阿良々木暦は望まない   作:鹿手袋こはぜ

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 この施設がどれほどの規模なのか全貌は明らかにはなっていないものの、その道中で見かけた教室や保健室や視聴覚室、購買部。中には扉が開かないものもあったけれど、なんだかとっても学校のような設備が揃っているように思えた。そうして考えてみると、あの教室だって1-Aなんていう標識が出ていたし、机の並びや黒板など、窓に打ち付けられている分厚い鉄板や監視カメラなどを除けば、完全に学校の教室だろう。

 ともすれば、この施設はもしや学校のような場所なのだろうか……? 学校……。そう考えて一番先に思い浮かんだのは、希望ヶ峰学園であった。

 しかし、こんなところが希望ヶ峰学園ではないと、その考えをいとも簡単に放棄した。

 

 そして、玄関ホールは私が最初にいた場所からは案外近かったようで、少し歩けばすぐに見つかった。

 私はここに来いと言われているわけだから……玄関ホールで何かが起こることは確かなのだ。その何かが何かと考えることは野暮なことだが、しかし心構えをすることは野暮ではない。深く息を吸い、そして吐く。深呼吸を数度繰り返すが、気持ちはなかなか落ち着かなかった。

 緊張からか、若干汗ばんだ手を扉にかける。そして、重々しいそれを力を込めて開けた。

 

「……やっと来たか、遅いぞ」

 

 目の前には自分と同じくらいの年頃である男女が、15人いた。その中にはどこかで見たことがあるような顔も混じっているが、共通点というものがてんで分からない。

 いきなりこれほどの人数と出くわすというのはとても驚きであり、息を飲んだ。

 

「あ、ああ……。もうしわけない」

 

 後ろ手で扉を閉めながら、ゆっくりと中に入る。

 

「十六人ですか……。キリがいいし、これで揃いましたかね……」

「多分ね……」

 

 十六人。バスケットボールは入れ替えメンバーも含めて全部で十五人までだし、そういうチームのメンバーだったりはしないのだろう。そもそも彼らのことは知らないわけだが。

 

「ええっと、キミは、なんていう名前なのかな?」

 

 と、私よりも身長が低い、パーカーを着た男子が話しかけてきた。

 

「……ああっ、まずはボクから名乗るべきだよね。ボクの名前は、苗木誠(なえぎまこと)。超高校級の幸運……なんだけど、ただ単に一般人の中から選ばれただけなんだよね……あはは」

 

 苦笑いをしながらそう名乗る彼は、キミは? と再度聞いてくる。

 それにしても、さっき超高校級……と言ったのだろうか。

 超高校級の幸運。

 もしかしたらと思うところがあった。

 

「私の名前は神原駿河(かんばるするが)だ。神社の神に焼け野原の原、駿河問いの駿河で、神原駿河。超高校級の……バスケットボール選手だなんて、自分で名乗るのは少し歯がゆい肩書きを持っているぞ」

 

 にこやかな笑顔を浮かべて、私はそう名乗った。

 

「よろしくね、神原さん。見たことあるなって思ったんだけど、超高校級のバスケットボール選手なんだね。TVで、試合とかインタビューとか見たことあるよ」

「あはは、そうなのか。まあ私がバスケットボール選手なんて肩書きを貰えることに少し驚きなのだが」

「いやいやっ、そんなことないよ! あまりバスケットボールに詳しくないボクも知ってるんだしさ」

 

 そして苗木は、小さな声で凄いなあと呟いた。

 すると、一人の女子がそろりと顔を覗かせるようにして現れた。あれ、確かこの子……。といった具合に、見覚えのある顔の女子であった。

 

「えーっと、私も自己紹介いいですかね? 苗木くんに、神原さん」

「ああ、うん。ボクはいいよ」

「私も構わない」

「じゃあ、自己紹介を……。私は舞園(まいぞの)さやかって言います、超高校級のアイドル……なんですけど、知ってますかね?」

 

 若干不安そうに名乗りながらも、やはりアイドルだからか、可愛らしさが残る。

 

「ああ、どこかで見たことがあると思ったら」

「そうですか? 少しでも知ってくれていたようで光栄です」

 

 まるで天使のように可愛らしい笑顔を私に向けて、またさらに可愛らしい声で舞園は言った。

 

「いやしかし、もう少しテレビなんかを見ていれば詳しく知っていたんだろうけど……。幾分部活動の練習が大変で、その素晴らしい活躍を拝見することはできていないんだ」

「いえいえっ、いいんですよ」

 

 とはいえ、超高校級のアイドル……。もしかして、ここにいるみんなは超高校級のなにかなのだろうか。となると、自然私の同級生ということになる。

 

 なら、これはもしや希望ヶ峰学園が一枚噛んでいるんじゃないだろうか? しかし今の段階で状況を決めつけるのは危ないと思い、その考えは一旦保留にした。

 

「あ、そうそう! 実は私と苗木くんって、中学校が同じなんですよ!」

「へえ、そうなのか! 同じ学校から超高校級が二人とは、なかなかどうして驚きだ」

「あはは……。まさか舞園さんがボクのことを知ってたなんて、思いもしなかったよ」

 

 適当な雑談を始めて数分ほどしてから、玄関ホールにあるメガホンから耳障りな雑音とハウリング音が漏れ出した。

 玄関ホールにいる人皆の注意がそちらへと集中し、しんと静まり返った。

 

『──えー、マイクテスッ、マイクテスッ』

 

 気の抜けるような錆びれたダミ声が、玄関ホールに響く。

 

『オマエラッ、やーっと揃ったかっ。……それじゃ、体育館の方まで来てねー!』

 

 それきりプツンと放送は途切れた。

 唐突のことで少し戸惑ってはいたが、体育館に行かなければならないのだろう。

 

「えーっと……。いった方が、いいのかな?」

 

 どうする? といった目線を苗木が私に向ける。

 

「そう、だな……いった方が、いいと思うぞ」

 

 にしても、体育館なんてどこにあるのやら……。今自分が置かれている状況とともに、心配に思う。

 

 しかしまあ、あの声。古びたスピーカー越しだからそう聞こえるだけなのかもしれないけれど、機械音声という感じがした。ボイスチェンジャーを使ったような声? とでもいえば良いのだろうか。

 ともかく。兎にも角にも。不思議な感じがするのであった。

 

 もう既に何人かが移動を始めた。体育館の場所がわかるのだろうか? と少し不思議に思う。……どうやらこの玄関ホールに施設内のマップが置いてあるようであった。

 マップというか、パンフレットというか。

 

「あ、それって地図?」

「っぽいぞ」

 

 私もそれを手に取り、その内容に沿って私と舞園と苗木は体育館へと向かった。


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