そこには智子への深い愛があった。
入学決定から夏に至るまでの彼の戦いとは。
――お客様扱いは終わりだ。
その、教育課長各務原裕二中佐の言葉に対し、彼は強い決意を持った瞳で、前を向いていた。
高天原智紀は、士官学校に入るにあたって、軍大学への入学を早める『
それは、あの結婚の日初めて肌を重ねた後、眠っていた時の夢だった。
それは、あらゆる奇計奇策を駆使されて、徹底的に叩きのめされるシミュレーションの画面。
それを見つめている若い智子は、蒼白になっている。
手元には、びっしり手垢の付いている戦術教科書と、びっしり書き込まれたノート。
勝率100%の同級生に対して、万全の体制で臨んでいた。
最初の段階で、ベストを尽くせない状態になっていた。
そして、ブースから出たところにいたのは高梨湊。今の彼女より、『
「今までの努力が……」
という言葉に、投げかけられたのは、
「大した事ない、努力でしたね」
と、笑顔と共に叩きつけられた
「!!」
ばっと目を覚ました智紀は、眠っている智子を見る。
心をつなげる
「そうか……
その智紀の瞳には、静かな怒りが灯っていた。
その日から、戦術を学び始めた。
まずは、『
そして、士官学校とリンクしている戦術シミュレーションコンピュータのアクセス権限をもらった。
ひたすら戦術を学んだ。それと並行して、他の学科の勉強も、結有や吹雪と行った。
休みの日には、いろんな所に出かけて戦術を学んだ。
ちょっとデートの頻度が減った智子は、最初のうちご機嫌斜めだったが、彼の真意にはいち早く気づき、協力するようになっていた。
智子は、中部管内の戦術のエキスパートを何人も紹介して、智紀は彼らのアドバイスも、聞きに行った。
最大限協力してくれたのは、志摩泊地だった。
前線に出ていた、艦娘達の話も聞いて、参考にした。
彼の心には、大きな炎が燃えていた。『
腐って腐りきって、自らも傷つけて、ヤケになってた自分を変えてくれた大切な人への、彼なりの
士官学校に入った頃から、結有や吹雪とは、距離を置くようになっていた。
結有が起こした『不良学生鎮圧事件』も、『ファンクラブ結成』も、『ハーレム結成事件』すら見向きもせずに、勉学に励んだ。
シミュレーションは、学生の間は、教官の許可が必要である。
自由に使えるのは、上位学生のみだ。今の時代は、戦術に特化するより、バランスを重視していたからだ。
その為に、実技もしっかり熟す
そんなある日、智紀は、校長である安藤龍との、面会の機会を得ていた。
「校長閣下。小官に『
「私に、面会を希望していると聞いたが……戦術など、授業でやるだろう?」
安藤龍は、訪問の用件に、訝しげな顔をする。
「小官は、『
「………」
安藤は長い沈黙の後、彼の意図を察し、笑い出す。
それを、訝しげな顔をしてみる智紀。
「校長閣下?」
「クックック……いや、申し訳ない。その動機は、『仇討ち』かね?忘れてはいないかね?私は、高梨くんの対番の、そのまた対番の
その言葉に、「はぁ……」と答えるのみだ。
「よろしい。少々待ち給え」
そう言うと、校長室の書棚の奥に置いてある、古ぼけたノートを数十冊取り出す。
「これは、私が四年間の勉学で書き溜めていた、戦術・戦略メモだ。これを貸与しよう。だが私は、
そう言いながら、引き出しに置いてあった、カードを取り出す。
「これは、戦術シミュレータのパスカードだ。校内規定の『勉学意欲が
そう言ってから、付け加える。
「君も、来年には、対番の世話をすることになるだろう。挑戦できるリミットは、『一年間
「はっ!」
パスカードとノートを受け取って、敬礼をして出ていく智紀を見送ると、安藤は窓から空を見上げた。
「どうやら『
自身や草加ですら成し遂げられなかった、不敗への挑戦。自身は、別の形で自分を納得させた。
それでも
「わ…わかんねぇ!?っていうか、読めねえ!?」
隠語や、自分だけに分かる言葉を多用する、走り書きに近い安藤ノートの
だが、一冊読み解いてしまえば、あとは楽だった。
「理解を欲しない天才、か……」
智紀は、安藤龍のストイックなまでの孤高な姿勢に、改めて敬意を感じていた。
その頃には、結有や瑞希が様子を見に来るようになった。
瑞希の話は、かなり役に立った。『
結有からは、『喧嘩の仕方』を聞いていた。それは戦術概論にも直結する。護身三論が、戦術にも通用する事に気づいたのだ。
対番である加納明彦も後輩の為に、色々な戦術本を借りて、手伝ってくれた。
それを踏まえての、『
結果は、惨敗だった。
兎に角、後手後手に回った。戦略上の
「これか……?智子の感じた絶望感は」
この対戦で、それに気づいた智紀は、『不敗の女神像』との
その翌日から、高難度のAIと対戦。兎に角、敢えて相手の戦略と相性の悪い戦術を繰り返す。
それは、奇計奇策を通り越して、『
対番の加納も、結有も吹雪も、その二人の先輩も、智紀がおかしくなった、と心配するくらいだった。
一人、瑞希だけは、『
最初は勝率が低かった、そのシミュレーションも次第に、勝率を上げていく。
その裏で、高梨湊は秘密裏に、『不敗の女神像』のアップデートを、繰り返し行なっていた。
彼女にだって、『
いろんな先輩達から吸収した、先人の知恵も、全て注ぎ込んだ。
これで負けたなら、もう
季節は、八月になっていた。
専念できる期間は、
この夏季休暇前が、最後に挑戦できる期限……これが、泣いても笑っても
最終授業日を、対戦日に選んだ。
「頑張ってね。僕達応援してるから」
皆を代表して、結有が声をかけた。
その噂は広まり、校内の学生の多くが、伝説の終焉を見届けに来ていた。
艦娘の艦隊編成は、敢えて
戦艦2、空母2、雷巡2の、攻撃型である。
コンソールに座ると、相手側のAI起動をする各務原中佐が、コンソールを操作して、『MT-AIVer.F』のロードを行った。
「それでは、始め!」
安藤龍の号令と共に、戦闘は始まった。
智紀は、全軍を突っ込ませた。
「全軍突撃!押し潰せ!」
全員は、狂ったか?!と思った。だが、
彼女の奇計奇策は、相手の常識を破壊すること、に気づいた智紀は、『
兎に角、空母を真っ先に潰す。制空権を奪い返すことに専念した。
初手は、雷巡2に防空を任せ、空母を守る。
戦艦の砲撃で、敵陣を崩す。
相手が手を変えれば、それに対応した、オーソドックスの方法を取る。
『
それを繰り返す。それには、かなりの精神力が必要だった。兎に角、臨機応変に頭脳を回転させるのと、冷静な判断力を維持する必要があった。
皆、不敗の女神伝説に目が眩んで、
『これは、高梨湊
そして、漸く智紀は、戦術の切れ目を見つけた。
「よし、艦載機は引き上げろ。雷巡突撃。魚雷を叩きつけろ!着艦のタイミングを狙え!」
その、僅かな隙を見出したのは、開始から二時間後だった。
『不敗の女神像』に、
空母に、轟沈判定が出された。
「今だ!」
「智紀くん!」
「意地を見せろ!!高天原!!お前の『
結有が叫び、吹雪が続き、対番の明彦が叫ぶ。
「よし!戦艦、砲撃開始!空母は、第二次攻撃隊発艦!」
敵戦艦が、炎に包まれる。
「それまでっ!高天原候補生、判定S!」
安藤龍の声が、シミュレーションルームに響き渡った。『不敗の女神像』が『
『………』
その言葉に、全員が沈黙して、
「いやったぁぁぁぁぁ!!!!!智子!!!やったぜぇぇぇぇぇ!!!!」
智紀が立ち上がり、両手を突き上げて叫んだ。
その様子を、特別に中継してもらっていた、中部警備府司令官執務室で、智子と湊が見ていた。
「
ちょっぴり、悔しさを滲ませて、それでも漸く、『不敗の女神』伝説に、終止符を打った解放感も帯びた笑みを、湊は浮かべていた。
「ふふ。やっぱり
そう言うと、ふふっと笑う智子。
「ねぇ。貴方の
ふっと、悪戯っぽく笑う智子は、現在妊娠五ヶ月。
その事実を、モニターの先で胴上げされている、智紀は知らない。
もちろん、妊娠の事実も湊と山本軍医少佐だけの、
そろそろ、公表するには、いい頃合いだろう。
夏季休暇で、彼等が明日、帰ってくる。
この中部警備府に……
高天原智紀は、この時三つの称号を得たのだ。伝説を終わらせた、『
そう。我那覇陽子が最後に組み込んだ、『MT-AI』の
『敗北した時、
こうして、陽子が組み上げた真の目的、『最強のAI』が目覚めることになった。
湊のアクセスも拒絶し、プログラム名称も、自ら『
姿を変えて、士官学校の生徒達に今後も立ちはだかる、『
だが、それに智紀が挑むことは、ないだろう。
地獄の門番「真の地獄はここからだ」
智紀くんは努力の天才です。