阿良々木暦は望まない   作:鹿手袋こはぜ

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 少し長くなってしまったので二つに分けています。
 先ほど投稿した一つ前の話から切り離して投稿しているため、そちらを先にお読みください。


011 非日常編(捜査編)

 ひとまず私たちは犯行に使われた凶器の出所を調べることにした。包丁だというのだから、それはきっと厨房だろう。さっきまで私たちがいたところではあるものの、しかし包丁を使用するような料理は作らなかったため(料理と呼んでいいものなのかどうか分からないものばかり食べていた)無くなってしまっていることに気がつかなかったが、道中思い返してみれば確かに、私はあの舞園の腹部に深々と突き刺さっていた包丁を使用した記憶が微かながらに残っていた。

 料理はあまり得意とは言えないのだが、しかしそれでも希望ヶ峰学園がある都心部へと上京するにあたりある程度のスキルは身につけて来た。それなりに、不恰好ではあるものの、簡単な料理なら出来る程度に成長したつもりだ。そのため私はこの学園に来てからも拙い料理の腕が鈍らないようにと出来る限りは手料理を口にするようにしていたのだが、これから先殺人に使われた包丁で料理することがあるかもしれないと考えると、気が引けてしまう。

 使わなければいい話なのだが、うっかりというのもあり得ないことではない。

 

 食堂に着けば、真っ先に厨房の方へと向かった。食堂の方には先客がいたが、特に用はない。包丁があったと記憶している場所を覗いてみると……やはり、包丁が一本不自然に無くなっていた。誰かが使用中というわけでも、また台所に放置しっぱなしというわけでもないようであったため、やはり舞園の腹部に刺さっていた包丁はこの食堂から持ち出されたものらしい。

 

 しかし、とはいえ。

 

 包丁が食堂から持ち出されたということが分かったところで、それが犯人の正体につながるかと問われれば、首を横に振るしかない。何かを期待していたわけではないが、しかし特にこれといったものが見つからなかったというのは、残念に思えてしまうものである。

 

 少し肩を落としつつも、私たちは厨房を出た。すると食堂で一人、黙々と食事をしている一人の女子がいた。まるで今発見したかのような表現しているが、彼女の存在は先程から知ってはいた。ただ話しかけなかったし話しかけられなかっただけ。

 私たちがここに到着する前からいたのだろう、面前に置かれた皿半分ほどしか食べ物は乗っておらず、食べたと考えられる。口に食べ物を運ぶ勢いは凄まじく、すぐにでも食べ尽くしてしまいそうなほどだ。それに私たちが食堂を後にして間もないのだから、なかなかどうしていい食べっぷりである。

 

 確かあいつは──朝日奈か、先日ランドリーで会った記憶が真新しい。

 

 食べることに集中していてこちらに気がついていないらしく、後ろから声をかけることによりようやく私たちに気がついたようで、驚きからか食べていたものを喉に詰まらせ慌てている。

 

「えほっ、あっくほっ。……あ、危なかったー!」

 

 元気よく声を出した朝日奈は、コップを机に置き、「何か用かな?」と後ろを振り返りながら言った。

 

 朝日奈は苗木を見たとき、少しだけ口元を歪ませた。

 彼女もきっと、苗木が犯人ではないだろうかと少なからず疑いをかけているのだろう。

 そのことについて私は別に口を出そうとは思わない、責めるつもりもない。しかしもし朝日奈のその些細な仕草に苗木が気付いていたらと思うと──何様かと思われるかもしれないが、彼の心境が心配になった。

 友を亡くし、あろうことかその殺人事件の犯人ではないかと疑われる──。

 あまりにも耐え難い苦痛だろう。

 

 ともかく、上から見下すように質問するものなんだかなと思い、席に腰を落ち着かせて話すことにした。その際一緒に食べるかと勧められたのだが、既にご飯を食べていたため丁重にお断りさせていただく。

 

「厨房の包丁が一本無くなっていたんだけど、何か知らないか?」

 

 そう疑問を投げかけられ、朝日奈は咀嚼をしながら何かを思い出すように指でこめかみの辺りを押さえ、そして考えている。

 ふと表情が明るくなったかと思えば、口に含んでいたものを飲み込み語り出した。

 

「そういえば昨日、食堂に来た時には全部あったんだけどね。包丁。でも、お皿とか片付ける時に見てみたら一本だけ無かったような……」

「それは本当か?」

「うん、そうだね、絶対に無くなってた! 不自然に歯抜けみたいな感じで無くなってたから印象的だったんだ。その時はさくらちゃんも一緒にいたから、なんなら聞いてみたらどうかな?」

 

 さくらちゃん……? ひょっとして、大神のことだろうか。確かに、下の名前はさくらだった気がするが……さくらちゃん。

 

「あっ、なんか今変な顔したでしょ! 良いじゃん! さくらちゃんはさくらちゃんだよっ」

「あはは……」

「まあ、確かに、さくらちゃんであるのに間違いはないのだがな……、その、ギャップというか」

「ギャップ? ああ……さくらちゃん、ガタイいいからね」

 

 ガタイがいいどころの話じゃないような気がするが……。

 あの大神にも、幼い頃というものが存在していたのだろうか。少女と呼ばれるような時期が存在したのだろうか。……言っちゃあ悪いが、想像がつかない。

 

「その、包丁があった時から無くなったと気付いた時まで。えっと、大神と一緒に食堂にいたのか?」

「……うん、まあね。今は一人だけど、こんな感じにおしゃべりしながらオヤツ食べてたかなあ」

「じゃあその時食堂に誰か来たりしなかったか?」

「誰か……、うーん。確か、舞園ちゃんが一度だけ来たような」

「舞園さんが?」

「そうだよ、さやかちゃん。あとは誰も来なかったかな──うん」

「……じゃあ、舞園さんが包丁を?」

 

 苗木は眉を寄せ、渋ったような顔をした。無理もないだろう──私たちは、てっきり犯人の名前が出てくるものだと予想していたのだ。

 被害者である舞園さやかを殺害するために用いる凶器をこの食堂から持ち出した、犯人の名を。

 だというのにも関わらず、朝日奈の口から飛び出したのは被害者である舞園の名前──。

 一体全体、どういうことなのだろうか。私たち二人は、ただ呻き声を口元から漏らすほかなかった。

 

 謎が解ければ解けるほどさらに謎が増えてしまう脳のように。包丁を持ち出した者が誰か分かったというのにも関わらず、謎は増えてしまっている。

 

「ありがとう、じゃあ、私たちはもう少し捜査をしてくるよ」

「そっか、頑張ってね」

 

 朝日奈は、ぎこちない笑顔でそう言った。

 その不自然な笑みを浮かべてしまったのには、人が死んだ──ということもあるのだろう。

 朝日奈のように明るい人だからこそ、こういうときに周囲の雰囲気から強く煽りを受けてしまう。

 どうしたって考えてしまう。

 きっと不安だって感じるだろうし、実際に感じているのだろう。それは私だって例外ではない。その不安を打ち消すために朝日奈はなにかを食べ、そして私はなにかを考え続ける。

 どちらも思考から嫌なことを追い出すための防衛手段であると言ってもいいだろう。言ってしまえば逃げだが、しかしそれを責めるつもりはないし、責める人もいないはずだ。

 

「……うーん、一回部屋に戻ってみる?」

「いや、部屋は霧切が捜査中だし、他をあたってみよう」

 

 と言ったは良いものの、しかし、どこをどう捜査すれば良いのだろうか。こういうことに慣れていない私は、その段階で悩み始めていた。

 ドアが壊されていたというのだから、工具の代用品となりそうな物がある場所を探すべきか?

 それとも、返り血を浴びただろう服を洗濯することができるランドリーか……。

 

 どこに証拠があるか分からない今、とにかく(しらみ)潰しに様々な所へと向かうべきである。だが時間制限が存在する今、悠長にしていられないのも事実であった。

 

 もたもたしていられないので、とりあえずは行先がはっきりとしている後者のランドリーに向かうことにした。こちらも食堂同様に先客がおり、なにかを探しているようだった。

 

「ない……っ、ないべ!」

 

 洗濯機に顔を突っ込んだり、またその裏側に手を差し込んだりと、忙しなくランドリーを駆け巡り何かを探す葉隠の姿がそこにはあった。

 

「どうしたの? 葉隠クン」

 

 一心不乱に何かを探している葉隠に若干の気の引きを感じつつ、緊張した面持ちで苗木は声をかけた。すると葉隠は危機一髪! みたいな表情でこちらに駆け寄り言葉をまくし立てる。

 

「おおっ、苗木っちに神原っち! 俺の水晶玉知らねえか? なくなっちまってて!」

 

 水晶玉……。ああそういえば、葉隠はいつも大きなガラス玉を持ち歩いているなとほとほと思っていたのだが、そうか、あれは水晶玉だったのか。

 

「ああ、あのガラス玉? ボクは見てないなあ」

「ガラス玉じゃねえべ! あれはれっきときた霊験あらたかな水晶から削らりとられたっつー触れ込みの、一億円もするものなんだべ!」

「ええっ、一億円?!」

「そう、一億! いやあ、あの頃は苦労したべ……って、そうじゃない! その水晶玉が無くなっちまって──いや、きっと盗まれたんだべ!」

「盗むかなあ……」

「盗むべ!」

 

 騒ぐ葉隠を横目に、ランドリーになにか無いだろうかと洗濯機の裏を覗くなどして探ったが、しかしそれらしいものは落ちていなかった。それっぽいニオイもしなかったし、血痕らしきものも見当たらなかった。

 

 見当違いだったのだろうか? でも、これで一つの可能性を潰すことができたと考えると、前向きに捉えることはできるだろう。これ以上ここに居座っていると厄介ごとに巻き込まれそうな気がしてならなかったので、足早に立ち去り外に出た。

 

「あ、危なかった……、変な勧誘の(はなし)し始めたくらいから変だと思ったんだ」

 

 疲弊した様子の苗木を庇いつつ、私は電子生徒手帳に備え付けられている校内マップに目を通していた。行くあても無いため、ふと目についたトラッシュルームに向かうことにした。

 トラッシュルームに着くと、やはりここにも先客がいた。

 

「苗木誠殿に神原駿河殿。こうして同じ場所に捜査をしに来るとは、奇遇ですな」

「そうだね、山田クン」

 

 軽く会釈をし、部屋を見渡す。今思えば、トラッシュルームに来るのは今日が初めてかもしれない。

 床に突き刺さる堅牢な鉄格子に、さらにその奥で隙間からから赤い光を小さく漏らす熱気を帯びた焼却炉。装飾も大してされておらず嗜好品なども見当たらない、机や椅子も一つないこの部屋は、まさしくゴミを捨て燃やすだけの場所としてここに存在していた。

 今まさにそれは稼働しているらしく、轟々とした炎の音がこちらまで伝わってきた。

 

「やはりあれは、稼働してますよねえ……」

 

 面倒臭そうに山田は言った。

 

「あのですね。トラッシュルームは見ての通り、あのような鉄の格子で囲われ焼却炉には近付けないようになっているのですよ」

 

 その言葉の通り、鉄格子があるため焼却炉には近付けない。例えその合間から腕を伸ばそうとも格子から焼却炉まではおよそ十メートルほどの距離があるため、ダルシムもビックリするほど腕が伸びでもしない限り届きやしないだろう。

 ゴム人間ならあるいは。

 いや、それはそれで熱で溶けてしまいそうで少し怖い。

 ともかく、私たちのような一人間がちょいと腕を伸ばしたところで、まるで星を掴もうと手を動かす赤子のごとく届きやしない。

 

 しかし全面に鉄格子が設置されてしまっているならば、それは大きな欠陥設備だ。出入りする場所がなければゴミだって捨てれないし、なにより、見たところによると焼却炉を稼働させる──または停止させるためのボタンは私たちから見て向こう側に存在しているのだから。

 そのため、やはりもちろんのこと、その鉄格子には人が入れるほどの大きさの扉が備え付けられていた。それもやはり厳重な作りになっており、ちょっとやそっとじゃ壊れなさそうな扉であった。

 

「それで焼却炉を稼働させようとするなら内側にあるスイッチを押さなければならないのですけど、そのためにはあの扉をどうしたってくぐらなければなりません。ちなみに扉には鍵がかかっていて、僕がその鍵を持っています」

 

 山田は、今にも張り裂けてしまいそうなほどに膨張したズボンのポケットから取り出した鍵をチラつかせる。そして扉へと近づき、鍵穴へと差し込み回転させると、確かに施錠が解ける音がした。

 

「ええっと……、なんで山田クンはその鍵を持ってるの?」

 

 そんな素朴な疑問に、山田は扉を開けつつ答えた。

 

「モノクマに頼まれた──と言いますか、トラッシュルームの管理は一週間ごとの交代制でして、たまたまこの山田一二三が最初の当番を務めることになったのです。なので、僕が預かり知れないうちに焼却炉を稼働させることは不可能なはず……なんですけど」

 

 山田は気味悪そうに焼却炉の方を一瞥(いちべつ)した。

 

「ああ……、ひょっとして、自分の知らないところで焼却炉が稼働されていたってことか?」

「その通り! 最後に確認した時には確かに切ったんはずなのですが、いざ捜査となった時に見に来てみれば稼働中。モノクマに聞いてみたのですが、自分は何もしてないと言うばかりでして……いやはや、困ったものです」

「ううむ。そうだな、とりあえず捜査してみても構わないだろうか? 何か見えてくるかもしれない」

「ええ、どうぞ」

 

 焼却炉の周りには何かが落ちているように見えた。ひとまずそれをこの目で確認してみたい。少し焼け焦げていて、遠目から見ると何かの布切れのように見えた。

 熱気が凄かったため、近付くとまず焼却炉の電源を切った。

 

「これは、シャツの袖口だろうか……一部焦げてしまっているところを見ると、残りは全て燃えてしまっているようだが」

「そうだね……それに、血痕がついてる。もしかしたら犯人が着ていた服かもしれないよ」

 

 これを犯人が……。

 しかし、どうやってこのシャツを燃やしたというのだろうか。だって鉄格子からこの焼却炉は十メートル以上も離れている。

 山田が犯人だというのであれば合点が行くというものだけれど、失礼な話だが、しかしどうしたってあの部屋で起きたような乱闘を。部屋の壁や床などに刀傷が切り刻まれるほどの激しい争いを、彼のような体型の人間が行えるとは思えない。

 だから、どうやって犯人は焼却炉を稼働させ、そして証拠隠滅を図ったのだろうか。

 

 そんな難しいことを慣れない頭で考え苦悩していると、苗木が何かを見つけたらしく私を呼んだ。どうしたと確認に向かうと、そこにはおかしなものが落ちていた。

 

「これって、葉隠クンのガラス……水晶玉だよね」

「ああ、恐らくな」

 

 葉隠が一億円で購入したと言っていた水晶玉は、無残にも焼却炉の脇で粉々になってしまっていた。……うわあ、やだなあ、これを葉隠に伝えないといけないって思うと、なんだか胃もたれがする。あいつが自然に発見することを祈るしかない……。

 

「あちゃあ、接着剤でくっつけても直りそうにないね」

「むしろ接着剤でくっつければ直すことができる割れ方なんて稀だろう」

 

 そんな会話を交わしていると、唐突に、放送が鳴った。少しばかり驚いてしまったものの、互いに口を閉じそのアナウンスに耳を傾ける。一間の静寂の後、あの忌まわしきダミ声が聞こえてきた。

 

『えー、校内放送です。もう捜査のほうも充分かと思いますので。至急、一階エリアにある赤い扉の前までお越しください。来なかったら無理やり連れてくるかんな!』

 

 そこで音声は途切れた。

 もう、終わり……。

 そんな思いが強かった。

 まだ私はこの事件の真相というものに、一本たりとも指をかけることができずにいる。それはジグソーパズルのカケラを二つか三つだけ貰ったようなものであり、果たしてそれがどのような絵柄を表しているのか──また、全体から見てどの部分を象っているのかなどは、全くもって分かり得ない。

 

 苗木もこの事件について分かったことが数少ないらしく、困ったような顔を互いに見せ合っていた。

 しかしこのまま硬直してばかりではいられない。砕けた水晶玉からは目をそらし、ゆっくりと歩みを進め始める。

 

「えーっと、赤い扉だっけ」

「そういえばあったような、なかったような」

 

 ともかく今は、私たちとはまた別で捜査に取り組んでいる彼らに期待するしかない。もう少し捜査をしていたいという気持ちが強く心の中にあったが、しかしその少しの時間、あれこれ探し回ったところでなにかが見つかるのかと尋ねられても、私は良い返事を心地よく返すことなんて出来ないだろう。

 

 赤い扉の前にはすでに全員が揃っており、私たちが最後だった。そして私たちが到着すると同時に、どこからともなく──まるで最初からそこにいたかのように、モノクマは現れた。

 

「いやあ、最初の学級裁判、緊張するねえ」

 

 これから起きることが楽しみで仕方がない。そんなテンションでモノクマは言った。

 その言葉に誰も反応することはなく、嫌な空気が流れた。

 

「みんなテンション低いねっ、まるでお通夜みたいだ!」

 

 笑えない冗談である。

 どうやら場の雰囲気をようやく察したらしく、モノクマは若干肩を落としながら説明を始めた。

 

「えっとね、その赤い扉の先にはエレベーターがあるからそれに乗ってもらうよ。裁判場は地下にあるんだ」

 

 そう言いモノクマは赤い扉を開けた、それと同時に、地下へと続くと言うエレベーターの扉も開いた。

 デパートなどでよくあるこじんまりとしたものとは違い、まるで一つの部屋のような広さを誇っている。

 

「じゃあ、裁判場でね~」

 

 そう言い、モノクマはどこかへと姿を消した。

 一体どういう仕組みなのだろうか、ひょっとすればペットドアのようなものがどこかに取り付けてあるのかもしれない。そこから出てきたり入って行ったりする姿を想像してみると、少しは可愛く思えるだろうか……いや、流石に無理があるな。

 

 不安を胸に抱きつつ、私はエレベーターに一歩、足を踏み入れた。

 

 ヒンヤリとした空気が頬を撫でる。埃っぽい感じが酷く鼻についた。


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