3期はオールマイト引退くらいまででしょうか……?
多くの人は桜の開花や気温の上昇などに春の訪れを感じたりするだろうが、私は個性の特性からして春風に季節の変化を覚える。
何が違うかと聞かれて答えるのは難しいのだけれど、人間に例えてみると性格の違いとでも表現すればいいのかも。
冬なんかは冷静で落ち着きのある性格。春はシンプルに明るく陽気な性格と言ったところだろうか。
そんな明るい春風が、私にじゃれつきながらキャッキャと騒ぐようにに通り過ぎて行く。まるで子供を見守るかのような心地が宿り、私は思わず顔を綻ばせた。
で、春といえば進学や進級の時期でもある。
めでたく揃って3人とも合格した幼馴染組は、夢にまで見た雄英高校のへの通学初日を迎えるに至った。
私たちの通学形態と言えば、家の位置からして出久が風見邸へ立ち寄るのが常だ。高校になっても駅の関係で特に変化はない。
だから出久が現れるのをずっと待っているのだけれど、今日はとびきり遅いね。今日という日が楽しみで眠れなくて、結果的に寝坊でもしてしまったのだろうか。
「おはよう、みっちゃん。待たせてごめん!」
「構わないよ。ただ、少し急いだほうが良いかもね」
自宅の玄関前で風の声に耳を通していると、バタバタと慌ただしい様子で出久が姿を見せた。
出久は私を待たせてしまったと両手を合わせるようにして謝罪するが、特に常習犯ということもないし待つというのは嫌いじゃない。
だがいくら私自身が大丈夫だとして、時間そのものは待ってはくれないものだ。私が急ぐよう促すと、早歩きくらいのペースで駅を目指して進み始めた。
「フフッ……」
「い、いきなりどうしたの?」
「いやなに。こういう表現は失礼かも知れないが、まさか出久と肩を並べて雄英に通えるとはね」
「そうだね、僕が一番びっくりしてるよ。アハハ……」
小学校や中学校をずっとこうして登下校してきて、流石に高校ばかりは離れ離れになってしまうだろうという諦めのようなものがあった。
風のように生きることを信条としている私としては、出久に依存までしているつもりは毛頭ない。
ないけれど、焦がれている人物が隣にいてくれることほど嬉しいことはないだろう?
だからそれが嬉しくて、その反面でどこかおかしくて。つい、ふと、隠し切れない笑みが零れてしまったというわけさ。
「みっちゃん」
「ん、キミこそいきなりどうしたんだい?」
「僕、約束守るから。必ず守るよ」
「……そうかい。それは、うん、私にとってそれ以上の言葉はないよ」
出久が急に立ち止まるものだから振り向いてみると、キリリというか、男の子の顔と言ったら良いのかな……? そんな形容しがたい表情を浮かべていた。
冗談めかすように何事だと問いかけてみると、幼き日の約束を再確認したうえで、それを必ず果たしてみせると告げる。
その誓いこそが私をこの道へと誘った。だがそれも、出久が無個性ゆえにいつの間にか空しいものへと変貌を遂げて行ってしまう。
しかし、未だに私たちはこうやって肩を並べている。こうして同じものを目指して同じ学校へ通うことになった。
私の、私たちの夢をこれからも続けることができるんだ。本当にこれ以上のことはない。
「それと、その、えっと、せ、制服姿、大変麗しゅうございます!」
「ハハッ、キミはいつの時代の人だい。けど嬉しいよ、ありがとう。出久も様になってるじゃないか」
「そ、そうかな? えっと、ありがとう」
顔を真っ赤にしながら何を言い出すかと思えば、まさか制服姿を褒められるなんて思ってやいなかった。
出久と長いことやってきたけど、そういう方面でのことを聞かない内から褒められるのは初めての経験に近いかも知れない。
不意打ちなこともあってか柄にもなく盛大に照れてしまいそうだったが、いつもどおり爽やかに返すことに成功さ。
フフフ、甘いね出久。私を照れさそうなんて10年早いよ。まぁ出久にそんな意図がないなんてわかっているけど、お返しをさせてもらおうかな。
「ただ、ネクタイがあまりにもじゃないかな?」
「あっ、これ? 実は何度やっても上手くいかなくて」
「どれ、見せてごらん」
「み、みっちゃ……!?」
出久の胸元をよく見てみると、ネクタイの結び目が異様に膨らんでいて、それを代償とするかのように極端に全体が短くなってしまっている。
早い話が不格好というやつで、全体図として雄英の男子制服が似合っているのに台無しなのもいいところだ。
そこで私は出久の間合いに一歩近づくと、正面からネクタイを緩めて結び直す。将来役に立つかと思って練習していたけど、どうやら正解だったみたいだね。
私が近いせいか、それとも女子にネクタイを直してもらうという行為自体か。どちらかを察することはできないが、出久はわかりやすく恥ずかしそうにしている。
「これでよし」
「あ、あの、あり、ありりり……ありがと――――」
「練習しなくてもいいんだよ。私でよければ何度でも直してあげるから、ねっ?」
「僕、用事思い出したんで!」
「照れ隠しにしたって下手過ぎやしないかな」
私に感謝も言えないくらいに照れているみたいだったけれど、ここはトドメにもうひと押し。
ちょこんと首を傾げるようにしてウィンクしながらそう言ってやると、出久は勢いそのまま走り出してしまった。
用事とか言ってるけど、今用事があるとすれば駅に向かうくらいしかないだろうに。
私も走って追いかけはしたけれど、駅に着く前には落ち着きを取り戻してくれて一安心だよ。
ま、その後しばらくは目を合わせてはくれなかったけどね……。
「……大きいねぇ」
「そうだねぇ……」
無事に雄英にも辿り着き、その広さに四苦八苦しながらもなんとか自分たちの所属する教室にやって来ることができた。
私たちのクラスは揃って1-A。この感じならなんとなく勝己もそうな気がしてならないや。
さっさと入れば良いものなのだが、私たちはあまりにも巨大なドアに圧倒されてしまっているのだ。
それは軽く見ても縦幅は5m以上はあり、個性の影響で身体が大きくなった者への配慮というものが感じられる。
ちなみに雄英ヒーロー科の定員だが、一般入試で18名、推薦枠で2名の計20名。それが2クラス分の40名しか在籍できない。
……と、聞いていたのだけれど、なんだか1-Aは今年は21名になったとか聞いたな。粒ぞろいで絞り切れなかったのだろうか。
「ううっ、緊張するなぁ……。なるべく怖い人がいませんように……!」
「出久、多分だけど勝己が――――」
「言わないで、言わないで! 僕もなんとなく予感はあるんだ。けどわずかな可能性に賭けてるんだよ!」
雄英に受かっても小心者は相変わらずのようで、出久は己の平穏を祈り目の前で十字架を切ってみせた。
水を差すかなと悪い気はしたけど、中に入ったら高確率で勝己が待ち受けているであろう。
と、そう指摘しようとしたんだけれど、出久も一応はそういう予感がしていたみたい。流石は幼馴染、こういう時のシンパシーは随一だね。勝己も同じことを思ってそうだ。
そして出久はその場で大きく深呼吸。心を落ち着かせて、それから1ーAの教室へ足を踏み入れた。
「机に脚をかけるな! 雄英の先輩に申し訳ないと思わないのか!?」
「思わねーよ! てめーどこ中だモブが!」
「2トップ!」
「おや、メガネの彼もか」
教室に入るなり怒号が飛んだかと思いきや、早速勝己が揉め事を起こしているようだった。やれやれ、先が思いやられるね……。
口論の相手は例の……私が一方的に敵意を抱いてしまったメガネの彼。やはり真面目が過ぎるようで、勝己の返しを自己紹介を求めていると認識したようだ。
そんな飯田くんに対し、勝己はあろうことかぶっ殺しがいがあるとか言い出す始末。本当にヒーロー志望かという飯田くんのツッコミもがもっとも過ぎる。
後で謝らせよう、無理矢理にでも頭を下げさせてやろうと思っていたら、飯田くんは私と出久に気付いたようで、ゆっくり近づいてきた。
「俺は私立聡明中学の――――」
「あっ、聞いてたよ。僕は緑谷、よろしく飯田くん」
「私は風見 翠、よろしく。それより初日から苦労をかけるよ。彼の言動は矯正しようと努力はしたんだが……」
「余計なお世話だクソが! 頭下げてんじゃねぇよ、気色悪りぃ! ……てめっ、ガン無視してんじゃねぇぞ風女ぁぁぁぁ!」
自己紹介もほどほどに、とりあえず勝己の愚行について謝罪を入れておく。
私が頭を下げるとそれに倣ってか出久もペコペコし、勝己はうっとうしいから止めろと騒ぐが当然のようにスルーだ。
スルーされて歯をむき出しにする勝己。そんな勝己にビビる出久。そんな2人を見た飯田くんは、少し言葉を詰まらせて気にしないでくれと有難いことを言ってくれた。
「それよりも緑谷くん、君は実技試験の構造に気づいていたのだな……」
(そうなのかい?)
(ご、ごめんけど全然)
俺は気づくことができなかった! 君のほうが上手だった! と嘆く飯田くんを尻目に、本当に気づいていたかコソコソと問いかけてみる。
答えはもちろんノー。まぁそうだよね、気づいていたら合否確認の際にあんな心配そうなリアクションをしているのは不自然だ。
というより飯田くん、出久が構造に気づいていたからそうしたと思っているのなら甘い。単に出久を知らないというのはあるけど、いずれ身に染みることだろう。
気づいていたから助けるとか、出久はそういうのじゃあないんだ。助けたいから助けて、それで満足な男なんだよ。
……かっこいいんだよね、そういうところがさ。
「あっ、そのモサモサ頭は……地味めの! プレゼント・マイクの言ってたとおり受かったんだ」
「キミ! いやっ、僕のほうこそ直談判なんかしてもらっちゃって……」
「え、なんで知ってるの? って、隣にいた美人さんも! みんな一緒のクラスで嬉しいな」
「こちらこそ、キミのような子と同じクラスで光栄だよ。私は風見 翠、よろしくね」
そうやって出入り口付近でウダウダやっていると、続いてやってきたのは素晴らしい心をお持ちの天使ガール。
出久の縮れ毛がよほど印象的だったのか、見かけた途端嬉しそうに表情を明るいものにした。そして私のことも覚えていたようで、照れるような例えでズビシと指をさされる。
光栄だなんて大げさなと向こうは言っているけれど、あんな行為をみせられた後ではそう思うのも無理はないと言うものだよ、麗日 お茶子さん。
ふむ、それにしても……あの日に関わった人たちが見事に揃っているね。これなら透明少女もこのクラスなんじゃ――――
「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け。ここは――――ヒーロー科だぞ」
そうやって騒いでいると、ドアの奥――――廊下のほうから何者かの声が聞こえた。そちらへ目を向けると、なんというか、かなりシュールな光景が広がっているじゃないか。
なんだか凄くかっこつけた風のセリフだったっていうのに、言った本人が寝袋に入って横たわっているなんてシュールに決まってるよ。
しかもなんか一瞬にしてゼリー飲料を吸い尽くしながらだし、ここまでくると笑わせにきているようにしか思えない。
「ハイ、キミたちが静かになるまで8秒かかりました。キミたちは合理性に欠くね」
男性はノソノソと寝袋から出てくると、いきなりお小言をかましてくる。その風貌をみるに神経質そうには見えないけれどな。
手入れの行き届いていない男性にしては長い黒髪、というよりもうボサボサ。明らかに数日は剃っていないであろう無精髭。極め付けには死んだ魚のような目……って、それは神経質とは関係ないか。
「担任の
「ってことは、この人もプロヒーロー……?」
ここ雄英学園高等学校において、教科を担当する教員は100%プロヒーローであるはずだ。
出久の影響でヒーローには詳しいほうだと思っていたけれど、相澤先生にはまったくもって見覚えというものがない。
隣で聞こえた呟きからして出久も心当たりがなしか。出久が知らないってよっぽどのことだよ相澤先生。いったいどれだけメディアを避けてきたのかと。
「早速だが、これ着てグラウンドに出ろ」
そう言って相澤先生が寝袋を漁って取り出したのは、青地に白で大きくUAと刻まれた学校指定用ジャージ。
あまりのいきなりさに1ーA内はざわめきで包まれるが、流石に従わないわけにもいかず全員は指示どおり行動を始めた。
いざグラウンドに出てみると、陸上用のトラックやコースが綺麗にライン引きされている。
わけもわからぬまま従いはしたが、まさか体力テストをしようと言うんじゃないだろうね。
私のそんな懸念はあながち間違いではないが、半分くらいは正解だったようだ。
「「「個性把握テストぉ!?」」」
「入学式は!? ガイダンスは!?」
「ヒーローになるならそんな悠長な行事に出てる時間はないよ」
相澤先生から告げられたのは、これより個性把握テストを行うという淡々とした説明のみだった。まぁこれから詳しい説明はあるだろうけどさ。
しかし何につけてもテンポが早過ぎるせいか、何人かが口を揃えて驚いたような声を上げ、麗日さんは至極真っ当な質問を投げかけた。
それに対しての回答は賛同できる部分はあるけど、風の噂に耳を傾けてみると他のクラスは普通に入学式をやっているみたいだ。
逆に向こうからするとなぜ1ーAは一人として出席していないのかという、場を混乱させる事態にまで発展してるじゃないか。
「雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは先生側も然り」
あまりにもフリーダムが過ぎると考えているのが読まれでもしたのかと内心焦ったけど、相澤先生は前置きをしておきたかったらしい。
相澤先生はソフトボール投げや50m走など個性不使用の体力テストについて言及し、画一的な記録を取り平均を作りたがる国の怠慢だと切り捨てた。
そこは賛同したくなる部分というか、他と違う物事を自らのパーソナルスペースから排斥しようとする日本人の悪い傾向だ。……そのせいで出久だって。
「風見。いや、爆豪。個性使っていいから投げてみろ」
意識を遠ざけかけている間に名を呼ばれて焦ったが、フェイントかのように対象が勝己へ切り替わった。
本来は入試1位にでもデモンストレーションをしてもらおうかと思ったのかも知れないが、個性からして見た目がわかりやすい向こうが選ばれたのだろう。
個性を使っていい、円の中から出なければ何をしてもいい。相澤先生のそんな説明に胸躍るのか、勝己はまるで敵のような表情を浮かべつつ助走をつけ――――
「死ねぇっ!」
ソフトボールが手元から離れる瞬間に爆破の個性を使用し、投てきに文字どおり爆発的勢いをつけた。
爆煙を突き抜けるかのようにしてソフトボールは飛んでいき、見る見るうちに視認できるのが難しくなってしまう。
その様はどちらかといえばソフトボール投げというより、大砲の発射の瞬間を目の当たりにしているかのような錯覚すら感じた。
そして勝己が叩き出した記録は705.2m。きっとそこには、見るも無残に黒焦げなソフトボールが転がっているのだろう。
「なんだこれ、面白そう!」
「個性を使っていいなんて流石ヒーロー科!」
勝己の記録が公開されると同時に、数人を除いた大半のクラスメイトたちは盛り上がりを見せた。
中には純粋に勝己の記録を称賛するような声も混ざっており、黄色い声というか、そういうのを好む勝己的にはご満悦のようだ。
しかし良いのかな、相澤先生を前にしてそんな迂闊なことで盛り上がってしまってさ。
なんでそう思うのかって、私は確かに相澤先生の風向きが変わるのを感じ取ったからだ。
「面白そう……か。ヒーローになるための3年間、そんな腹づもりで過ごすつもりか?」
ほらね、こういうことになる。
怒りまではしていないだろうが、相澤先生の発言にも一理あるというものだよ。
雄英に受かって浮足立つのはわかるけど、私たちは数えきれない人数の受験生を蹴落としてここに立っている。
審査の基準からして私たちは選りすぐりと言うやつだったのだろうが、それでも通い始めたからにはヒーローになる義務があるというものさ。
相澤先生曰く生徒の如何は先生の自由。それにより、トータル成績最下位の者は見込みなしということで除籍処分という宣告がなされた。
だがいきなりそんなことを言われても納得がいかないのか、麗日さんが理不尽だと声を上げた。
まぁ彼女の性格からして、他人の心配をしたうえでの発言である可能性のほうが高そうだけどね。
「自然災害、事故、
む、相澤先生……もっともなことを言うね。その言葉にはとても納得させられるよ。
例えばプロヒーローになったとして、昼寝をしていたらいきなり敵が襲ってきたとしよう。戦う準備をしていなかったので理不尽だと思います、なんて言葉が通じるはずもない。
そこはオールマイトが言っていたように、ヒーローは常に敵か時間との戦いだというやつだろう。
いつ何時、どんな理不尽が襲い掛かってこようとも対処する。それこそがプロってものだ。
「これから3年間、雄英はキミたちに苦難を与え続ける。
Plus Ultra……。なるほど、相澤先生の忠告が本当なのだとすれば、これほどまで校訓としてふさわしい言葉はない。
面白そうとかいった浮ついた気分のつもりではないけど、なんだかワクワクし始めている私が確かにあった。
そしてデモンストレーションは終わりだという相澤先生の言葉を皮切りに、いよいよ本番が始まる。
第一種目は50m走のようだ。個性を使って良いとなれば言うまでもなく私の得意種目なんだけど、う~む、ここはひとつ手を挙げておくことにしよう。
「相澤先生、よろしいでしょうか」
「なんだ?」
「出席番号順で走っているところ悪いのですが、私は1人で走らせてもらえないでしょうか? 意図せず隣の走者を妨害してしまうのは心苦しいので」
「……良いだろう。風見、お前は最後に走れ」
手を挙げれば自然に注目は集まるというもので、みんなの視線を気にしないようにしながら相澤先生に質問をぶつけた。
個性把握と言うのはあくまで自分たちの得手不得手を再確認するという意味であり、教師陣は生徒の個性を承知しているはず。
というか、他がしてなくても相澤先生はしていると確信めいた何かが私の中にはある。
その証拠として良いのかはわからないが、相澤先生は少しだけ考えるような仕草を見せてから私の申し出を承諾してくれた。
涼しい顔して感謝の言葉を述べたりしているが、これは自らハードルを上げてしまったようだね。みんなのどんな個性なんだろうって顔が気まずくてならないよ。
……あれ、最後に1人って長時間この視線に晒され――――っていいや、邪魔したくないって言うのは本音のつもりだし。大人しく列の最後に回っておこう。
「ねぇねぇ、私のこと覚えてる?」
「透明少女じゃないか。やぁ、約束どおりに再会できたね」
「私のことちゃんと覚えてるってめっずらしいー! ほらさ、影薄いって言われるんだよねー」
「わ、笑うとこかな? 影どうこう以前の問題に感じるけど……」
列の最後尾に回ろうとしたところ、宙に服や靴のみがフワフワと浮いている不思議な現象が起こっていた。
もちろんこの現象には覚えがあり、受験の際に知り合った透明の個性を持つ少女との再会の瞬間だ。
というか、むしろ一度見たら忘れないような気もするけど、そこはどうなんだろうね。いや、見えてはないんだけど、細かいことは言いっこなしさ。
しかし……あの時だけ透明になっていると思ったのだけれど、この調子だと常に発動しているみたいだ。異形系に近い個性なのかな。
「アハハ、そこはインビジブルジョークってことで! あっ、私は
「風見 翠だよ。よろしく、葉隠さん」
「透で大丈夫だよ。命の恩人なんだから遠慮しないで!」
「そうかい? なら私のことも好きなように呼んでね、透」
どうやら彼女の冗談は笑って良かったらしい。しかし、これでようやく自己紹介らしいものをできたね。
葉隠 透さんか。超人社会の昨今だし、やはり親御さんとかも透明なのかな……。だとすれば意思疎通に不便があったりしないのだろうか。
なんてどうでもいいことを考えながら苗字を呼んでみると、フレンドリーなことに名前を呼び捨てにしてくれてかまわないとのこと。
見えはしないけど本当に元気というか、たぶんだけどブンブン腕を振り回しているんだと思う。
「おっと、これ以上やっていたら相澤先生が五月蠅そうだ。透、また後で」
「うん、お互い頑張ろうね!」
別に視線も向けられていないしひたすらタイムを確認しているようにも見えるけど、相澤先生のようなタイプの人間を前にして油断はしないほうがいい。
私としても心苦しい中、透とのやり取りを早々に切り上げ今度こそ列の最後尾にて待機した。
透と話している間にもかなり順番は進んだようで、これならそう待つことはなさそうだね。
「ラスト、風見」
「はい」
前半は見逃したものの、みんなの個性を出久のように考察しながら眺めることしばらく、相沢先生の口から最終走者である私の名前が告げられた。
やはり自分でハードルを上げたツケが回ってきたのか、みんなのざわめきが心なしか大きくなったような気がするよ。
……おっと、走り始める前にみんなにはキチンと忠告をしておかなければ。
「クラスメイトのみんな、とりあえず私の後ろにだけは立たないことをオススメするよ」
「わっ……!? み、みんな、みっちゃんの言うとおりにしたほうがいいと思う! というか、もっと離れたほうがいいかも……」
「ケッ、吹っ飛ばされても知らねーぞモブども!」
私はそれだけ言うとクラウチングスタートで構えて位置についた。
いやね、なにも意地悪をするつもりなんじゃなくて説明する暇がないんだよ。あまり長いことやってると、相澤先生の視線が怖くなる。
だがそこは幼馴染2人が私のやろうとしていることを察し、更には出久が率先してみんなを退避させてくれた。
なんでお前なんかのためにとブツブツ言いながら離れていく勝己について行くような形となり、クラスメイトの大半はなんだなんだと困惑している。
なに、それもすぐにわかるさ。
『ヨーイ……』
(風速――――)
『START!』
(50m/秒!)
計測用ロボットの合図とともに大地を蹴って大きく前進、これにより個性抜きでの加速を得た。
そしてすぐさま風を呼んで飛行を開始。走るというよりは低空飛行するようなかたちで、ゴールめがけて勢いよく突っ込んでいく。
私は風の速度を物理的限界値付近ならば下限にも近づけられるし上限にも近づけることができる。
だが今回はちょうどよく50m走――――となると、風速50mが適切という判断を下した。
学校でちゃんと勉強した人はわかるかと思うが、風速っていうのは一秒間で風がどれだけ進むかの数値を表す。つまり風速50mならば――――
『2秒58!』
「ん、上出来だね」
「う……うおおおおっ! はええええええっ!?」
「離れてろっての納得したわ。砂が……ペッ!」
「なるほど、風の個性か」
「才能マンだ才能マン」
「才能ウーマンの間違いでしょ」
最初のクラウチングスタート、そして風速50mに達するまでに秒数がかかって多少の誤差は生じるが、だいたいこのくらいの記録になるのはある意味で当然というわけさ。
しかしここまでぶっちぎりの記録が出るとは思ってもみなかったのか、クラスメイトたちは様々な理由で盛り上がっている。フフ、期待に応えられて嬉しいよ。
男子はあまり気にしていなさそうだが、思い切り砂を巻き上げてしまったことに関して女子を重点に謝っておくことしよう。それはそれとして――――
「Plus Ultra。全力どころか余裕で超えてみせようじゃないか」
テストはまだまだ始まったばかりだ。
クラスのメンバーの出番が極端になる可能性が高いですがご容赦を。
切島、上鳴、瀬呂あたりのいい奴組は扱いやすいとしてですね、青山とか障子とか砂藤とかを扱い切れる気が……。
口田は……基本喋らないからセーフということで。
作中用語解説
翠と出久の約束:あらすじからして半ネタバレ状態ですが、詳しくは体育祭編にて
麗日 お茶子:原作におけるメインヒロイン、天使。今作で出久に恋することはないと思われ。かませ犬になってしまうのは心苦しい。
Plus Ultra:僕のヒーローアカデミアを象徴する合言葉。好きな言葉なのでドンドン多用していきたい。アニメ2期2クールOPのラストカット、1ーAのメンバーがPlus Ultraと書かれた壁を見上げる背中が最高にかっこいい。