紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第38話 勝者と敗者

 

 

 

「ぐぁぁぁああああ!!!!」

「––––効いた?」

 

 咄嗟の判断だった。

 いや、半ば反射的なものだったかもしれない。

 絶叫する萃香を見ながら、私はなんだか不思議な感覚に陥っていた。

 

「くそッ……よ、よくも……!」

 

 ––––萃香が私に詰め寄り、右手を振り上げたその時。

 私は咄嗟に時間を止めた。

 そして萃香の目にナイフを当てて時を動かす。

 それから目を切り裂いて、萃香の攻撃を避けた。

 

「目は……ナイフが通るのね」

「……ッ!!!」

 

 もう一度時を止め、もう片方の目にナイフを突き立てる。

 そしてそのまま突き刺した。

 

「がはぁっ!? こ、このやろぉッ!!!」

 

 両目から血を吹き出しながら、視力を失った萃香は腕を振り回していた。

 

「おっと……闇雲に振り回すだけで、人間にとっては凶器なのよ。貴女の腕って」

「うるさいッ! よくも、よくもッ!」

「それだけやられて、まだそんな力が残っているなんて––––」

 

 あれだけの傷だ。痛みも相当なものだろう。

 それでも尚、闘うことを諦めず、声を張り上げ腕を振り回す萃香は、流石鬼と言ったところなのだろうか。

 人間なら、既に死んでいてもおかしくない。

 

「くそぉぉぉおおおお!!!!」

 

 ––––鬼神「ミッシングパープルパワー」

 

 萃香が叫ぶと同時に、萃香の体が巨大化した。

 先程まで見下ろせた彼女の頭が、遥か上にある。

 私は驚きで声も出ず、ただ彼女を見上げていた。

 

「殺してやるっ!!」

 

 視力が戻った訳ではないようで、萃香は地団駄を踏むように攻撃した。

 時を止めつつなんとか避ける私だが、このままでは彼女の視力が戻らないとも限らない。

 何か打開策はないのか––––?

 

「…………見つけた」

 

 ある。

 きっと、あれだ。

 あそこが良いんだ!

 

「さっさと倒れなさいッ!」

「ッ!?」

 

 萃香の目に、私のナイフが通った––––それは恐らく、硬い皮膚で覆われていない部分ならナイフが通ると言うこと。

 例えば口。

 口の中なら、恐らくナイフが通るだろう。

 しかし今、萃香の顔は遥か頭上。

 飛べないことを悔やみながら、私は目への追撃は諦める他なかった。

 ならば、どこを攻撃するか?

 

「うぁぁぁぁああああ!!!!」

 

 ––––軸足の指の先、爪と肉の間。

 そこにナイフを差し込み、一気に爪を剥がした。

 

「や、やめ–––––」

 

 姿を現した肉に私はナイフを突き立てる。

 

「いでぇ! あああ!!!」

 

 萃香は屈みこんで私を手で振り払う。

 なんとか時を止めてそれを避ければ、大きな口がだいぶ低い位置まで降りてきている。

 そしてその的は、とても大きく狙いやすかった。

 

 

 ––––「咲夜の世界」

 

 

 私が時を動かすと、口に大量のナイフが刺さった萃香がそこにはいた。

 萃香は声を上げることもできずに、静かに霧散した。

 そして何処かへと消えてしまった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 私は柄にもなく息を切らしていた。

 それほど疲れたのだ。肉体的にも、精神的にも。

 

「勝った……のかしら?」

 

 自ら振り返っても醜い戦いだった。

 加えてこの勝利は、いくつかの偶然が重なって得られたものだ。

 あの時私が目を攻撃しなければ、萃香が靴を履いていたのなら、この勝利は得られなかっただろう。

 

 ––––でも、勝った。

 格上と言って相違ない相手に、勝ったのだ。

 

「ふふっ………次は、必ず––––」

 

 

 

 ––––お嬢様を殺してみせる。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「なら、私も戦うしかないわね」

 

 座ってスキマを眺める紫を見下ろしながら、パチュリーは言った。

 何処からか魔道書を取り出し、それを開く。

 なにやら光を帯びているようにさえ思えた。

 

「……本当に?」

 

 しかし紫は、依然としてスキマを眺めている。

 その瞳は真剣そのもので、パチュリーを侮辱する目的ではない。

 

「本当に、そんなことしている暇があるのかしら?」

「パチュリー様! 咲夜さんがッ!!」

 

 側にいた美鈴の声に反応し、パチュリーも咲夜の映るスキマへと視線を移した。

 

「さ、咲夜!?」

 

 そこには血に濡れた咲夜の姿。

 パチュリーは血相を変えて、紫に向かって怒鳴る。

 

「八雲紫! 早くここに私を送りなさいッ!」

「……残念だけど」

「いいから私を––––「人の話は最後まで聞くものよ」

 

 紫はあくまで冷徹に、感情を見せることなく言い放つ。

 怒りで震えながらも、パチュリーは言葉が出なくなってしまった。

 

「ほら、見てごらんなさい」

「え……?」

「誠に残念だけど––––十六夜咲夜の勝ちみたいね」

 

 よく見れば、そこに萃香の姿はない。

 咲夜も怪我をしている様子ではなかった。

 そしてあの咲夜が……嬉しそうに笑っている。

 

「これなら貴女の出る幕はないでしょう? パチュリー」

「……まあ、そうね。でも咲夜を危険な目に合わせたことには違いない。貴女のことは––––許さないわ」

「私ってば、いっつも嫌われ者ね……」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「!?」

 

 突然、ガラガラと音を立てて壁の一部が崩壊した。

 私はナイフを構え、戦闘態勢を整えた。

 土煙の上がるなか、人影が2つ––––

 

「私に勝ったのはあんた達2人さ。鬼に勝ったんだ、誇ってくれよ」

「……あんたも、戦ってたのね」

 

 ––––1つは伊吹萃香。そしてもう1つは、博麗霊夢だった。

 

「どういうこと? その鬼は、さっき私が––––」

「あれは私の分身体。まあ、私もなんだけど」

「分身体……?」

「ああ、でも安心してよ。私の分身だって並の鬼程度なら捻り潰せる強さだよ。あんたらはそれに勝ったんだ」

「ひとつ聞いていい?」

 

 口を挟んだのは霊夢だった。

 

「私と咲夜以外にも、誰か戦ってるの?」

「うん」

「誰?」

「吸血鬼と、金髪の魔法使いと、あとは緑色の剣士だね」

「レミリアと魔理沙と妖夢ね……で? そいつらは負けたってこと?」

「うーん……紫! 見せてやってよ!」

 

 萃香がそう言うと、唐突にスキマが開いた。

 そこには萃香と戦うお嬢様、魔理沙、妖夢の姿が映っていた。

 3人とも戦闘中であるが……その状況は全員異なった。

 お嬢様は優勢だ。この調子なら恐らく圧勝できるだろう。

 魔理沙はやや劣勢……何とか自分の土俵に持っていってはいるのだがイマイチ決め手がない様子。

 妖夢は––––

 

「キツそうね、妖夢」

 

 呟いたのは霊夢。

 私はその言葉に頷いた。

 

 妖夢の斬撃は素早く、萃香とて避けることは難しいものだった。

 ––––しかし、鬼の体は斬れない。

 まともに受けても、萃香には多少の切り傷が出来る程度。

 鬼にとっては大したダメージでは無かった。

 

「あ………」

 

 萃香が妖夢の剣を掴んだ。

 そして––––

 

「終わったわね」

 

 妖夢の剣が折られたところを見て、霊夢が言葉を漏らした。

 そして言葉を続ける。

 

「戦意喪失……かしら。情けない」

「半人前だもの」

 

 霊夢に続いて、私も軽口を叩いていた。

 

 ––––しかし私も霊夢も、その瞳には微かな怒りが宿っていた。

 

「そういえば」

 

 私は萃香に問う。

 

「消えた貴女の分身体はどこへ行くの? 消滅したというより、どこかへ移動したって感じだったけど。私の時も……妖夢の時も」

「ああ、本体に戻ってるんだよ」

「本体……?」

「そう。吸血鬼と戦ってるよ」

「お嬢様と?…………ッ!」

 

 私は目を見開いた。

 先程まで、お嬢様は圧倒的に優勢だったはずだ。

 なのに……今は殆ど互角の戦いをしている。

 

「これはどういうこと?」

「さっきも言ったろう? 私たち分身体が、本体に戻ってるんだって」

「……戻った分、本体が強くなってるということ?」

「まあ、そうなるね」

「…………」

 

 私は萃香を睨みつけ、それから視線をお嬢様の映るスキマへと流した。

 

「心配なの?」

「は……?」

 

 私に尋ねたのは霊夢だった。

 

「いや……なんとなく、そんな気がしただけ。凄く真剣に見つめてたから」

「………確かに、心配なのかもしれないわ」

 

 私はニヤリと笑う。

 

「––––ここでお嬢様が死ねば、私はお嬢様を殺せなくなってしまうもの」

「はぁ……あんたってやっぱり変よね」

 

 霊夢は呆れたように溜息を漏らした。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

「軽い軽い! パンチってのは、こうやるんだよッ!」

「ッ!」

 

 私は何度も拳を叩き込んでいる。

 しかし、萃香には大したダメージを与えられていなかった。

 対して萃香の拳は非常に重く、当たれば私とて無事では済まないだろう。

 萃香から返された拳を私は(すんで)の所で躱す。

 風圧だけでも凄まじい威力であることが分かる。

 

「ふぅ……確かに凄いパンチだ。でも、当たらなければ意味ないんだよッ!」

 

 距離を取らずに、私は追撃を重ねた。

 何度も何度も鼻や鳩尾を叩く。

 そして萃香に動きがあればギリギリで躱す。

 そんなことを繰り返していた。

 

「あー、ちょこまかと鬱陶しいッ!」

 

 萃香が妖力を一気に放出した。

 その衝撃波だけで、私の体は吹き飛んだ。

 なんとか態勢を立て直し、萃香を睨みつける。

 やはり……パワーは凄まじいものがある。

 スピードで優っているからこそ闘えているが、このままでは決め手に欠ける。

 私と萃香、どちらの体力が先に尽きるかという勝負になっている。

 

「……ん? ま、まさか!」

 

 再び何処からか妖力が萃香の体に流れ込んでいる。

 きっと、誰かが戦闘を終えたのだろう。

 4人中3人か……

 

「さて、そろそろ反撃と行こうかな」

「ふふっ……ほんと、都合のいい能力だよ」

「お互い様じゃない? あんたには私の拳が"視"えてるみたいだし」

「ほぅ……? あまり見せびらかすようには使ってなかったんだがな」

「分かるよ。いくらなんでも、反応速度が速すぎる」

「ふんっ、お前の拳が遅いだけさ」

「––––いつまでそう言ってられるかな?」

 

 萃香が飛んだ。

 放物線を描きながら、私に向かってくる。

 鬼の考えそうな単純な攻撃だ。

 例え私が"視"えなくても––––

 

「––––なっ!?」

 

 萃香の拳は私の僅か右に逸れた。

 ギリギリで躱した……いや、なんとか躱せただけだ。

 私には今の拳が"視"えていなかった。

 

「お? その感じだと成功したみたいだね」

「……どういうことだ?」

「ふふっ、教えてやんないよ!」

 

 萃香の追撃。

 私にはまた視えなかった。

 

「……はっ! お前ののろまな攻撃なんか、"視"えなくても躱せるさ!」

「おう、言ってくれるねぇ!」

 

 萃香の追撃は止まない。

 先ほどよりもスピードが上がっている。

 しかし––––それでもまだ、私の方が速いッ!

 

「喰らえッ!」

「ぐはっ!?」

 

 追撃に来た萃香に、うまくカウンターが炸裂した。

 萃香自身の推進力も合わさって、大きなダメージを与えることができた。

 

「ほら、第4ラウンドだぞ?」

「ふふっ……ははははっ! やっぱりあんたは面白いッ!」

 

 萃香は鼻血を流しながら、豪快に笑った。

 私には、冷や汗が滴っていた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

「また妖力が……? まさか!」

 

 私はお嬢様の戦いに釘付けだった。

 そして再び、萃香本体の力が増した。それはつまり––––

 

「魔理沙の戦いも終わったわ」

 

 霊夢は魔理沙の戦いを見ていたようだった。

 私も視線をそちらに移す。

 壁を背に座り込んでいる魔理沙は、気を失っているようだった。

 

「これは……負けたの?」

「引き分け、かしらね」

「いいや、勝ちだよ」

 

 そう言ったのは萃香だった。

 

「あの子の最後の攻撃で私の体は吹き飛んで消滅した。もちろん、妖力の形で本体に戻って行っただけだけど……それでも鬼をそこまで追い詰めたんだ。そして彼女は今気絶しているだけ。これを勝ちと言わずに何と言う?」

 

 そう言葉を続けた萃香は、どこか嬉しそうだった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「やめて、幽々子。落ち着いて?」

「…………………」

 

 幽々子は紫の胸ぐらを掴んでいた。

 腕力的には非力な幽々子に、そのまま紫を吊るし上げるようなことはできないが、それでも幽々子の能力は紫とて軽視できるものではない。

 胸ぐらとともに命さえ掴まれたような感覚に陥っていた。

 紫には焦りで冷や汗が流れていた。

 

「ほら、落ち着きましょう? 妖夢は無事でしょう?」

「……さっさとスキマを開いて」

「うん、分かった。分かったから離して? ね?」

 

 幽々子が離すと同時に、紫は妖夢の空間へとスキマを開く。

 

「妖夢ッ!」

 

 そしてすぐさま、幽々子はそのスキマへと飛び込んだ。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「……むッ! よ……! ……うむ!」

 

 声が聞こえる。

 温かく透き通った、美しく安心感のある声。

 

「妖夢ッ!!!」

 

 幼い頃からずっと聴いてきた、幽々子様の声だ。

 

「ゅゆこさま…………」

 

 なんとか絞り出して声を出した。

 同時に涙が溢れる。

 幽々子様は、私を力強く抱きしめてくれている。

 

「すみません、幽々子様……」

「大丈夫……大丈夫よ、妖夢ッ」

「でも……剣が……お師匠様の形見が……」

「いいのよ。貴女が無事なら、どうでもいいッ」

「幽々子様……」

 

 安心して瞼を閉じると、私は再び眠りに落ちた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「あでっ!?」

「あら、魔理沙」

 

 突然スキマが開いて、落ちてきたのは魔理沙だった。その衝撃で彼女は目を覚ましたみたいだ。

 

「いでで……お、霊夢。そっちに居るのは咲夜と……って、お前は!」

「大丈夫、大丈夫。もう私は闘うつもりはないよ」

「うーん、どういうことだ?」

「コイツ、分身体なの。あんただけじゃなくて、私たち全員と闘ったのよ」

「ほへー。で、お前たちは勝ったのか?」

「当たり前でしょう? あんたは殆ど負けたようなものだけどね」

「う……」

 

 魔理沙は立ち上がると、私の元へとやって来た。

 

「そんなに真剣に何を見てるんだ?」

「……お嬢様が、まだ戦闘中なのよ」

「ほぅ……凄いことになってるな」

「ええ、そうね」

 

 お嬢様達の戦いは目で追うことさえ困難な程、熾烈なものになっていた。

 手数が多いのはお嬢様だが、萃香の反撃の前に如何せん攻めきれずにいた。

 

「さて、そろそろ私もかな」

「……?」

 

 萃香の言葉に、魔理沙は疑問の表情を浮かべていた。

 

「お嬢様と闘ってるのが、萃香の本体。分身体が消えて妖力が流れ込むと、本体は力を増すのよ」

「は……?」

「増すって言い方は良くないよ。元あった力が戻って居るだけなんだからね」

 

 萃香は何故か得意げにそう言った。

 

「おいおい……お前のお嬢、ヤバイんじゃないか?」

「……そうかもね」

「それじゃあ、行ってこようかな。あんたらとの闘いはどれも楽しかったよ」

 

 そう言って萃香は消えた。

 私は再び、お嬢様の闘いに視線を戻した。

 

「やっぱり、心配なんでしょう?」

「……さっきも言ったでしょう? お嬢様に死んでもらっちゃ、私が困るのよ」

 

 心配してないと言い切ることが、私には出来なかった。

 

 


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