紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第35話 三日置きの百鬼夜行 (挿絵あり)

 

 

 

 

 –– Feast Day 05:30 ––

 

「……動き始めたのはアイツか」

 

 萃香は伊吹瓢を口につけて酒を飲みながら小さく呟いた。

 

「あら、意外だった?」

「うーん、勘のいいやつである事は間違いないけど……動くとは思わなかったね」

「あら、どうして?」

「アイツは宴会を楽しんでいたから。霊夢と同じさ」

「霊夢の場合は、ただ面倒くさがってるだけよ。その点、あの吸血鬼にはプライドがあった」

 

 紫は隙間を開くと、幽々子と話すレミリアを覗いた。

 そもそも、と萃香が言葉を返す。

 

「連中が気付くと思ってなかったんだけどね」

「あらら、地上の妖怪も舐められたものね?」

「まあ、別に気付かれても良かったんだ。私は鬼よ? 何も恐れる必要はないさ」

「連中全員を敵に回しても?」

「ああ」

 

 そう言う萃香は自信に満ち溢れていた。

 自分が鬼であることに誇りを持っている。

 事実、その強さは並大抵のものではない。

 

「貴女はまるで、そうなる事を望んでいるようね」

「……」

 

 紫はクスクスと笑っている。

 純真無垢な少女のような微笑みだが、萃香には別の意味で捉えられた。

 己の思考を見透かされているような、気味の悪い笑顔。

 萃香は酷く気分が悪くなった。

 

「さて萃香。そろそろ潮時よ?」

「……まあ、そのようだね」

「貴女の本当の目的、いい加減に教えてもらえるかしら?」

「本当に私は、今の幻想郷を……幻想郷の連中に興味があったのさ」

「でも、それだけじゃないのでしょう?」

「…………」

 

 紫が本当に気づいているのか、ただカマをかけているだけなのか。

 萃香には分からない。

 だが、今の紫の目は気味が悪かった。

 

「きっと、幻想郷が見たかったというのは本当なのでしょう。曲がりなりにも鬼の貴女が、嘘をつくはずがない」

「曲がりなりってのは余計だよ」

「ふふっ、失礼。でも……貴女は幻想郷が見たい理由を言っていない」

「……」

「どうして幻想郷を、幻想郷の住民を見たかったのか? その理由は予想出来るけど……貴女の口から聞きたいわ」

「それが……条件だと言うのかい?」

 

 萃香の言う"条件"––––

 それは、紫が萃香の協力をするための条件であった。

 

 本来、今回の件は、紫にすら伝えておらず、萃香が独断で行ったことであった。

 しかし、すぐさま異変に気付いた紫は、犯人特定も容易にこなして萃香へと接触した。

 萃香の本当の目的にも、大方予想はついていた。

 だからこそ紫は、この騒動自体には何の危険性もないと判断し、異変として認識することもなく、その解決を急ぐことも無かった。

 

 そしてそれは、萃香にとっても都合が良かった。

 解決が遅れれば遅れるほど、萃香はこの幻想郷を眺めることが出来た。

 幻想郷の連中を知ることが出来た。

 萃香は安心していた。そして、喜んでいた。

 

「––––今の地上は、昔とは随分違うんだね」

「それは、どういう意味で?」

「もちろん、いい意味さ。すごく安心したよ」

「それはそれは……管理者として冥利に尽きますわ」

「いや、本当に凄いよ。隔離された空間とはいえ、人間と妖怪が良い関係で共存している。人はしっかりと妖怪を恐れているし、妖怪も力を失っていない」

「––––この環境ならば、鬼も暮らしていけるだろう」

「ッ……ははっ、やっぱりバレてたのかい」

「まあ、貴女は地上に未練が強そうだったから」

 

 紫が微笑む。

 萃香はそれを気味悪く思うことはなかったが、恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。

 

「私が地上にいた頃から、こんな世界だったら良かったのにねぇ……」

「人間を見限った私たちが、今更地上に出るのは恥ずかしい……なんて思っているのかしら?」

「あんたは何処まで私の思考を……ッ!」

 

 紫が再び微笑んだ。

 今度はまるで優しく包まれるかの様な気がするほど、温かみのある笑みだった。

 

「安心して、萃香。幻想郷は全てを受け入れるのよ」

 

 紫が隙間を開いた。

 その先は博麗神社––––今夜の宴会会場である。

 

「それはそれは……残酷な話ですわ」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––Feast Day 06:00––

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

 私が屋敷に戻ると、まず出迎えたのは咲夜だった。

 聞けば門番は仮眠中らしい。いつも寝ている様な気がするが。

 

「朝食になさいますか? それとも、もう夜も明けてしまいますので……就寝なさいますか?」

 

 昨日は徹夜だった。

 とはいえ、元の生活リズムに一時的に戻しただけなのだが。

 朝寝て夕方起きる生活は、やはり私の身体には合っている。

 夜は眠れない日が多いが、今日は朝からぐっすり眠れそうだ。

 咲夜に朝食はいらないと伝え、私はすぐにベッドへ向かう。

 ベッドの上に置かれた棺桶は、人間から見たらかなり奇妙に思えるのだろう。

 実際咲夜も初めは驚いていた。

 だから、私は決して霊夢や魔理沙に棺桶で寝ていることは言わない。

 その方が人間には印象いいんでしょう?

 

 はぁ……今日は疲れたのだろう。

 余計な思考で頭がいっぱいだ。

 一晩で幻想郷を回るのは、私でさえ疲れるものだ。

 それでも目的は達成した。

 幻想郷中に喧嘩を売って、宴会の幹事を奪い取る。

 ちなみに八雲紫には喧嘩を売ってないが、アイツは私と幽々子の話を聞いていたようだから、それでいいだろう。

 あとは次の宴会で犯人を捕まえるだけだ––––

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––Feast Day 12:00––

 

「––––紫、貴女見ているわね?」

「あらあら、本当に勘のいい子ねぇ……」

 

 八雲紫は博麗神社を訪れていた。

 隙間の中から霊夢の様子を暫く眺めようかと思っていた矢先に、霊夢に感づかれてしまった。

 

「嫌になっちゃうわ」

 

 霊夢の鋭さに感心しながらも、紫は悔しさを覚えていた。

 

「はぁ……?」

「あらぁ、怖い目をしてる」

「何の用?」

 

 あからさまに嫌悪感を見せる霊夢には、紫と会話をする気は微塵もなかった。

 こんな紫と話しても疲れるだけだから。

 

「つれないわねぇ……用っていう用でもないのよ」

「なら帰りなさい」

「酷いことを言うのね。少しくらい持て成してくれてもいいんじゃないかしら?」

「嫌よ。巫女が妖怪なんて持て成してたら、それこそ参拝客が寄り付かなくなるわ」

「まあまあ、お賽銭入れてあげるから」

「座りなさい。茶を出すわ」

 

 本当に現金な子だ……と呆れながらも、紫の口からは笑みが溢れた。

 

「……うん、微妙な味ね」

 

 霊夢が淹れた茶を一口飲んで、紫は素直な感想を口にした。

 

「悪いわね。あんたの家のように良質な茶葉が揃ってるわけじゃないのよ」

「ふふっ……まあ、これはこれで、霊夢の味って感じね」

「馬鹿にしてんの?」

 

 紫は口を扇で覆いながらクスクスと笑った。

 相変わらずの胡散臭い笑い方に霊夢は苛立ちを覚えたが、ため息とともにその苛立ちを追いやった。

 

「……で? 何の用?」

 

 紫が意味もなく此処に現れることは少ない。

 それに、少し思い当たる節もある。

 霊夢はもう一度、紫に要件を訪ねた。

 少しだけ睨みつけながら。

 

「うーん、本当に大したことはないのよ」

 

 紫はもう一度微妙な味の茶を啜った。

 軽く息を吐いてから、再び口を開く。

 

「今日の宴会で、この妖気も静まると思うから」

「……ふーん」

「最後にワガママ……許してね?」

「は––––?」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––Feast Day 17:00––

 

 博麗神社の境内にコツコツとハイヒールの音が鳴り響く。

 そんな音を奏でる者は幻想郷では限られている。

 その数少ない演奏者の1人、十六夜咲夜は博麗神社を訪れていた。

 彼女の主であり、今宵の宴会の幹事でもあるレミリア・スカーレットに連れられて。

 

「霊夢、いるかしら?」

 

 レミリアが声をかけるも、神社は静まり返っていた。

 

「幹事だから早めに来てあげたというのに……無駄足だったかしら?」

「お茶でも飲んで待ちますか?」

「うーん、日本茶とやらは嫌いなのよねぇ」

 

「あらあら、人のものを勝手に取るなんて……悪い子たちねぇ」

 

 レミリアと咲夜の背後から不意に声が聞こえる。

 とっさに戦闘態勢に入る2人だが、その声には聞き覚えがあった。

 だからといって警戒を解くことはなく、寧ろ強めるのだが。

 

「あれ、宴会に呼んでもいない奴が出てきた」

 

 声の主は八雲紫だった。

 そんな紫にレミリアが言う。

 咲夜は静かにナイフを構えていた。

 

「聞いたわよ。今日は貴女が幹事だって」

「……ええ、そうさ。そしてお前は呼んでない」

「ふふっ……貴女が何を企んでいるかは分からないけど」

「私が……企んでいる? 私は企んでいる奴を探し出そうとしているのよ」

「ふふふ。今回の宴会は、私が仕切ろうかしら」

「その方が何企んでるんだか分からないでしょ?」

「こんなに、面白そうな面子、誰にも渡さないわよ」

「あら奇遇ね、それは私も同じ考えよ」

「……さぁ、大人しく」

「あら、最初から大人しいってば〜」

 

 咲夜はレミリアの背後から2人の様子を伺っていたが、それでもレミリアが苛立っているのが見て取れた。

 そしてそれを煽るように、紫は扇で口元を隠しながら笑っている。

 

「お前と話すのはやはり疲れる」

「私だって、疲れますわ」

「……それより、霊夢はどこだ? さっきから見当たらないが」

「神隠しにあった……と言ったら?」

「……霊夢は大事な宴会場の提供者だ。恩義があるからな、探し出すわ」

「どうやって?」

「とりあえず、お前を倒すことから始めようかな」

 

 レミリアの声色がだんだんと険しくなるにつれて、紫の眼光も鋭くなり始めた。

 見守る咲夜が戦慄するほど、2人の間には計り知れない緊張感があった。

 

「ふふっ、大丈夫。宴会には姿を見せるわよ」

「……お前の言葉はどうにも信用できない」

「あら、残念」

「だが……まあいい。私は宴会の準備に入る。邪魔するんじゃないわよ」

「そんなことはしませんわ」

「どうだかな」

 

 レミリアは咲夜を連れて神社の母屋へと入っていった。

 紫は不敵な笑みを浮かべながら、隙間の中へと消えていく。

 

「はぁ……アイツの相手は疲れるわ」

「間違いありませんね」

「呼んでないのに宴会には参加するだろうね」

「……ええ」

「まあとにかく。宴会の準備よ。咲夜、何すればいい?」

「………….考えなしだったんですか?」

「何よ? 都合でも悪いの?」

「見たところお酒も揃っていないようですし、食材も充分にありません。宴会を始めるのは(いささ)か厳しいかと」

 

 レミリアには宴会の運営など経験がなかった。

 食事すら自分で用意したことがない。

 従者に言えば湧いて出て来るものだとさえ思っていた。

 

「……咲夜、どうしよう?」

 

【挿絵表示】

 

 咲夜は驚いた。

 ここまで不安げで気弱なレミリアは見たことがなかった。

 レミリア自身の容姿も合わさり、その姿は幼い少女にしか見えなかった。

 

「––––なんとかしてみましょう」

「出来るの?」

「言いましたよね? 急ぎの用を任せたら、幻想郷一ですから」

 

 咲夜はその場から姿を消した。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 ––Feast Day 19:00––

 

「感謝するわ……貴女のお陰よ、咲夜」

 

 いつも宴会が始まる時刻になった。

 既に多くの人妖が集まり、ガヤガヤと賑わいを見せていた。

 既に酒も準備されており、料理も並んでいる。

 それらは全て、咲夜が幻想郷中を回って掻き集めたものであった。

 

「このくらい、造作もありませんわ」

 

 レミリアはもう一度咲夜に礼を言うと、ワイングラスを手に参加者達へと目を向けた。

 参加者達もそれに気づいて、レミリアへと視線を移す。

 皆が彼女が乾杯の音頭を取るのを静かに待った。

 

「まず、今日貴女達が集まってくれたことに感謝するわ。ありがとう」

 

 レミリアの言葉は、予想に反して静かに、そして下手(したて)に出た言葉であった。

 しかしその視線は鋭く、参加者は皆固唾を飲んで見守った。

 ––––しかし、とレミリアは言葉を続ける。

 

「この宴会は異常だ。そしてそれに誰も気がつかない」

 

 レミリアの語気が強まる。

 

「お前達はなぜおかしいと思わない? 桜が散ったにもかかわらず終わらない妖気漂うこの宴会を!」

 

 確かに……などの声が参加者から漏れ始めた。

 少しざわめき始める彼らに、レミリアはさらに声を張り上げた。

 

「私以外に唯一気づいていた、博麗霊夢が消えていることにさえ、お前達は疑問を持たない!!」

 

 ざわめいていた参加者達は一斉に静まり返った。

 

「乾杯の前に問う。答えろ八雲紫、霊夢はどこだ?」

 

 参加者達の中にいた八雲紫は、静かに立ち上がると、レミリアの元へと歩き出した。

 そして口を開く。

 

「……私が犯人だと、思っているのかしら?」

「霊夢を隠したことに関してだけはな」

「あら……そこまで分かっているのね」

 

 紫は少しだけ驚いた。

 レミリアがそこまで"視えている"とは思っていなかったのだ。

 黒幕が1人であるなんていう概念に縛られない彼女を素直に評価していた。

 しかしそんなことはつゆ知らず、レミリアは苛立ちを抑えきれなくなってきていた。

 

「お前とつまらない話をするつもりはない。そろそろ真実を言いなさい。本当に宴会を仕切っているのは誰?」

「まあいいわ。あまり気が乗らないけど……貴女が会いたいと言うなら」

「……素直ねぇ。感心するよ」

 

 レミリアにとっては予想外だった。

 紫がもっと拒むか、はぐらかすと思っていたのだ。

 

「最初から素直よ。貴女と貴女界隈の面子じゃあるまいし」

 

 紫は愚痴のように皮肉をこぼしながら、スキマを開いた。

 

「"彼女"はこの中にいるわ。貴女を待ってる」

「彼女……? 霊夢じゃないのか」

「異変の主犯に会いたいんでしょう?」

「……まあ良い。行くぞ、咲夜」

「かしこまりました」

 

 レミリアがスキマに入るのに続いて、咲夜も入()()()()()

 

「––––貴女はこっち」

「ッ!?」

 

 紫がそう言うと、咲夜の背後から別の隙間が現れた。

 咲夜は驚き振り返るも、時を止めることすら叶わず何も出来ぬまま飲み込まれた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

「……あれ、咲夜?」

 

 レミリアがスキマ空間に入ると同時に、そのスキマは閉ざされた。

 付いてくる筈だった咲夜の姿はなく、レミリアはその場に独りになった。

 

「八雲紫め……何を考えているんだ?」

 

 悪態を吐きながら、レミリアは辺りを見渡した。

 その空間は洞窟のような場所だが、どこにも出入り口が見当たらなかった。

 まるで口の塞がれた壺の中に閉じ込められたかのような感覚だった。

 

「––––出てきなさい、居るのは分かってるから」

 

 レミリアは言う。

 一見するだけでは、この空間に何者かが居るようには視えない。

 しかし、空間内に漂う妖気がレミリアに何かが居ると教えていた。

 

「やっぱり勘がいいんだねぇ。もっともっと遊べるかと思ってたんだけど」

 

 漂う妖気が一点に集まりだすと、それが姿形を成し始めた。

 その妖力の塊は、見た目だけならレミリアと同じかそれよりも幼く見える少女の形になった。

 彼女の名前は伊吹萃香。彼女の種族は––––

 

「特徴的なツノに、高慢な態度とそれに見合った妖力––––貴女が噂の鬼ね?」

「あれ、知ってるんだ? すごいね」

「友人に知識人がいてね」

 

 宴会を覗いたパチュリーは、妖力の異変に気がつき、独自に調べていた。

 幻想郷中を覆えるほどの莫大な妖力を持つ妖怪など、限られている。

 古い書物にあった『鬼』と呼ばれる妖怪は、今回の異変の主犯としてパチュリー候補に挙げたうちの1つだった。

 

「私も、あんたの事をよく知ってるよ」

 

 対して萃香も口を開く。

 そしてそのまま言葉を続けた。

 

「宴会ではいつも我侭ばっかり言ってたわよね。って、宴会じゃなくても我侭言ってたかな? 本当はずっと私の姿を気にしていた。まぁ、かなり細かく分散していたけど……。それでもあんたが動かなかったのは……」

「何の事を言ってるんだ?」

「本当は別の……特に人間に気付かせたかった」

「ふんっ……当たり前だ。妖怪退治は人間の仕事なんだから」

「でも、少し不安になってきたんでしょう?」

「余りにもみんなが鈍いから痺れを切らしてただけ」

「嘘。余りにも相手が強大そうに見えたから……人間に任せたら危ないと思ったから!」

「ははっ……そうかもしれない」

 

 よく見ているものだ……とレミリアは少し笑ってみせた。

 そうして湧き上がる怒りを抑える他ないほど、萃香の言うことは図星であった。

 萃香を睨み付けながら、レミリアは言葉を続ける。

 

「もう十分遊んだでしょう? 随分長い間放ったらかしていたけど……これで終わり」

「まあいいか。最後に大きな遊びが出来そうだし」

 

 鬼という種族は好戦的だと、パチュリーが言っていたことを思い出す。

 レミリアは萃香の様子を見て、再び笑みをこぼした。

 

「出来るよ。むしろこれからが本当の遊びでしょう?」

 

 これは異変じゃない。

 異変じゃなければ、弾幕ごっこなんてルールが通用しないことも多くある。

 今回はきっと、弾幕ごっこにはならない。

 目の前の鬼から、レミリアはそれを感じていた。

 少し高揚した気分のレミリアに対して、萃香は言葉を返した。

 

「でも––––遊びになればいいけどねぇ?」

「は……?」

 

 レミリアの瞳は小さくなり、苛立ちが口から顔から漏れていた。

 見下したようにヘラヘラした態度の萃香は、さらに声を上げて笑った。

 

「ハハハッ! だって、あんたと私では格が違いすぎる。あんたのような吸血鬼風情が、我ら鬼に敵うと思ってるわけ?」

 

 レミリアの怒りは最高潮に達していた。

 ––––ダメだ、冷静になれ。怒りは身を滅ぼす。

 そう自分に言い聞かせつつ、レミリアは片足で地面を蹴った。

 地響きと爆音ともに、地面に大きなクレーターが出来た。

 ふぅ……と小さくため息をついたレミリアは、冷静を取り戻していた。

 

「敵うも何も……私とお前では格が違いすぎるでしょう? 私のように誇り高き貴族と、泥臭い土着の民じゃねぇ」

 

 レミリアは冷静だった。冷静であったが、溢れ出る妖力は萃香と雖も軽く身震いをするほどのものだった。

 凄まじい殺気を感じる。

 おそらく木っ端妖怪程度ならば、この殺気だけで気絶してしまうだろう。

 萃香自身の言葉とは裏腹に、萃香の中でレミリアはかなり高評価だった。

 だからこそ紫に頼んで、こういう場を設けてもらったのだ。

 それでも––––あくまで萃香は、自分が評価する側であると思っていた。

 それは自分の方が絶対上であるという自信があるからこそだった。

 レミリアの殺気に当てられた萃香は、尚も笑っている。

 

「ふふっ……その格の違い、試してみる?」

「そうね、格の違いを見てみるのもいいわね」

「あ、そっか……もしかしてあんたは知ってるだけで、鬼を見たことが無いんだ。まだ幻想郷に来たばっかだもんねぇ」

「何言ってるのよ? 幻想郷のみんなは私のことをこう呼ぶわ。吸血『鬼』ってね」

「なら分かるでしょう……? 鬼は強い者の代名詞。あんたが自分を強いと思うほど、鬼もまた強い」

 

 一貫してヘラヘラ態度を取っていた萃香の口調が、突然静かで落ち着いたものになった。

 しかし微かな怒りが感じられるような気がする、鋭い声色だった。

 

「私の力、萃める力、鬼にしか成せない力––––」

 

 ––––戦いが始まる。

 そう予感したレミリアも、グングニルを具現化させて構えた。

 それを見て萃香は内心で嬉しく笑うと、声高らかに告げた。

 

「未知の力を前にして夢破れるがいいッ!」




*挿絵に使わせていただいた素材

・十六夜咲夜 アールビット様
・レミリア=スカーレット Cmall様 ココア様 moto様 フリック様
・博麗神社風ステージ 1961様

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