命が燃え尽きる色は青色だとどこかで聞いたことがある。青色というと、信号機の青色ではなく空色の青色なのである。まさしくブルーな感じという言葉が死に関して益々お似合いになってしまうのだが、「灯滅せんとして光を増す」──という昔からの言葉が、科学的な裏付けをされたことに、私としては驚きを感じつつもあった。なんでも、その青色の光は死ぬ直前に勢いを増すらしい──まあこれは話を聞いた時の受け売りだが。その聞いた話というのが、夕方によくやっているようなニュースか、それともインターネットニュースか、もしくは部活の後輩が話しているのを耳にしただけなのかはハッキリと覚えていないのだが……どういった経由でその情報を知ろうとも、死の間際に、最後の力振り絞るようにして細胞が発する色は青色なのだ。新聞で聞いたから黄色、漫画で知ったから緑色──というわけではなく、どんな理由があれ必ず青色。
それは当然のことであり、また同時にそうでなければならないことでもあるのだ。
情報源によって話が変わって来ると、混乱するだろう?
一々情報が変わってちゃあ、面倒なことになる。それこそ、今日も世界を駆け巡り異常存在を確保、収容、保護している財団になんとかされてしまいそうなのだが……今のところ、その問題はない。むしろ問題があるとすればこの左腕か。なんとかなるなら、なんとかして欲しいものではあるが。
今日も今日とて、私は起床するとまず左腕に包帯を巻いていた。その巻くという動作こそ手馴れたものではあるが、しかし自分の左腕にこのような異形の存在があることに慣れることが出来るわけがなかった。慣れることはなかったが、見慣れることはできていた。不思議なものだ。私の前世は左腕がこんな感じだったりしたのだろうか?
朝起きるとこの左腕を目にするのが当然のように感じるので、私はついに頭がどうにかしたんじゃないかと疑いたくなったが、真偽をはっきりしてくれる人間はこの施設内に居なさそうだ。超高校級のカウンセラーなんていないもんな……あるいはあの彼女なら、可能性も捨てきれないわけのだけれど。
軽いストレッチをしていると、朝時間を迎えるアナウンスが流れた。なんだか様子が変な気がしたが、ま、いつもの事だ。
身支度を済ませ、私は駆けるようにして部屋を飛び出す。すると、丁度同じタイミングに部屋から出てきた苗木がいたため、私は急ブレーキをかけて彼の前へと勢いよく飛び出した。
「っと、やあ、おはよう! 神原駿河。得意技はスーパースライドだ!」
「
「得意技はフォワードエンドレススーパースライドだ!」
「なんだか名前が長いよ!」
「得意技はZスラ……」
「それはもう人間技じゃないよ!」
閑話休題。
「ともかくおはよう、苗木」
「う、うん。おはよう神原さん」
「得意技はアナロ……」
「もういいよっ、もういいっ」
苗木は焦り気味にそう言った。あまり興味がないのだろうか……。
まあ無理に押し付ける意味もない。人に嫌がらせをするほど、私は性格を複雑かつややこしい方向には拗らせちゃいないのだ。これでも昔は部活で先輩をしていたのだし、そこら辺の「わきまえ」というものはしっかりしてあると自負している。
そういえば小学生の頃、責任や負い目を感じているということを自負していると言うのだと勘違いしてしまっていた時期があって、悪いことをしてしまい先生からお叱りを受けた際、悪いことをしてしまったことを反省していますか? と尋ねられた時に胸を張って「自負している!」と言ってしまったことがあった。
凄く叱られた。
「そういえば、神原さん。舞園さんはまだ来てないみたいだね」
「ああ、そういえばそうだな。きっとまだ部屋にいるのだろう。女の子というものは支度に時間をかけるものだぞ」
「へえ……神原さんも、朝は支度に時間をかける方?」
そう尋ねる苗木に、私は少し悩むような様子を見せながらこう答えた。
「そうだな……、まあ、かける方だとは思うぞ。まず朝は入念なストレッチから始まる」
「へえ、なんだかスポーツ選手って感じだね……、ああ、バスケットボール選手なんだよね、神原さんは」
「ああ。まあな。そういう苗木こそ、幸運、だったっけか」
私がそう言うと、苗木は表情を曇らせた。
幸運という才能に負い目でもあるのだろうか。
自負すればいいのに。
「いやあ……ボクなんてたまたま偶然希望ヶ峰学園に入学できただけで、もうそれだけで一生分の運を使い果たしちゃって……それで、こんな目に合ってるんだから、幸運というより、不幸だよ」
「アンラッキーボーイか、なんだか可愛らしいな」
「どこが?!」
「ボーイというところが凄く良い」
「アンラッキーなところは違うんだね」
呆れたような物言いをする苗木に対し、そんなことはないぞ、と私は強めの口調で言った。
「不幸だって、超高校級並みに不幸なら、それは才能だ。それに苗木だってきっと、才能を持っているはず」
「例えば……?」
「んむむ……まだ私は苗木と出会ってから一週間も経っていないんだ。だから、まだ分からない。でもきっと、必ず、これから見つける。──誰だって、どこか秀でた部分を持っているものなのだ」
「そっか……いやでも、神原サンは凄いよ。ボクなんかとは全然違う」
「いいや、そんなに違わないぞ。今の私と苗木の違いは、自分のできることを見つけているか否かだと思う」
私はバスケットボールを見つけた──苗木は、なにを見つけるんだろうな。
そうは言っても、苗木は影の差したような表情を変えることはなかった。しかし、頑張ってみるよという言葉を口にしてくれた。
「ああ、頑張ってくれ。何事もまず行動だ!」
そう言い力強く苗木の背中を叩いてやる。苗木は前屈に倒れそうになりながらも体勢を保ち、苦笑いを浮かべていた。
「よし、とりあえず舞園……って、そういえば。お前はさっき、舞園の部屋から出て来てなかったか……?」
私の部屋は廊下のちょうど突き当たりにあるため、確かなことは言えないのだが、よく考えてみれば苗木は奥から二番目ではなく、三番目の部屋から出て来たように見えた。今まで気に留めていなかったが、しかし一度気になると収まりがつかない。
不審そうな顔をしている私を見てか、慌てて弁解するようにして苗木はこう言った。
「どうも舞園さんの部屋に不審者が来たらしくってね──来たっていうより、扉を乱暴に叩いたらしいんだけど。で、今夜限りで部屋を交換して欲しいって言われてさ」
ふうん……そんなことが。
もともと知り合いだったということもあってか、私と二人。彼ら二人の関係性の違いは明らかなものになっている。それを寂しいと思うことはあれども、しかし悲しいと思うことはない。お前は何様だと言われかねないが、舞園が誰かを必要としているとき、苗木が側に立ってやれるという関係性が生まれていることに、私はほっとしている。
昨日だってあんなことがあったし。それにこんな状況だ。舞園にとっては非常に心強いことだろう。
「じゃあ、苗木の部屋に舞園がいるわけか」
頷く苗木を尻目に、私は無機質なインターホンのボタンを押そうとする。しかし、そこで気付くことがあった。
「ん? 苗木、ネームプレートが入れ替わってやしないか?」
「あ……本当だ、せっかく部屋を交換したのに、ネームプレートが入れ替わってる……」
不思議に思いつつ、インターホンを押せば安っぽい音だけが廊下を
「……んー?」
「いない、のかな? もしかしたらもう食堂に行ってるのかも」
「そうかもしれない」
気紛れにインターホンをもう一度押すが、先ほどと同じように、廊下に残響するだけだった。
「…………」
「行こっか」
「いや、ちょっと待て」
私はそう言い、ドアノブに手をかける。すると抵抗なくそれは下がり、いとも
──刀傷だらけの朽ち果てた部屋が、そこには存在していた。
「っ!」
つい先日、苗木を運び入れた際はなんら変わりのなかった部屋が、今はこうして荒れ果てた姿へと変貌している……。その異様な変貌ぶりに驚きを隠し得なかった。
刀傷を一つ一つ眺めるようにしながら部屋の中へと入って行く。壁紙は
「神原さん、これって……いやっ、そんなわけがないっ!」
そう言い、苗木は駆け足で部屋の奥へと入っていく。
無理もないだろう。昨日まで自分が暮らしていた部屋が、こんなにも荒れ果てた様子に様変わりしてしまっているのだから──舞園が寝泊まりしていたというのなら、それはなおさらだ。
ともかく、奥へと向かった苗木の背を追うようにして、私は部屋の様子を静かに伺った。
見事までに荒れ果てていて、さらにその荒れ方が部屋自体が老化しているわけではなく人為的なものであるというのだから、何か一つ異様な感覚を覚えさせられる。新品のジーンズにダメージ加工を施すような、そんな感じ。もしくは生まれたての赤子の背中に古傷が残っているのを見た──といった感じだ。
そんな違和感を疑わしく感じていると、シャワールームの方で苗木の足音が止まった。何かあったのだろうか──何かというのは、それこそ最悪な場合を除いた何かであってほしいのだが、しかしそんな願望が実現するほど、私と苗木の運は強くなかったらしい。
ちょっと開け方が特殊なシャワールームの扉を開けた苗木が、非力な声を口から漏らす。
「……っっ!」
「どうした!」
苗木の肩越しにシャワールームの中を覗く。私と、苗木の、二つの視線が交わりひしと見つめるその先には──
──あんまり、見たくない光景が広がっていた。
『ピンポンパンポーン! 死体が発見されました! オマエラ、体育館に集合してください!』
夏も終わりですね、コンビニでおでんが売られてたらしいです。