紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第2話 華人小娘 (挿絵あり)

 

 

 ––––この先に大きな紅い館があるわ。

 

 

 女の言う通り、そこには大きく(そび)え立つ紅い館があった。

 既に陽が落ちかけ、夕日に照らされていることも合わさって、その紅さが際立っている。

 この館にはレミリア・スカーレットという吸血鬼がいる。

 そして私は、彼女を殺すために館に向かって歩いていた。

 

 ––––そういえば、私が元いた場所は既に暗闇だった。

 しかしここでは、落ちかけているとはいえ陽が差している。

 先ほどまでいたところとの時差なのか、時の流れ方の相違なのか、私には分からない。

 そしてあまり興味もなかった。

 

 

◆◇◆

 

 

 そこにあったのは、とても大きな館だ。

 遠くから見てもそう思えたが、近付くにつれてその大きさはさらに増しているようにも見えた。

 やがて大きな門が見えてきた。

 その門前には、人影が1つ見える。

 門番だろうか? 緑色のチャイナドレス風の服を身につけた女がそこには立っていた。

 女の髪は腰まで届くほど長く、そしてこの館に負けぬほど紅かった。

 それを顔の両脇で三つ編みにして、黒いリボンで留め、残りの髪は下ろしている。

 そんな女がその大きな胸の前で腕を組み、門の脇の壁に背を預けていた。

 

 ––––その瞳は、閉じられている。

 

「……」

 

 寝ているのだろうか……?

 私はその門番と10メートルほどの距離を取り、様子を見ていた。

 警戒心は怠らない。

 吸血鬼の住む館の門番なのだ。一見すると人間にしか見えない彼女も、人ではないかもしれない。

 例えば、あのスキマ妖怪のように。

 

 見たところ飛び道具の類は持っていないようだが、驚異的なジャンプ力や瞬発力があるかもしれない。少し距離を取るのが無難であろう。

 私はそう考えて、少し距離のある位置から様子を見ている。

 

 ––––まあ、突然襲ってきたとしても、私には意味がないと思うけど。

 

 そんなことを考えつつ、私はじりじりと距離を詰める。すでに私と門番の間には5メートルほどしかない。

 その門番の足の長さや未知数の身体能力を考慮しても、攻撃には最低でも一歩は踏み込みが必要だろう。

 それだけあれば、私は能力を使い……彼女には悪いが死んで貰うだけだ。

 

 ––––しかし、彼女は動かない。

 

 私がそう思った時だった。

 

 

「……んがっ」

 

 

 彼女が––––(いびき)を掻いた。

 まさか、本当に寝ているなんて––––

 

 

「……お粗末な門番ね。これじゃあ、ただの置物じゃない」

 

 私はナイフを一本取り出した。

置物相手に、私の能力なんて必要ない。

 

「そのまま……寝てなさい」

 

 ナイフを投げる。それは一直線に、彼女の首元へと飛んでいく。

 そこを突けば、動脈が裂け、呼吸もままならないだろう。

 

 そして、そのナイフがその門番に––––

 

 

「……ッ!?」

 

 ナイフは、かなりのスピードだった。

 拳銃程とまではいかないが、並の人間ならば対応することができないほどの速さで、そのナイフは飛んでいった。

 しかし––––

 

 

 ––––刺さることはなかった。

 

 門番の女は、目を開けることもなく、私のナイフを指で挟んで受け止めていた。

 

「……随分と物騒な挨拶ですね」

 

 そして女は、少し目を開けこちらを見ながら言った。

 

【挿絵表示】

 

 正直、私は動揺していた。

 しかしそれを悟られてはいけない。私は努めて平静を装った。

 

「寝ていたんじゃなかったのかしら?」

「私は、気配に敏感なので」

「流石は吸血鬼に仕える者、と言ったところなのかしら?」

「レミリア様をご存知で?」

「……会ったことはないわ。聞いたことがあるだけよ」

「あー……もしかして、吸血鬼(ヴァンパイア)ハンターか何かですか? ここに来てからは、そういう人も来なくなったのになぁ……」

「私は吸血鬼ハンターではないわ」

「そうでしたか。では、何用で?」

「……レミリア・スカーレットを殺しに来たわ」

「はぁ……やっぱり吸血鬼ハンターじゃないですか」

「違うわよ」

「何が違うって言––––」

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「––––うッ!?」

「殺しを専門としているけど、何も吸血鬼だけが対象じゃないわ」

「……瞬間移動、ですか?厄介な能力をお持ちなようで」

 

 時を止めているうちに間合いを詰め、私は門番の右手首を掴み、さらに首元にナイフを突きつけた。

 門番の左手は、彼女と私の体の間に挟まれ、有効な攻撃することは不可能な位置にある。

 門番の右手には、先ほど私が投げたナイフが握られている。

 

「それ、返して貰えるかしら?」

 

 彼女は手を開くことで、そのナイフを地面に落とした。

 

「そんな風に壁に寄りかかってると、逃げ場がないでしょう?」

「ッ……」

 

 門番の後ろには、紅いレンガで作られた高い壁がある。

 彼女に逃げ場はない。

 

「死になさい」

 

 私はナイフを突きつけた手に力を込める。

 そのままスライドさせて頚動脈を断てば、彼女は動けなくなるはずだ。

 

 ––––動けなくなる"はず"だったのだ。

 

 

「––––ハァッ!!」

「ッ!!??」

 

 突如私は、軽く吹き飛ばされた。

 何とか尻餅をつくことなく立っているが……訳がわからない。

 何かの力によって、私は吹き飛ばされたのだ。

 

「何を驚いているのですか? 人間程度なら、気合いだけで吹き飛ぶのですよ」

「……気合い?」

「そして今、貴女は私の間合いにいます」

「!!」

 

 門番は右脚を振り上げ、私の顎を狙う。

 咄嗟に後退し避けるも、次の蹴りが飛んでくる。

 それは私の脇腹を狙った、左の回し蹴りだった。

 避けることは叶わず、とっさに右手を折り畳みガードを作る。

 

「ぐっ……!」

 

 ガードをした右腕が軋んだ。

 折れてはいないだろうが、ダメージが大きい。

 ヒビが入ったかもしれない。

 激痛が走っていた。

 

 そして私が怯んだその一瞬に、門番は間合いを詰める。

 その右拳が私の鳩尾を捉え––––

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「……また、瞬間移動ですか」

「はぁ……はぁ……」

 

 痛めた右腕を抑えながら私は後退る。

 

「引き返すのなら追いません。私はあくまで門番ですから」

 

 彼女は護衛の為に闘っているだけだ、ということだろう。

 現に彼女の方から私を追いかけることはない。

 

「ふふっ……甘いのね」

「……?」

「それとも、私を甘く見ているのかしら?」

「人間はあまり甘くありません。ブラックペッパーで香りを出しながら焼くと美味しいですよ」

「……へぇ、良いこと聞いたわ。今度試してみようかしら」

「まあ私は、あまり人間を食べたいとは思わないのですが」

 

 門番は一歩私に近付いた。

 

「……どうします? まだ続けるつもりですか?」

「当たり前よ。私は負ける事よりも、逃げる事の方が嫌いなの」

「そうですか……なら、この一撃で決めさせていただきますよ」

「あら、よほど自信のある技なのかしら?」

 

 門番は構えを取りながら私に言う。

 

「……今晩は、貴女が食卓に並ぶかもしれません」

 

 

 ––––気符「地龍天龍脚」

 

 

 彼女が右脚を大きく踏み込み、地面を揺らす。

 その振動で、私の身体は宙に浮いた。

 その間に彼女の左脚が、私の身体目掛けて飛ぶ。

 

 

 ––––パチンッ

 

 

 私は地面に降りる。

 彼女の伸びきっていない左脚は、私の身体まであと数センチというところまで迫っていた。恐ろしいスピードの攻撃だ。

 もう少し時間を止めるタイミングが遅ければ、私は地面に伏すことになっただろう。

 運が悪ければ、死んでいたかもしれない。

 

 

 ––––だが、この不動の空間では関係ない。

 

 

 痛めた右腕も、少しばかり休ませていた。

 止まった時の中で時間を測るなど、この上ない矛盾であるが……体感として半日ほどならば、私は難なく時を止め続けることができる。

 それ以上止めることができない訳ではないが、体内時計の狂いや老化の進行など……些か問題が生じる。

 しかし、この門番を葬る為の時間くらいなら、容易いだろう。

 悪いがこの女には、訳も分からないまま死んでもらおう。

 

 

 ––––パチンッ

 

 

「……ッ……またですか」

 

 門番の左脚は空を切る。

 飛び蹴りの反動で、そのまま体全体が宙に浮かび上がっていた。

 

「でもそうやって逃げてばかりいると––––ッ!?」

 

 着地した門番は、咄嗟に振り返る。

 そこにはナイフの波が押し寄せていた、

 

「––––フッ」

 

 最後に彼女は、笑顔を漏らしていた。

 

 

◆◇◆

 

 

 私はその死体から、ナイフを抜き取った。

 ナイフの数には限りがある。

 この場に放置して置くわけにもいかなかった。

 

 女は安らかな表情で眠っている。

 

「……」

 

 それにしても、最後のは何だったのだろうか?

 幾多のナイフが刺さる直前に、彼女は笑っていた。

 自分の死を予感して、開き直ったのだろうか?

 

 ––––それだけじゃないわ。

 

 何故彼女は振り返った?

 どうして、後ろからナイフが来ていることが分かったのか?

 それも彼女の言う"気配"なのだろうか?

 

 ––––やはり、人間ではないのね。

 

「……今となっては、どうでもいいことだけど」

 

 最後の一本を抜き取り、私は門へと向かう。

 鍵がかかっていることも予想されたが、案外簡単に開いてしまった。

 私は左手で扉を開け、館の内部へと突入した。

 

 なんとも分かりやすい侵入だと、内心苦笑していた。

 

 

◆◇◆

 

 

「……ッ……ヒュ………」

「まだ生きてたみたいね。まあ、貴女は頑丈そうだけど」

 

 倒れた女は、すでに息が絶えかけていた。

 そこに1人の少女がやってくる。

 

「…パ……………ま……」

「喋らなくていいわ。傷に響くでしょう?」

 

 少女は女に近付くと、しゃがみ込んで、心臓付近に手を当てる。

 すると少女の手が、鮮やかな光を放ち始めた。

 

「魔力を送り込んでおいたわ。あとは貴女の体で、妖力にでも気力にでも、好きなように変換しなさい。もう少し時間がかかると思うけど、貴女ならこれで何とかなるでしょう」

 

 女は少し目を開ける。

 そして少女を見た。

 

「……もしかして、私の心配でもしているの? 安心なさい、その程度の魔力を送ったところで支障は無いわ」

「……」

「じゃあ私は、これからあの子を迎える準備をしないと」

 

 少女は立ち上がり、背を向けた。

 

「それにしても––––」

 

 少女は振り返る。

 

「––––いい顔をしているわ、美鈴」

 

 少女––––パチュリー・ノーレッジは微笑みながら言った。

 




*挿絵に使わせていただいた素材

・紅魔館 フレスベルク様
・紅美鈴 アールビット様

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