あれから早10か月が過ぎて2月26日。とうとう雄英高校ヒーロー科の受験日がやってきた。
やれることはやったし慢心を生み出さないくらいの自信というものもある。後はそれをこの場で出し切るだけの話さ。
それはいいのだけれど、いつまで待っても出久が現れる気配がないな。特に約束をしたわけでもないのだけれど、校門のところで待っていても姿を見かけない。
「みっちゃーん!」
と思っていたけれど、どうやら杞憂だったみたいだ。
遠くから手を振りながら走ってくるのは、間違いなく私の幼馴染である緑谷 出久その人に違いない。
今日も例のトレーニングをさっきまでしていたのだろうとは思っていたけれど、本当にギリギリを攻めてくるんだね。
出久は私の近くで走るのを止めると、肩で息をしながら私に謝罪を始めた。
「ご、ごめん、まさか待ってくれてるなんて思わなくてさ」
「私が勝手に待っていただけのことだよ。それに一人では少し心細かったからね」
心配そうな顔をする出久にニコリと微笑んでやると、向こうもぎこちないながらニッと歯をみせるような笑顔をみせた。
実際のところ待っていたのは後者の要因も関係してるからなんとも言えないんだけどね。
流石の私も物怖じくらいするよ、さっきと言ってることが違ってくるけどさ。
「どけデク、風女! 俺の前に立つな、殺すぞ!」
「かっちゃん!」
「おっと、それは穏やかじゃないね」
私達がそんなやりとりを交わしていると、後方からいつもと変わらぬ恐ろしい形相の彼が。
あれから気持ち大人しくなったような気はするけれど、勝己の言動が大きく変わったということはない。
変わったというなら出久にちょっかいを出さなくなったというくらいのところかな。勝己も勝己で思うところがあったのなら幸いなんだけど。
とにかく変に絡まれて悪目立ちするのもなんなので、まるでホテルマンの如く道を譲って差し上げる。
でもそんな芝居がかった様子が気に入らなかったのか、勝己は吐き捨てるようにケッと言いながら私たちの横を通り過ぎて行った。
「み、みみみみみっちゃん、僕らも行こう!」
「いやキミね、何もされてないんだから足を震わすことはないだろうに」
幼いころからの経験が条件反射でも植え付けたのか、出久の足は目にみえてガクガクと震えているじゃないか。
確かに勝己の顔は恐ろしいまであるが、そんな状態のまま歩き出そうとすると転んでしまいそうだよ。
って指摘しようとした時には既に遅く、出久は自分の足に引っかかって見事なまでに前方へ傾いていく。
後は転倒するのを見守るばかりかと嘆いていると、徐々に倒れていった出久身体が空中でピタリと止まった。というかこれは、浮いている?
む、よく見ると茶髪で頬の赤らみがキュートな女子がなにかしらの個性を使って出久を助けてくれたみたいだね。
「大丈夫? 勝手にごめん、私の個性なんよ。受験の日に転んだりしたら縁起悪いよねぇ」
「わっ、あ、ありがとう!」
「私からも礼を言うよ、連れを助けてくれてありがとう」
「ええよええよ、気にしなくて! じゃ、お互い頑張ろうね!」
私が他人の転倒をフォローしようとするとなると、風で浮かせるくらいしかなくなってしまう。そしたら助けようとする対象以外に被害が及ぶから手が出せないでいた。
彼女の個性は物体を浮かせることができるのかな。だとすると、これほどまでにないくらい救助に向いている個性だね。
本人も私たちの礼に対して爽やかな様子で対応してくれたというか、ヒーローを目指すにふさわしい器だと心から思う。
まるで天使のような笑みを浮かべて去っていく彼女の背中を、なんだかほっこりしながら二人して見届けた。
「……あっ、名前聞きそびれちゃった」
「合格してからでも遅くはないと思うよ」
「うん、そうだね!」
確かに、彼女があまりにも爽やかなものだから自己紹介をするのも忘れてしまったよ。
出久と同じように失礼なことをしてしまったと思いつつ、やる気を出させる意味も含めて合格してからちゃんと自己紹介をし合おうと提案してみる。
彼女のほうが落ちたら意味ないって? そこは心配ないよ、なんだか彼女が落ちる気なんて微塵も感じられないのさ。勘だけどね。
出久は私の言葉に同調するかのようにして、グッと拳を握りつつ己を鼓舞しているようにみえた。
そんなこんなで会場入りすると、席順が左から私、出久、勝己ということで出久はすさまじく戦々恐々としていた。向こうも向こうでやり辛そうではあったけどね。
そしてまずは筆記試験。折寺中学のテストと比べものにはならないくらい難しいが、手応えもあったしこれは問題なさそうだね。というか、普段から点数勝負で勝己と勝ったり負けたりできる時点で十分なのかも。
「今日は俺のライブへようこそーっ!」
「プレゼント・マイクだ……! 僕毎週ラジオ聞いてる……!」
「うるせぇ」
「時と場合は選んだほうがいい、とだけ言っておくよ」
……肝心の実技試験についての説明を受けることになったわけだが、いささか人選ミスを疑わざるを得ないんじゃないかな。
ボイスヒーロー【プレゼント・マイク】……。ラジオ番組をやっていたりとどこかDJっぽさが否めないヒーローだ。
というか寂しいことにこちらへ返事を求めているというのに、受験の場ということもあってか声を上げるものは誰一人としてない。
いや、ごめんよ。受験の場でなくても私が返事をすることはなかったろう。と訂正させていただく。
「こいつはシヴィー! 受験生のリスナー! 実技試験の内容をざっくりプレゼンするぜ! YEAH!」
それでもメゲずに同様のノリを続けるあたり、プレゼント・マイクはある意味とても強いハートを持っているようだ。
さて、それは置いておいて実技試験の内容を聞き漏らさないようにしなければ。
一応は入試要項にて事前に説明がなされていたが、私達はこれから10分間の制限時間で模擬市街地演習を行うことになる。この説明が終わり次第、指定された演習場に向かえとのこと。
勝己が気付いたが、どうやら友人同士で協力をさせないためのものらしい。その証拠に、私たち3人の演習場はそれぞれ異なっていた。
そして勝己は私たちを潰せないなんて舌打ち交じりに呟くが、この場合は本気なんだかどうかわからないな。言うまでもなく妨害行為が即失格なのは理解しているだろうし。
肝心のルールだが、演習場内に仮想
つまり、より多く、より強い仮想
「質問よろしいでしょうか!」
すると、会場にプレゼント・マイクとはまた違う意味で空気を変えるような声が響いた。
思わず目を向けてみると、いかにも真面目そうなメガネで長身の男子が大きく手を挙げている。
質問の内容というのは、プリントには4種の仮想
確かに私も気になりはしていたが、誤載だとすれば日本最高峰として痴態だとか散々な言いようじゃないか。ならキミは人生でミスを犯したことがないのかいとか、捻くれたことを聞きたくなってしまうよ。
「ついでに縮れ毛のキミ! 先ほどからボソボソと……気が散る! 物見遊山なら即刻ここから立ち去りたまえ!」
「す、すみませ――――」
「キミの無駄に大きい声もなかなか気が散ると思うんだけど、そこはどうなのかな?」
「ちょっ、ちょっとみっちゃん!?」
出久の
私が出久に対して抱く想いも加味して、気づいた時には反論してしまっていたよ私の馬鹿め。だが覆水盆に返らずだよ、出久。なに、口喧嘩は妙に強いから大丈夫――――
「む……それは確かに間違いではないな。済まなかった、謝罪しよう」
「いや、私も表現が悪かったね。こちらも謝罪させてもらうよ」
「オーケーオーケー! 仲直りが済んだところで質問に答えさせてもらうぜ!」
おや、以外にも向こうから謝罪を入れてくるじゃないか。なるほど、彼の場合は真面目が過ぎるパターンか。だとするなら完全に私の失態だ。
律儀に斜め45度の会釈をみせるメガネの男子に対し、こちらも立ち上がって綺麗な謝罪をみせる。それを丸く収まったと判断したのか、プレゼントマイクは説明を続けた。
例のプリントに記載されている4種目とは、いわゆるお邪魔虫。つまり倒してもポイントにならない0P
「有難う御座います! 失礼しました!」
「ほかに質問がないなら俺からは以上だ! 最後にリスナーへ我が校の校訓をプレゼントしよう!」
やっぱり彼は真面目過がぎやしないかな。
メガネの男子は頭が机に激突するのではという勢いで頭を下げ、それから席へ座り直した。
それ以上の質問がないことを確認したプレゼント・マイクは、今までにない真剣な様子で雄英の校訓を教えてくれるとかなんとか。
「かの英雄ナポレオンは言った! 真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者と!
(雄英、思っていた以上の規模だね……)
プレゼント・マイクの説明を受けてから出久、勝己と健闘を誓いながら指定された会場へ向かってみると、そこには私達が住む街となんら変わらない光景が広がっていた。
これが数ある演習場のひとつとなると、いったいどういう規模なんだい雄英高校……。だってこれ、その気になれば人とかも住めちゃうよね。
周りには私のように圧倒される者も居れば、そんなこと関係ないといわんばかりに気合十分な者も。うん、これは私も負けてはいられないね。
『はいスタート』
「ん?」
『どうしたぁ!? 実戦じゃあカウントなんてしてくれないぜ! 賽は投げられてんだよ!』
(なるほどね、もっともな言葉だ。それじゃあみんな、いこうか!)
プレゼント・マイクの声がアナウンスの要領で響いたかと思えば、どうやらあの気のないような掛け声がスタートの合図だったらしい。
あまりにも拍子抜けだったわけだが、プレゼント・マイクの言葉は全面的に正しいとしか言いようがない。むしろ困惑してしまった私質は反省すべきだ。
というわけで、気を取り直して私はトップでスタート。
かなりの風力を使うから迂闊に使うと危ないものの、私は自らを風で浮かばせることによって飛行が可能だ。こと機動力にかけては自信があるよ。
『標的補足! ブッ殺ス!』
「わかりやすく
そのまままっすぐ進んでいると、近場の壁をぶち破るようにしてプリントに記載されていた仮想
その発言はいかにも
腕に1と書かれていることからコイツは1Pの仮想
「
私が手を振り上げてから思い切り振り下ろすと同時に、音を立てるくらいの風が1P
ふむ、見た目に反して想像以上に脆く設計されているみたいだね。これなら打ち出すまでに時間がかかる
「あくまで1P相手の話だけど……ねっ!」
今度は近場に見えた1P
飛行能力を持たない1P
よしよし、とりあえずは順調だね。だがそれもここまでだ。ようやくではあるけど、あっけにとられていた他の受験生たちも動き始めた。
むしろここから、ここからの奪い合いが本番といったところだろう。
実技試験は苛烈を極め、互いに反則を取られないくらいに遠慮しながら各々が次々と仮想
私は主に上空を飛び回り索敵しながら、あぶれているのを見つけ次第に攻撃という形でポイントを稼いでいく。そして次の1体で――――
「45ポイント!」
うん、残り制限時間も少ない中でかなり稼げているんじゃないかな。残った仮想
いや待て、まだ0P
なんて一人で納得していると、突然すさまじい地鳴りが起きて体勢を崩しかけてしまう。
なにごとかとそちらに目を向けると、そこには――――
「おやおや、流石にそれはやり過ぎなんじゃないかな」
聳え立つビルをまるで積み木のブロックのように崩しながら、ソレは受験生の群れへと向けて闊歩を始めた。あれが、あれこそが0P
私の見込みが甘かったのか、それとも雄英がやり過ぎなのか、私の想定していた何倍もそいつは巨体だった。
単に大きさが脅威となるのを改めて知らされたというか、やつがたった一歩踏み出すだけで地形が変わってしまう。これは流石に分が悪いね、こんな中でポイントを稼ごうっていうのが無理というものだ。
ビルが瓦礫となって降り注ぐ中、他の受験生も逃げ惑っているし、むしろポイントの心配をするのはナンセンスっていう話でもある。
だから私が気にするべくは、逃げ遅れた人がいないかどうかだ。ライバル同士とはいえ、この状況は助け合うべきだよ。
そうやって周囲を見渡してみると、なんだか服や靴だけが宙に浮いているように感じられた。最初は目の錯覚かと思ったりもしたけど、あれはきっと透明になれる個性の持ち主!
なるほど、誰にも気づいてもらえないまま逃げ遅れてしまったか。ならば急いで救助を――――ってまずい! 彼? 彼女? の真上の瓦礫が崩れ始めている!
(間に合えっ!)
とにかく最高速で透明受験生の元へ駆けつけるも、立ち止まっている暇はなくタックルの要領で抱きかかえる。
見えはしないが、私の手に確かな温かみが感じられるからそこにいるのだろう。しかし、本当にギリギリセーフだった……。
安全圏へたどり着いたことを確認しながら振り向いてみると、そこには瓦礫が山をなしていた。あと数秒遅ければ、この子もろとも私も下敷きだったろう。
「おおっ、ありがとー! 助けてーって叫んだんだけど誰も気づいてくれなくって!」
「だろうね。それより暴れないほうがいいよ、見えないんだから落としてしまうかも」
見えはしないけど声からして女子、そしてなおかつ元気で明るい子みたいだ。
私に助けてもらえたことがよほど嬉しかったのか、まだ高いところを飛んでるのにジタバタ暴れだしてしまう。
半ば脅すようにして落ち着くよう促すと、今度は逆に不必要なくらい黙りこくってしまった。……なんだかよくわからない子だね。
あれが居る限りは完全なる安全圏なんてないだろうが、今から走って逃げても問題ないくらいの場所へ透明少女を降ろした。
「さて、ここならとりあえずは大丈夫のはずだよ」
「うん、本当にありがとね! でもキミはどうするの?」
「少しばかりカチンときてね、目にもの見せてやろうかと思っているよ」
ヒーローというのは常に命がけだよ。いつ死んだっておかしくない職業なのは私も理解しているさ。だけど妨害にしたってこれはあまりにも過ぎる。
これから未来を担うヒーローを育ててようというのに、あわや死人が出るような試験なんて馬鹿げているじゃないか。妨害ならもっと他にやりようだってあったはずだ。
それをやろうとしないのなら、私はそれを雄英の怠慢だと判断する。だからそのほんの少し対抗心を見せるため、0P
はぁ……まったく、自分でも思うけどつくづく損な性格をしているね。きっと出久のがうつったんだ。
これで残ったポイントは捨てたも同然だが、ここで人命よりポイントを気にするようなヒーローに私はなりたくないんだよ。
「ええーっ!? 危ないよ、一緒に逃げようよー!」
「……キミ、いい子だね。けど大丈夫、必ず雄英で再会することを約束するよ」
「……そっか、じゃあ約束! ゆーびきーりげーんまん!」
私の交戦の意思を察したのか、透明少女は見えない手で私の腕をグイグイと引っ張る。
その言葉は純粋そのもので、私は思わず感動してしまうほどだった。だけどキミのおかげで、ますます合格してやろうって気になったよ。
私の意思もそれなりに固いと思ったのか、透明少女は今度は見えない指で私の小指を絡めとり、そのまま痛いくらいの勢いで上下に振った。
そのあと服と靴だけがじゃあねーなんて言いながら去って行ったということは、離れたということでいいのだろう。
よし、そうなればやってやろうじゃないか。いこうかみんな、私に力を貸しておくれよ。
風に向かってそう語りかけると、私は再び自らを風で包んで飛行を開始した。そして0P
「やぁ、私と遊んでくれないかな」
機械相手に私の煽りが通用するはずもないが、とりあえず0P
0P
逆を言うなら当たってしまえばそれでゲームオーバー。一発でノックアウトなのだから気を引き締めてかからないと。
ビュンビュン飛び回って0P
私の個性は規模は大きいものの火力というものがない。こんな大きさのロボットにちょっとやそっとの風をぶつけたところで意味はないだろう。
ならば……柔よく剛を制す作戦で行くしかなさそうだね。そもそも狙いどおりになるかは賭けだけども。
「ほらほらこっちだよ、速度を緩めなきゃ遊びにもならないかい?」
それまで0P
0P
なんて頭の中でブツクサいいながら狙いを待つことしばらく、ようやくとして狙いどおりの行動をとってくれた。
私が待っていた0P
0P
「――――今だ!
0P
確かに両足をしっかりと地につけた状態ならば、私がいくら風を起こしてもこの質量ではびくともしないだろう。
しかし、こうして片足を上げた時ならばその限りではない。
人間だって同じというか、二足歩行する者の定めとして、片足を取られると簡単にバランスを崩してしまう。この巨体相手にイチかバチかではあったけれど……どうやら大丈夫そうだね。
「お、おい……嘘だろ!?」
「たっ、倒れるぞーっ!」
最初はこらえていたようだったが、いつしか0P
これまた大きな音を立てながら転倒した0P
だがまだ終わりじゃない。このままコイツを放置していると、そのまま勝手に立ち上がってしまうことだろう。だかこそここは一気にたたみかける!
「しっぺ返しってやつを喰らうといいよ。
今度の技は
これを同時にいくつも出現させ、私はあたりの瓦礫を巻き上げながら徐々に旋風を0P
それは巨大な石つぶてが舞う中に放り込まれたも同義。流石にこれだけの規模を用意したのならなにかしら効果があるはずだ。
私の個性は規模を大きくすると、攻撃対象が視認しにくいという欠点があるが――――どうやら効果に関して心配することはなさそうだね。
「おや、随分と格好よくなったじゃないか」
あちらこちらをボッコボコにへこませて、活動停止している0P
とはいえ完全に破壊したとは言い難いね、あくまで活動停止だ、ここ重要だよ。そこは残念かな、倒しきれないのはヒーローとしてアレだろう?
『終了~!』
ふむ、ちょうど試験終了……か。やっぱりこれは落ちてしまったかもしれないな。けど一矢報いることができたし、そこは満足ということにしておこうか。
試験終了の合図を聞き届けた私は、ゆっくりと地面に着地しつつ完全に個性を解除した。……と同時に、私の鼻からは生ぬるく赤い液体が垂れ始める。
あらら、
いやね、これが私の個性のデメリットというか、あまり無茶をすると脳のほうに影響がね。
まぁ自分でやったことなのだから仕方がない。
まず1枚取り出して鼻の下を伝った血を拭き、それから小さく丸めたティッシュを両の孔へと詰めていく。女の子としては不格好だが、これもある意味勲章というやつだよ。
そういうわけで、無意味に堂々とした出で立ちで私は試験会場を後にした。
勝己はとっとと帰って行ったようだが、逆に出久はいつまで待っても姿を現すことはなく、朝のように杞憂かなと思いつつも近場に居た試験官に問い合わせてみた。
なんでも気絶して医務室のほうへ運ばれていったのだとか、曰く腕や足をバッキバキに骨折させただとか……。
そんなことを聞かされては居ても立ってもいられず、医務室の場所を聞き出し猪突猛進の勢いで出久の元へと駆け付けた。
「出久っ!」
「こら、静かにおしよ。ここをどこだと思っているんだい」
「ご、ごもっともです。失礼しました。それより貴女は、リカバリーガールとお見受けしますが……」
「そうだよ、雄英で看護教諭をやってるのさ。ほれ、飴ちゃんお食べ」
怒涛の勢いで医務室の扉を開くと、いきなりお叱りを受けてしまった。確かに、焦っているにせよ騒ぎ過ぎにも程がある。
心を落ち着かせながら謝罪を述べると、そのあたりでようやく目の前の老婆がリカバリーガールであることに気が付けた。
彼女はかなり旧世代のヒーローで、前線を退きはしても未だにこうして縁の下の力持ちとしてその力を役立てているとは。感服、そのひとことに尽きる。
リカバリーガールの個性は治癒能力の活性化。つまり、人の自然治癒能力を最大限まで高めてくれるということだ。
どうやら治療そのものは受験後にすぐ済んでいたようだが、気絶したのは出久だけらしい。目が覚めるまで会場で放置、というわけにもいかないから搬送されたようだ。
「目が覚めたら帰っても大丈夫さ。鍵は閉めなくていいからね」
「失礼ですが、どちらへ?」
「他にちょっと仕事がね。そいじゃ、気を付けて帰りなよ」
リカバリーガールはヨチヨチと歩きながら、すれ違いざまに私へ大量のキャンディーを渡してそのままどこかへ歩いて行く。
医務室を開けても平気なのかと問いかけるが、どうやら治療が済んだ患者ばかりにそうかまけてはいられないようだ。
多分私が現れなければそのまま経過を診ていたのだろうが、連れが居るなら話は別ということらしい。そうしてリカバリーガールが扉の先へ消えて行った。
私はそこらの椅子を拝借して腰かけると、未だ目覚める兆候のない出久を見守りつつ、リカバリーガールからいただいたキャンディーを口へ運んだ。
そして口内で転がしていたそれが完全に溶けかけたその時、出久は目を覚まして医務室のベッドから飛び起きた。
あまりに突然だったために驚きはしたが、平静を装いおはようと声をかける。すると出久も状況がよくわかっていないようだがおはようと返してくれた。
このぶんなら本当に大丈夫だと判断し、軽く顛末を説明して状況の整理を行うことに。
最終確認を終えるとあとは帰るだけだが、なんでそんなにボロボロだったのかは……聞いても教えてくれないんだろうね。
向こうもそれを誤魔化すので必死だったのか、ブツブツ呟くようなマシンガントークに終始していた。
私は一言一句を逃すことなく耳へ入れ、適当な箇所で相槌を交えながら出久との会話を続ける。
……いつか出久が、その身に抱える何かを自分から話してくれるその日へ思いを馳せながら――――
透ちゃん可愛いよ透ちゃん。
見えないのになんであんなに可愛いのだろう。
作中用語解説
デメリット:翠が個性を使用する際にある程度の条件がそろうと、脳へのダメージが顕著に表れる。今回は軽度の鼻血で済んだが、場合によっては命を落とす可能性も。