阿良々木暦は望まない   作:鹿手袋こはぜ

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「……あの、七海さん?」

「……ふぇあっ? ……あ、ああ。ごめん」

 

 どうやら寝ていたらしい……。

 欠伸(あくび)をしていたり、(うつ)ろげな目をしていたりというのがさっきからずっと続いている。目を(こす)ったりしているのを見てみれば、彼女が眠たがっているのだということは一目瞭然であった。

 夢うつつ気分で鼻ちょうちんを膨らませていた彼女は、目を覚ましたとは言いがたい状況のまま曖昧な返事をする。そんな気怠(けだる)げな態度に戸惑い、ついつい敬語を使ってしまうという僕の情けない姿を見て笑いたければ笑えばいい。

「……ええっと、何の話……してたんだっけ」

 

 椅子に持たれかけていた上半身を、七海はテーブルの上に移動させる。二年間使用し少々くたびれた制服の袖に眠気を隠しきれていないその顔を擦り付けてだ。

 

「おいおい、覚えてないのか?」

「ごめんねえ、ちょっと眠くって……ふぁああ。昨日、徹夜したのがあからさまに響いちゃってるなあ、これ」

 

 七海は、はしたなく口を大きく開けあくびをし、背を勢いよく伸ばし、その眠気を取り払おうとする。がしかし、なかなかどうして眠気は凶悪らしい。表情からは依然として眠いという感情がうかがえる。

 ゲームと言っていたが──確か、七海のやつは超高校級のゲーマーなんだっけか。ゲーマーねえ。

 

 ──さて、今現在の状況を振り返ってみるとしよう。

 

 僕は今、クラスの委員長である七海千秋と共にとある喫茶店で丸いテーブルを二人で囲んでいる。なぜ、どうしてこうなったのだろうと僕は頭を悩ませたりもするが、自分が選んだ道だ。責めるなら自分を攻めよう……。

 やれやれ、彼女は欠伸だが、僕の方は溜め息が出るぜ。

 

 ともかく、時を(さかのぼ)れば昨日の放課後。

 

 僕は部活動に所属していないので、市内にあるアパートに帰ろうとしていた。この希望ヶ峰学園には一応学生寮があるんだけれど、同級生と触れ合いはしたくない、友達は作らないという信念にある僕は学生寮という場所をあまり好意的には思えず、その時点で寄宿舎を利用すると言う考えは放棄していた。そしてなにより、ある程度の生活費なら学園側が資金を支出してくれるというとても親切なシステムがあったので、僕は迷うことなく学園外部の賃貸アパートを借りることにしたのだ。

 

 ので、僕は学校の駐輪場から自転車に乗っておおよそ三十分ほどの距離にある古い骨董アパートに一人、宿泊している。

 

 家賃一万円。僕の知る限り一万円を切る賃貸など聞いたことがないのでかなり激安だ。

 

 アパートには老若男女問わず、自分と同い年ほどの人や年下、またおじいちゃんほどの年齢の方も住んでいる。まあ、ゴミ出しの時なんかに顔合わせをした程度なので、同じアパートの人の名前は詳しく覚えてないし、きっと彼らも僕のことを近所の人、隣の部屋の人くらいでしか認識していないだろうが。

 ご近所付き合いはした方が良いのだろうけれど、あまりしたいとは思わなかった。というより、出来なかった──というのが、正しいだろうか。

 

 そんな僕の帰るべき場所に帰ろうと、通学用のママチャリにまたがったところで七海に捕まった。

 

 なんでも、明日の放課後に少し話がしたいんだとか。

 

 僕としては委員長だなんて真面目キャラとは関わりたくないし、そもそも同級生とも関わりたくないと思っていたので、関わりたくない思いが二つで重なり、僕は彼女からの誘いを断ろうと、心の内で決心していた。

 だから、明日ちょっと時間あるかなと聞かれた際には、

 

 「あー、僕は明日、ちょっと予定があるんだ。バイトだよ、バイト」

 

 とぎこちない笑顔で嘘をついたんだけれども、

 

「……ねえ、阿良々木(アララギ)くん。阿良々木暦(アララギコヨミ)くん。君がバイトしてるなんて話聞いたことないよ? 希望ヶ峰ってバイトするなら学園に報告しないといけないけど、先生に聞いたら阿良々木くんバイトしてないみたいだし」

 

 といった風に即座に嘘を見破られてしまったのだ。

 

 あちゃあ。

 

 しかも、がっちりと裏を取られていたようで……というか、バイトをするには学園に報告しないといけないらしく、それに関すればそもそも知らなかった。入学時に聞いてはいるのだろうけれど、それも既に二年前だ。到底覚えちゃいなかった。

 

「いや、でもさ」

「なに? 嘘をついた言い訳なら聞かないよ、私」

 

 くっ、なんだろう……やっぱり嘘を付くのはいけないことなんだと、もう既に大人のようなものである高校二年生終盤、三年生前になって再度思い知らされることになった。

 

「ええっと……まず最初に、嘘をついたことは謝るよ」

「うん、そうだね。それが大人っていうものだと思うよ」

「……それで、僕とどんな話がしたいんだ? なんで話がしたいんだ? 僕としちゃ、別に今この場でもいいんだけどさ」

「うーんとね」

 

 七海は顎に手をやりながら、まるで僕なんかいないかのように、ぼおっと空を見つめる。

 この時期この時間帯になると、下校時刻にはそれなりに外は暗くなる。なのでいつもは夕陽──もしくは、それを少し過ぎてちょっと暗くなりくぐもった色に変わるのだけれども──

 ──どうやら、今日はカラスの群れが飛ぶ、真っ赤な夕陽のようだ。

 

「いや、ほら。私たちってそろそろ三年生でしょ? だから修学旅行もあるわけだし、どこか行きたいところないかなあって」

 のんびりとした口調で七海は言う。

 なるほど修学旅行か。確かに毎年三年生は南の島であったり海外であったり、高校生クイズのような旅行に出かけるのだが──そうかそうか、しかし……。

 

「でも、旅行とかについてはホームルームの時間で決めるって、先生が言ってなかったか?」

「あー……。そうだったね」

 

 そう言っては、やってしまったという顔をする。

 バイトの話は忘れていたが、これだけは覚えていた。面倒だなと思いながら聞いていたのだが。

 

 しかし……おいおい、なんだ? 僕は嘘をつかなければならないような内容の話を持ちかけられるというのか? ひょっとすれば、ひょっとすると、ひょっとしなくても、いやひょっとするかもしれないが、話をするということ自体は建前で、なにか裏があるのかもしれない……。

 

 僕の誕生日を祝おうとしているのかという考えが脳裏をよぎったが、誕生日はまだまだ先なわけだし、祝ってもらうような関係性は七海との間にない。ましてや明日だなんて、僕に予定があったら台無しじゃないか。

 無鉄砲にもほどがある。それに、僕みたいなやつなんかに予定なんてないだろう、どうせ暇なはずだという考えのもとに行動されていたなら(しゃく)にさわるけれども──流石にそれは考えすぎか?

 

「ま、さっき阿良々木くんも嘘ついてたんだし。おあいこさまってことで」

「……」

 

 やっぱり、嘘なんてつくものじゃない。

 

 このまま七海のやつを放っておいて家に帰るという手も無くはなかったが、しかし、いくらおあいこさまと言っても嘘を付いたことの罪悪感が完全に消えたわけじゃないし、なによりあの七海が嘘を付いてまで話したいこととはなんだろうかという好奇心が湧いてしまったのだ。

 

 なので、渋々仕方がないといった雰囲気をわざとらしく出しながら、

 

「分かったよ。で、話ってどんな内容なんだ?」

 

と尋ねる。

 

 すると、

 

「なんていったらいいのかな……。話したいことはないんだけど、話がしたいんだよ。阿良々木くんと」

 

 といった返事が返ってきた。

 

 僕はそれを聞いた時、ただただ頭の上にクエスチョンマークを出すだけで、ちゃんとした返事ができないままであった。

 キョトンとした目で、相手を見つめるだけであった。

 一体どれくらいの時間呆然としていたのかは分からないが、相手から不審がられてないところを見ると体感時間よりはるかに短い、ほんの一瞬だったのかもしれない。その一瞬を過ぎた後に僕は考える。

 

 話がしたい……けれども、話したいことがあるわけじゃない。

 パラドックスの話を聞かされている気分だったが、曖昧に返事をしながらその言葉の意味をなんとなく理解したつもりになる。つまり、ただ呼んでみただけみたいなことなのだろう。

 

 呼ぶ理由はなく、呼ぶという行動に意味がある──といった感じ。

 つまり、僕となんのとりとめもない雑談をしたいということら

しい。僕と話がしたいだなんて、酔狂なやつだなと迷惑に思った。

 

「……駄目、かな? やっぱり、話す理由とか必要だった?」

 

 身長の差は目測で大体五cmほどなので(僕の方が高い、ここはとても重要だ)上目遣いとはならなかったものの、こちらの目をしっかりと見て話してくる。純粋な目を向けてくる。

 昔英語の先生から、

 

 「女子から誘われたら男子は絶対にSureで答えるんだ」

 

 と言われたことがあったが──今回の場合にも適応されるのだろうか。話がしたい──ということは、お誘いなわけだし……。

 

 僕は考えさせてくれと答えようと思ったのだが、そう答えると僕は断ってしまうんじゃないかと思えた。それはそれで別に良いんだけれど、しかし。確か彼女は委員長だったはずだ。クラス委員。きっとクラスで孤立している僕に気をかけてくれたのだろう─だが、そんな気づかいは余計なお世話だ。僕には必要ない。

 

 よし、これも良い機会だ。僕が一緒に話してもなにも良いことがなく、利益もない。むしろ気を悪くするだけだということを思い知らせるのには、丁度いいかもしれないと思いその誘いを了承した。

 

 その際にメールアドレスと電話番号を交換することになった。女子というのはこうまでも打鍵スピードが速いものなのかと度肝を抜かれた。七海は超高校級のゲーマーだと聞くから、ただ単にゲームをするにあたっての高速連打というスキルを応用したに過ぎないかもしれないが。

 

 連絡を取る相手なんて親や妹、実家くらいしか存在せず、それらの電話番号はしっかりと頭に入っており、忘れても履歴を見ればいいという考えのために人の連絡先が登録されていない僕のアドレス帳と電話帳には、『七海千秋』という名前が新しく明記された。

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