苦手な方はブラウザバックをお勧めします。
わたしは歩いていた。
ぼんやりと歩いていた。
ただただ歩いていた。
無感情で歩いていた。
何も考えず歩いていた。
たどたどしく歩いていた。
何となく歩いていた。
何故歩いている?
わたしは考えた。
ただただ考えた。
無感情で考えた。
ぼんやりと考えた。
そして、わたしは一つひっかかるものがあった。
ぼんやりとした視界の中、わたしは掌を見つめる。
何度、何度何度何度何度何度何度何度何度考えても考えても考えても考えても考えても考えても考えても考えても考えても考えても、
何故今こうしてこの地に立っているのか。
何故今こうして物思いに耽っているのか。
何故今こうして無意味に掌を見つめているのか。
何故今こうしてどうしようもなく生きているのか。
わからなかった。
どうしようもないほどに、わからなかった。
数ヶ月ほど前のわたしならきっと、それらは全て自業自得だ、と自らを嘲笑っただろう。
しかし、この時のわたしは誰から見ても異常だった。
普通の思考ができなかった。
自分のやった事は正しいことだ、自分の為だ、彼の為だ、と信じてやっていた。
全ての発端は何かと言えば、先程言った通り数ヶ月前まで遡る。
わたしは普通の高校に通っている、(自分で言うのもなんだが)極々普通の女子高校生だったと思う。
あくまで自分をそう認識していただけなので周りからどう見られていたか、なんてわからない。
ただ、大人しい奴、という印象はあったらしい。
確かに、クラスのカーストの高い女子やチャラい男子達がやってることは正直理解できないし、理解する気も湧かないし、理解する必要性も感じない、と思ったことは幾度もある。
そして、無駄にエネルギーを消耗して何が楽しいのだろう、とも思っている。今でも。
...と、言う訳でそんな極々普通の女子高校生が何故ここまで異常な状態になってしまったのか、と言うと
実に恥ずかしい事だが、わたしは“恋”をしてしまったのだ。
相手は元運動部の男子生徒である。
見た目に惹かれたと言うよりかは彼の中身に惹かれたというほうが大きかった。
わたしにとってこの恋は初めてのものだったので善は急げ、と言わんばかりに早速彼へのアプローチを始めた。
...と言っても遠くから彼の見つめたりする程度で積極的にアプローチしたのか、と問われたら正直返答に困ってしまう。
しかし、わたしは何とかして何とか彼と恋仲になる事に成功した。
どうやら彼は以前からわたしのことが気になっていたらしく告白をしたらあっさりと、「ぼくもです」と返されたからわたしはたまげてしまった。
それから暫くしてお互いの事をよく知るようになってからわたしはつい調子に乗ってしまった。
そう、彼と関係を持ってしまったのだ。
初めては...緊張した。もうめちゃくちゃで何が何だかわからなかったけど、でも彼と繋がっているというその甘い、あまりにも甘い考えがわたしの頭を蕩けさせていた。
完全に味を占めてしまったわたしは更に彼に執着するようになった。
駄目なことだってわかってるのに、彼の傍に常に居たがった。
彼はわたしの行為に露骨に嫌がっていた。
それでもわたしは執着した。
やがて、彼のわたしへの想いが揺らいできてる、と感じたわたしは次の手を打った。
思えばここから歪んだのだと思う。
この選択こそ、彼とわたしを歪ませてしまった原因だろう。
わたしは...
妊娠したのだ。
彼は報告したわたしにまずこう告げた。
『すぐに降ろせ』と。
勿論、わたしは嫌だ、と言った。
すると、彼の顔を嫌らしく染め、『じゃあ、お前とはここまでだ』と言い『嫌なら、今すぐ降ろせ』と付け加えた。
わたしは焦った。
このまま子供を産めば彼から愛されなくなる。彼にカラダを弄んで貰えなくなる。あの“快感”を、貰えなくなる、と。
そう思うと手段を選んでいる暇はなかった。
幸い、家は両親が既に逝っているため、親族と呼べる人間が居らず、遊ぶ気が無かった為、貯蓄もかなり余裕があった。
だから何の躊躇いもなく降ろせた。
手術が終わり、医者に摘出された赤ん坊を見せられた。
それを見てわたしは泣いた。
医者達はそれが哀しみからきた涙だと思ったのか今後世話になることがないように、と告げると赤ん坊のなりぞこないを持って奥に引っ込んでいった。
しかし、彼らは誤っている。
わたしの両の眼から零れ落ちたもの、それは哀しみの涙ではない。
その涙に込めた感情は圧倒的“悦び”。
彼とまたすることができる。彼からの愛を感じることが出来る。彼とまた繋がることが出来る、という悦びからきた涙だった。
そして、その後もわたしと彼のドロドロとした関係は続いた。
彼はわたしをもう愛していなかった。誰の目から見てもそれは分かっていた。
それでもわたしは信じていた。否、信じ込んでいた。
彼は、まだわたしを愛していると。
止まらない赤。流れゆく赤。喪いつつある、赤。
わたしは虚ろな目でそれをぼんやりと眺めていた。
目の前にはわたしの赤で染まった彼の姿。
目にたっぷり涙を溜めてわたしを睨んでいる。
彼は戦慄く口を何とか動かし言った。
「俺はもう君のことが好きじゃない」
じゃあ、と言いかけたわたしの声を彼の声が遮る。
「責任は...!俺にもあるから...!」
だから、とそこまで言った彼は嗚咽し、言葉が続かなくなった。
ああ、なるほどな、とわたしは思った。
既に愛していない相手のことなんて普通どうでもよいことだが、彼は真面目な人間だと言うことをわたしはすっかり忘れていた。
かつて、愛した少女の為に。
かつて、脅した少女の為に。
かつて、騙した少女の為に。
かつて、交わった少女の為に。
全てを終わらせようとする覚悟が彼の目にはあった。
全てを背負おうとする覚悟が確かに彼の瞳にはあった。
なら、わたしも応えなければならない。
わたしは、今自分の身に降りかかろうとしている死を受け入れることで彼の覚悟に答えることが出来る、そう確信した。
すると、そこで一旦私の意識が途切れた。
どれくらい時間が経ったのだろう。
わたしは重たくて全くと言っていいほど動かない瞼を無理やり開き、砂粒程の意識を覚醒させる。
部屋にはもう彼の姿は無く、わたしから流れでた赤い水溜りはかなり広い範囲まで広がっていた。
もう長くはないだろう。
結局、自分はどうしようもなく彼に惚れていたんだと思う。
心底惚れていたのだ、と確信できる。
だからこうして彼の手で刺されても、何とも思わない。
この事が公になれば、彼は異常者の烙印を押されることになるだろう。
でも、ほんとはわたしのほうが立派な異常者なのだ。
でも、それぐらい。
どうしようもないほど。
例え、殺されてもそれを許せるぐらいに。
わたしは彼を愛していたんだと思う。
そして、同じぐらいわたしは幸せだったんだ!