紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第34話 夜を駆ける吸血鬼 (挿絵あり)

 

 ––2nd Day 24:00––

 

「この森は夜が似合うわ」

 

 咲夜を連れずに幻想郷を歩くのは初めてだった。

 なんとなくの場所だけ咲夜に教えてもらっていたが……

 こんな暗い森の中に、果たして本当に人間が住んでいるのだろうか?

 

「………あれぇ、見たことない人」

 

 闇の中から声が聞こえた。

 声のする方へと視線を移すが……何も見えない。

 暗い森の中とはいえ、満月とはいえないが今夜も月が輝いている。

 それでも……()()()()。不自然なほど。

 

「闇でも(まと)っているのか……?」

「わかるの? すごいね」

「だがその闇じゃあ見えない。私も、お前も」

 

 闇がフワフワと崩れて消えた。

 中から姿を現したのは金髪の少女だった。

 服の色は恐らく黒か? 暗くてよく見えないが……

 見た目だけでいえば私と大して変わらない年齢だと言えよう。

 頭に付けたリボンが特徴的な、可愛らしい少女だった。

 

「貴女は食べてもいい人類?」

 

【挿絵表示】

 

「フッ……木っ端妖怪程度に、人妖の区別はつかないのかしら?」

「え、妖怪なの……? やけに人間臭いね。本当に妖怪?」

「いい加減にしろ。私は急いでいるんだ」

「私も早く済ませたいな。お腹が空いてるの」

「はぁ……私も舐められたものね。無知とは罪なものよ」

「貴女も私を知らない。だから……喰べさせて?」

 

 私の視界が暗転した。

 目を潰された……?

 いや違う、これは先程の闇だ。

 今度は私が闇を()()()()()()()

 

「いただきまーす」

 

 少女は、私の肩を掴むとそう言った。

 

「時間ないんだってば」

 

 私は少女の手を掴み、放り投げた。

 その少女が何かにぶつかった音と、彼女の小さな悲鳴が聞こえるのと同時に、私の纏っていた闇が消失した。

 少女は木にぶつかったようで、その根元に倒れ込んでいた。

 恐らく死んではいない。ただの気絶だろう。

 

「ごめんね、見知らぬ妖怪さん。出来ることなら時間のあるときに……()()()()()()()()()と戦ってみたかったわ」

 

 その呟きは彼女の耳には入っていないだろう。

 しかし私は今、時間が惜しい。

 彼女をそのまま放ったらかしにしたまま、先へ急––––

 

「待ってよ」

 

 ––––少女の声がした。

 それは先程の、人喰い妖怪の声だ。

 

「……意識あったのね」

「一つ質問させて。そしたら相応のお返しをするから」

「何かしら?」

「これの外し方。貴女は知ってるの?」

 

 彼女が指差したのは、頭に付いたリボン。

 

「そんなの、勝手に(ほど)けば良いじゃない」

「そうか……知らないんだね」

 

 少女は深くため息を吐くと、肩を落とした。

 なんだか私が悪いみたいな空気で嫌な感じだ。

 しかし、よく見るとそのリボンは何かしらの術式が組み込まれているように思えた。

 こういうのは私よりもパチェとかの方が得意なんだけど……

 

「……もしかしてそれ、お札なの?」

「ッ! わ、わかるの? じゃあ外し方は!?」

「だから、そこまでは分からないって。専門外よ」

「そう……」

 

 再び肩を落とす少女に、私は言う。

 

「今度、紅魔館に来るといい。きっと何か分かることがあるわ」

「コウマカン……?」

「霧の湖の近くにある館だ。いつでも歓迎するわ」

「……貴女は良い人なのね」

「違うさ。良い"悪魔"だ」

「そーなのかー」

 

 少女はクスッと笑った。

 闇を操れるようだが、なんとも明るい笑顔をする少女だった。

 

「貴女、名前は?」

「ルーミア」

「そうか、ルーミアか。私はレミリア・スカーレット。さて、"お返し"とやらをしてもらおうか」

「まだ、貴女には何もしてもらってないよ」

「先払い制になっているの」

「はぁ……まあ良いや。何かしてほしいことがありそうね?」

「ええ。ある場所へ行きたいんだけど––––」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––2nd Day 24:30––

 

「パチュリー様、コーヒーで御座います」

「あら咲夜。気がきくわね」

 

 紅魔館の地下にある大図書館。

 そこで私がいつも通り本を読んでいると、咲夜が訪れた。

 甘いものが好きな私だが、苦いコーヒーも嫌いではなかった。

 たまに飲みたくなる、クセになる味。

 そんな風に思っていた。

 

「……パチュリー様、少々よろしいでしょうか?」

 

 咲夜が私に何かを問う事は珍しいことではなかった。

 数えられる程度ではあるが、今までにも幾らかあった。

 まあ、だいたいはレミィ絡みのことなんだけど。

 そして例に漏れず、今回もそうだった。

 

「先程、お嬢様が1人で外出なされましたが……パチュリー様は何かご存知で?」

「レミィが1人でねぇ……」

 

 私は少しだけ考えた。

 宴会の妖気について言うべきか?

 それとも嘘をついて、隠すべきか……

 

「––––私は何も知らされてないわよ」

 

 私は後者を選んだ。

 無理にこの子に何かを考えさせる必要もないだろう。

 あれだけの妖力の持ち主だ。危険が伴う可能性だってある。

 

「そうですか……」

「ごめんなさいね、力になれなくて」

「いえ、お気になさらず」

「まあ、レミィの事だから……何か面倒事でも思いついたんでしょうよ」

「ふふっ……間違いないですね」

 

 どこか安心したように咲夜は微笑んだ。

 こんな笑顔を見せてくれるくらいには、私たちに心を開いてくれたのかしら……なんてことを思っていると、咲夜が言った。

 

「面倒が起こる前に殺しちゃいましょうか?」

 

 前言撤回。

 そうでもないみたい。

 

「その方が面倒なことになりそうね」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––2nd Day 25:00––

 

 ルーミアと別れてから、また少し歩いた。

 すでに日を跨いでしまっただろう。

 少し迷いながらも、私は不自然に光る場所を見つけた。

 

「なんだ?こんな夜中に珍しいな」

 

 そこは霧雨魔理沙の家、霧雨魔法店だった。

 私はコイツに用があって来た。

 

「って、お前がここに居る事が珍しいのであって、夜中ってところは珍しくないが」

「ちょっと、明日の朝までに幻想郷巡りでもしようと思ってね」

「あー? それはまた随分とせせこましい小旅行だな」

「そう、だから貴女を倒して、すぐに次に行かなきゃいけないの」

「私を倒す……?」

 

 魔理沙は疑問を呈した。

 私は彼女の目を見る。

 シラを切っている訳ではなさそうだ。

 もともと、コイツが犯人ではないと思っていたが。

 

「貴女もまだ気付けていないの? 繰り返される宴会の不気味さに」

「宴会が怖いのか? なら宴会を用意してやろう」

「"まんじゅうこわい"のような冗談を言っているわけじゃないんだけど」

「それにしても、よくここが分かったな。この魔法の森で、こんな夜中なのに」

「夜中だからよ。私を舐めるとこういう目にあうって事覚えておきなさい」

「おいおい、別に私は舐めてるわけじゃあ……」

「貴女、毎回毎回宴会の幹事をやっているみたいだけど……」

「話のコロコロ変わるやつだな。まあ、お互い様か」

「明日の宴会は私が主役。覚えておきなさい」

「そんなこと言いに来たのか?」

「訳の判らない実体の無い様な奴に、絶対に主導権は握らせないわ」

「はぁ……?」

 

 魔理沙は本当に分かっていないようだった。

 とりあえず、私が幹事をやるということだけ理解して、寝るからじゃあなと家に入ってしまった。

 私にとっても早めに事が済んでくれて都合が良かった。

 日の出まで時間がない。

 早く先を急がなければ––––

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––2nd Day 26:30––

 

「丑三つ時の神社、か。でも巫女は眠らない」

「あんたが私を起こしたんでしょ?私は眠りたいわよ」

 

 次に訪れたのは博麗神社だった。

 彼女は夢の中にいたようだが、私が近づくと目を覚ました。

 ちょっとイタズラしてやろうかと、気配を殺して近づいたのだが……

 やはりこの人間、面白い。

 

「ちょっと、先を急いでるの。今日は簡単にやられてくれない?」

「急いでるんなら無視して行ってくれれば良いのに」

「明日までに、ちょっとみんなの力を奪っておこうと思ってね」

「あー?」

「最近は咲夜からしか生き血を啜ってないの。たまには別の味も欲しいところなのよ」

「あんたにやる血は無い」

「お前の意見は聞いてないんだよ」

「はぁ……我儘なお嬢様ね」

「だから倒して急ぐの。いや、急いで倒す?どっちでも良いわね」

「はーあ。丑三つ時に出る妖怪には、やっぱりろくな奴がいないわね」

  「さぁ、大人しく」

 

 私は悪魔的な翼を広げると、フワリと浮かんで霊夢を睨み付ける。

 キラリと牙を光らせながら、霊夢に言う。

 

「私に吸われてもらおうか?」

「…………本当の目的は?」

「何度も言っている。お前の血を––––「もうそんな茶番はいいから」

 

 霊夢は私の言葉を遮りそう言った。

 趣向もクソも無い巫女ね、つまらない。

 

「私は早く寝たいの。良い子はもう寝る時間よ」

「はぁ……まあ、急がなきゃいけないのは事実だし。分かったわよ」

「で? 要件は?」

「貴女は分からないの? それとも放っておいてるだけ?」

「なんのこと?」

「まさか……これほどの妖気が漂っているのに、お前が気付かない訳があるまい」

「……だから、なんのこと?」

 

 あくまでシラを切るつもりか……?

 人間の霊夢がこの妖気を出しているとは到底思えない。

 魔理沙と同じく、犯人とは思っていない。

 しかし、犯人に繋がる何かはあるかもしれない。

 なんてったって、繰り返されている宴会はここで行われているのだから。

 

「はぁ……分かったわ。()()()()()()()()()。それでいいさ」

「分かったなら早く帰りなさい」

「さて、次は死んで見ようかしら」

「本当に我儘なお嬢様ね。夜中に起こされて攻撃されて……迷惑にも程があるわ」

「明日は私が主導権を握る。大人しくするのよ」

「はいはい。あんたが大将ですよ」

「それでは、ちょっと死んでくるね」

 

 しかし、たとえ霊夢が異変の主犯と繋がろうとも、私はどうでもよかった。

 いや……繋がっていないのだろうという、ある種の確信に近い何かが私にあったのかもしれない。

 とにかく私は目的を果たした。

 次は、あそこか––––

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––2nd Day 27:30––

 

「……これが、結界?」

 

 私は幻想郷と冥界を隔てる結界の前に立った。

 最近じゃあ幽霊たちが飛び出てくることもなくなったが……

 あの時もこんなことになってるから幽霊が出て来たのか、と納得していた。

 

「お粗末で頭の悪い結界…………だけど、誰にも作れるもんじゃないわね、コレ」

 

 ただの壁としての役割しか果たしていないそれは、上を乗り越えれば破れる結界であった。

 空を飛べる者にとって無意味でしかないそれは、粗末な者に見えるだろう。

 しかし、この結界を作るには相当な技術を要する。

 周り全体を囲う結界は簡単に作れるのだが……

 わざと一部を欠いた上で安定した結界を作るのは難しい。

 そしてその上で、この結界の部分はかなり強固だ。

 

「大方、八雲紫の為せる技だろうな。式にはおそらく無理」

 

 結界のつくりに感心しながら、私はその上を飛び越えた。

 

「死後の世界なんて、中々来れないわね」

 

 階段を飛んで通過しながら、私は呟いていた。

 冥界に来るのは、春雪異変の後の飲み会以来だろうか?

 あまりいい気分のしない場所だ。

 

「もう夜が明けるというのに……珍しい時間に珍しい奴が現れたな。用を簡潔に言え。さもなくば……」

 

 少しして現れたのは魂魄妖夢。

 幽々子の従者だ。

 厳しい目付きと口調で、私に向けて剣を構えている。

 宴会の時とかは、私に敬語使ってたのにねぇ。

 まあ、主人に害をなすものならば剣を振るうのは従者として当然か。

 あまり彼女には興味がないのだが……咲夜とは違って忠誠心に溢れる素晴らしい従者だとは思っている。

 

 ただひとつ言っておくが、咲夜も私の敵にはナイフを突き立ててくれるだろう。

 少なくとも、その行為が私を守る為ではないことは確かだが。

 

「用は貴方を倒す事。OK?」

「早いな」

「朝になる前に大体倒したいからねぇ。もう3時を過ぎて30分も経つわ。夜明けまで殆ど時間が無い」

「まぁ落ち着け。まずは目的くらい言ってよ」

「貴方が倒れる事よ。それ以外に貴方に何があるって言うのよ」

「うわ、色々と短いっ! これだから悪魔は嫌なんですよ~」

「さぁ、大人しく––––」

 

 私は圧倒的なスピードに物を言わせて背後に回る。

 そして彼女の首筋に爪を立てた。

 

「––––倒れてもらおうか?」

 

 前回の宴会中、余興の一環として彼女は咲夜と戦っていた。

そして一瞬にして敗北。

 だからこそ、この戦い方が彼女にとってのトラウマを引き出すだろう。

 相手を倒すための近道は、相手の戦意を削ぐ事である。

 

「ッ……」

 

 予想通り、彼女は構えていた剣を下ろして戦意がないことを示した。

 

「貴女も貴女の従者も……本当に嫌な戦い方をしますね。私にはできません」

「剣士にあるまじき戦法ってこと? まあいいけど……時間的にあと一人位。貴女はもう降伏ってことでいい?」

「はいはい、倒れました。これでいいんでしょ?」

「よく分かってるわね。それで、いいのよ」

「理不尽な用件には慣れてます」

「そう、その従順さ。やっぱり、うちのメイドにも再教育しなきゃいけないわね」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––2nd Day 28:15––

 

「あらあら、おはようございます。随分とお早いですね」

 

 階段を登りきるとすぐに白玉楼が見えてくる。

 その敷地内に降り立つと、西行寺幽々子が声を掛けてきた。

 

「まだ4時ちょっと過ぎよ。いつもこんな時間に起きるの? お婆さんみたいだなぁ」

 

 その言葉に、幽々子の眉間には少しだけシワがよる。

 相手のペースを崩してやったと、私は少しだけ喜んだ。

 

「お爺さんだって、こんな朝早く他人の家を訪ねたりはしないわよ」

「本来……今の時間は、私にとってはもうすぐ寝る時間。まあ今も昔も、早寝早起きが自慢なのよ」

「で? 何かしら。一人でこんな所まで来るなんて」

「明日の宴会は、私に任せて貰おうかと思ってね」

「明日じゃなくて今夜だけど……でもなんか任せるのは不安だわ。って、そんなこと言いに来たの?」

「大丈夫、明日は今までに無い宴会になるわ」

「貴方に任せたら、そりゃなるかもねぇ。色々と」

「もう日の出の時間よ。つべこべ言わず、大人しくしてもらうわ」

「あなたの付き人の代わりに、日が昇るまで遊んであげましょうか?」

「さぁ、大人しく二度寝でも楽しむ事よ」

 

 私がニヤリと笑うと、幽々子の眼光は鋭くなった。

 普段のふんわりとした彼女の雰囲気からは想像も出来ないほどの威圧感だった。

 私でさえ、気を抜けば身震いをしてしまうほど。

 

 ––––こんな感覚、八雲紫を前にした時以来か?

 

「はぁ……やめやめ。貴女と闘うのは絶対疲れるもの」

「あら、私は少し楽しみだったのに」

「私だって()ってみたかったさ。でも……もう朝だわ。もうすぐ日が昇る……急いで帰って寝なきゃ」

 

 空が少し明るくなり始めている。

 綺麗に見えていた星も、もうその姿を隠してしまった。

 忌々しい太陽が顔を出すまで、もう時間がない。

 

「とにかく、明日の宴会の幹事は私だ。いい?」

「判ったわ。明日、というか今夜だけど。今夜の宴会はお任せするわ」

「最近、得体の知れない奴に主導権を握られっぱなしだったからな」

「あら、気が付いていたの? 私は、誰が何してようと気にしないから……楽しければねぇ」

「今夜、いや明日の夜は楽しくなるよ」

 




*挿絵に使わせて頂いた素材

・ルーミア モンテコア様
・空が見える森 ニクムニ様

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