
ちょっと、妥協をする恵海に、待ってましたと、言わんばかりに、
「通称パリ砲……」
「お断りします。絶対に嫌です」
「えっ……」
断言する恵海に、絶句する夕張。
恵海は、タブレットを取り出してから、
「133口径21㎝カノン砲ですよね……砲弾が成層圏まで達して、130㎞先に降り注ぐ……多分……当てる相手が、いないです……誰と戦争するんですか?」
「オウフ……」
取り敢えず、名前のインパクトに、勢いで作ってしまった夕張は、がっくり項垂れた。
その左薬指には、銀色の、もう長く付けている、傷だらけの指輪が見える。
「ところで、夕張っち。誰と、ケッコンカッコカリをしてるの?」
「……私も……興味……ある」
「私は、恵海と北上さんにしか、興味はありません!」
三者三様に問われる夕張は、頭を、ポリポリ掻きながら、立ち上がる。
「ヒミツです。こればっかりは、教えてあげられませんよ」
そう言ってから、デスクに腰掛ける。
「そうそう。恵海の主砲は、ちゃんと
三人が仲良く帰った後に、机に伏せてあった、写真を起こして、眺める夕張。
「今頃も、東京で頑張ってるかな……
もう何十年も経った、遠い昔に、思いを馳せていた………
――――
昭和天皇崩御により、昭和の時代が終わりを迎えた少し前、深海棲艦が現れた。
政府は、今度こそ平和に成って欲しいという、願いの元に「平成」という元号を、制定した。
そんな頃に、戦艦三笠が現出した。
人々は、天皇崩御や深海棲艦現出、硫黄島玉砕の悲劇を知り、暗く沈んでいた中で、戦艦三笠に、希望に求めていた。
当初、その存在を軽んじていた自衛隊は、三笠のパートナーに、階級も三等海佐と低い、高梨道一を充てた。
彼が伝説になるのは、そこから先の話であるが。
それからすぐに、夕張は現出した。
兵装試験巡洋艦なだけあって、同時期に現出した明石同様、艦娘のシステムづくりの基礎を担っていた。
艦娘浄化建造システムや装備開発。更には、新たな艤装の、改装実装等。
その当時は、艦娘基本法など無かった時代、軍神と化した、三笠以外の艦娘は、軍という場所にしか、居場所がなかった。
まだ、当時の国民にとって、艦娘は、「兵器やロボットの類」の時代なのだ……
高梨提督と三笠が、子をもうけたことだって、異例中の異例であり、原初の艦娘である、彼女だけに許されていた時代である。
お互いを守るために、軍拠点から、艦娘は出られない、艦娘黎明期である。
それから、艦娘の有用性が認められるようになり、海軍幕僚監部に、「艦娘本部」ができ、各地の拠点から、近海を取り戻す戦いに、乗り出していた。
その時期にあった、「第三世代艦娘計画」の、失敗と罪悪感で、夕張は、塞ぎ込む様になっていた。
感情が消え失せ、ただ機械的に、仕事をするようになった。
毎日機械的に、横須賀の工廠で作業をして、機械的に食事を摂り、眠る。その繰り返しだった……
その時期から、若い政治家の男が、横須賀によくやってくるようになった。
彼の名前は矢部晋太郎。衆議院議員で、25歳でついこの間、初当選を果たしたばかりの、所謂一年生議員である。
最初は、彼の所属している、最大与党の派閥トップの、防衛大臣の横須賀視察のお供で、やってきたのが出会いだった。
それから、公務の合間に横須賀に訪れるようになっていた。
一年生議員は、覚えることも学ぶことも、たくさんあるだろうに、足繁く横須賀鎮守府に通い、艦娘と会話をし、
工廠から、艦娘が生み出されるのを見て、興味深げに、いつも持っている、大きなノートに、色々な物を記載している。
「……艦娘に、興味あるんですか?」
塞ぎ込んで、機械的に作業している夕張も、その彼に、興味を持ち出していた。
「そうだね。今、日本の海を守れるのは、彼女等しかいないけど、戦争は、永遠には続かない。自然災害レベルまで、穏やかになったとしたら、やってくるのは、軍縮だからね。今は国民は、君達を、「兵器やロボット」の類、としか思ってないけど、いつかは、君達も受け入れる社会を、作りたいんだ」
一年生議員なのに、自信に満ちた笑顔を浮かべて……その笑顔に、夕張も笑顔になっていた……
「ようやく笑ってくれたね。よし、これで僕も頑張れる」
こうして、矢部晋太郎は立ち上がった。
何年も艦娘達を見続け、工廠に足を運んで、問題なところや、艦娘に対し酷いところを持ち帰る。
その間に、積極的に作り出したコネクションを使って、改善を試みる。
そうして、その結果を、また横須賀にやってきては、夕張に確認する。
そして、そこから見えてきた問題点に、アクションを加える。それを繰り返す。
その間に、彼は、三回の当選を越す、中堅議員となっていた……
艦娘のことなら彼に訊け、と言われるほどの、艦娘による防衛政策家に成長していた。
その頃からだった。横須賀に、彼が来なくなったのは。
「最近矢部さん、こないなぁ……」
中堅議員になったから、私達艦娘に興味を失ったのか、忙しいのか……
「はぁ……仕事するか………」
再び、元気がなくなった彼女は、定められた仕事を繰り返すだけの、生活に戻っていた。
半分矢部のことも、世間のことも興味を失い、再び、仕事を繰り返す機械のような……
それから何度めかの冬がやってきた……あの出会いから、もう10年以上が経過していた。
艦娘が現出して、戦争が始まってから、15年の月日が流れている。
「夕張!!テレビテレビ!!」
艦娘達が、夕張を無理やり引っ張って、鎮守府の食堂の、テレビの前に連れて行く。
テレビは、国会の中継をしていた。
「……我が国は、艦娘のおかげで、自給率の低い中、国民を飢えさせることなく、輸入が行えていることを、忘れてはいけません!だが、彼女等は、
30代半ばで、防衛大臣・党の筆頭副幹事長となっていた矢部晋太郎の、野党議員の質問に対する答弁だった。
その後の採決で、一部の野党の欠席を除いた、与野党の大多数の賛成によって可決、即日公布、施行された。
その法律の名前は、『艦娘に対する日本国法令及び、条例に対する適用等に関する法律』。
通称《艦娘基本法》と、呼ばれることになるこの法律……
艦娘に対し基本的人権を保証し、どの法律を適用し、適用しないか。艦娘にとっての憲法だ。
そう、艦娘が日本の一員となった日である。
今までは、法律の無理矢理な解釈と、矢部等の尽力や、国防軍広報部の草の根キャンペーンで、国民にも「心と感情のある存在」として認知されてきた艦娘が、名実共に、
艦娘達は、喜び、喝采の声を挙げた。
一部の、相思相愛の艦娘と提督が抱きついて皆にからかわれたり、
ちょっと羽目を外しすぎた提督達は、後日始末書だ。
「私達が……正式に日本人になる……」
夕張は、あの若い防衛大臣に、心の中で、「よくがんばったね」と告げた。
おそらく、もう会えないだろうから……
その夜、テレビでは、防衛省主催の、艦娘基本法成立記念式典と祝賀会が、実況放送されていた。
さっきまで、そのテレビを見ていて、外の空気を吸いに、軍港埠頭に一人歩いていた。
「夕張!!」
その懐かしい声に振り向いた。もう会えないであろう……と思っていた相手、矢部晋太郎が立っている。
「矢部さん……え?テレビで、艦娘何とか法の記念式典の中継してますよ?」
夢なのか、己の頬をつねるが痛い。
あの無邪気な笑顔の、若い姿から、テレビで見た、精悍な自信に満ち溢れた、40を後数年で迎える、大人のいい男になった彼が……
テレビでは、いまも艦娘基本法成立記念式典と祝賀会が生中継されている。驚いた表情を浮かべる夕張に、
「ちょっと、抜け出してきちゃった」
かつての、子供みたいな笑顔を浮かべると、夕張はがっくり肩を落とす。
「もう……防衛省主催の、記念式典の祝宴を、
「でも、あんまり時間はないんだよね。あと10分位かな、君に渡したいと思ってね」
「……はい?」
スーツのポケットから出されたのは、ペアの指輪だった。
彼女は知っている。ケッコンカッコカリシステムという、艦娘の限界を超えるためのリング。
シリアルナンバーが、0000となっている……夕張と明石で開発したプロトタイプ……
自然現出した、高梨提督と戦艦三笠のケッコンリングのコピーであり、第二世代指輪のプロトタイプ……
本人同士の同意がなければ解除できない、1.5世代と言って良いリングだ。
「夕張。これを君に付けてもらいたくて、この10年頑張ってきた」
「………」
夕張は、理解が追いついていなかった。告白?それとも……
「あの日誓った、艦娘を社会が受け入れる日。それを今日、形にすることが出来た。それは夕張、君の協力のおかげでもある。そして、パートナーである、夕張に、身に着けて欲しい」
「………晋太郎さん……喜んで」
夕張は、涙がとめどなく溢れていた……
「10年、待たせてごめんね」
晋太郎は、夕張の身体を抱き寄せて左手をとり、指輪を填める。
「ありがとう……一ついいですか?」
「ん?」
首を傾げる晋太郎に、精一杯の笑顔を向ける夕張。
「晋ちゃんって、呼んでいいですか?」
「ん、いいよ」
「それじゃあ指輪を……」
晋太郎の左手を取り、指輪を填める。
「……っと、ごめんね、時間切れだ、続きはまた今度ね!」
走っていってしまった。
それを、ぽーっと上気した顔で、見送っていた。
その翌日、内閣改造が発表され、矢部晋太郎は、防衛省を離れた。
新たに創設される、内閣府特命担当大臣『艦娘基本法担当』として、横滑り入閣をした。
艦娘基本法の生みの親と言っていい、艦娘政策の第一人者である、彼にしか出来ない。これが指名の理由だった。
艦娘基本法は、
その為、国務大臣をその長に充てて、改善を繰り返し、行っている。
その為、日本で一番、改正の行われた法律となる。
そして、艦娘基本法担当大臣の職務上、横須賀に頻繁に、顔を出す。
晋太郎は、夕張と毎度毎度出会っても、問題とされなくなっていた。
ある日、いつものように、夕張と晋太郎が、横須賀鎮守府の喫茶店で、お茶を楽しんでいた時だった。
「それでね……あ、ごめん。ちょっと電話」
「いいですよ」
いつも忙しい為、こういうこともよくあるが、この日は、
「もしもし……えっ、名古屋が……艦娘達は!?……わかった。すぐ戻る」
険しい表情で電話を切ると、すぐに立ち上がる。
「夕張、ごめん。ちょっと当分会えなくなりそうだ」
そう言って立ち去った。その後、彼と再会するのは、また数年先となる。
その直後、夕張の耳にも知らされた。彼の顔が、険しくなった理由を……
呉と横須賀で、中部の防衛戦力の、出し惜しみをした結果、伊勢志摩からの伊勢湾沿岸部、知多半島全域、名古屋への、深海棲艦の上陸が行われた。
そう、名古屋大侵攻である。
名古屋大侵攻は、高梨提督の戦死と、多数の犠牲の元、絨毯爆撃戦法で鎮圧された……
名古屋の惨劇の後、その責任を取って総理大臣が辞任し、後任として、彼が内閣総理大臣兼内閣府特命担当大臣『艦娘基本法担当』となったのは、皆が知っている。
就任早々、お互いに責任を押し付け合い続けた、呉・横須賀鎮守府両司令長官を、不名誉除隊相当の、階級剥奪及び懲戒免職に処したことは、今も語り継がれている。
そして、彼は未だ独身である。艦娘基本法担当時代に、マスコミに、左薬指の指輪について問われた時、
「これは、ケッコンカッコカリリングの
と答え、マスコミを煙に巻いていた。
その後、艦娘基本法担当大臣は、軽巡洋艦大淀が引き継ぐことになる。艦娘初の閣僚である。
その後も指輪を付け続け、今度は「取れなくなってしまったんだ」と、記者に笑いを与える。
政治家としては清廉潔白、そして清濁併せ呑む。憲政史上、最も清廉な男と呼ばれたこの男は、現在も内閣総理大臣である。
二人は総理大臣就任後はほとんど会えぬまま、
夕張は、青ヶ島を経て名古屋に異動したために、最後に会ったのは、横須賀鎮守府の司令長官就任式であった。
――――
それを思い出しながら、大きな溜め息を吐いて、写真を伏せる。
その写真は、何度か会った時に、撮ったものである。
それからもう、10年以上が経ってしまった。出会ってからは、かれこれ25年である。
「夕張」
懐かしい声が聞こえる……幻聴……じゃなかった。
「晋ちゃ……総理大臣!?」
内閣総理大臣矢部晋太郎が、工廠にいたのだ。
「あ、SPは!?今日の公務は!?」
「新聞見てなかったの?今日は名古屋の公務で、今は、高梨司令官と会談している『ことに』なっている」
司令官……湊が一枚噛んでいるのだろう。
「………はぁ……何やってるんですか?総理大臣ともあろう人が」
大きな溜め息で、肩を落とす夕張を見ながら、近くの椅子に腰を下ろす晋太郎。
「……晋ちゃんは結婚しないんですか?もう50でしょう?」
「そうなるね、あれからもう25年か……私は、『他の誰か』と結婚する気はないよ」
その言葉に、更に大きな溜め息を吐く。縛ってしまっているのは、他でもない、夕張なのだ。
「私は、この指輪さえあれば幸せです、ですから……」
その言葉に、真顔になる晋太郎。
「君さえ良ければ、この名古屋の復興事業が終わった頃、私の妻として君を公表したい」
「………その頃には60でしょうかねぇ……?霊子の影響で、まだ今でも、見た目40前半と言っても、おかしくないでしょうけど」
軽口を叩く夕張に、晋太郎は軽く笑った。
「……良いじゃないか、還暦で初婚でも。……私からのプロポーズ、受けてくれるかな?」
矢部晋太郎は、この歳50。でも、まだ40代前半と言っていいほど若々しく、そして、精力的な政治家なのだ。
わからない所はわかるまで勉強をし、常に国民と艦娘の為にすべてを捧げる男。
そして自分に一切妥協できない男、世間を熟知しており清濁併せ呑む男。
そして、夕張の前では童心を忘れない、素直で率直な人……そんなこの人が、夕張はたまらなく好きだったのだ。
あの新米政治家だった頃からずっと……
「……その時は、喜んで、貴方の妻になります」
その笑顔は、あの時の笑顔同様、素晴らしいものだった。
――――――――――ー
今日も夕張は働く。来たる名古屋の復興、その日まで。
沢山のトラブルを、起こしながらではあるが……
というわけで、25年越しのプロポーズ。
現総理大臣の矢部大臣と夕張で一個作ってみました。
矢部晋太郎伝説だけでスピンオフ一本かけそうだが
体力が持たなさそうなのでプロットだけかいて終わりそう