嫁き遅れ女子智子と名古屋の街で出会った少年の物語。
「また、駄目だったんですか?」
BISTRO KIYOSIMOのカウンター席で突っ伏してる、智子と足柄に、清霜はグラスを磨きながら、苦笑を浮かべる。
「もうね、私、一生独身になりそうよ。今日も、数合わせの
「あいつ等ロリコンよ!ちっちゃい子ばっかり、ワラワラ集まってさ」
二人の言葉から、一番
ロリコン呼ばわりしている足柄だが、背が低く童顔なだけで、湊は31歳。今月誕生日を迎えた、四月生まれの智子は、32歳である。
「男達も可愛そうですね。よりによって、一番その気のない、湊さんに寄りつくなんて」
湊は、合コンが終わると、速やかに警備府に帰り、居酒屋鳳翔で、電と飲み直しているだろう。
「はい、チーズの盛り合わせ。これは、清霜の奢りですよ」
カマンベール・ゴルゴンゾーラ・チェダーのチーズ三種と、クラッカーの盛り付けてある皿を、二人の前にそっと置く。
苦笑いを浮かべながら起き上がる二人。
「ねー、キヨシー。この失恋の傷心二人に、似合うカクテルを出してよ」
足柄のリクエストに、「かしこまりました」と答えると、
ドライ・シェリーとスイートベルモット・オレンジビターズを取り出し、氷を入れ、ステアの準備ができたミキシンググラスに、ドライ・シェリー2:スイート・ベルモット1で注ぎ、オレンジビターズを1dash加えてから、バースプーンでかき混ぜる。そして、氷が入らないように、カクテルグラスに注ぐ。そこにオレンジの皮の香油を飛ばして、足柄に差し出す。
「お待たせしました。神話で、愛する少年を失った女神様が、彼の血で彼の名を付けた花を咲かせたのが、このカクテルの名前『アドニス』だったそうです。花言葉は『悲しい思い出』。でも、西洋の方では幸せを招く、とも言われていますので、次回の合コンが、うまくいくおまじないも込めてどうぞ」
清霜が、ふっと笑みを浮かべると、足柄も笑顔になる。
「智子さんには、オーソドックスな此方にしましょう」
そう言いながら、すぐに先程のものを戻しながら、テキーラとコアントロートリプルセックとライムジュースを取り出して、氷の入ったシェイカーを用意する。
シェイカーにテキーラ2分の1、コアントローとライムジュースをそれぞれ4分の1入れて、音を立てながらシェイクする。
「このカクテルは、失ってしまった恋人への思いを込めたバーテンダーが、考案したと言われています」
シェイクしながら、智子に語りかけてから、カクテルグラスの縁をレモンで湿らせ、食塩をつけると、そこにシェイクしたものを注ぐ。
「お待たせしました、『マルガリータ』です。塩は涙の味、とも言われています」
清霜の笑顔に智子もつられて笑顔になる。
ここが出来てからは、智子の暴走は、居酒屋鳳翔では減っている。
合コン失敗の度に、足柄とここで残念会を開くのが、恒例となっていた。
合コンのあれやこれやを聞いて、清霜がそれに耳を傾け、カクテルを楽しんで心が癒やされて、それぞれ帰るのだ。
名駅前だが、終電が終わってるこの時間。
足柄と智子は、迎えに来る那智に乗せてもらい、中部警備府で智子を降ろして、車で帰っていく。
翌朝、いつもの定例会議で、ある議案が持ち上がっていた。
警備担当、防御隊長の奈緒が報告をする。
「えー、警備担当からの報告によると、ここ数日、軍の関係者の女の子を狙っての、ひったくり事件が、数件起こっています。被害者は、いずれも10代から20代の若い兵士・下士官で、軍関係パスを使い、無料で仮設電車を利用しているのを見て、軍関係者と判別して、犯行に及んでいると思われます。現在警察と共同で、犯人の行方を追っています」
その報告に、智子は冗談めかして、
「司令官も気をつけてくださいよ。
その言葉に、電がにこやかに、代わりに答える
「司令官に手を出した奴は、首と胴体がサヨナラするから、大丈夫なのです」
「………」
洒落になってない、電の冗談を、全員スルーしてから、各部署で気をつけるよう、通達するということで、
会議は次の議案に移った。
翌日の昼過ぎ、オフを持て余していた智子は、同じく――吹雪が仕事中、恵奈ちゃんは、ピカピカのランドセルを背負って、小学校に通い始めたので――
オフで、カフェで漫画を読んでいた、結有を連れて、ランチとお買い物に、名古屋の街中に来ていた。
「いい、結有。男はね……」
「それ、もう三回目です。それに僕、吹雪がいるから、彼氏は別に良いです」
テシっと突っ込みながら、問題発言をかます。今、軍大学で、幹部の訓練を受けている父が聞いたら、どう思うだろう。
そう思いながら、次のお買い物先――お化粧の経験の殆ど無い結有に、コスメセットを買ってあげようと――に向かおうとした時、悲鳴が聞こえた。
「きゃああっ!?」
小柄な少年に、女性が、肩掛けバッグをひったくられていた。
その少女を、智子は見たことがある。総務部の、20代の女子下士官だ。
「あ、あの子、総務の……」
その瞬間、横に居た筈の、結有がいなかった。
一気にひったくって、逃げようとしている、少年の背後に追いついて、強烈な掌底を、背中から肺に目掛けて、ぶち込んだ。
「かはっ!!」
少年は強制的に、肺から空気を叩き出されて、呼吸が止まり、動きが止まる。次の瞬間、腕が巻きつけられ、クルッと回転して、二人諸共に、転倒しながら、腕を極められる。飛びつき式腕十字固めだ。もう片腕は、足をクロスして固定し、腕は横でホールドしており、可動できない、横へ伸ばそうとしている。しかも、指極めまでしている。
「いだだだだだだ!!!!!!!!!」
「結有!ちょっとやり過ぎよ!!」
あ、と我に返ると、智子の方を見て、力を緩める。智子は一瞬、結有の瞳が海色に見えたが、見直すと、いつもの黒い瞳だ。
逃亡防止の為に、技そのものは、解いていない。
智子は、引ったくられた、肩掛けバッグを取り返すと、奪われた下士官に手渡す。
「あ、高天原中佐、ありがとうございます」
下士官は、深々と頭を下げると、その場を立ち去っていく。
「で、貴方が連続窃盗事件の犯人? 親は?」
結有は、クルッと、腕ひしぎの体勢を解きつつ、相手を、後ろ手に回しながら、立たせる。完璧な逮捕術である。
「……親なんて、七年前、名古屋で死んだ」
「……そう……」
名古屋大侵攻で、犠牲になったのだ。
「名古屋の侵攻は、軍の出し惜しみで起こったって聞いたから!親戚たらい回しに遭って、行くとこなくなって、生きるのに困って」
そう、主張する少年に、
「だから、軍関係者の、弱そうな子を、狙って引ったくったの。ねえあんた、馬鹿なの?死ぬの?あんたの馬鹿は世界チャンピオン級なの?生活保護だって、なんだってあるじゃないの。何で生きる為に、手を尽くさなかったわけ?」
智子は、ありったけの毒と正論を持って、目の前の少年を、叩きのめした。
「………」
すっかり、落ち込む少年に、ふうっと溜め息を吐く。
「ねえ、あんた。名前と歳は?」
「廣瀬智紀、17」
智子は、腕を組んで考える。この子を警察に引き渡しても、初犯で執行猶予が付き、同じ事を、繰り返すだろう。
「ねえ、あんた。罪を償う気はある?」
「そりゃ、悪いことをしたって自覚はあるよ、だけど……いだだだ!!」
懲りてないと判断した結有が、力を入れる。
「結有。良いから、止したげなさい。廣瀬智紀君ね。あんた、軍属になりなさい」
「はぁ?」
「えぇぇ?」
キョトンとしている智紀に、同じくキョトンとしている結有。
「あんたが憎んでる、『軍』ってところが、どういうところか、よく見なさい。それで、返せる分は、被害者に返す。軍関係以外は、やってないようだし、うちの子ばっかりだから、内々で済ますわ。それで、きちんと弁償するのよ。足りない分は、私が貸してあげるから、きっちり返すまでは、軍に居てもらうわ」
「………分かった」
「あと、後ろの子。
「ええっ?」
こうして、広瀬智紀は軍属二等兵として、名目上は、司令官付きとして、配属になった。
その直後に、総務部長従卒として正式に、智子の側で、軍を見ることとなった。
彼には、官舎特権を使わせず、営内に、容赦なく放り込んだ。
営内の、厳しい先輩達に扱かれ、まずは、年下の上官である、結有から、お茶出しのマナーを、徹底的に叩き込まれた。
その後、智子達総務部の書類整理や、コピー取り、総務部員へのお茶菓子配り。
女性が多い総務部、しかもひったくり被害者も少なくないこの部署で、
軍への偏見も、司令官の湊による、深海棲艦との戦争史や第13泊地物語等の話、幕僚達からの話で、和らいでいった。特に恵一郎の、穏やかに語る話には、心を動かされたようだ。
そして、智子の、書類をテキパキと片付けつつ、智紀の勉強につきあい、厳しく猛毒の毒舌と、ちょっぴり見せる優しさに、智紀も惹かれていった。
こうして、五月が過ぎ、六月に入った頃である。
智紀は、上官である結有と、その親友吹雪に連れられて、夕飯がてら居酒屋鳳翔にいた。智子は、今日も懲りずに、合コンである。
ちなみに、彼等が飲んでるのは、お酒ではなく、ウーロン茶である。
料理も美味しいこのお店は、未成年の軍人の子達も、よく利用している。
今日の智紀は、機嫌が悪かった。ご飯を食べても、むすーっとしたままだ。
「智くん、今日機嫌悪いね。智子さんは?」
「……合コンに行った。足柄って『おばさん』と」
「うん、本人には言わないほうが良いよ。あの人、
不機嫌な智紀を心配する結有に、むすっとする智紀。智紀の
その言葉に、結有は少し考え込んで……
「ねえ、智くん。キミさ、嫉妬してるんじゃないの?」
その言葉に、顔を真赤にした。
「しっ……嫉妬って、何言ってんの!?先輩!?」
年下だが、上官の結有は、彼にとっては先輩なのだ。そんな、真っ赤な顔になった智紀に、意地悪そうに続けた。
「ねえ、智紀さん。軍の偏見ももうないし、被害弁償も、もう終わったんでしょう?智子さんに借りたお金も返して。別に、軍属続けなくても、他の仕事をしても良いんだよ?軍に残るにしても、他部署に」
「智子さんが断ってるって、司令官から聞いた」
その言葉に、結有と吹雪は顔を見合わせる。
「智子さん、ダメンズ好きなところあるもんなぁ……」
と、呟くも、その対象が真横に居たのを思い出し、
「あ、ごめん!」
と、謝った時には、既に智紀は、不貞腐れていた。
「どーせ俺は、ひったくり犯の、ダメンズだよ」
「あー、ごめんなさい!今日は、僕の奢りでいいよ!」
「よろしい、上官殿。ゴチになります」
ゲンキンに元気を取り戻した智紀に、結有は笑いかけると、年上の後輩に語りかける。
「智紀くん。想いはね、
「むぅ……」
唸る智紀に、吹雪も笑いかける。
「男の子なら、当たって砕けてみるのもいいよ。駄目だったら、またここで残念会して、そっから考えましょう」
「当たって砕けるの前提で、言うなよぉ……」
もはや、二人の女子の、玩具にされかけている、智紀だが、
「でも、ありがとう。
そう言うと、ふっと優しい笑顔に変わる二人。
「よし。それじゃあ、今日の合コンの
「「「かんぱーい!!」」」
その祈りが通じたのか知らないが、さっさと帰ってきた湊が、吉報(?)を届け、
今夜も、足柄と智子は、BISTRO KIYOSIMOで、清霜から、心の処方を受けるのだった。
ほろ酔いになって、那智の車で送ってもらい、ちょっとふらついた足で官舎に向かおうとしている智子の行先に、智紀が立っていた。
「何やってんのあんた。営内消灯じゃない?」
「司令官から、許可をもらってある。高天原中佐に話がある」
「……」
酔いを醒ました智子は、真顔になると、軍港に行きましょうと声をかけ、自分は埠頭に向かう。
智紀はそれに続く。
「……軍、辞めたいのね?」
自分としても、返済完了した時点で覚悟の上だった。
割りと被害額が少ないのと、自分のコレクションを売却したお金と、二ヶ月の軍属給料で、返せていたのだ。
「ちがう。高天原中佐……いや、智子さん!好きだ!付き合ってくれ!」
「…………え?」
何かのドッキリじゃないか、ときょろきょろと、あたりを見回す。そして、狼狽え出す。
「あの、智紀?なんかの冗談?そりゃ、私はかまわないけど。ほら、もう32だし、性格きついし、毒舌持ちで口悪いし、それに……処女よ!?」
「…………」
ポカーンとしている智紀。己の言っていることを思い出し、顔を赤らめる智子。
「……最後のは、ともかく。そういうのを含めて、俺は智子さんが好きだ。駄目なら、駄目って言ってくれ!そしたら、諦めて軍を辞め…」
言い終わる前に、智子に抱き締められていた。
「……本当は、もっと背の高くて、しっかりしていて、
「智子さん、年収二度言った」
抱き締め返しながらも、ツッコミを入れる智紀。
「……でも、そんな男より、智紀、貴方のほうが好きだって気付かされたわ。ありがとう……」
己より長身の、智子の顔を見上げると、智子は涙を零して、笑っていた。
その顔を見上げながら、智紀も抱き締める力を強めた……
その光景を、艦娘寮の窓から見下ろす、結有と吹雪。
結有も、艦娘寮の規定と軍属待遇の穴を突いて、
「ほら、うまく行ったでしょ?」
「そうだね、結有ちゃん」
ふふっと、その後口づけを交わす二人を見届けてから、それぞれのベッドに就いて、灯りを消した。
翌日も二人は、表面上は変わらない。
「智紀!昨日、用意してって頼んだ会議資料、コピーしてないページあるんだけど。馬鹿なの?死ぬの?あんたの馬鹿は、横綱級なの!?」
「す、すんませんっ!」
必死に頭を下げて謝る智紀に、ふっと笑いを浮かべてから。
「よろしい。10分でやり直しなさい!」
「イエスマム!」
元気よくコピーを始める智紀に、総務部は笑いに包まれた。
少し変わったのは、仕事終わりに、時々居酒屋鳳翔へ、カモフラージュ要員の結有と吹雪と一緒に、智紀を連れて、食事に行くようになったのと、
合コンの誘いを、断るようになったことである。
結局足柄は、「智子の裏切り者―!」と叫びつつ、今度は数合わせで、湊と、
結局、湊と、お酒が強い上、広報の仕事柄、お話の上手い鈴木大尉のお陰で、足柄の婚活は、未だ満足の行く結果を迎えていない。
このままだと、先に鈴木大尉が結婚しそうだ。彼女も
当分、清霜の
そんな智子が、サプライズを仕掛けるのは、半年後の12月のこととなるが、
今はまだ、智子以外は知らない。
というわけで、15歳年下の彼氏ができた智子さん。
ちょっとダメンズな彼氏を自分色に
あと足柄さんと足柄さんファンごめんなさい。
ちゃんと後日吉報をお届けする予定です。