阿良々木暦は望まない   作:鹿手袋こはぜ

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『阿良々木先輩へ。おはようございます

『いつも盾子ちゃんがお世話になってます、お初にかかりますが、江ノ島盾子の姉、戦刃むくろです

『今度お話がしたいんですけど、都合が良い日はありますか?』

 

 お昼休憩中、校舎外にある園庭のベンチで日向と一緒にああだこうだと言い合い、物議を醸しながらお弁当を食べていると、前述のメールが届いた。届いていた、というわけではなく、まさしく食事の真っ最中にピロリンと、僕のメールボックスに放り込まれたのだ。僕はそのメール読んでは同じ席に座る日向にそれを見せ、これをどう思うかとそれとなく訊いてみると「おはようございますって、けったいなやつだな。もう昼だぜ?」と彼は言い、薄ら寒そうに笑いながら白米をかきこんだ。

 はは、それもそうだな。と僕は僕で乾いた笑いで返した。

 

 戦刃むくろ。

 超高校級のギャルである江ノ島盾子の姉であり、また同時に超高校級の軍人としてこの高校に通う生徒。

 戦場ヶ原並みに物騒な名前をしているが、その実正体は不明──。

 彼女の話は以前より、その妹である江ノ島から重ね重ね多岐に渡り伝え聞いていたのだが、江ノ島が言っていた残念なお姉ちゃんというのは、つまり、挨拶を間違えちゃうような鈍臭いお姉ちゃんだということを示唆しているのだろうか。

 超高校級の軍人なんていう肩書きを聞く上で、鈍臭いだとか残念だなんていう言葉はまるで繋がりがなさそうな──それこそ縁のない表し方であるように思えるのだが、このメールだけで判断するのは少し躊躇われるものの、なんとなくこういう人もいるのかもしれないと思えてはいた。

 

 そういった考えは、二年前の僕なら、到底考えられない事だろう。

 天才には変人が多い──常識の枠に当てはめようとする事は愚行である──そんな思考回路を焼き付くように組み込まれた今だからこそ、超高校級の軍人たるもの周囲に常に注意を払い、なおかつミスなど許されないなどといった、いささか理想が高すぎて偏見とも捉えることができる考えをかなぐり捨てる事ができていた。

 

 食事中に携帯電話を触るという行為に対して一片の抵抗もないといえば嘘になるし、実際非常に行儀が悪いと僕は思うわけだけれども、しかしせっかく後輩がメールをしてくれたのだ、これは返さずにはいられないな、と、僕は箸を置いて返信を打つ。羽川や江ノ島などと比べると、蝿が止まりそうなほどにすっとろい打鍵であるが、それでもしっかり一字一句言葉を打ち込む。

 近年、既読スルーという言葉が流行っているように思えるが、LINEをしていない僕からすれば全くもって無縁の話だけれど──いくら相手に、自分がメールを読んだということが知られていないとはいえ、そのメールに対して返信せずに弁当を食べ進めるという行為に罪悪感がないわけではない。別に感じなくたって良い罪悪感なのだろうけれども、不思議と感じてしまったのだから仕方がない。

 これは後輩のためなのだと、そう心に言い聞かせ、僕は力が込もった指先をパネルに移動させ続けた。

 

『こんにちは、そして初めまして。戦刃後輩

『まあ世話してやっているというか、迷惑かけられてるって感じけどな

『話? メールとか電話じゃダメだっていうなら仕方ないけれど、そうだな。最近はもっぱら暇だし、明日以降ならいつでも大丈夫だぜ』

 

 送信。

 

 携帯電話をポケットにしまい、もう一度日向と話を始めた。先程の話題ではなく、一転変わって僕の交友関係の話になった。そんな話なんかして楽しいだろうかと思ったが、雑談なんて明日の朝起きたら覚えてないような──そんなくだらない話ばっかりなんだから、別に良いかと、そう思った。

 

「ん、そういやさ、阿良々木」

 

 日向はこちらに目線を向けず、園庭の奥に見える校庭を見ながらそう言った。この位置からだと校庭、体育館、校舎を同時に見ることができるのだ。だからどうしたってもんだが、なんか、お得感がある。

 

「なんだ? 日向」

「お前ってさ、結構交友範囲が広いようで狭くって、でも実は広いだろ?」

「なんだそれ。僕にはお前が一体何を言いたいのかがさっぱりだぜ?」

「だからよ。お前は色々な学年に知り合いはいるけど、でも知り合いが多いってわけじゃないじゃねえか。俺の知る限り、同級生でも俺を含めて片手で足りるくらいだろ? 俺、七海、戦場ヶ原、羽川──」

「やめろ、僕の交友関係の狭さを露呈させるな!」

「安心しろ、俺なんてお前と七海くらいしか友達がいない」

「安心できるかっ! これから先、僕はどんな顔をしてお前と付き合っていけば良いんだ!」

「笑えばいいんじゃないかな」

「それは違う主人公だろうが!」

 

 一作前の主人公のセリフを取ってやらないでくれ。

 厳密に言うなれば声の人なんだけど。

 

 日向の言う通り、確かに僕は決して知人が多いわけではない。むしろ少ない部類に入るだろうし(流石に日向を引き合いに出されると困ったものだけど)、片手で事足りることはないにしても、両手となればそれもまた現実味を帯びてくる話だった。

 ま、友達が少ない日向は日向で、色々と事情があるというか、問題があったというか……あいつは予備学科生徒であるにも関わらず、本科の生徒と友好関係をもってしまったがために、同じ学科の生徒とは友好関係が築けていないらしいのだ。予備学科生徒はどうやら本科の生徒を憎んでいるらしく、その憎悪を向けるべき矛先と仲良くしているというのは、それだけで、その憎悪を向けるべき対象になってしまうのだろう。

 行き場のない怒りの捌け口に、してしまうのだろう。

 そんな日向を可哀想に思って仲良くしてやれるほど、僕は深慮深くなければ良いやつでもない──ただ純粋に、僕は友達として接しているだけなのだ。

 本当に、友達として。

 こんな時ほど、友達という言葉は陳腐なものに変化してしまう。なんとも悩ましい。

 

「んで、それでもって──今度は後輩だろう? 一つ下の後輩」

「ああ、まあな……。江ノ島っつーやつから聞いたところによるとだな、なんでも、残念なお姉ちゃんだそうだ。それに双子らしくってさ、珍しいもんだよな」

「双子? 姉妹揃って超高校級か……」

 

 一瞬、神妙な面持ちになるが、すぐにいつも通りの笑みを日向は浮かべて「それは凄いな」と言った。やはり彼もまた──超高校級への劣等感というものがあるのだろうか。そういったものは、どうしたって、拭いきれないのかもしれない──しかしそれで何かしらやらかすというなら、殴ってでも止めるのが僕の役割と言えるだろう。友達として。

 

「まあかといって、仲良くしてるわけじゃないんだけれどさ──なんでも、少し話がしたいらしい。多分相談か何かだろ、ほら──僕って、花札とか強いだろ? で、そういう賭け事方面にめっぽう弱い後輩とかから、質問や相談を受けることがあるんだよ。別に僕はギャンブルなんて出来やしないのにさ──」

「ほらって言われても、俺は初耳だけどな」

 

 ちなみに、後輩というのは特定のある一人のことである。

 

 今になって思うが、過去に僕が抱えていない悩みというものは、極めて贅沢な思考だったのかもしれない。環境に甘え、他者から見れば既に普通の生活を送る以上の幸せを享受しているのにもかかわらず、更に何かを求めたり、それを嫌になったりするのは──。

 でも、贅沢極まりないが故に、それがかえって邪魔になってしまっている部分があるのだ。

 

「ふーん……大変だな、お前も」

「まあな」

 

 お互いの弁当箱は空になっており、僕はただパックに備え付けられていたストローを、惰性で口に咥えているだけであった。

 日向は特に何かをしているといったわけではなく、ただ空を見上げていた。今日は晴れ、快晴だ、まさに夏らしく、久しぶりに海にでもいってみたいなと思えるほどだ。

 

「……高校最後の夏休みだっていうのに、学校に来て男二人、むさ苦しくベンチに並んで弁当食べてる僕らって──一体なにやってるんだろうな」

「赤点の補習だろ」

「言うな」

 

 言われると、悲しくなる。

 ま、その補習も今日で終わりだ。あと午後の一時間を終わらせれば──無事、ようやく、夏休みがスタートする。といっても戦場ヶ原と羽川の交互に訪れる家庭教師から免れることは不可能であるからして、勉強から逃れる事は不可能に近いんだけど。

 まだまだ勉強か……受験生としての辛さを僕が噛み締めていると(噛んでいるのはストローだが)、日向は息を大きく吐いて立ち上がる。近くのゴミ箱に空のペットボトルとコンビニ弁当の入れ物を捨てて、大きく伸びをしてから。

 

「それじゃ、俺はそろそろ予備学科に戻るよ。またな」

「そうか、じゃ、また」

 

 と、この場を去っていった。本科と予備学科の棟はもはや別の学校ではないのかというほどに離れているため、わざわざこちらで食べさせてしまったことに罪悪感を感じた。

 

 僕もお弁当を片付け、最後の補習を受けるために本科の棟へと足をのばす。

 

 その日の夜。

 また、戦刃からメールが届いた。

 

『盾子ちゃんはあんな感じですから、よろしくお願いします

『そうですか、それなら明日でもよろしいでしょうか。場所はどこでもいいのですが、特に指定がなければ、希望ヶ峰学園近くにある緑乃公園で、午前十一時くらいに』

 

 僕は了解といった旨を返信した。

 

 しかし──戦刃むくろ。少しそそっかしいところがあるのかもしれないけれども、残念なお姉ちゃんというイメージは、未だにしっくりと来ない。しっかりとした礼儀正しい子、それが今現状戦刃むくろという後輩に対して抱いている印象なのだ。

 それにしたって、いったいどんなやつなんだろう。

 会ってみなくちゃ分からないことが多く、明日が心から楽しみに思える。

 

 一応、忍のやつに明日の予定を伝えておこうかと、自分の影に声をかけるが返事がない……この時間に寝ているということはまずないはずだが、念のためドーナツの話をほのめかしたりもした……しかしそれでも反応はなかった。……ああ、そういえば今、忍のやつは同じアパートの人のところでお泊まり会やってるんだっけか。

 元、とはいえ、伝説の吸血鬼、怪異の王であった彼女も──今となってはただの幼女だな。

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