意識が、ハッキリとしない。そしてどっとした疲れと共に、手足の筋肉から強く倦怠感を感じる。体も自由に動かすことができず、力を込めれば激しい痛みが体を襲った。そしてどうやら私は地面に寝そべっているらしく、とても硬い床に長時間横になっていたのだろうか、体の節々がとても痛んだ。
決して快適とはいえないその状況から脱するべく、まずはまぶたを開けて視界をクリアにする。どうやら今──私は、廊下で寝そべっているらしい。どうにもこうにも、見慣れない廊下であった。
「……う、ん」
腕を立て、壁に背を合わせるようにして徐々に立ち上がる。
そしてそこで異変に気付いた。なぜだか──私の左腕には、グルグルと包帯が巻かれていたのだ。とても厳重に、強く強く、乱暴に──包帯が巻かれていた。こんなものを巻いた覚えはないし、また巻かなければならない原因も、思い当たる節がない。しかし、この巻き方……どう考えても、私が巻いたとしか思えないような癖のある巻き方であった。しかし、いくら私の巻き方とはいえ、こんなにも乱暴に巻くだろうか……?
怪我とかそんな感じじゃなくって、まるで何かを隠すようにして巻かれていたように思える。
それこそ、封印するように。……なんだか厨二病みたいでやだな。
左腕に巻かれた包帯を不思議に思いながらも、私は軽いストレッチを行なった後に行動を開始した。
まず、目に入った扉を開け、中に入ってみることにした。
黒板に、沢山の机と椅子──ここだけを見れば、私はきっとこの部屋を教室であると判断したはずだ。現にここは教室なのだろう。綺麗に整列した机と椅子の前方には教卓があり、黒板の下方部分にはチョークと黒板消しが置いてあったからだ。
しかし、一つ……いや、いくつもの異常と言える点が見つかった。
普通教室には無いであろう、隠す気なんて感じ取れないほどに、そこにあるのが当たり前かのように存在している監視カメラ。そして、窓を塞ぐようにして異様な存在感を持つ鉄板。それを見て、私は一瞬立ち止まった。しかし、流石にこの鉄板はあり得ないだろうと。よくあるトリックアート的なものであるはずだと考え窓に近寄り、包帯が巻かれていない右手でそっと触れて見た。
とても冷たく、コンと叩けば、まさしく鉄と形容するにふさわしい厳重な響きがした。
「そんな……」
思わず口からそう漏れた。
私は後ずさり、その鉄板から逃げるようにしてその教室から出た。そして、自分がなにかを握っているということに気が付く。それはなにかが書かれた紙で、握り締められた拳の中でしわくちゃになっていた。しわを戻すようにして開くと、稚拙な文章がそこには書かれているのである。
はてなんだろうと、それを読んだ。
……ふむふむ、なるほど。
簡潔に内容をまとめると、私は希望ヶ峰学園に入学し、入学式を執り行うためにまずは玄関ホールに集まって欲しい……ということだった。
……そうだ、そうなんだった。私は、憧れの先輩がいる希望ヶ峰学園に入学できることになって、それから、それから──
──ダメだ。どうしても、過去に記憶を遡ったところで希望ヶ峰学園の玄関ホールに到着してからの記憶がない。あそこで私の意思は途絶えてしまっている。思い出そうとすれば、定番とも言えるような頭痛が私の頭を襲うのだ。
「……やれやれ、どうしたものか」
痛む頭を労わりながらも、これからどうするべきかを考える。この手紙に沿ってホイホイと玄関ホールに行くのは、なんだかとっても危険なように思えた。何が待っているのか、分かったものじゃない。
それに、動きに支障であったり痛みなどはないにしても、私はどうやら左腕を怪我してしまっているようなのだから、何者かに襲われたときに抵抗しようにも、それはきっとままならないものになってしまうことだろう。まあ、バスケは右手だけでも出来ないことはないので問題ないが(両腕共々怪我をしていたら、流石に困ったものだ。脚を使うわけにはいかないし)
はてどうしたものかと、さらに迷う。
行こうかどうかに迷い、行くにしても、きっと道に迷う。
身に覚えのない怪我、見に覚えのない場所。
不安は積もるばかりであった。
……しかし、怪我とはいったいどの程度の具合なのだろうか?
ふと気になったというか、現実逃避というか。己の左腕をキツく締め付ける包帯を見ながら、私はそう思った。
そして、一度包帯を解いてみようかと、それに手をかける。
ぐるぐると、ぐるぐると、まるで蛇のように巻きつくそれを解き始めた。
大した怪我ではなければ良いのだが、とスポーツ選手らしい考えが頭をよぎった。
しかし、私の左腕──いや、私の左腕なのか定かではないのだが、ともかく私の左腕に位置する場所には、怪我なんだ甘っちょろいものではなく、とても異様で、異形で、異常な光景が、包帯の隙間から現れたのである。
「……なっ?!」
目を丸くした。本当に、丸くなっていたと思う。
驚きとか、恐怖とか、そんな感情を飛ばして、もはや笑ってしまってもいいんじゃないかというほどに、私の左腕はおかしな状況になっていたのだ。
猿の腕。
まさしくそれが今の私の左腕の状況を形容するのに、最もふさわしい単語であるだろう。
飾り物なんじゃないかと指を動かせば、その猿の腕は私の意思の通りに動き、また触ってみれば人肌ほどの体温を持ち、なおかつ血液が通っていることを確認できた。
触覚が私にも通じていることから、どうやらこの腕はタチの悪いイタズラで被せられた、パーティーグッズなどではなく、本当の猿の腕らしい。
ひょっとしたら、最新鋭の技術を使った特殊メイクの類かもしれないが、しかしどうしても、自分にはこれが本物のようにしか思えなかった。真実味がそこにはあったのである。
いやでも、今自分が見て体験していることは、もしかすれば夢なんじゃないか──という、希望的観測があった。
まずこんな変な場所に自分がいること自体おかしいし、なによりこの腕が現実離れしていることを物語っている。
実は夢でしたー、目が覚めれば、そこはベッドの中──なんて夢オチこそ、今の自分にとって最適な終わり方なんじゃないか。
しかしもしも、これが現実だとしたら──
私はふと現実に戻り、今どうするべきなのかを考えるのだった。考えることは苦手じゃないが、決して得意ではない。ましてや今私は酷い倦怠感に襲われている。さっきから色々と考えづくしなので、脳はキチンとした判断が出来そうになかった。
……さて、この腕をどうにかするのが先か、玄関ホールに行くのが先か。
そもそも、この腕はどうにかなるものなのだろうか?
自然と、左腕に力がこもる。
とにかく今はこの腕を人に見られないことが優先するべきことであるのだろうと、一度解いた包帯を腕に巻き直した。
ぐるぐると、ぐるぐると、だ。
全く知らない場所に自分がいるということと──左腕が異形のものに変化してしまっているということ──これが夢であるという説は、とても濃厚なものになってきた。
しかし、だからとはいえ、このままボーッとしていれば目が覚めるようには、どうしてか、とても思えなかった。
なにか行動を起こさねば、と直感的に感じそのための行動を起こし始める。
「……行こう、かな」
口を使ってキュッと包帯の端を結び、この施設内のどこかにある玄関ホールを探すために警戒心を強く保ちつつ、この廊下を進んだ。