紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第12話 紅霧異変

 

 

「……ま、待って! 行かないでよ、お姉様!!」

 

 硬く閉められた扉の音が、少女の心に鋭く響く。

 

 ––––あぁ……また、1人なんだ。

 

 手足を拘束されたまま、再び暗闇となった部屋に幽閉されている少女––––フランドール・スカーレットは涙を流していた。

 

「どうして……ううん、分かってるよ。でも嫌だよ……」

 

 気付けば手足の拘束は外れており、フランは座り込んで呟き、そして涙を落とす。

 こうして幽閉されている理由を彼女は理解しているつもりだ。

 加えて、ここで過ごした時間は495年という、かなりの長さである。

 

 ––––だが、孤独に慣れることはなかった。

 

 

 

 少しして泣き止むと、フランは部屋の蝋燭に火を灯す。

 それから、先ほど用意された食事に手を伸ばした。そのグラスの中には、粘り気のあるドロドロの液体が入っている。それは人肉をミンチにして、幾らかの血とともにグラスに入れたものだ。

 フランは人間をこの形でしか見たことがない。だから彼女には、人間が一体どんな姿をしているのか想像もつかなかった。

 

「……美味しい」

 

 

◆◇◆

 

 

「まったく、パチェの戯言には困ったものね」

 

 そう言うお嬢様の3歩後ろを私は歩いていた。

 私がお嬢様の大切なモノ。そんなことはあり得ないだろう。

 私はお嬢様を殺そうとしているのだ。そしてそれをお嬢様も知っている。そんな相手を大切に思うなんて……普通ならあり得ない。

 

 ––––人間の思う"普通"が通用する相手とも思えないが。

 

 しかし現に、お嬢様はパチュリー様の発言に気分を害してしまったようだ。

 血相を変えて図書館を出たお嬢様は、今もこうして悪態を吐きながら、私と目を合わせることなく歩いていらっしゃる。

 そして部屋に戻ったお嬢様は、ちゃっかりと図書館から持って来た本を読み始めた。

 私はお嬢様のベッド周りを整えた後にその部屋を後にしようと、一礼して扉に手をかけた。

 

「……咲夜」

 

 扉を開ける前にお嬢様が私を呼び止める。

 私はお嬢様へと向き直った後に返事をした。

 

「如何されましたか? お嬢様」

「今日は来客があるわ。もう少ししたら来るでしょう。紅茶とお茶菓子の用意をしておきなさい」

「はい、畏まりました」

 

 私はお嬢様に一礼する。

 

「それでは失礼致しますわ」

 

 今度こそ私は扉を開け、その部屋を後にした。

 

 

◆◇◆

 

 

「それは何とも急な話だな」

「事は急を要しておりますわ」

「笑わせてくれるな。あれからもう既に5年は経っているぞ?」

「たったの5年ですわ、我々妖怪にとっては」

「本当にお前は面白い奴だよ」

「お褒めに預かり光栄ですわ」

「ただの皮肉(アイロニー)さ」

「此方こそ」

「はぁ……1度引き受けると言ってしまった手前、此方も断る事はしないが……全く気分の乗らないものだな、負けると分かっている戦というものは」

 

 来客の八雲紫と対面して座るお嬢様は深くため息を吐かれていた。

 

「申し訳御座いませんわ。ですが、これから巫女が数々の異変をこのスペルカードルールの下で解決していくことになれば、その先駆けとして戦った貴女達の地位もきっと確立されることでしょう」

「上手くいけばいいがな。ああ、それと1つ聞いておきたかったんだ」

「なんでしょう?」

「うちの咲夜が、その巫女を殺した場合はどうなるんだ?」

 

 お嬢様はニヤリと笑ってみせた。

 八雲紫は表情こそ変えなかったが、何処からか扇子を取り出しては口元を覆い隠した。

 

「そんな事はあってはなりません。ですので、そんな場合を想像する必要はないかと」

「……あってはならない、というだけで起こり得ない事ではないだろう? 言っておくが、咲夜はその辺にいる妖怪ほど弱くはないぞ?」

「存じております。もし仮にそうなれば、代わりの巫女を立てるだけですわ。例えば貴女のところのメイドを一人、巫女にするなんて如何かしら?」

「馬鹿を言うな。咲夜には魔力の方が似合っている。霊力やら神力やらは似合わないさ」

「ふふっ、冗談ですわ」

「そんな事は分かっている」

 

 腕を組むお嬢様を見ながら、八雲紫はクスクスと笑い出した。

 

「……やはり貴女は、妖怪ですわ」

「突然どうした?」

「人間を見下したその態度は素晴らしい。でも、その人間の中にも"例外"はいるのですよ」

 

 八雲紫は私に目を向ける。

 お嬢様も後れて私を見た後に、八雲紫へと視線を戻す。

 

「その博麗の巫女とやらが、咲夜ほどの"例外"だと言うのか?」

「いいえ」

「はっ、そうだろうな。咲夜ほどの出来た人間など––––「それ以上ですわ」

 

 お嬢様の言葉を遮って、八雲紫が言う。

 

「……ほぅ? 面白くない冗談だな」

「当然ですわ。冗談ではないのですから」

 

 2人は睨み合っていた。

 どちらも引く気はないようだ。

 そんな中で先に折れたのは八雲紫だった。

 大きなため息を吐いて、これ以上はやってられないと言うような態度だった。

 

「それでは、私はこれでお暇致します。異変の開始は私が指示致しますので、近々スペルカードの用意をよろしくお願いしますわ」

「ああ、分かっている」

 

 八雲紫はスキマを開くと、そのまま去って行った。

 

「咲夜」

「なんでしょう、お嬢様」

「博麗の巫女を本気で殺して構わない」

「元よりそのつもりですわ」

「……どういう事だ?」

 

 ––––パチンッ

 

「お嬢様を殺すのは私ですから」

「……ああ、そうだな」

 

 その後、私は再び"お仕置き"を受けた。

 

 

◆◇◆

 

 

「おっす霊夢、遊びに来たぜ!」

 

 箒にまたがり飛んで来た、白黒の特徴的な魔女服を纏った金髪の少女––––霧雨魔理沙は境内に軽やかに着地する。

 そして大きな声でそこに住む彼女の友人に声をかけた。

 

「……あれ、居ないのか?」

 

 しかし返事はなかった。

 魔理沙は本殿の右奥にある母屋へと向かう。

 

「おーい、れいむぅ〜……って、ぐーたら巫女は昼寝かよ」

「んっ……あれ、魔理沙?」

「おっす霊夢、遊びに来たぜ」

 

 母屋の縁側で横になっていたのは、紅白の奇抜な巫女服を纏った黒髪の少女––––博麗霊夢である。

 霊夢は目をこすりながら体を起こし、傍にあった湯呑みに入った日本茶を眠気覚ましに飲み干した。

 眠る前に飲んでいたのであろうその茶は、既に冷たくなっていた。

 

「よくも私の眠りを邪魔してくれたわね」

「それが参拝客に対する態度か?」

「参拝客を名乗りたいなら、先ずは賽銭を入れなさい」

「金で神の力に頼ろうとする事自体が間違いだと思うんだぜ、私は」

「そんな事言われたら、こっちは商売上がったりだわ」

「神職を商売とか言うなよ……」

 

 霊夢と魔理沙がそんなやり取りをしていると、後ろからクスクスと笑う声が聞こえる。

 

「まだ覚悟が足りてないようね」

「……紫、いつから居たの?」

「私も魔理沙と同じで、今来たところよ」

 

 その声の主は八雲紫だった。

 紫と博麗の巫女は共に幻想郷の重要人物である事はもちろん、両者の繋がりも深いものだった。

 そして今代の博麗の巫女、博麗霊夢と繋がりの深い霧雨魔理沙も、八雲紫と面識がある。

 

「2人とも何の用よ?」

「おいおい、流石にそれはないぜ霊夢」

「なによ? あんたと約束していたことなんか無かったと思うけど」

「お前、まさか異変解決を放棄するつもりか!?」

「……魔理沙、大声出さないで」

「異変だぜ!? 呑気に昼寝なんかしてる場合じゃないだろ!?」

「魔理沙の言う通りよ、霊夢。貴女は博麗の巫女なのだから––––「あーもう、うるさいわね」

 

 霊夢は紫の言葉を遮る。

 

「誰も異変解決に向かわないなんて言ってないでしょう? 今日は夜に行くつもりなのよ」

「……夜に?」

「だって、昼間に行っても悪霊が少ないんだもの。異変の主は夜行性なんじゃないの?」

「……」

 

 紫は押し黙る。

 霊夢に相手が吸血鬼だということを教えたつもりはない。

 

「だから夜に行くのよ。向こうに行って眠たくなったら困るから昼寝をしてるの。分かったら静かにして頂戴」

「……分かったぜ。じゃあ私も寝る」

 

 魔理沙は靴を脱ぐと縁側に霊夢と同じように寝そべった。

 

「……貴女達、そんなところで寝たら風邪をひくでしょうに」

 

 紫は呆れてため息を吐いていた。

 

 

 ––––空は紅い霧で覆われている。

 

 

◆◇◆

 

 

 ––––コンコンコンコンッ

 

「お嬢様、十六夜咲夜で御座います」

「入りなさい」

 

 ––––ガチャ

 

「失礼致します。夕食の準備が整いましたわ」

「ええ、今行く………いや、今日は夕飯を摂る時間はないかもしれないわ」

「……やっと、ですか?」

「そうね。私がこの日を選んだのだけど」

 

 お嬢様の部屋の中央には、テーブルと椅子のセットがある。

 既に身支度を終えていたお嬢様は、その椅子に腰掛けていた。

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「……お嬢様、軽食で御座います」

「あら、気が効くのね」

 

 私は時を止めているうちに、軽い食事をテーブルに用意した。

 サンドイッチとコーヒーのセット。

 

「咲夜、今すぐパチェと美鈴に伝達して頂戴。手筈通りに巫女を迎撃せよ、と」

「畏まりました。それでは失礼致します」

「待ちなさい」

 

 お嬢様が立ち上がり、私の方へと歩み寄る。

 

「––––私の血を飲んでみない?」

「ッ!?」

 

 お嬢様が私の目を真っ直ぐ見つめ、そう言った。

 

「今宵は満月。月が紅く輝いているわ」

「……」

「まるで、貴女と出会った日のように……いやでもあの日は––––」

 

 

 私の思考は完全に停止していた。

 お嬢様の言っていることも、よく理解できない。

 今の私にあるものは––––

 

 

「ふふっ、少し悪戯が過ぎたわね、ごめんなさい。今日はなんだか気分が高揚してて……咲夜?」

「……」

「貴女……目が紅いわよ?」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「大丈––––ッ!?」

「……」

「……咲夜、どういうつもり?」

「……」

「今の貴女……運命が視えないわ」

「……血を––––」

 

 

 ––––吸血欲だけだ。

 

 

「咲夜ッ!!」

 

 お嬢様が私の頰を平手打ちした。

 それはお嬢様にとってはかなり手加減したものなのだろうが、私が倒れるには十分の強さだった。

 そしてその激痛が、私を正気に戻した。

 

「……お嬢様?」

「よかった、戻ったみたいね。何かおかしな所はあるかしら?」

 

 私は上体を起こして答える。

 

「頰が痛いこと以外は何も」

「ごめんなさい。私の注意不足ね」

 

 倒れていたところから上体を起こし、床に座った状態の私をお嬢様は抱きしめながら言った。

 私は驚いた。

 お嬢様が突然私を殴ったことも、突然抱きしめたことも驚くべきことなのだが、それ以上に––––

 

「……美味しそう」

 

 ––––私は"まだ"吸血衝動に駆られていた。

 

「咲夜ッ!?」

 

 お嬢様が私を抱きしめたことで、お嬢様の首が目の前にあった。

 その首筋を見ていると、無性に噛み付きたくなった。

 肉を噛みちぎり血を啜りたくなった。

 

 

 ––––私がお嬢様の首に甘噛みをしたところで、私の意識は遠のいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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