阿良々木暦は望まない   作:鹿手袋こはぜ

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003 (非)日常編

 朝時間が来たからとはいえ、私にとっては特にこれといった特筆すべき予定がないため、何も考えることもなく部屋でのんびりとしていた。いや、何も考えていなかったというのは、よくよく考えてみれば、またよくよく考えてみなくたって間違っているはずだ。私は無我の境地に立つことができるほどの徳深い修行や行為を行ったことはないのだから──だから、きっと、なにかしらのことを考えていただろと思う。しかし私はそれを覚えちゃいない。ま、覚えていたところでだからどうしたという話なのだろうが。

 

 なんて考えを、頭の中で巡らせられる程度には、私の精神衛生状況は回復していた。良い調子では無いが、悪い調子からは脱却できたぞ。

 とりあえず、人が来たら大変だと、自分の左腕に包帯を巻き始める。

 

 いやしかし暇である。私の今後の予定ToDoリストなるものが存在するのならば、きっとそれは真っ白だろう。それこそまるで、今彼らとの間に存在する関係性のように──いや、生きるという目標はあるのだった。

 でもそんな予定は今日一日行動して叶うような程簡単なものじゃあないだろう。ローマは一日にして成らず。私の平穏も一日にして成らず、なのだ。

 

 閑話休題。

 

 ともかく、結論から言ってしまえば私は特に今日、する事がないのだ。何事も起きない──というのならとても幸せな一日になるのだろうがこの生活環境に置かれている以上、多少なりとも変哲のある生活を幾日か送らなければならないだろう。その数日をただ暇を持て余して暮らす──というのは、どこか心に引っかかるものがあった。

 それを解消するべく、施設を探索するも良し、私と同様にこの施設へと攫われた(のだろうか?)彼らと親睦を深めるも良し。なんならその両方でも良いのだが、それにはどうしたって相手が必要だった。そう考えて真っ先に頭に思い浮かんだのは、苗木と舞園である。彼ら彼女なら、(ある)いは──

 

 ええい。考えていたって仕方がない。私は物事を深く考えるより、体を動かす方が格段に得意なのだから。

 

 そうと決まれば早速行動に移そう。

 

 そう思い、私は部屋の扉を元気良く開けた。強風に煽られ膨らんだカーテンのように扉は外向きに広がる。しかしよくよく考えてみれば他人のことを考えちゃいない行動だったと、後から反省させられることとなる。

 ちょうど扉の前には舞園がいて。

 それは、あわやあと一寸近ければ鼻先を擦りかねないほどの近さであった。そこに人がいたことに私は驚いたが(まあ、当然といえば当然かもしれないけど)、そんな私よりも驚いていたのは舞園だった。

 勢いに押され廊下の床に尻餅をついてしまった舞園を見て、私は驚き慌てたが、無意識的に彼女に対し手を差し伸べることができた。

 

「す、すまない。舞園。まさかいるとは思わなかった」

「いえいえ、まあ──ちょっと、ビックリしちゃいましたけど」

 

 私が差し伸べた左腕──包帯が巻かれた、左腕を、舞園はその小さな手で掴んだ。しっかりとしたリアルな感触がする度に、不思議な気持ちに陥ってしまうのはこれからも付きまとってくる事なのだろう。不自然な痛みもなければ、痛覚が全くないというわけでもない。自由に動くそれは、まさしく私の腕だ。けれども、私の腕ではない。

 

「ところで、神原さん。朝ご飯って、もう食べましたか?」

「いや……まだだが」

「それは良かったです。苗木くんと神原さんを誘って、食堂で朝ご飯でも食べようかなーって、思ってたんですよ」

 

 それなら、まあ、問題ない。

 私はそのお誘いを快く受けることにした。

 

「ところで、苗木はまだ誘っていないのだろうか……? 姿が見えないあたり、きっとそうなのだろうけど」

「そうなんですよね。苗木くんはまだで──私の部屋の隣ですから、最初に苗木くんでも良かったんですけど。ほら、苗木くんってあれでも……いや、あれでもっていうのは失礼なんですけど。男の子ですし。時間を少しでも置いといたほうがいいかなって思いまして」

 

 それで、神原さんを先に。

 

 まあ──あれでもっていうのは苗木に伝えないでおくとして。確かにそれもそうだなと、私は小さく頷いた。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

 こっちです、と、私は舞園に先導されて苗木の部屋へと歩いていった。寄宿舎はここにいるみんなが寝泊まりする場所のため、やはり何人かすれ違ったり姿を見かけたりした。暗い顔をする者もいれば、何事もないように平然とした表情のものもいたが、まあそれは人それぞれだ。舞園はというと、心こそ穏やかではないだろうが屈託のない笑顔を浮かべている。

 

 やはり他のみんなの部屋の扉の前にもプレートが付けられており、それぞれに各々を象られたようなドット絵があった。よく作ったものだな。

 

「ここです」

 

 確かに、ここだ。よくよく考えてみれば、私は昨日、二度この部屋を訪れているのだ──気絶した苗木を運び入れた時と、目を覚ました苗木を食堂へと連れて行く時。

 

 ともかく私は、苗木の部屋の扉を軽くノックした。

 少しの間をおいて、扉が開く。

 

「──ん、ああ。神原さんに、舞園さん。おはよう」

「おはよう」

「おはようございます、苗木くん」

「あれれー? 朝っぱらから女の子が来るなんて、いやあ苗木くんもやるなぁ」

 

 若干疲れた様子を見受けられた苗木の肩から、ひょっこりと、それが当然かのようにモノクマが顔を出した。

 

「うわっ」

「やだな、神原さん。人をまるで森で出会ったクマのように……クマだけどねっ!」

 

 そこは幽霊なんじゃないかと言ってやりたかったが、なんだかそれは相手の思うツボのように思えたのでやめにした。

 

「まま、廊下で立ち話もなんだし、入りなよ。ボクの部屋じゃないんだけどねっ! アーハッハッハッ!」

 

 私達のことも、つゆ知らず。モノクマは強引に私と舞園を苗木の部屋へと押し込んだ(なんだか手が伸びていた。ハッキリ言ってとても怖いビジュアルだ。想像して見てくれ、黒と白のモノトーン色のぬいぐるみ風熊が両手をぐんと伸ばして部屋に引き込んで来るんだぞ?)。中央に寄せられる形になったため、苗木や舞園と部屋の玄関に倒れこんでしまいそうになった。

 

「いてて……」

 

 ゆらりと立ちたがると、モノクマは小さな歩幅でおよそシャワールームがあるだろう場所へと向かった。

 

「じゃ、苗木くん。それと──ついでに舞園さんと神原さんも」

 

 強引に部屋に入れられたことに不満を強く感じつつも、モノクマのいる方へと向かった。

 舞園と苗木の表情を伺ってみると、二人とも同じような苦笑いを浮かべている。

 

「で、シャワールームの扉が開かないってことだけど──実はね、苗木くんの部屋だけ、シャワールームの建て付けが悪いんだよね。いやあ、ほんと、参っちゃうよね。欠陥住宅だよ」

 

 そう言いながら、モノクマはシャワールームのドアノブへ文字通り手を伸ばす。こう、ぐにょーんって、さっきのように手が伸びていた。……一体どういう仕組みなのだろうか。機械工学? とかはあまり詳しくない私にとって、それはさっぱり見当がつかないものだ。

 

「超高校級の幸運である苗木くんの部屋だけ、欠陥がある──うぷぷ、才能が泣いちゃうね」

「あはは……」

「じゃあ、開け方だけど──こう、上にドアノブを上げながら捻るんだよ」

 

 そう言ってモノクマはドアノブを回す。すると、なんの問題もないように扉は開き、シャワールームに部屋の光が差し込んだ。

 

「ほらね!」

 

 そうしてモノクマは扉を閉め、苗木に一度やってみるようにと催促をする。渋々とそれを受け、苗木はドアノブを捻り上げた。

 すると、これまた簡単に扉が開く。

 

「あ。開いた」

 

 その言葉を聞いてか、モノクマは満足げな表情で(ロボットに表情なんてあってたまるかと言いたいが、実際に満足げな表情で)、「じゃあね〜」と言いながらどこかへと去って行くのだった。

 

 後に残された私達。暫しの静寂が流れたが、すぐにそれは打ち砕かれた。

 

「えーっと……そういえば、聞いてなかったんだけど、どうしたの?」

 

 と、苗木は首を少し傾けながら尋ねる。

 それに対し、和かな笑顔を見せながら舞園が、

 

「えっとですね、朝ご飯でも一緒にどうかなって思いまして!」

 

 と言った。

 それに付け足すように私が、

 

「一緒に食堂で食べよう」

 

 と言う。

 

「うん、いいよ。お誘いありがとうね。さっきは迷惑かけちゃったし、ボクがなにか作るよ」

「いえいえ、いいんですよっ」

「ああ、別に気にしなくったっていい」

「いや──それじゃあ、ボクの気が収まらないよ」

 

 なんて話を交わしながら、私達三人は食堂の厨房へと向かうのだった。




 ダンガンロンパのコロシアイ生活を書くにあたり、やっぱり他の作者さんがお書きになられているダンガンロンパSSも読むべきかなと思うのですが、なかなか手が出せない毎日です。戯言戯言。

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