「なかなかに、なかなかに良い船旅でしたな。私はあまり船旅をしたことがなかったので楽しかったですぞ」
「囀るな、陳宮。お前が囀ると玲綺の体調が戻らん」
マイエラ地方の一番北側にある船着場は、この地方で特に人々の往来もあることからか沢山の市場が軒を連ねる。今日一本目の連絡船が船着場に着くと、船乗りが橋渡しを船と桟橋に掛けたのと同時に真っ黒な法衣のような服を身に着けた男が踊るような足取りで橋渡しを渡って行く。
その後を背丈二mは超えていそうな体格の良い大男が続き、浮かれ足の男にビシッと釘を差したのである。確かにその大男の背後では、優雅な帽子を被った男に肩を支えられ、顔をげっそりとさせている少女が口元を覆って呻いている。
「すまないが、どなたか真水は頂けないだろうか?」
優雅な帽子を被っている男が近くにいた神父に声を掛けると、その神父も玲綺と呼ばれた少女の様子で彼女が船酔いを患っていることを見て取ったようだ。神父が近くで市を開いている行商人に真水を貰いに行っている中、少女の連れである法衣姿の男と大男が肩を並べて市場の様子を眺めていた。
「しかし、妙な世界でありますな呂布殿。人間よりも脅威のある魑魅魍魎が平然と闊歩するこの世界でも人々は平然とこうやって暮らしているのですぞ。繊細な私では、とてもとても、暮らしてはいけませぬぞ」
「お前のどこが繊細だ。魑魅魍魎と言っても雑魚に変わりない。ふん、口ほどにも無いわ」
「流石、筋肉で物を考える呂布殿ですな。あのプヨンプヨンとした水色の生き物や蝙蝠によく似た化物相手に物怖じしなかっただけはありますぞ」
「なんか言ったか? 陳宮」
スライムやドラキーに方天戟片手に躊躇なく突っ込んでいった呂布とそれについていく張遼には流石の陳宮も冷や汗をかいた。しかも、別の場所ではピーマンが二つ連なった化物、突撃ツインズと刃を交えていた呂玲綺が居たのだから、肝まで冷やす始末である。
ーーー私以外、私以外、脳を使う文明人が居ませんぞ・・・。
陳宮の憂いは尤もであり、この一団は脳筋すぎる故に敗退したこともあるのであった。
この一団は某世界の某大陸で覇権を唱えたことがあった。大男、呂布を御旗に参謀は陳宮、将軍位に張遼、そして呂布の娘、呂玲綺を含む董卓軍からかっぱらってきた手勢で台頭したのである。
その昔、呂布と張遼は皇帝を人質に好き勝手やっていた逆賊董卓の腹心であった。しかし、好いた女、貂蝉に董卓を討てと思いを託された呂布は董卓に牙を向くのである。
董卓を討ち、董卓によった乱れた世を平定するという建前の下に集まったのがこの張遼と陳宮であった。
勿論、この呂布軍に正義心溢れる輩など居ない。
張遼は呂布の武勇に心酔し、他の強敵と相見える時を夢見て。
陳宮は世が己を認め、多大なる名声と賞賛を得るために。
そして、御旗の呂布はと言うと己より弱い者の下には居れぬと天下に覇を唱えたのである。
「すまない、張遼。もう私は大丈夫だ」
呂布と陳宮が市場を見渡して、喧嘩腰の会話を繰り広げている間に呂玲綺は真水を持って戻ってきた神父からそれを渡されていた。ようやっと人心地ついたと安堵の息を吐く呂玲綺に陳宮が顔を綻ばせる。
「呂玲輝殿、むかつきはマシになりましたかな?」
「ああ。心配をかけたな」
まだ万全の体調ではないらしく、張遼の肩から離れてもフラフラと足元が覚束ない呂玲綺に呂布の眉間が険しくなる。
「玲綺。宿を取るからそこで休んどけ。今のお前じゃ邪魔だ」
父である呂布の冷たい発言に呂玲綺は肩を落としたが、父の発言は尤もであり、今の調子では満足に武器を振り回すこともできないだろう。
宿を取るのは財布の紐を握っている陳宮の役目でもあるので、陳宮は呂玲綺に付き添って宿屋へと向かった。
さて、残ったのは陳宮に脳筋ナンバー1、脳筋ナンバー2と密かに呼ばれている呂布と張遼である。
彼等が元の世界と理も道理も違うこの世界にやってきて一月が経つ。大量の茨が城を覆う様子を最初の記憶に、次いでトラペッタで一騒動を起こし、その一騒動で旅の方針が決まってからはポルトリンクで金を稼いだりして過ごしていた。
国盗り合戦をしていた彼等にとってはその金も雀の涙程しかないが、長くポルトリンクに留まっていても先には進めないと彼等は元いた大陸から旅立ってきたのである。
「取り敢えずは、情報を集めることですな。相手は奇術師のような成の男だ。此処を通ったのであれば、直ぐに情報を得られましょうぞ」
「ああ。奴の尻尾を掴むぞ」
呂布と張遼は頷き合うと背を向けあって左右に別れる。
二人の目的はただ一つ。
決していない勝敗を次こそは白黒つけるべく、奇術師と戦わなければならないのだ。
そうあの男、ドルマゲスと。
***
トラペッタ。特筆するべきこともあまり無い長閑な町だ。敢えてこの町の特色を記すのだとすれば高名な魔法使いと占い師が住んでいることくらいか。
そんな閑静な町、トラペッタではある日殺人事件が起こった。
闇夜に赤々と燃える一件の家、もし中に人がいれば誰も助からないだろうと思う程の強烈な炎が燃える家を赤い舌で舐める。黒煙が辺り一帯に蔓延り、隣の宿屋からは寝巻き姿の人々が避難しようと中から流れ出てくる。
その流れの中に呂布達一向も居た。彼等は普段通りの戦装束で、各々武器を構えて避難する人達とは反対方向へと駆けて行く。
一番足が遅そうな法衣姿の陳宮ですら、並の速さではなく風を切るように黒煙の中を走っていった。
「董卓様が洛陽に火を放った時以来ですな。黒煙の中を駆けるのは」
「ふん。あの豚め、己可愛さに洛陽を燃やしやがって」
戦前のような高揚感に声を弾ませる張遼に呂布が忌々しい過去を思い出したと唾棄する。陳宮は洛陽の喪失で如何ほどの財を失うことになったのかと考え、密かに顔を白くする。
「あそこに、人がいる!」
おじさん三人が過去の思い出を三者三葉なりに感じていると、呂玲綺が走っていた足を留めて一定の方向を指差した。
呂玲綺に倣っておじさん達も足を止めて、呂玲綺の指差す方向を見た。
そこには禍々しい杖を片手に宙を浮遊する髪の長い男が一人。まるで、旅芸人のような派手な格好をして怖気の立つ笑みを口元に掃いている。
男はニヤニヤと燃える家を見下ろしていた。楽しい見世物だとでも言うように。こんなにも愉快なことはないと男は場違いに笑い続ける。
「主犯は、主犯はあの男のようですぞ!! しかし、なんとも面妖な・・・。いつぞやかの黄巾党を思い出しますな」
宙を漂う男に陳宮は黒煙の中にいることも忘れて口をただっ開く。そして、黒煙を吸い込んだせいでその次は咳が止まらなくなった。ゴホッゴホッと喉を抑えて涙目になっている陳宮に呂布が冷めた眼差しを送っている。
「貴様、名を名乗れ! 私は張文遠と申す!」
張遼のいつも通りの名乗りに咳き込んで背を丸めている陳宮は思う。この御仁はどこに行っても変わらないなと。
強い者と戦うために呂布軍に降った張遼のマイペースさに頭を抱えている暇もなく、事は動く。宙を浮遊していた男が口を開いたのだ。思ったよりも重低音の声で男は言葉を紡ぐ。
「何ですか、貴方達は? 私の余興に勝手に入り込む無粋な真似をして。そんなに早死したいんですかね」
「ゴホッゴホッ! 私、どうもこの男とは、この男とはゴホッゴホッ、気が合わないようなゴホッゴホッ、気がしますぞ!!」
「陳宮、気が散る。その煩い喉を静かにさせてやろうか」
呂布が方天戟を陳宮によく見えるよう掲げて見せると、陳宮は咳き込む口元を両手で抑えてブンブンと首を横に振る。呂布の目が妙に真剣味を帯びていた。この訳のわからない世界に放り込まれてからというもの、気が立っていたのである。
ーーー魑魅魍魎と戦っている時はとても楽しそうでしたがな。
「仕方ないですね。無粋な客も相手してこそプロの道化師と言えましょう。私の名はドルマゲス。以後お見知りおきをーーーま、半刻後には覚えている頭が残っていないでしょうけどね。アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャっ!!!」
道化師、ドルマゲスは鼓膜が痛くなるような耳障りな哄笑を上げるやいなや、杖から魔法弾を放ってきた。呂布はその魔法弾を方天戟で弾き返して、ドルマゲスへと突っ走り跳躍する。
鬼神、呂布。某大陸でその名を轟かせた呂布にとって、このドルマゲスも雑魚かちょっと手強くて面白い程度の獲物に過ぎない。鋭く振り払われる方天戟の軌道を危ういながらに読んで、避けることに成功したドルマゲスの目は皿のように丸くなっている。
まさかこの杖の力を持ってしても敵わない相手なのだろうか。あの魔法弾をたった一振りで弾き返されたドルマゲスの動揺は激しい。
ドルマゲスは休む暇もなく、繰り出される方天戟をなんとか躱しつつ逆転に繋がる隙を狙う。しかし、呂布はみすみす隙を見せるほど軟な男ではない。
時の覇王に恐れられ、流浪の王をいつの間にやら手下にしていた呂布にしてみれば、ドルマゲスは名ばかりの名族以下だ。
何万人と言う兵も無く、名将と呼ばれるような猛者も臣下にいない。たった己の身一つで呂布に向かってくるドルマゲスなどその心意気は認めても武では己に遠く及ばない。
「貴様、己の力の使い方も知らないのか」
寧ろ、呂布には多大な力を持て余しているようにも見えた。魔法弾を放つまでに無駄な動きが多く、これではまるで武器を与えられて間もない子供のようである。
ドルマゲスは呂布の一言に怒りを覚えた。この力を見事使い切れるのは、自分以外にいないと自負しているからである。この杖をあの城から解き放ったのは自分だ。この馬鹿力だけが取り柄の男はまだ何も知らないのだ。
ーーーこの杖の真の脅威を。そして、私の本当の実力も!!
ドルマゲスは呂布の五月雨のような幾つもの追撃を躱して、その場から一際高く宙に上がった。ドルマゲスが杖を高く掲げると禍々しい闇色の光が杖の先端に集まってくる。
見ていると胸がざわめくような闇の輝きに呂布の動きが一瞬鈍った。闇に魅入られた呂布に向かってドルマゲスは口元に孤を描き、呂布に杖の先端を向ける。
「受け取りなさい! これが私の怒りです!!」
呂布に向けられた杖の先端から膨れ上がった闇の輝きが迸る。呂布の思考回路は何故か固まっている。このままではあの鮮烈な光線を浴びてしまうことが分かっているのに。
「父上ーーーーーーっ!!」
「「呂布殿ぉぉおおおおっ!!」」
そこで一人の少女と二人のおじさんが奮起した。タックルするように呂布の背後から押し寄せた呂玲綺と張遼、陳宮の強烈なタックルが呂布の背を襲い、呂布が五m先まで飛ばされる。ついぞ戦場でもこうまで遠くも飛ばされたこともなく、呂布にとってはある意味新鮮な体験であっただろう。
一方、呂布を突き飛ばした三人はと言えば、思ったよりも強い力で呂布を飛ばしてしまったようでそのまま歯止めが自分達にも利かずもつれ込むようにその地点より遠くで倒れこんだ。
四人の後ろで闇色の光線が猛威を振るい、舗装されたレンガ道を抉りとってその場から大量の茨が生まれた。天へと高く伸びる幾本もの茨とその茨に添うように咲くピンク色の茨花。その茨に近くで赤々と燃えている家があったものだから大変だ。
茨に火が点火し、二次災害が生まれた。今度はレンガ道で生まれた茨が火に覆われたのだから黒煙の中どころの話ではない。長く居ては息が詰まるような煙に、四人は堪らず立ち上がって撤退を図った。
「ゴホッ。あの雑魚、どこ行きやがった!?」
「呂布殿呂布殿。今は調子を整えるのが、調子を整えるのが先決ですぞ! ゴホッゴホッ、この調子では流石の呂布殿も武器は振るえませんでしょう」
「私としたことが、黒煙に巻かれて対象を見失うなどという不覚を・・・」
「私も、取り逃した。情けない」
「張遼殿も呂玲綺殿も! 今は喉を休めて、体に溜まっている煙を吐き出すのが先ですぞ!! 煙の吸い過ぎで死んではやりきれませんぞ!!」
この脳筋共は全くと顔に書いて勝手にしょげ返る脳筋ナンバー2とナンバー3を見下ろす陳宮の後ろには、血走った眼でドルマゲス探す呂布が居るわけだが、知らぬが仏とはこのことだ。
こうして、トラペッタで起こった殺人事件の夜は幕を閉じた。黒煙に巻かれて消えた主犯を追うことも出来ず、歯噛みしたのはこの町の司法機関では無く、呂布達だったことは言うまでもない。
四人の旅の方針はこの一件で早々に固まった。
元の世界に帰る前に、ドルマゲスと蹴りをつける。
「まぁ、この世界を旅して見聞を広めるのも悪くは・・・悪くは無いですかな。ええ、ええ、この顔触れではそうなる他ないことは私とて分かっておりますぞーーー一刻も早く、私と同じ感性の仲間が欲しいところですな」
若干約一名、納得がいってないようだが、呂布軍の方針は御旗の呂布が決める。呂布の決定は絶対であり、それに異論のある物は最終決定の前にどうにかして呂布に撤回させねばならないのだが・・・ただでさえ、戦の策をも聞き入れてもらえない陳宮だ。
旅の方針など否を唱えた時点で、置いて行かれそうになるに違いない。
呂布軍の旅はまだまだ始まったばかりだ。
終わり
三國無双を知らない方へ
呂布
裏切り者の代名詞で知っている方も多いように義父である董卓を討った人。その理由が女性問題の縺れという辺りから残念すぎる。とにかく戦では負け無しで、鬼神と周りから恐れられていた。短絡的な性格で筋肉で物を考えるため頭の良い人とは衝突しがち。頭が良くない人とも大体衝突する。それの全てが喧嘩腰なせいなのだけど、実は手下とか部下には面倒見が良く、劉備も懐いていたりする。好きになった相手には超一途、娘は可愛くて仕方ない。
張遼
泣く子も黙る張文遠と言われるだけあってすっごく強い人。今作では呂布軍にいるけど、呂布軍が解体されると魏に降る。その魏で手勢約八百人で敵国の呉約一万の兵を追い返したという逸話がある。正に武人らしく清廉潔白な人物であるが、戦闘狂。それ故、色々と歪んだ思考回路を持つこの面子と渡り合っていける。呂布に心酔してるので、呂布の言うことは絶対。
陳宮
不幸にも呂布軍の参謀になってしまった人。自分から呂布に売り込んだので同情する余地はない。芝居がかった物言いをし、行動一つ一つが仰々しい。戦の度に叩き潰す一択の呂布と衝突し、策を聞き入れてもらえずに大体不安そうな顔で戦場に挑んでいる。こっそりと速攻で立てた策で呂布の窮地を救ったりもしているため、呂布軍にとってなくてはならない存在。
呂玲綺
呂布の娘。父親のお下がりの武器を片手に戦に挑む少女。呂布と肩を並べられるくらいに強くなりたい。そんな子心とは反対に呂布は安全な場所にいて欲しいのだが、まさか自分が止めろとは言えず悶々としている。すっごいファザコン。口数は少なく、勇ましい言葉遣いをする。考え方もかなり武人よりで、女の子らしい扱いを受けると戸惑いを覚える模様。
ドラクエ(VIII)を知らない方へ
ドルマゲス
今作のボス。主人公達も彼を追っているのできっと何処かで呂布軍と会うことになる。そもそもの物語の始まりは彼が発端なのでかなりのキーパーソンだと思われる。