阿良々木暦は望まない   作:鹿手袋こはぜ

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 僕は希望ヶ峰学園七十七期生である。七十七というのはいわばゾロ目で。それ自体になんの意味もないのだが、ラッキーセブンという世間一般では比較的幸運とも取れる数字も相まってか、なかなかどうして運の良い番号に思えた。いや、まあ──ただのまぐれなんだけど。

 

 何はともあれ、僕が希望ヶ峰学園の生徒であることは確かなことであり──また、この学園に入学してからもう二年。この冬を越せば早くも三年生であるということも当然の如く確かなことなのだ。しかし──過去を振り返ってみると、その記憶の各所に散りばめられた思い出の場面の時間の流れがとても早く感じる。いや、思い出なんてなかったっけか。灰色の青春。灰春。

 これまでの二年間、色々あったといえばあったのだけれども──その色々がなんだったかまでは、よく覚えていない。こういうときほど人の記憶というものはいい加減なものだなあと痛感する。流石に一週間前の晩御飯までは覚えていないように、僕はこの学園生活を送るにあたり体験してきたことのほとんどを忘れてしまった──いや、正確には記憶の引き出しの隅っこに追いやってしまったのだ。

 思い出そうと思えば思い出せるが、かといって何かあったわけではないので感想を求められれば、やれ楽しかっただの、やれ嬉しかっただの。そんな、小学生の頃の夏に書いた絵日記のようなことしか述べることができない。

 過去のその時その時に起こった出来事を、一字一句述べるというのであれば、それこそ異常で類稀なる人並み外れた記憶力を有してなければならない。

 もしくは、金曜日はカレーを食べる。などという海上自衛隊のような生活をしていなければいけない。そうすれば去年の金曜日に何を食べたかと聞かれれば、カレーと答えることができるだろう。

 

 そういえば小学校の時に献立を完璧に把握しているやつがいたなあ。なんて。あれも異常で類稀なる人並み外れた記憶力故のものだろうか……?

 

 でも、まあ、二年間というのは僕の人生のおよそ九分の一な訳で。九分の一と数字に出してみると──少ないのか多いのか、曖昧なところでハッキリとしない。ともかく生来受けてきた体験などの時間のうちの九分の一なのだ。

 そしてまた一年ほどの時間をこの学園で過ごし、この学園で学び、この学園で暇を持て余す。無駄な時間だとは思わないが、かといってその時間が有益なものであるとは思わなかった。

 

 暇、というのはそのままの意味である。

 

 天才故の時間の空白──なら、とても良いんだけれども、僕の場合は──落ちこぼれ故、である。決して誇れやしない。

 

 入学するだけで将来が約束される学園──それが希望ヶ峰学園。しかし、その売り文句のようなものを僕が壊してしまいそうな感じだ。僕は大して頭がいいわけでもなく、また、才能の所以(ゆえん)となっている事も最近はからっきしである。

 友好関係はゼロ。

 人望ももちろんのこと。

 まさにクラスの空気として僕は存在しているし、僕はそれを嫌だとは思わない。

 むしろ、それでいい。

 それがいい。

 

 友達は作らない、人間強度が下がるから──

 

 今日の朝、江ノ島という後輩にそれを言ったところケラケラと笑われてしまったが、僕はそのことに関して至って真面目である。真剣である。誠にもってひたむきな姿勢を持ってそう思うのである。

 

 なんでそんな風に思うのか──というのは、野暮用だろう。語るべきものではない、そう軽々と人に言えるような話ではないのだから──それこそ、喋るようになってしまうということは僕の人間強度がだだ下がりしてしまっているということだ。

 そんな語られざる物語を──物語というにはあまりに醜い、灰色のお話は、まだ語るべきではないだろう。

 

 しかし突然だが、僕のような平々凡々月並み凡庸な人間に比べて、クラスメイトはあまりにも濃いキャラである。極道であったり、 幸運だったり──中には、王女様なんてのもいた。いくら超高校級といえども、王女様はあまりにも一般庶民である僕とは格が違いすぎるので、最初そう聞いた時はかなり恐れ多い気待ちであったし──今尚(いまなお)その気持ちが消えることはないのだけれども、そんな個性が強すぎるクラスメイトに埋もれるというのはなかなかいいものではある。

 超高校級の才能を持つ僕も、目立たずに済む。

 木を隠すなら森の中だというが、それこそ植物になりたい僕にとっては森の中に囲まれとても心地が良いものだ。

 

 ──ちなみに、僕を含めてクラスメイトは計十九人いる。そのうち四人が同じ地域から出ているというのだから、とても驚きだ。

 希望ヶ峰学園輩出率が異常に高いと、あるかどうかわからない不思議なご利益にあやかろうとする人の勢で、僕の故郷は受験シーズンになると観光客が良く来るようになった。

 特に巡るような場所もなく、名産も特にないだろう僕の故郷にだ。それは突然のことだったために宿泊施設が圧倒的に足りず、今はホテルを急速に建造していると風の噂で聞いたことがある。

 そんな我が故郷に対し、特殊な思い入れなんてものは持っちゃいない。街の風景がどう変わろうが僕には関係がないのだけれど、そんな故郷に住む無粋で生意気で僕と仲の良くない妹も、希望ヶ峰学園に入学するのではと噂されていたりする。“未来のオリンピック選手”といった感じで日曜朝に番組で取り上げられていたり、よく入学シーズンになると組まれる特番、“未来の超高校級の才能”で取り上げられていたりしていた(ちなみに僕は一度もテレビ出演をしたことがないはず。まあ、表立ったことじゃないから、仕方がないのだろうけれど)。だからどうしたという話だし、年の差が年の差だから妹と一つ屋根の校舎で過ごすことにはならないのだが(留年すればあり得るが、そうなるくらいなら退学することだろう)……そもそもまだ決まっちゃいないからな、アイツが入学するかどうかだなんて。決まってない話を自信満々に胸を張ってするほど僕は愚かじゃない。しかしされども愚鈍な人間かもしれないが。

 

 七十七期生もその十九人だけじゃなくって他にも何人かいるらしいんだけれども、後輩はおろかクラスメイトとも交流を持たない僕が他の奴らと──なんていうのは、まさに戯言だろう。バカバカしいにもほどがある。

 

 ともかく、その十九人。男子八人女子十一人という(いささ)かアンバランスなクラス組の中に、僕は属していた。十九は素数だから、いつも余るのは僕──と言いたいのだが、その十九人中一人は不登校なので十八人。さらに一人は病気気味なのでしばし十七人──やはり、結局素数になってしまう。素数は自分と一以外じゃ割り切れないから、必然的に班分けなんかをすると一人余ってしまう──なんていう話をよく小説なんかを読んでいると見かけるが、現実はそうはいかない。

 案外そういうシステムは上手くできていて、一人余ってもどこかのチームに組み込んだりするものだ。

 四人班が普通なら、どこかを五人班に。

 それは、生徒が各々自由に班を作る時も例外じゃない。だから、素数だからといって不便かと聞かれたら──大してそうじゃない。気にならない、と答える。

 ま、僕は結構授業をうっちゃらかしてサボってしまうこともあるから、結局十六人ということも多々あるのだが。

 

 しかし、その十九人──僕を除いて十八人か。その十八人の中に知り合いは一人もいない。名前は聞いたことがある、顔をテレビで見たことがある……というのは、そんなことあったかもしれないなあっていう程度であり、それこそ莫大的に有名で世界に名を轟かせているような人じゃないと、僕は知らぬ存ぜぬをナチュラルに演じてしまうのだ。今朝の江ノ島とのことが、良い例だろうか。素というのはさ、悪意がないから余計に厄介だよな──悪意があったらそれはそれでよくないが。

 

 そんな、希望ヶ峰学園七十七期生八九寺真宵(ハチクジマヨイ)先生担任の僕が所属するクラス。机が十九個、椅子が十九個並べられている。縦五、横四、廊下側の後ろの席を一つ取り除き、十九個。教卓に上がり見渡してみて、一番右奥の窓際にある席が僕の席だ。

 いつも僕はその席で、ぼんやりと外を眺めながら授業を受ける。受けるといっても、聞き流すことすらしないので馬に念仏のほうがまだマシといった感じだけれど、このクラスだと先生に怒られてしまう態度となるので、たまには前を向いたりもする。けれどもまあ──基本のスタイルはこれだ。サボらずに教室に留まっているなら、これ。

 

 その定位置とも言える僕の席に向かうため、教室棟の階段をいくつか上り、やがて自分の教室へと辿り着く。

 

 なんでも、この希望ヶ峰学園には予備学科というものがあるらしいが──そこと僕らの棟は隔離されているというか、全く別の場所にあるので、同じ学校とはいえ僕は予備学科という学科を構える学舎を見たことがない。案外存外、窓の外にある建物がそれだったりするかもしれない。二年間この学校に在籍していたからといって、この広い校舎内を把握しきれちゃいないのだ。迷路のようではないものの、それでも高層ビルのようなものなのだ。それでいて、横にも広い。

 

 ま、流石にそんな広大な場所であれども、二年生の間──つまり一年間も同じ道を通っていたら目をつぶっていても行けるんじゃないかというほどに道順は体に染み付いている。変に寄り道しなければ迷うことはない。

 

 時間も時間だし、少し小走りで(結局パンは買えずじまいだった。今日は適当に済ますとしよう)教室に向かい、扉を開き中入る。

 教室では、席に着いて本を広げる者、教室の後ろに適当に集まって談笑する者、やたら元気に取っ組み合いをする者、または今日の授業に向けて予習する者。様々な人種の人間がいて、みんな、それぞれのコロニーの中で生きていた。ちなみに僕は──どこにも所属しちゃいない。ただ、外を眺めてるだけのやつだ。意味もなく、目的もなく、ただただ空を眺めてるだけのやつ。

 果たして、そんな奴に意味はあるのだろうか……そう考えると悲しくなること請け合いなので、思考は一時シャットダウンだ。

 こういう時は本でも読んでいればいいんだろうけれど、生憎僕は本を読めるほど高尚(こうしょう)な奴じゃない。だから、教科書を開くわけでもなくただ外を眺めるのだ。

 

 意味なんてない。

 意味なんてあったところでだ。

 

 今日も例外漏れることなく外を眺めていようと、机の隣に学生鞄を引っ掛けて椅子に座り、体を全体的に左へと捻る。

 

 流石にもう、一年も見ていたら風景は見飽きる。もはや見ているというより取り留めもない記憶をふつふつと思い出しながら、無駄なことを考えているだけだし、また何も考えちゃいない時だってある。

 

「ねえ、阿良々木くん」

 

 ぼうっとしているということは、意識は希薄になり無防備になっているということ。つまりこの状態で声をかけられるというのはなかなか心臓に悪いものであり、結構大人げもなく男らしさもなく僕は驚いてしまった。声に出ない驚き、だけれども体には反応として現れるので、僕の体は電流が走ったかのようにピンと伸びる。

 

「くす」

 

 笑われてしまった、それもかなり控えめに。

 かけられた言葉とクスリとした控えめの笑い声が聞こえてきたのは後ろからだったので、うらめしく思いながらもそちらに向く。

 やっぱりか。

 七海がおかしそうに口元を緩めていて、僕の顔を見た矢先、

 

 「ごめんね、驚かしちゃった?そんなつもりはなかったんだけれども」

 

 と、薄ら笑いではなく笑みを浮かべながら言う。

 

 「別に、驚いちゃいないさ。ちょっと幽霊の友達にこしょばされてさ」

 

 と言うと、

 

「へえ、阿良々木くん。友達いたんだ」

「まず、幽霊がいるかどうかを確認しろっ!」

 

 確かに、友達はいないけれども。

 朝っぱらから怒鳴り声を上げるものの、クラスメイトはそれに御構い無し──というか、無関心であった。まともと騒がしいクラスだし、街の喧騒程度にしか思ってないのだろう。ハナっから耳に入っちゃいないんだ。

 

「じゃあ、幽霊っているのかな?」

「……さあ? いるんじゃないのか。知らないけどさ」

「知らない……なんだか無責任な言葉だよね」

「生憎様、僕は責任なんて取れない人間なんでね」

「私にはそうは見えないけど?」

「人は見かけによらないぜ」

「じゃあ阿良々木くんはとっても良い人なんだね」

「それはつまり、僕の見た目が全然良い人そうじゃないっていうことかっ?! そうなんだなっ!」

 

 閑話休題。

 

 どうやら七海は、僕に対して用事があるようだった。

 

「えっと、で、ちょっと話があるんだけど……いいかな?」

「ああ、構わないよ」

「そ、よかった」

 

 僕の前にある空いた席に七海は腰をかけ、こちらを向く。

 

「別にメールで伝えてもよかったかもしれないけれども──こればっかしはちゃんと面と向かって頼まないといけないかなと思ってさ」

 

 と、彼女は付け加える。「そこまで重要じゃないんだけど」とも言った。

 椅子が若干僕から離れていたからか、無理に体を力強くて動かして椅子ごとこちらに近付けば、こつり、と僕の机に椅子が当たる。止まる彼女の髪がかすかに揺れた。髪飾りは何かのゲームの戦闘機のようだけれども──いったいなんというゲームだろう。ドット絵だから昔のやつなんだろうけれど。

 

「えっとね、阿良々木くんに会って欲しい人がいるんだ」

「会って欲しい人?」

「うん」

 

 はて、誰だろうか……。

 会って欲しい人と言われ、すぐに人の顔や名前が思い浮かぶほど、僕の友好関係は幅広くなかった。誰かから恨まれるようなことしたつもりはないし、かといって誰かを手助けしたなんてことも全くもって心当たりがないわけだから、その会って欲しい人とやらについては皆目見当が付かないでいる。

 話を聞いてみないことには分からない。ので、会って欲しい人はどんな奴となのかと聞く。

 

「予備学科の生徒なんだけれどもね──同級生。私の友達なんだ」

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