阿良々木暦は望まない   作:鹿手袋こはぜ

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昨晩、せっかく最終話まで近いんだし一気に書いてしまえと、最後まで書き進めました。
この話と例の後日談を含め、全4話あります。
ちあきトラップ15〜18ですね。16は18時、17は21時。18は0時に投稿予定です。では、良い休日を。


015

 楽屋の前に立てば、壁一枚隔てているというにもかかわらず同級生、また後輩たちの賑わう声が聞こえ、熱量が伝わってくる。

 きっと僕が中に入れば、さっきの舞台はよく頑張ったなだなんてさらに賑わうことだろうけれど、その場面を一度想像してしまうと既に照れが表情に浮かんできてしまい、なかなか部屋に入ることができずにいた。しかしあまりに遅すぎるというのも、何かあったのではないかと心配されることだろう。僕は意を決して、扉のドアノブに手を伸ばす。

 すると、ドアノブは僕の手を避けるようにして回転し、勝手に扉が開いた。

 僕は勢いそのまま姿勢を崩して前面につんのめってしまい、一歩前へと踏み出す。そして僕の目の前に、一人物の靴が見えた。

 体制を整え顔を上げると、まるで親の仇を見るかのように怒りを浮かべた表情をしている老倉が立っていた。

 

「──や、やあ、老倉。覚えてるか? 僕だよ僕、一年の時同じクラスだった、阿良々木だよ。出席番号一番の」

「ええ、覚えてる。それこそ嫌なくらいに──お前のことを忘れたことなんて、一度だってない」

 

 僕はどうしてか、とんでもないタイミングで扉を開けてしまったらしい。正確には、開けようとしてしまったらしい。

 

 一歩踏み込んだことで距離を詰めてしまった形になっているため、僕は二歩下がる。その様子を見て、老倉は深く息を吐いた。

 

「嫌なものね。何もかもが嫌」

「……それは、僕と会ってしまったことだろうか」

「それもだけど、いや、それが一番の要因だけど、茶話会自体が嫌」

 

 老倉は本当に嫌そうな表情をして、そう言った。

 

「入んなさいよ。いつまでも出入り口で突っ立ってるっていうのは、他の人に迷惑でしょ」

「ああ……、それもそうだな」

 

 老倉は僕に背を向けて、部屋の奥へと向かった。閉まりつつある扉を押さえつつ、僕は老倉の背中を追うようにして中に入る。そして、老倉が座る椅子の隣に座った。

 

「……なんでお前は隣に座るんだ。もっと別の席があるでしょうが」

「……いや、なんとなく」

 

 微妙な──というか、ぎこちない空気が流れた。それはとても重々しいものであり、僕はそういったときの対処が苦手らしい。どうしてか、下手に出てしまうのである。

 

「──老倉、なんで部屋の中に入ったんだ? どうにもこうにもよく分からないのだが。だって、お前は外に出ようとしてドアノブを捻ったわけだろう?」

「気分が少し悪くなったから外の空気でも吸おうと思ったら、お前に会って、外の空気を吸ったくらいじゃどうにもならないくらいに気分が悪くなった。だから部屋に戻ったんだ」

 

 これで十分? と、老倉は嫌味ったらしく言った。

 

「……で、どうよ?」

「どうって……なにがだ? 老倉」

「そりゃ、学校生活に決まってるじゃない」

 

 決まっているのか……、てっきり嫌味を言われると思って身構えていたのだが、老倉がそんなことを聞いてきたので少し困惑してしまう。てっきり、顔面に拳を叩き込んでくるかと思ったが、それは杞憂に終わったらしい。

 

「学校生活、か……」

 

 ここで僕は、少し悩む。

 老倉が喜びそうな話をすればいいのか、それとも普通に話せばいいのか──というわけではなく、僕は人に語れるような学校生活を、怪異という人ならざる者と関わってしまったがために、送れていないのだ。

 全てが全て怪異だらけというわけではないのだけれども、しかし元を辿ったり結末へと向かっていけば、必ず怪異が絡んでくる。

 怪異無くして僕の学生生活を語れば、それはただの嘘になるだろう。

 そしてその嘘を、老倉はいとも容易く見抜いてしまうことだろう。はて、なにを話すべきか──

 

「そうだな、なにを話そうか」

 

 露骨な時間稼ぎの言葉。

 

「もったいぶらないで、早く話しなさい」

「分かった分かった。まあ、人に語れるほどのお話なんて持ち合わせてないわけだが、お前のいない2年、色んなことがあったし、今思い返してみれば大したことはなかったよ」

「ふーん、それで?」

 

 つまらなそうに、老倉はどこかから取り出した飲み物を口に含む。

 

「それでも、一番印象に残っているのは、お前がいなくなった原因ともなる、あの事件のことだよ」

 

 そう──あの一件以来、老倉は来なくなった。

 そして僕は、それに少なからず関わっている。

 

「……そ、でもそれは、話さなくっていい。先生からよおうく聞いているし」

「そうか……」

 

 あの件に関して、僕にあらぬ疑いを老倉からかけられているのは事実だった。そのことを弾糾することは僕にとって正当な権利であったし、それにしようと思えばできた。

 しかし──僕はその時も、そして今も、それをするつもりはない。

 それは優しさゆえというものではなく、ただ単に自己満足なんだろう。

 愚かなものだ。

 

「他にないの?」

「ないな。いたって普通の学園生活だった」

「その“普通の学園生活”とやらが聞きたいの」

「……いいのか? そんなもので」

「いいのよ、そんなので」

 

 カラリコロリと、コップの中で氷が揺れるのが横目で見えた。

 

 僕は、老倉に対しくだらない日常の話をした。二年生の末、予備学科の生徒に同級生が襲われたことや、実は妹がもう一人いたこと。他にも、赤点で夏休みに補習を受けていたことなど──本当に、くだらない、自分でも記憶に残っていて不思議だったことを、つらつらと語った。語り尽くした。まるで──旧友に会ったとき、お酒の肴にするようにして、僕は語るのであった。それこそ、怪異の話は掻い摘んだが。

 

「──ふうん、愚かなこと。戦場ヶ原さんとくっついちゃえば、良かったのに」

「それは少し──抵抗があったんだ。なんだか弱みに付け込んでる感じがするっつーか、本当にそれでいいのかって思えてさ」

「……そ、お前らしいと言えば、お前らしい、か」

 

 頭の後ろに手を回し、天井を見上げた。普通に、そこには天井があった。

 

「──で、他にはないの?」

「もう語り尽くした。僕の青春はこれで終わりさ──後残るイベントと言えば、茶話会の打ち上げと、卒業式、さらにその打ち上げくらいか……老倉、お前は参加するのか?」

「打ち上げは分からないけど、何も問題がなければ、卒業式くらい顔を出す予定」

「そうか」

 

 卒業式に、参加するのか。

 僕は老倉から親の仇のように嫌われているというのに──今思えば、こうして話せていること自体、奇跡のように感じた。

 もしかしたら、老倉は僕のことをもう嫌っちゃいないのかもしれない──そんな戯言さえ、僕には考えられた。

 

 チラリと気付かれぬように老倉を見る。相変わらずの仏頂面であったが、それを怖いとは感じなかった。元々だが。

 

 喉も渇いたし何か飲もうかと、楽屋に備え付けのドリンクバーへ飲み物を取りに行くため立ち上がる。すると、楽屋には僕ら以外誰一人としていなかった。

 誰一人、である。

 

「……あれ? みんな……どこに、行ったんだ?」

「……気付いてなかった? 夢中になっていたのかしら……みんな、茶話会最後とかで舞台の方に行ったけど」

 

 老倉は僕に、嘲笑を含んだ目線を送ってきた。

 

 くっ、気付いてたなら言えよ!

 というか、気付かない僕も僕だが……。

 右手首に巻かれている腕時計に視線を移す。──まだ、間に合うはずだ。みんなは本番の十分前に移動している、そして今は、本来開始予定である時間の一分前──走れば、十分間に合う時間だった。

 

「行くぞ、老倉」

「嫌よ。お前と同じ舞台に出ないといけないなんて、絶対に嫌」

 

 僕は時間もないため、やたらと急ぎ気味に説得するが、老倉は頑なに椅子から離れようとしなかった。

 残り四十五秒を切ったため、僕は老倉を無理やり引っ張ってでも連れて行かんとしたが、「お前と一緒の舞台に出て、挙げ句の果てに、一緒に写真に写るなんて死んでも嫌。今ここで舌を噛み切って死ぬ」と言い出したため、渋々僕は一人で楽屋を出ることにした。




本日18時、21時、24時にちあきトラップ016、017、018を投稿予定です。
読んでみてください。
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