紅魔女中伝   作:ODA兵士長

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第39話 決着

 

 

 

「さて……これが正真正銘、本気の私だよ」

 

 レミリアは戦慄を覚えていた。

 彼女の強さは異常だった。

 ここまで強い奴と対峙するのは……おそらく八雲紫以来だろう。

 しかし紫とは違い、単純に力が強いタイプの妖怪だ。

 まともにやり合えば、レミリアとて只では済まないだろう。

 

「どうした? やっとビビったのかい?」

 

 レミリアは震えていた。

 背の低い萃香が、自分よりも遥かに大きく見えるような気がした。

 ––––強い。

 レミリアは恐怖でいっぱいだった。

 

「はぁ……ビビって腰が抜けたかい? なら、こっちから行かせてもらうよッ!」

 

 萃香が来る。

 今のレミリアには、萃香のことが"視"えていない。

 萃香は自身の運命さえも散らすことが出来た。

 

 怖い。怖くて堪らない––––

 

 

 

 

「––––誰がビビるって?」

 

 しかしレミリアは、その恐怖を自分のものにすることが出来た。

 恐怖を原動力に、彼女は拳を握りしめる。

 

「お前の拳は遅すぎるッ! それじゃあ、私には届かないッ!!」

 

 猛進する萃香の拳を軽く手で払いながら躱す。

 軽く掠っただけで、レミリアの手には衝撃が走る。

 その痛みに恐怖し、そして震える。

 だがレミリアの顔には笑みが零れ、そのまま萃香の顔面に拳を叩き込む。

 

 

 ––––パキッ

 

 

 甲高い音がした。

 骨が砕けた音だ。

 萃香の鼻の骨–––––ではなく、レミリアの右手の骨が砕けた。

 

「なっ!?」

 

 確実に鼻に叩き込んだはずだった。

 さっきまでは叩けていたんだ。

 それなのに––––

 

「相変わらず、へなちょこなパンチだなぁ」

 

 一瞬の隙を見て、萃香はレミリアの右手を捕まえた。

 砕けた骨がさらに軋む。

 激痛が走るが、声を上げる間も無く萃香の拳が鳩尾に叩き込まれた。

 

「かはっ……!」

「これがパンチってもんだ。痛いだろ?」

 

 

 ––––レミリアが萃香の鼻を叩いた時、萃香にはレミリアの拳の軌道が見えていた。

 レミリアの速さに、目が追いついていたのだ。

 だから咄嗟に打点を鼻から額に移し、レミリアの拳に頭突きをした。

 そうして怯んだレミリアの右手を掴んで動きを封じ、鳩尾に一発打ち込んだ。

 

 

 ––––紅魔「スカーレットデビル」

 

 

「くっ……」

 

 レミリアは苦し紛れに紅い魔力波を放出した。

 堪らず萃香は手を離し、距離を取った。

 

「かはっ、はぁっ、はっ、はぁっ!」

 

 満足に息が出来ない。

 鳩尾に叩き込まれた一発で、レミリアは呼吸困難に陥っていた。

 右手の骨は既に再生している。

 しかし反撃に出るような余裕が、彼女にはなかった。

 今は距離を取って息を整え––––

 

「休ませないよッ!」

 

 

 ––––萃鬼「天手力男投げ」

 

 

 距離を取るために背後へ跳んだ萃香は、その反動で地面を蹴り、再びレミリアへと向かう。

 そしてレミリアの体を無造作に掴むと、その怪力でグルグルと振り回した。

 

「これで終わりッ!」

 

 そう言って萃香はレミリアの体を放り投げた。

 その軌道は一直線に、壁へと衝突する。

 土煙が舞う。

 萃香は勝利を確認したように、ヘラヘラと笑っていた。

 

 

 ––––神槍「スピア・ザ・グングニル」

 

 

「な……ッ!?」

 

 土煙の中から紅い槍が飛び出して、萃香に襲いかかる。

 完全に不意をつかれた萃香は避け切る事が出来ず、それを両手で受け止めた。

 

「な、なんて力……!」

 

 グングニル––––それは一撃必殺の不壊の槍。

 レミリアのそれは、北欧神話に出てくるその槍を模したものであるが、威力は凄まじいものがあった。

 

「ぐ……くっ、うぁっ!?」

 

 力のある鬼の萃香とて、それを受けきることは出来なかった。

 命中だけは避けることができたものの、萃香の左半身は抉れてしまった。

 

「ははは……やるじゃないか。どこにそんな力が––––」

 

 土煙が晴れ、レミリアの姿が見える……()()()()()

 

「ど、どこだ!?」

 

 辺りを見渡す。しかしレミリアの姿はない。

 

「上だ! バーカッ!」

 

 その声に、萃香は天を仰いだ。

 そこにはグングニルを手にしたレミリアの姿があった。

 

「な……!?」

「これで終わりだぁーッ!!」

 

 

 ––––萃香に投げられたレミリアは、壁に衝突する直前に自身の体を無数の蝙蝠に変身させることで衝撃を分散させていた。

 土煙はその蝙蝠たちの羽ばたきによって舞い上がったものだった。

 レミリアは大きなダメージを受けながらもグングニルを投げ、空へと飛んだ。

 そして空からもう一本のグングニルを手に、萃香へと降りかかった。

 

「く、くそぉぉぉおおおお!!!!」」

 

 ––––グングニルは、萃香の胸を貫いた。

 なんとか頭だけは避けたものの、避け切ることは出来なかった。

 床に(はりつけ)にされたような形になっているが、萃香には既に自身の体やグングニルを薄められる程の力は残っていなかった。

 寧ろ、散った自分の体をなんとか萃めて息を繋ぐのがやっとだった。

 

「ぐはっ……はぁ、はぁ……!」

 

 しかし、レミリアとて重傷であった。

蝙蝠に変身して威力を分散させても尚、身体中の骨がグチャグチャになる程度のダメージを彼女は受けていた。

 それでも最後の気力と意地で飛び上がり、グングニルを握ったものの、落ちる勢いは重力任せ。

 その勢いを止めることなく地面に全身を強打し、さらにダメージを受けていた。

 なんとか意識を保っているような状態のレミリアに、体を高速で回復させるほどの力は残っていない。

 それどころか、立つことすらできずに地面を()(つくば)っていた。

 

 ––––動け、動いてくれ! 私の体!

 

 2人が同時にそう思っていた。

 萃香は自身に刺さるグングニルに手をかける。

 レミリアは地面に手をつき必死に上体を起こす。

 

 

 ––––ドゴォッ!!

 

 突然だった。

 壁の一部が破壊され崩れ落ちる。

 そしてそこから伸びる一筋の太い光線。

 萃香もレミリアも知っている––––霧雨魔理沙のマスタースパークであった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「もう終わりにするべきね」

 

 レミリアと萃香の戦いを見ていた霊夢は、小さくそう呟いた。

 隣で聞いていた咲夜が言葉を返す。

 

「終わりにするって言っても……どうやって?」

「もちろん、その場に行ってね」

「え……?」

「この空間の壁には、脆い部分があるはずよ。部屋の移動をし易くする為にね」

「たしかに、私と貴女の空間は繋がっていたわね……」

「そもそも、繋がっていないと萃香の妖力だって本体に戻れないわ」

「……それもそうね」

「それに、本体の部屋を囲むように分身体の部屋があるはず……まあ、勘だけど」

「貴女の勘は信用してるわ。それに、その方が分身体の妖力を集めやすいのは事実」

「おいおい、萃香は霧状ですり抜けられたとしても、私たちにすり抜けるなんて出来ないぜ? あ、霊夢は夢想天生使えば出来るのか?」

 

 口を挟んだのは魔理沙だった。

 

「こんなことでいちいち使ってられるほど、簡単で安易な技じゃないのよ、アレは」

「じゃあどうするんだ?」

「この中で1番パワーがあるのはあんたでしょう、魔理沙?」

「わ、私が壊すのか……? もうあんまり魔力が残ってないぜ?」

「壊してくれるだけでいいから。あとは私と咲夜がなんとかする」

「だけど……どこを壊せばいいんだ? 無闇矢鱈に壊してられるほど、魔力に余裕はないぜ?」

「そこは咲夜にお願いするわ」

「……私?」

 

 霊夢は咲夜に視線を移した。

 

「そう。"空間"について1番理解があるのはあんたよ、咲夜」

「それはそうかもしれないけど……」

「何か、違和感とかないの?」

「違和感って言われても––––2方向に別の空間が広がっているような気がするだけよ?」

「流石ね。魔理沙、2回破壊するくらいの力はある?」

「うーん……いや、1回ならなんとか」

「分かった。じゃあ、あとは私の勘に従ってもらうわよ––––」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「もう私の魔力、からっからだぜ……」

 

 魔理沙は立っていることさえ辛いらしく、その場に座り込んでしまった。

 

「よくやったわ魔理沙、あとは私たちに任せなさい」

 

 霊夢はそう言って、魔理沙の開けた大きな穴から中へ入ると萃香の元へと歩み寄る。

 

「あんたの負けよ。時間が経てばレミリア(あいつ)は回復するし、あんたはその槍のせいで動けない」

「……はは、参ったね。返す言葉もないよ」

「はぁ……」

 

 霊夢は深い溜息を吐いて、それからグングニルを萃香の体から抜き取った。

 

「人間に助けられるなんてねぇ……ふふっ、時代は変わったのか」

 

 人間に助けられる。

 このことで萃香の中に生まれた感情は屈辱だけではなかった。

 屈辱とは真逆とも言える、喜びを感じていた。

 

 自分が見限った人間たちは、卑怯で姑息で嘘をつく生き物だった。

 どうにかして私たち鬼を退治するのに必死なのは構わなかったが、そのやり方が頭にくる連中だった。

 しかし––––コイツは違う。コイツらは違う。

 

 霊夢のように圧倒的に勝利する者も居れば、咲夜のように醜い戦いをする者も、魔理沙のように機転を利かせた戦いをする者も、妖夢のように力の差を理解しつつも立ち向かってくる者も居る。

 いろんな奴がいたが、どいつもこいつも正々堂々立ち向かってくれた。

 それが萃香は嬉しくて堪らなかった。

 

 そしてそれは、もちろん人間ではないレミリアに対しても––––

 

「レミリアは……助けてやらなくていいのかい?」

「いいの。それは私の仕事じゃないから」

 

 魔理沙の開けた穴から入ったのは、霊夢だけではない。

 そのもう1人は、もちろん––––

 

 

 

 ◆◇●

 

 

 

「……咲夜か」

 

 レミリアは天を仰いだ。

 見上げると咲夜がいる。

 咲夜は冷たい目で、私を見下ろしていた。

 

「やっと死んだんですか?」

 

 そして冷たく言い放った。

 地面に這い蹲るレミリアを見た、咲夜の素直な感想だった。

 口から血を吐き、服は所々破れて汚れている。

 顔も腫れて少し変形しており、声は今にも消えそうだった。

 

「死体が……どうやって喋る?」

「無様ですね」

「ははっ……そうねぇ、無様だよ」

「私が逆の立場なら死にたくなるほどに」

「ふっ……言うわねぇ……」

 

 言葉では笑っている。

 しかし、レミリアの口には笑みがなかった。

 もちろん、笑うことさえできないほど消耗しているということもあるだろう。

 だがそれ以上に、レミリアは不安だった。

 

「私を、殺すのか?」

 

 今のレミリアに、咲夜の運命を視ることは出来なかった。

 運命を視るには魔力と精神力が必要だが……今の彼女にはどちらも殆ど残されていない。

 そして今、咲夜の手には銀のナイフが光っている。

 

「…………」

 

 咲夜は黙って私を見下ろしている。

 彼女の思考が読めない。

 こんなに不安な気持ちになるのは、レミリアにとって初めてのことだった。

 死ぬことが怖いのではない。

 寧ろ、咲夜に殺されること自体は本望だと言える。

 

 

 

 私は、もう––––咲夜と一緒に居られないのか?

 

 

 

「––––"私が"お前を殺す。それが、十六夜咲夜の運命だから」

 

 咲夜はナイフを振り下ろし––––刺した。

 レミリアは自分の顔へと向かってくるナイフを、最後まで見ていた。

 

 ––––それが自身の顔のすぐ横に刺さるまで、ずっと。

 

「何故だ……?」

「お嬢様のことは、"私が"殺すんです。誰かのお陰で弱っているお嬢様を殺しても意味がない」

 

 咲夜は床に突き刺さったナイフを手放し、レミリアの頭の後ろに手を回す。

 そしてそのまま抱え上げた。

 レミリアは少し恥ずかしかったが、それでも笑顔が溢れた。

 

「ふふっ……」

「何か可笑しいことでも?」

「嬉しいんだよ。大好きだ、咲夜」

「………」

「––––でも、帰ったらお仕置きだな」

 

 レミリアはそう言って、力尽きて眠った。

 咲夜の口には、無意識のうちに笑みが溢れていた。

 

 

 


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