小さな提督と艦娘日和
に改題しました。
今回は、毎度出てきてスポットライトの当ててなかった
居酒屋鳳翔回です。
裏方清霜が表舞台に立つ日が…
現在、
お客が全員帰ったのを確認すると、入口の鍵を締める。
掃除や片づけが終わった後、従業員が帰るのを見送ってから、
彼女はカウンター席に腰掛け、日本酒片手にノートパソコンを開き、本日の営業日報をつける。
『居酒屋鳳翔』は名古屋に移転した時に、法人化して、現在は『株式会社鳳翔フードサービス』が運営している。
鳳翔は、代表取締役社長となっている。
なお、主要株主は高梨商事――三笠の経営している会社――である。
「お疲れ様です、社長」
奥から出てきて、声をかけてきたのは、同社の専務、清霜である。
まだ店舗数一店舗の小さな会社だ。二人の重役も店に立たねばならないのだ。
「お疲れ様です、清霜」
清霜に、笑顔を向けて隣を勧めると、清霜も腰をかける。
「こんばんはー」
裏口から入ってきたのは、『居酒屋鳳翔』の
今現在は、『鳳翔フードサービス』からは、完全に手を引いているが、今も私的な関係は続いている。
「あら、湊さん……?」
「こんな夜中に、珍しいですね?」
「今日はさっきまで、智子のお付き。合コンに数合わせで出てくれって。一応表面上は独身だし。智子は、志摩泊地の足柄さんと意気投合して、
「合コン……今回もだめだったんですね……ってか、よく電さんが許してくれましたね?」
湊の言葉に、カウンターから通路を挟んだ、お座敷席に腰掛けた清霜が、苦笑いを浮かべた。
「いやぁー……『湊は男運がないから、変な虫は寄り付かないのです』って、許してくれましたよ」
そう言いながら、その隣に腰掛ける湊。
「それもどうなんだか……?」
清霜は、苦笑いを浮かべながら、カウンターの鳳翔の方を見る。
「ところで、鳳翔さん。例の話ってまだ……?」
「?」
湊が声をかけると、鳳翔は振り向いた。
「湊さんにも、一緒に聞いてもらおうと思って、まだだったんですが、ちょうどいいですね」
「どうしたんですか?」
首を傾げる清霜に、鳳翔は、優しい笑みを浮かべる。
「『居酒屋鳳翔』は、和風居酒屋ながらも、多国籍なメニューを出すお店として、定着してきました。法人化もして、従業員も雇い、名古屋の人達にも、来てもらえるお店になりました……清霜」
その言葉と共に、真剣な表情を浮かべる鳳翔。
「貴方もそろそろ、私の元から、出る時だと思います」
「まさか……クビ……」
「そんな訳ないでしょう。何も悪い事してない専務を、クビにする会社が何処にあります?」
早とちりの清霜に、思わず湊が、ツッコミを入れる。
「名駅前に計画中の
「……え?」
清霜は、目の前の彼女の言っていることが、理解できていない。二号店計画は、自分も知っている。そりゃ
金城埠頭エリアより、人も規模も大きいであろう、二号店が鳳翔で、ここを、自分が引き継ぐと思っていたのだ。
「………うぇえええええええええええええええええっ!?」
清霜の叫びが、
そしてその日から、清霜が、『居酒屋鳳翔』金城埠頭本店で、店に立つことはなくなった。
清霜は清霜で、やりたい店、というのを頭に描いている。ビストロバーである。そのために、洋食のお店で働いたのだ。
名古屋に降り立って、四ヶ月経とうとしている。青ヶ島では、全部、自らやる必要があったが、こっちでは、自分達より遥かに経験の長い従業員を雇うことが出来た。
鳳翔も、厨房から離れ、お店の看板娘……『居酒屋鳳翔』の象徴的な立場として、カウンターに立っている。
その経験を踏まえて、清霜は方針を考えている。料理は、もっと経験のある従業員に任せればいい、自分は、プロデュースに専念しよう。
鳳翔に求められた、名古屋店の計画書を作成しながら、一つ決めていた。二号店は『居酒屋鳳翔』という、名前は使わない。
そこで、店名は『BISTRO KIYOSHIMO』、という名前に決めた。
まずは、テナント契約を終えたばかりの、現地に向かう。
地下には、ライブハウス――ザ・デストロイヤーズが、柿落とし公演をした場所だ――があって、一階は、大手の居酒屋チェーンが入居しており、その二階に、テナントを確保することが出来た。
鳳翔が、自らがこっちで、
清霜とて、退役した後の数ヶ月間、何も考えずに、レストランで働いていたわけではない。
東京の友達に相談したり、紹介してもらった人と会う為に、全国各地を飛び回ったり……
忙しい日々を送りながらも、名古屋の店舗を、立ち上げた時のことを思い出していた……
――――――――
名古屋に降り立った二人は、今蘇りつつある名古屋の街に、驚きを隠せないでいた。
まだ、工事関係者や軍人などが多い中京復興エリア。
建設中のビルが立ち並び、至るところで、建築音が鳴り響く。
まだ、この時には、仮設電車も設置中のため、お店へは、事前に、輸送を依頼しておいた、自動車で向かった。
清霜は、キチンと普通免許を持っているので、彼女の運転で、である。
金城埠頭仮設駅の、駅前にある、竣工したばかりの、商業ビル。
その一階が、空きテナント状態で、存在している。
まだ、路線も通っていない場所に出来たビルで、どのテナントも、まだ何も入っていない。
そう、一番先に、固定客を作れる権利を得ているのだ。
目の前には、建築が八割ほど終わっている、中部警備府。
士官クラブは、併設されているものの、馴染みの幕僚達は、こっちに来てくれる。
楽観視する、清霜とは対象的に、鳳翔は不安顔だった。
青ヶ島にいる時に、会社登記をし、株主を募った。三笠や、彼女の関係者のお陰で、株主は集まった。
彼等を裏切る訳にはいかない。というプレッシャーが、彼女を不安にしていた。
「鳳翔さん?」
「私……不安なんです。前のお店は、湊さんの、あの笑顔で、やると決めました。今回は、従業員を雇って、株主さんの期待にも応えないと……他のお店との、戦いにもなります……」
そんな、不安な顔をしている鳳翔に、清霜は、とりあえず、中を見ましょうかと、空きテナントの、中に入る。
鳳翔は、それに続いて中に入る。
「最初は、作業療法でしたもんね。心をズタズタにされて、生きる望みの無かった、鳳翔さんを心配した、山村のおばあちゃんの」
「そう……ですね。思えば私も、随分強くなったな、と思います」
彼女の顔に、少し笑みが戻った。
「おばあちゃん、亡くなる前に言ってたじゃないですか?『お前さん達、孫娘達を、遠いお空で見守ってるよ』って」
「………」
その言葉に、少し懐かしくも寂しくもある表情に変わる鳳翔。
「だから……大丈夫です!やれます!清霜が保証します!」
清霜はそう言って、鳳翔に一番の笑顔を見せた。あの時、湊が見せた笑顔と同じ無邪気な笑顔を……
「……ありがとう、清霜」
そこから先は、目まぐるしく、事態が進んでいた。
まずは、厨房責任者である、板前さんを確保せねばならない。
だが、この名古屋という都市は、全てがやり直しの場所なのだ。そういう人材が、転がっているわけではない……と、思っていた。
鳳翔はダメ元で、公共職業安定所に、相談した。
……名古屋で働きたい、と目指す名古屋出身者が名古屋で、職を求めているところだった。
先に名古屋JVで建築に携わり、後から名古屋で、やりたい職に就く人間もいた。
人材集めは、思いの外うまくいきそうだ。
次に、お店のデザインだ。何人入れる席をどのように。鳳翔は、全て自分で決めようとしていた。
そんな彼女の姿に、清霜は危機感を覚えていた。
「駄目です。プロに任せましょう」
清霜は猛反対し、自分で直接、村上建設に乗り込み、相談をし、店舗デザインの専門家を連れてきたのだ。
その日は、顔合わせで終わり、後日具体的な詰めをしようと、その日は解散となった。
「………」
鳳翔は、少々落ち込んでいた。自分は何も出来ない……自分のお店なのに……
鳳翔は、仕事が手につかなくなっていた……清霜が呼んでも、上の空。
清霜は、そんな鳳翔が気になって、ビルの屋上に連れて行った。
そこには、今地獄を見ている筈の、大村恵一郎がいた。
「大村大佐……」
「鳳翔さん、恵一郎さんの話を聞いてください」
清霜がそう言うと、恵一郎は、にこやかに語りだす。
「鳳翔さん、あなたは、自分が何も出来ないと言っているけど、それはそうだよ。僕だって、今、部下が居ないと何も出来ないんだ。今僕は、司令官代理、総務部長代理、そして幕僚長。警備府全ての事を統括する立場だね。一人で全部出来る?無理だよね。だから、青ヶ島の時と、考えを変えないと。あの時だって、艦娘に手伝ってもらったでしょ? 艦娘達は、鳳翔さんの指示に応えて動いてくれたでしょ?いまの貴方の仕事は、
恵一郎は、諭すように言った。 それが、
「………」
「もちろん、大きなデザインで、こういう風にしたいっていう方向性は、どんどん言っていいよ。でも困ったら、プロに相談しないと。僕だって、防御隊のことについては、さっぱりわからないから、奈緒に手伝ってもらわないといけないし」
その言葉に、鳳翔はなにか、心のわだかまりが、解けていくような感じがした。
「……ありがとうございます」
「ごめんね、今日お昼休みで、ここに来たから、僕もう、戻らないと……ご飯食べないと、午後頑張れないから」
そう笑顔を浮かべて、出ていった。
見送った鳳翔と清霜。
「……清霜、ありがとう。私、村上建設に行ってくるわね。デザインプランナーの人と協力して、デザインを考えるわ」
「はい、行ってらっしゃい。従業員採用は、清霜にお任せを」
村上建設から帰ってきた彼女は、明るい顔をしていた。
『居酒屋鳳翔』のグランドデザインは決まった。大衆居酒屋ではなく、『昔ながらの居酒屋』を選んだ。
カウンター席に立つ女将と、カウンターの後ろにある、開けたお座敷席。奥にある、個室座敷という、スタイルだ。
予定を変更して、二階もテナントとして抑えた。入り口に階段を設けて、宴会用に、広い部屋を作った。
そう、かつての青ヶ島店のスタイルで、規模を大きくした感じに落ち着いたのだ。
予算は、予定よりもかかったが、鳳翔は株主に話をして、快く、増資を受け入れてもらい、銀行からも、融資を受けて、賄うことが出来た。
こうして、彼女のグランドデザイン、プロと決めた、お店のデザインを元に、工事が終わり、
『草の者』清霜は、その方針を元に、地道に作り上げたコネクションで採用した、板前さんや厨房補助、ホール担当の人達と、連日メニュー会議を開く。
従業員も、50手前の板長に板前さんの30~40代から、ホール担当の30~10代の子まで、和気藹々と意見を言いながら、試食の感想を言い合う。
一番若いギャルっぽい子も、茶髪だが、和装が割と似合い、彼女も和装が気に入ったようで、鳳翔は、娘か妹が出来たと言っていた。
恵一郎、奈緒もちょくちょく顔を見せては、素人ながら、試食した意見を言ってくれる。
人柄の良い鳳翔と、とにかく前向きな清霜を中心に、希望に向かって集まった従業員達の気合は、どんどん高まっていった。
総務女神の高天原智子が、名古屋にやって来る頃には、オープンの準備が出来上がり、
プレオープンに向けて、最後の準備が行われていた。
そしてプレオープン。
オープン初日は、芸能人である、ぶっさん達が打ち上げに使う。というので、その日に合わせた。
そう、湊達がやってくる日を、開店日にしたのだ。
プレオープンは、恵一郎達警備府の面々を招待した。もちろん、艦娘達や結有や恵奈ちゃんも一緒だ。
「いっちばーん!」
一番最初に扉を開けて、中に入った恵奈ちゃんの元気な声に、
「「いらっしゃいませー!!!」」
従業員たちも、笑顔で声をかけ、こうして、『居酒屋鳳翔』は、スタートした。
――――――
その大盛況と、その後のカオスに、ふっと笑みが零れる清霜。
「さて、今度は、清霜が頑張る番です。頑張りすぎず、チームプレー」
ふっと、窓から空を見上げると、山村のおばあちゃんの、笑顔が見えた気がした。
「山村おばあちゃん、清霜は、がんばりますよ!」
窓から見える、駅を中核として、蘇り、人々が帰ってきた中心地に、行き交う人々を眺めながら、清霜は、今日も頑張る。
『草の者』ではなく、今度は、彼女が、店の主となるのだ。
それからひと月後、ビストロバー『BISTRO KIYOSIMO』がオープンした。
オープン初日には、敢えて、警備府の面々は顔を出さなかったが、
下でライブをやりに来た、従業員の知り合いの、インディーズのミュージシャン等が顔を出し、大盛況だったという。
「いらっしゃいませ」
ピアノジャズが流れる、おしゃれな店内、多めにとってあるカウンター席、その背後には、グラスやお酒が並べてあり、
テーブル席も用意してある。厨房には、清霜の元同僚の――あのレストランから、相手方の快い同意の元に引き抜いた――シェフ。
黒いバーテンダーユニフォームに白いワイシャツ、その胸元には、かつての夕雲型のリボンを付けて、清霜が出迎える。
今日も清霜は、『オーナーバーテンダー』として、店に立っている。
ようやく様々な苦労を乗り越えて裏方に徹してきたキヨシーが報われました。
次はもうひとり報われない人のお話の予定です。
Tips『湊は男運がないから』
数話先のこぼれ話に記載があります。