吹雪とランニングする結有(チャリだけど)
軍港区画 各務原大尉の官舎。
各務原結有の朝は早い。
日の出前に目覚ましが鳴ると、もそもそと布団から出て、寝間着のままジャージを片手にバスルームに向かい、シャワーを浴びる。
士官用官舎は、リビングもバス・トイレもあり、民間のアパートと粗同じ造りとなっている。
シャワーを浴びて目を覚ますと、ジャージに着替え部屋に戻ってから、出かける準備をする。
セーラー服――まだ、軍属ではない為、制服は貸与されておらず、転校前の制服を制服にしている――と
お弁当と筆記用具をリュックに詰め込んで背負うと、制服に着替えて部屋から出てきた父と、階下の食堂で朝食をとる。
いつもなら父と出勤だが、今日は父は非番の為そこで別れると、駐輪場に停めてある自転車に乗って軍港庁舎へと向かう。
父は再び普段着に着替えると、今日は一日寛いで過ごすことだろう。
軍港区画内に官舎がある為、すぐに庁舎には着くが、体力錬成の為庁舎のロッカーにリュックだけ置いて、
島をぐるっと廻る道路を一周するのが、日課になっていた。
軽快に自転車を漕いでいると、前方から声をかけられる。
「結有さ~ん!おはようございまーす!」
キキーッとブレーキをかけて前方を見返すと、ジャージ姿の駆逐艦吹雪――第2艦隊副旗艦――がこちらに走ってきている。
「おはようございます、吹雪さん。朝練ですか?」
笑顔で問いかける結有に、吹雪は笑みを返す。
「はい、いつもの日課で島の周りを一周走ってるんです。結有さんはこれからお仕事ですか?」
「そうなんです、今日は
今日一日のスケジュールを大体叩き込んでいる、やる気に満ち溢れてる相手に、吹雪は笑顔を向ける。
「結有さん、がんばってくださいね!」
「はい……よかったら、ご一緒していいですか? 私自転車ですけど」
「もちろん!でも、無理しなくていいですからね。ここからスパートかけるんで」
「大丈夫です!体力には僕、自信あるんです!」
丁度中間地点だった為、結有は来た道を折り返す事となる。
上りは気を使って結有のペースに合わせるも、
下りは吹雪は速い速い、結有は自転車でも、本気モードの吹雪との距離を詰められない。
「ちょ!ふぶきさ……!!」
どんどん離されていく距離。自転車で負けるものかと全力で漕いで……
軍港埠頭。
「結有さん、大丈夫ですか……?ごめんなさい。まさか、本気で追いつこうとしてたとは思わなくって……」
埠頭に着くなり、自転車を立てる気力もなく、コンクリートの地面に倒れ込み大の字でぜえぜえ言っている結有に、吹雪は心配そうに声をかける。
「だ……だいじょば……ない……」
さすがは高練度の艦娘……酸素の足りない頭でぼんやり考えながら、早朝の空を見上げる結有……
なんとか酸素を補給すると、むくりと起き上がる。周辺を見ると、陸戦隊はもう訓練を始めていた。
「はい、どうぞ」
目の前に差し出されたスポーツドリンク。そちらの方を見ると、吹雪ももう片手にスポーツドリンクを持っていた。
「あ、いただきます……」
受け取ると、一気に半分くらい飲み干す。
「結有さん、凄いですね」
ポツリと呟くように話す吹雪に、結有は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「そんなことないですよ。全然追いつけなかったし」
「あの。自転車とは言え、中学生に普通に追いつかれたら、私達艦娘の立つ瀬がないんですけど」
吹雪に、てしっと肩に手の甲でツッコミを入れられると、結有は一瞬キョトンとしてから笑い出す。
「はは、そうですね」
「でも……努力は絶対に裏切らない。そう思ってます」
そう力強く言う吹雪に、結有は目の前の相手が、どれだけの努力を重ねてきて、今ここにいるのかが少し分かった。
「努力は裏切らない……ありがとうございます。吹雪さん」
深々と頭を下げてから、
「でも、見た目僕とそんなに変わらないから、ちょっと不思議ですね」
「あはは……」
「それじゃあ僕は、会議の準備を……」
吹雪が笑うのを見ながら立ち上がった瞬間、背後から忍び寄る
「寧ろ、吹雪より立派なモンもってんじゃん!」
参謀長の大村奈緒中佐が、がばっと結有の後ろから抱きついて、その発育の良い胸部を鷲掴みにしていた。
「奈緒中佐!?」
「きゃああああああああああああ!!!!!」
驚いた吹雪が見たものは、耳をつんざくような悲鳴の直後、結有に足を踏んづけられた上で、強烈な肘によるリバーブローを叩き込まれる奈緒の姿だった。
「げふっ!」
反撃を全く予想してなかった奈緒は、その肘が肝臓に直撃し、一瞬意識が飛びかけるも、その直後に景色が一回転した。
「ちょ、ま……ぐえっ!!」
パニックで、恐慌状態に陥っていた、結有の一本背負いをモロに食らって、奈緒は地面に背中を強打していた。
……
「ぐぇっ、げほっ……」
「うわぁ……」
えぐい……と呆然としつつ、吹雪は背中の強打で一瞬呼吸が止まって青い顔をしている参謀長を見ながら、結有の顔を見る。
「って、奈緒さ……じゃなくて中佐! すすすすみません!!!」
その吹雪の顔を見て我に返った結有は、投げた相手を確認し……上官だと気づくと、あわあわと慌てるが、
「いや、これは参謀長の自業自得ですよ」
振り返ると、小柄な司令官、高梨湊准将が立っていた。
「お、おはようございます」
びしっと敬礼をする頃には、奈緒はよろよろと起き上がってくる。少々むせながら……
「げふっ……たはは……忘れてたよ、結有ちゃんが護身術、大尉から習ってたの……」
「すみません……」
吹雪は、結有が取り落としたペットボトルを拾って苦笑いで見ていたが、はっと我に返ると一旦ペットボトルを足元に置いて、
「おはようございます!司令官、参謀長!」
と、びしっと敬礼する。
「はい。おはようございます」
湊も吹雪に敬礼を返す。腰をさすりながら奈緒も敬礼をする。
その直後に、奈緒の携帯電話が鳴る。
「各務原大尉からだ。非番なのになんだろ?」
そう言いながら、携帯を取り出すと電話に出る。
「はい、大村です」
その直後、面白いくらいにサァァァっと真っ青な顔になる。
「えっ、何でそんなことをゴゾンジデ……え、今高天原少佐から聞いた!?」
その言葉に湊と結有が庁舎の方を見ると、窓辺で秘書艦電と高天原智子少佐がこちらの方を眺めていた。
智子は無表情で、電は笑顔で、結有に仇は討ったと言わんばかりに、Vサインを向ける。
「あ、僕、幕僚会議の準備しないと!」
これで、父の電話の意図を察した結有は、庁舎に向かって走って行ってしまった。
その後その場に残った湊は、普段着のまま恐ろしい形相でやってきた各務原大尉に「ちょっとお話があります。参謀長」と、哀れな奈緒が倉庫裏に連行されて行くのを、見送ることとなった。
般若と化した大尉の説教は、湊が幕僚会議が始まる15分前に「まあまあ。反撃も食らってましたし、その辺で」と、止めるまで続くこととなった……
その頃、その様子を会議室の窓から眺めていた結有は、
「父さんって、僕のことになると、途端にああなるんですよ……彼氏なんぞ連れて来たら、そいつをぶっ飛ばすとか言ってるし」
と、軽く溜め息を吐いて呟いた。
それを聞いた、電と智子は二人顔を見合せて、お互い引きつった苦笑いを浮かべているのを、目にすることになった。
ああ……溺愛されてるな…… 将来、この子結婚大変だろうな、と未婚の少佐は思ったことだろう。
コンクリートに背負投はやめよう(迫真)