阿良々木暦は望まない   作:鹿手袋こはぜ

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「火憐ちゃん、どうだ?」

 

 リビングと廊下を仕切る扉越しにそう問いかけると、火憐ちゃんは何やらくぐもった声でこう言った。

 

「順調順調、あと三時間もあればお味噌汁が完成するぜ!」

「お前は一体何を作ってるんだよ! お味噌汁じゃないのは確かだがな!」

 

 火憐ちゃんは今、晩御飯を作っているはずで……本当に料理をしているのかどうかは甚だ疑問だが(なにぶんさっきから金属の擦れる音であったり、何かが破裂するような音がリビングの方から聞こえてくるのである。声色を伺ってみる限り、火憐ちゃん自身は元気そうなんだけれど)、なんにせよ、こうもご近所迷惑になりかねないほどに大きな音を出して調理する料理なんてそうそうないだろうから、というか仮にもそのような料理が存在したところで、そんな調理方法を一般家庭のリビングで行なっていいはずがないのだから、やはり火憐ちゃんに晩御飯を任せたのは間違いであったと切に思う。

 別に料理が苦手なタイプのやつじゃなかったはずなのだが……空手の朝稽古とかいって、休みの日の朝なんかはいつもリビングに立っていたようなイメージがあるし。

 

 いったいどうしたんだろう、戦刃が来て、肩に力でも入っているのだろうか、と、僕は柄にもなく妹の心境を思案しながらリビングのソファーに腰掛け、テレビのチャンネルを適当な番号に合わせた。夏休みということもあってだろうか、連日続く猛暑についての対策などが取り上げられている。

 

 …………。

 

 ……阿良々木(アララギ)火憐(カレン)。不服だが僕の唯一無二、たった一人の妹である。

 ごく一般的な四人家族である阿良々木家の長女であり、またそれと同時に末っ子でもある。末っ子らしい甘えん坊なイメージこそないものの、生意気さだけで言えば妹として十分過ぎるほどで、とてもとても憎ったらしい妹だ。火憐ちゃんとの殴り合いの喧嘩を場数に入れていいものなら、僕はなかなかの修羅場を幼い頃から潜ってきたことになるだろう。

 私立栂の木第二中学校の三年生で、来年からは、エスカレーター式で私立の高校へと進学する予定だ。武闘派な彼女のことだから成績が心配だったりしたのだが、そこらへんは上手いことやっているらしい。要領が良いっつーか、なんつーか。努力するしかない僕からすると、それがまた憎ったらしい理由の一つでもある。

 随分と前から空手を習っていて(曰く対実戦用とか)、その腕前はなかなかのもの……らしい。あまり空手については詳しくないのでなんとも言えないが、黒帯を締めているところを見ると、それなり技やら型やらを習得しているらしかった。ひょっとすれば希望ヶ峰学園からの推薦状が届くのでは。またもや兄妹での超高校級が生まれるのではないだろうか。再度直江津市から超高校級の才能が排出されるのではないかと囁かれるほどには、実力を備えているらしいのだ。

 ……しかし、こうして思うと、やはり僕の故郷である直江津市からは超高校級の肩書きを得て希望ヶ峰へと排出されて行く人の量というものがいささか多すぎるような気がする。僕を含めて、今のところ確認してるだけでも六人、期待されている人物を含めれば、その数字はさらに数を増すことだろう。火憐ちゃん含め、僕の知人でもう一人、そういった見込みがある中学生がいるのだから。

 この土地と希望ヶ峰になんらかの因果関係はないはずだ……けれども、長いこと向こうにいたから気付かなかっただけで、今こうしてこの街に帰ってきたからこそ気付ける何かがあるかもしれない。一応、暇潰しを兼ねて希望ヶ峰学園についておさらいをしておこう。

 世界有数の、誰もが一度は憧れを抱いたといっても過言ではないほどに人々の羨望の的で。数十年も前から運営され続けていた「私立希望ヶ峰学園」。あらゆる分野の超高校級を集め、そして将来を担う希望の星として育て上げるために設立された政府公認の特権的な学園──

 その希望ヶ峰というブランドの価値は非常に高いもので、ここぞとばかりに直江津市市役所では超高校級の肩書きを利用した観光客を呼び込むための垂れ幕まで設置されているというのだから、否が応でもこの市に住む限りはその影響力を知らずにいることはできないだろう。市のホームページだって、それは例外ではない。それに、入学すれば未来が約束される──なんて謳い文句が流布されているほどに、希望ヶ峰学園出身の人物が業界の重要な役割を担う場合が多い。知らず知らずの内に希望ヶ峰学園関係者と直接的にではないにしろ、間接的にでも関わりを持つことになる──というのは、今の社会で生きる上でおかしなことではない。……といった風に、その実何にもない地方都市が観光名所に祭り上げられるほどに、そして現代社会に深く根差すほどに、希望ヶ峰学園の持つ影響力というものは強いのだ。

 そんな学園に、僕は今、通っているのだけれども──

 ──未だにその事実を、飲み込めていない自分がいる。

 もう、第三学年の夏であるというにもかかわらずだ。

 何の才能もない僕なんかが、どうして希望ヶ峰に通うことになったのか──一年生、二年生の頃はそんなことを毎日のように考えていた。今だって、そうでないというわけではない。どんな日であろうと、ふと思い出したかのように自分の才能について考える時がある。ただ、あの一件以降他にもっと考えなければならないことができただけで。

 ほんと、弱くなったなあ。と思う。

 けれども、その弱さを情けなく思うのでなく、僕は心から誇らしく感じていた。

 弱いってことは、一人で強くあろうとしていた頃に比べて、誰かに守ってもらえてるってことなんだろう。

 その事実に不思議と心地よさを覚えていることを、否定することはできなかった。

 

「なあ、火憐ちゃん」

「なんだ? 兄ちゃん」

 

 リビングに入ってからも、なかなか踏ん切りがつかなかったため見ないようにしていたのだけど、流石にこのままじゃ晩御飯が食べれそうにないので(テレビ番組は既に夕方のそれに変わっている)、勇気を出し、帰省した際の疲れが残る足を床に立ててキッチンを覗いてみた。

 

「……うわあ」

「うわあってなんだよ、うわあって。まるで、カラスに(ついば)まれて中身が散乱したゴミ袋を見た、みたいな目をしてるぜ」

「そっちの方がまだマシだったとさえ思えるよ」

 

 やっぱり火憐ちゃんに任せたのは間違いだったか……っていうか本当、何があったんだよ。僕が知る限り、火憐ちゃんは上手とまではいかないものの、普通に野菜を切ったり肉を焼いたりできるはずなんだけど……どうすればあのような形容しがたい異物を作り出せるのだろうか。……ったく、僕はもう少し可愛らしくって愛嬌のある妹が欲しいな。家庭力があって、包容力のある妹。その点で言えば、九頭龍なんかがとても羨ましい。あいつの妹と出会ってしまったからには、もうどうしたって火憐ちゃんを菜摘ちゃんと比べざるを得ない。

 

 僕と九頭龍も、同じ二人兄妹のはずなのにな──

 二人兄妹。

 

 原作作者の別シリーズでもいたな。あれは双子で、少々特殊な環境ではあったが──双子ねえ、戦刃むくろと、江ノ島盾子。あいつらも双子なんだっけか、とはいえこっちは兄妹でなく姉妹なんだけど。

 

 二人兄妹と、双子姉妹。

 

 二文字しか違わないが、結構意味が変わってくる。家族を系統を表すといった点で言えば同ジャンルであるものの。

 家庭ごとに様々な事情があるというが、九頭龍のところは家業が極道という危なげなものだから、案外肉親同士の繋がりというものは強いのかもしれない。

 対して僕の家は両親が共に警察官というだけで、一般的な家庭となんら変わりない──精々意地を張って主張しようというなれば、昔から鍵っ子だったということくらいだろう。鍵っ子だからこそ、その鍵で心の扉を閉ざしてしまった……というのはいくらなんでもやり過ぎな表現だけど、というか鍵っ子だなんて表現の仕方をするような年頃の時は、まだ火憐ちゃんとは仲が良かったはずだけど。そう思うといつから僕は唯一無二の妹と仲違いを起こしてしまったのだろうか──と、思い悩む。

 いつから自分が大人になったのかが分からないように──いつから自分が妹と不仲になっていたのかが分からない。

 もっとも、まだ僕は大人じゃないんだろうけど。

 かといって子供でもない。

 大人でなく子供でもないのであれば一体全体僕は何なのか──そんな雑念とも言える疑問も、同時に頭の瀬に浮かんできた。

 

 肉体的にも、精神的にも、定義的にも、概念的にも──高校生というのは、実に不安定な時期だ。

 そんな時期だからこそ──僕は、あの吸血鬼と出遭ってしまったのだろうか。

 

 いや、さすがに考えすぎか。こじつけもいいところだ。

 

 兎にも角にも。

 

 戦刃は妹と仲良くなりたいんだって、そう言っていたけれど、僕は妹と仲良くできているのだろうか。ただ一つ言えることは、先輩としてアレコレ言えるような立場でないということだけだ。

 

 はてさて──困ったものだ。勢いで戦刃を実家に連れてきてしまったが、このままじゃ本当に、昨日今日出会った女子を家に連れ込んだ軽薄な男でしかない。というか、今のところ反論の余地がないほどにその通りだ。

 

「……火憐ちゃん、もういいよ。お前に任せた僕が馬鹿だった」

「えー……じゃあ、夕飯どうするんだよ」

 

 火憐ちゃんは、態度悪く背を丸めながら、口をとがらせてそう言った。

 どうするも何もお前のせいだろう。という言葉をぐっと飲み込んで。

 

 「せっかく久し振りに、僕が帰ってきたんだし。それに客をもてなすって意味でも出前を取ろうぜ。お金なら出すし」

 

 流石に高すぎるのはあれだけど、夏休み中はずっと補修続きで碌に遊びに行けていなかったものだから、お金はまだまだ余裕があった。だからって、自分が実家に帰ってきたことに対する豪勢な食事を持ち金で用意するというのはかなり矛盾しているような気がするけど。

 

「おおっ、いいじゃん! それ!」

 

 言うより早いか、僕が自分の財布を開き取り出したお札を数枚奪うように僕から取り上げれば、火憐ちゃんはロケットダッシュで家を飛び出していった。

 さっきまでキッチンで格闘していただろうに、一体その元気はどこから湧いてくるのだろうか……。

 長年同じ家庭で暮らしていた僕でなければ見逃しちゃうほど、おそろしく速いダッシュに大分引いたが、小一時間ほどすると──その間僕はキッチンの掃除をしていた──火憐ちゃんは息を切らす様子なく帰ってきた。

 

「兄ちゃん、寿司買ってきたぜー! 寿司ー!」

 

 二階にいる戦刃を呼ぶ。

 両親は今日も仕事が忙しいらしく夜遅くまで帰ってこれないとのことなので、三人で食卓を囲むことにした。

 

 いただきますと手を合わせ、それぞれがテーブルの上にずらりと並べられた寿司に好きなように箸を伸ばす。

 口にものを入れながら喋るのは行儀が悪いと気を咎めながらも、寿司にがっつく火憐ちゃんを横目に戦刃に話しかけた。

 

「なあ、戦刃」

「……なんでしょうか、阿良々木先輩」

「うえっ、兄ちゃん、先輩って呼ばれてるのか? 似合わねー」

「似合わないってなんだ、似合わないって。何もおかしくはないだろう? 実際に僕は先輩なワケだし。似合わないっつーなら、僕はお前の体の年齢が心の年齢と比べて似合ってないんじゃあないかって思うけど」

「あたしの心が見た目に似合わず大人だって? 照れるなあ」

「逆だ馬鹿。心が幼いって言ってんだよ!」

「大人みてーに薄汚れちゃうくらいなら、あたし、子供のままでいいかな」

 

 …………。

 こいつは何を言っているのだろうか。

 

「安心しろ。久しぶりの再会を果たしたっていうのに、挨拶もなしに飛び蹴りを繰り出すようなやつの心はどう足掻こうとも薄汚れてるからさ」

「? やけに具体的だな。まるで実際に体験したみたいじゃん」

「火憐ちゃんにしちゃあやけに察しがいいな。そうだよ、実際に体験したんだよ。今日! この家の玄関でな!」

「なんだって?! 兄ちゃん、そういうことはもっと早く言えよ。くそう、その場にあたしさえいれば、そんな狼藉者コテンパンにしてやったっていうのに」

「……自分の顔でも殴ってれば、いいんじゃないか?」

「……?」

 

 僕の言っていることがまるでわかっていない様子で、キョトンと首を傾げている。その仕草に苛立ちが抑えられなくなりそうになるが、なんとか、戦刃が隣にいるのだという理性で抑圧することができた。

 

「……話はそれたが」

 

 恨めしそうに火憐ちゃんの方に視線を送ってから、戦刃に再度話しかける。

 

「で、戦刃。ほら、そろそろ本題に入ろう。さすがにこのまま寿司を食べてるだけだと、本当にただ付いてきただけになっちまうぜ」

 

 そう言われ、戦刃は意味が分かっていないように目を開けたり閉じたりしたが、やがて理解したのか、自分が昨日今日知り合ったような先輩の家まで付いてきたその起因となる事柄を果たすべく手に持つ箸を置き、寿司を食べるためではなく言葉を話すために口を開けた。

 

「ええっと、阿良々木先輩の、妹さん」

「ん、なんだなんだ? 戦刃さん。そんな畏まった言葉遣いで……あたしのことは火憐でいいぜ! あんまり、そういう堅苦しい風に話しかけるのは苦手でさあ……」

 

 戦刃は年上なんだから、お前がもっと丁寧な言葉を使うべきだろうと言ってやりたかったが、敬語を使って話す火憐ちゃんが到底想像できやしなかったので、冷たく目を細めるだけにしておいた。

 

「それじゃあ、火憐ちゃん」

「うん! その呼び方の方がしっくりくるなあ、それで、なにかご用で?」

「火憐ちゃんって、もしお姉ちゃんがいたとしたら、どんなお姉ちゃんが良い?」

「……えっ、兄ちゃん。やっぱ戦刃さんと付き合ってて、それで結婚するんじゃ……兄の嫁は、妹のあたしからすると義姉になるんだろ? 赤飯赤飯!」

「違えよ! そして今飯食べてるんだから赤飯炊こうとするなよ!」

「シャリに使えば良いじゃん」

「赤飯を酢飯にするとか前代未聞だな!? ……とにかく、違うものは違う!」

「ちぇっ、違うのかよ。……いやでもさ、あたしは最初、戦刃さんのことを彼女さんだって思ってたんだぜ? あれは誤解だって後から分かったけど、それでもそういう風に思うあたしがその人から『どんなお姉ちゃんが良い?』なんて聞かれたら、普通『ああ、結婚かあ』って思うだろ?」

「なら改めて否定しよう、僕と戦刃はそういう関係じゃないっ。断固否定するぜ! 決して僕らは、『婚約してるから彼氏彼女じゃない』とかいう『好きじゃない、大好き』みたいな良くある演出で否定してたんじゃあないんだ!」

「えっ……あれ、良くあるのか? あたし、すごく良い言い回しだと思って、彼氏にメールで何回か送ったことがあるんだけど……」

「そんな火憐ちゃん知りたくなかった! というか信じない!」

 

 ま、まあ? 火憐ちゃんに彼氏がいるわけないし、冗談だろうけど。……冗談だろうけど?

 

 ともかく。火憐ちゃんには、事の経緯を説明した。

 戦刃が妹と不仲であること、そして僕がそのことで相談されたこと、戦刃が妹と仲良くなりたがっていること。そして妹側の意見を参考にするため、僕の妹である火憐ちゃんにどんな姉がいいのかどうかを聞くため、わざわざ都心部からこの地方都市までやってきたということ。

 

 それを聞き、火憐ちゃんは寿司を食べる箸を止め、腕を組んでは悩み声を漏らす。

 

「そーだな、姉、ねえ」

 

 やはりそういう突飛な話をされても答えられないのかもしれないし、答えは既に出ていてもそれはとても言い辛いものだったりするのかもしれないが、どちらにしよ、火憐ちゃんはそれから言葉を繋げることを躊躇っているようだった。流石に火憐ちゃんでも人に対して気遣わないほど無神経じゃあるまい。

 

 しばしの間食卓を沈黙が占めていたが、その沈黙を破るようにして、火憐ちゃんは戦刃の質問に対する答えを出した。

 

「こうだったら最高! あれが一番! っていうのは、やっぱり、ないんだよなあ。これが良いあれが良いっていうのは結構思いつくんだけどさ、でも、それでも、実際にそんな理想的な人がいて、幸せになれるのかって思うと──仲良くなれるかって考えると──自信満々で頷けないしさ」

 

 また、悩むようにして背を丸めるが、今度は数秒もしないうちに話し始めた。

 

「何が良いかなんて分かんないし、何が悪いかなんて、誰も決めれねーよな。あたしは兄ちゃんと仲が悪い時期があったけど、それでも別に嫌いだったわけじゃねーし。むしろ好きだった、大好きだった。だからこそ言えるけど、絶対的に合わない人と長くは付き合えないけど、かといって絶対的に合う人といつまでも末長くお幸せな人生を送れるかっていうと、そうでもねーんじゃねえかなって。どれだけ仲が良くっても、衝突することはあるし、喧嘩だってする、でもその後また平気な顔して話ができるからこそ──仲がいいって言えるんだと思う。雨降って地固まるっていうけど、雨が降らないから、地面も固まらないし……いつまでも柔らかな土のままっていうかさ。もし喧嘩することがあったとしても一方的に罪悪感を感じちゃうだけで、雨降って地固まるって感じにはならないんじゃないかなって……雨が降っただけで、地面が泥濘(ぬかる)むだけで、かえって一緒に居づらくなって……」

 

 要は時間の問題なのだと、火憐ちゃんは言うのだ。

 

「兄ちゃんからなんとなく話聞いたけど、長い間会ってなかったっていうんだったらそりゃ少しは警戒してるだろうし……一人ぼっちにされたーって、恨まれることもひょっとしたらあるかもしれないけどさ。でもまあ、そういうのって、時間が解決してくれるものだぜ。だいたい時間が解決してくれるんだってば。人間関係だって、骨折だって、深い傷だって、放射能だって」

 

 時間が解決してくれる──それはあまりに楽観的な思考であるが、実に現実的な考えでもあった。人は記憶を失う──何でもかんでも、全て詳細に至るまで長らく覚えていられる人間など稀だろう。全ての記憶は美化され、磨りガラスのように曇った壁で覆われる。嫌な思い出も──良い思い出も──時間が経つにつれてその輪郭は失われ、抽象的なものになっていくのを僕は幾度となく経験してきた。

 小中の頃の思い出なんて朧月の如くボヤけてしまっているし、やや誇張され気味なところもあったりする。

 それに実際、ついこないだまで仲が悪くて口も聞かないような間柄であった僕と火憐ちゃんも、喧嘩した理由なんてお互いに忘れちゃって、こうして同じ席で寿司を食べているというのだから、人間関係も時間が解決してくれるという言葉は僕からすれば身に染みて感じるのだ。

 

「結局そういうのは本人に聞くのが一番いいんじゃね? どういうお姉ちゃんが良いとかじゃなくって、何かして欲しいこととか、欲しいものがあるかとかでも良いと思うからさ──とにかく衝突する機会を作らなきゃ。好きの反対は嫌いじゃないんだぜ? 雨が降っても良いから、とにかく土を固めないと。理想的にあろうとするのはアイドルとかの非現実的な存在だけで良いんだよ、あたしら一般人は、気兼ねない存在じゃないと。じゃないと、疲れちゃうしさ。星は遠くにあるから良いんだよ、隣にあったって眩しいだけじゃん?」

 

 一概に人を語れるほど、あたしは人格者じゃないけど。と火憐ちゃんは照れるように笑い、言った。

 

「……そう。ありがとう、火憐ちゃん」

 

 結果的に戦刃は、理想の姉像というものを得ることができなかったようだが──それでも、指針というものを手に入れられなかったわけでもないようで。

 彼女の火憐ちゃんに対する感謝の言葉には、決意めいた何かが込められているように、僕は思えた。

 

「戦刃。お前、いつくらいまでここにいられるんだ?」

「ここですか? ええっと……明後日までですかね。明々後日以降は、ちょっと頼まれごとがありまして」

「そうか、それじゃあ明日はまだ大丈夫なんだよな? ならちょっと付き合ってくれよ──ああ、恋してるから付き合ってくれとか、そういうんじゃなくって、ただ単に同伴を願ってるだけだぜ。……会いに行きたい人がいるんだ。火憐ちゃんと歳が近い女の子だから、一応参考にもなるだろうし」

「そうですか、分かりました」

 

 火憐ちゃん一人でも大分十分な成果を上げたといっても過言ではないだろうが、何分予想以上の結果を得てしまったものだから、少しばかりの不安……というか、本当に大丈夫か? という気持ちが心にあったのだ。そのため、一応あいつにも話を聞きにいった方が良いかなと思い、明日もまた外に出ようかと試みることにした。

 

 その日はご飯を食べ終えた後お風呂に入り、リビングのテレビで軽くお菓子を食べながらパーティーゲームをし、ボードゲームでも遊んだ。結構二人が打ち解けてくれたみたいで、ゲーム関係は大盛り上がりだった。

 そしてそれから床に就いた。隣からは人の暖かみが伝わってくるだけで、寝息はやはり聞こえてこなかった。まるで湯たんぽでも置いてあるようだと思った。

 

 翌日の朝。

 

 僕は朝食を軽く済ませたあと、今日会いに行こうかと思っている相手に都合を訪ねるため電話をした。本当ならもっと早い段階で聞いておくべきだったろうけど、なにせ彼女の家に行こうかと思い立ったのが昨日の新幹線の中でのことだったため、結局今日明日いつ電話しても同じことだろうと思ってしまっていたのだ。

 まあ夏休みだから家にいるかなという考えもなくはなかったが……僕の予想は珍しく予想は的中し、そして相変わらずワンコール目で電話電話のコール音は止んだ。ひょっとして、脇に固定電話でも抱えながら生活しているのではないかと疑いたくなるほどにその所作は素早い。

 

 当然のことながら、相手が電話に出たのであれば、受話器の向こう側から声が聞こえる。

 

『もっ、もしもひっ、暦お兄ちゃん……? ……ひっく』

『よう、千石。……どうしたんだ? なんだか様子がおかしい気がするけど』

『……ああっ! べべべ別に冷蔵庫に入ってるビールをちびちび飲んだりしてないよ! 未成年は飲酒禁止だしねえっ』

 

 時々聞こえてくる吃逆と、明らかにおかしな呂律、そして朝とは思えないおかしなテンション……電話越しでなければ酒の匂いが酷く漂って来そうに思う。

 

『……やけに具体的だが』

『飲んでない飲んでないっ、撫子は麒麟生なんて飲んでないよっ。……そ、それより、なにか用かなっ? 前に、夏休みになったら遊ぼうって話してくれたから、ずっとずっと楽しみにしてて……ひっく、してて、それでやっと電話かけてくれて、もしかしてそのこと? 撫子、嬉しいなあ……』

『ああ、まあそれはまた後日ってことになりそうなんだけどさ。ちょっと、お前に聞きたいことがあって、電話じゃ意味ないだろうから直接会って話がしたいんだけど……大丈夫か? 予定とか』

『うん、大丈夫だよ……! なんなら今から来ても良いくらい』

『いや……ああ、うん、それなら、ある程度準備してから向かわせてもらうよ、千石』

『うん、待ってるね』

 

 朝から飲酒……まともな意見が聞けるかどうか分からないが、今日予定が空いているというのであれば行くしかないだろうと思い、『じゃあ、また後で』と伝え電話を切った。

 人生の先輩として、彼女の飲酒は止めるべきなのだろうか……というかそもそも、そういうのは千石の両親がやるべきことなのだけれど……。

 酒も飲んでいないのに頭痛がするのを感じ、僕は水でも飲もうかとリビングの方へ足を運んだ。




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