徒歩では絶対に辿り着くことの出来ない場所にロザリーヒルはあった。そこはある魔族が己の愛した女性を保護するために作った村なのだ。住人達に人の姿は殆ど無く、ドワーフや動物がのびのびと暮らす人の世には不似合いな長閑な場所で、余所者が一人でも入ってくると出て行けと言わんばかりの冷たい一瞥を食らわす排他的な場所でもあった。
だが、そのロザリーヒルにも人間達による強欲の魔手が伸びることがある。例え、人の世から隠れるように存在するロザリーヒルでも船があれば辿り着くことが出来るのだ。強欲者達はとある噂を信じて、その胸に邪な願望を抱きロザリーヒルにやってくる。
「なんなんだ!? お前らは!!」
ロザリーヒルに訪れる強欲者達のうちの一人が口角泡を飛ばして目前にいる男に食って掛かる。長旅の末にロザリーヒルに辿り着いたのか強欲者からは饐えた臭がした。目前にいる男はそれが堪らないと高い鼻を摘み上げて、シッシッと犬でも追い払うように手首を振る。
「あー、もう面倒くせぇな、このオッサン。だから、俺達はこの村を作った奴に雇われた村守なの。で、その村守の仕事の一つがこの村の入村審査。お前はその入村審査に引っかかったんだ。だから、とっとと諦めて帰ってくれよな」
男は己の烈撃刀を支えに立った状態で至極面倒だと言ってのける。開襟シャツからは逞しい胸が覗いており、腕も太く筋肉質だ。入村出来ない招かれざる客は男が腕の立つ輩と察して舌を打ちたくなった。もし、この男が顔通りの優男であれば押し通ったのだがどうやら事はそうも簡単にはいかないらしい。
しかし、強欲者もただで帰るわけにはいかないのだ。ロザリーヒルに行くのに買った自前の船、そしてその船を動かすために雇った水夫達、長い航海に必要な食料品や諸々の雑多。それらを一揃えするのに如何ほどの金が掛かったか! それはエンドールの一等地に豪邸を建てられる程の額なのだ。
彼は眉唾のような噂に全財産を賭けて遠路遥々ロザリーヒルにまでやってきたのである。そもそも、この隠れ里のようなロザリーヒルを見つけるだけでもかなりの手間がかかったのだ。やはり、それに見合っただけの成果を持って帰らねば彼の気が済まない。
「まさか、お前・・・あのエルフを独り占めしてるんじゃねぇだろうな?」
強欲者の目は曇っているという法則がある。この手の人間が欲に目が眩んで真実を見抜けないことは物語にも五万と書いてある。この強欲者もそのうちの一人であり、彼が口に出した『エルフ』に男の眦が鋭くなったことをついぞ目視することが出来なかったのだ。
今迄は男も確証が持てなかったから生温い応答を繰り返していたが、この強欲者は明らかに黒だと分かった。コイツは、エルフの涙を狙ってロザリーヒルを訪れている。
「はぁー。やーっぱこういうのしか来ないんだな、この村。たまには可愛い女の子とかに会いたいもんだ。なぁ、元姫?」
「子上殿、減らず口はそのくらいにして。この人は駄目な人なんでしょ」
「仕方ねぇだろう、元姫しか俺の愚痴を聞いてくれねぇんだから。ま、確かにソイツは駄目な人だ」
強欲者は突如出現した美少女に面食らった。金色の髪を頭頂部で結って、背に流している少女は指に小さな鋭く研がれた刃を五本指の間に挟んで構えている。村守だと名乗った男もいつの間にやら体の支えにしていた烈撃刀を肩に担いで己を見据えていた。
強欲者よりも一回りは若い二人の男女にしかし、彼は気圧されていた。妙な気迫が強欲者の両肩にのしかかっており、真綿で首を絞められているような息の詰まっていく感覚が喉元に押し寄せる。
「じゃあ、いつも通りに」
「分かってるわ」
そして、強欲者は悲鳴も上げる暇もなくこの二人の男女に打ち据えられるのであった。
ボロ雑巾と化した男を船まで見世物のようなに運んだのは顔に白化粧を施した男で、雇い主のいない船で羽根を伸ばしていた水夫達はそのあんまりな光景にトラウマを植え付けられたと言う。
***
「なぁ、兄上。俺達、なんでこんな隠れ里みたいな所で村守なんかやってるんでしょうね。あともう少しで全国を平定を出来るっつーって時にですよ。・・・もしかして、皆で仲良く化かされてるとか」
「煩いぞ、昭。前も言ったがこれは間違いなく奇術師による幻影ではない。俺達は別世界にいるのだ」
「別世界、ねえ。じゃあ、なんで別世界の隠れ里で俺達は村守なんかやってるんですか?」
「私達を拾ったピサロが望んだからだ。己の細君を付け狙う不義の輩が居る故、それの露払いをして欲しいと」
「まぁ、確かに。涙がルビーになるっていうロザリーとは言葉を交わしましたし、実際にその光景も見ましたし、今日みたいにロザリーの涙を狙って録でもねぇ奴等はしょっちゅう来ますけど」
「人間とは何故ああも欲が突っ張ってるんだろうな」
「兄上、それ俺達は皆言えませんから。父上と兄上は特に言えませんから」
ロザリーヒルの村守として立派に仕事をこなしてきた司馬昭が村守を言い付かった時に借してもらった家へと戻ってくると兄が居間でホカホカの肉まん片手に何やら紙に文字を記していた。
司馬一家は母の作る肉まんが殊の外好きで、特に長男はこよなく肉まんを愛している。まさか、異世界に行ってまで肉まんを母に強請っている場面を見ることになるとは思わなかったが。
司馬昭は兄が座る居間のテーブルから離れた所に設置されているソファに腰を降ろして、兄の司馬師が眼帯をつけた普段通りの顔で作業している様子を何となしに眺める。
恐らく父に似た几帳面な字がずらりとその紙の上には並んでいることだろう。最初はこの世界の筆記用具に戸惑っていた父と兄であったが、今ではすっかりと現地人のような顔をして使いこなしている。父に至っては元の世界でも作れないかと紙と羽ペンの作り方を雇い主ピサロに問うていた。
ーーーこの世界では仕事熱心をワーカーホリックって言うらしいが、正にその通りだよなあ。父上も兄上も仕事と結婚しているみたいなもんだし。
顔は母に似たと言われる司馬昭であるが、中身はさてはて誰に似たのやら。間違いなく父の血を引いていることが分かる兄は容姿も性分も父に瓜二つである。高笑いしているさまを見ると特に血の繋がりの濃さを感じれる。
「子上、船に返しといたぞ」
兄弟で仲良く団欒していると唐突に玄関が開き、白化粧を顔に施した男が入ってきた。全身を黒い外套で覆っているせいもあってやはり何処か不気味さが付き纏っている。なかなか話しかけるには根性のいる姿をしている人物であるが、司馬昭はなんてことなく「おう!」と応えた。
「悪いな賈充。どうだった、連中」
「くくく・・・尻尾巻いて逃げて行った。当分は来ないんじゃないか。噂でも立って」
人の悪そうな微笑を見せて、喉の奥からくつくつと笑う賈充に司馬昭はそうかと頷いて、取り敢えず暫くは楽が出来るかと碌でもない感想を抱く。
「しっかし、奴等どっちみちロザリーの涙には触れねぇのにな。なんで、ロザリーの涙の噂が囁かれてるんだ」
司馬昭の疑問は尤もであり、それには司馬師も思うことがあるようであった。このロザリーヒルはエルフ、ロザリーのために作られた隠れ里なのだ。ロザリーが流した涙は不思議なことに純度の高いルビーとなる。宝石の涙を流すエルフの存在は欲深い人間たちの格好の的となるのも世の摂理であり、彼女はそんな人間達から身を隠すためにこの村に隠れ住んでいるのだ。
しかし、それなのにどこからともなくロザリーの噂を聞きつけて、ロザリーヒルの場所もバッチリ把握した人間達がこの村に度々やってくる。ロザリーのルビーの涙が人間達には触れることもできない代物だとは知らないで。
ロザリーを保護するピサロはそれを見兼ねてはいたが、彼は自分の用事で忙しくなかなかそこまで手が回せないでいた。
しかし、そこに運良く異界からやってきた者達がいたのである。某世界の某大陸で、長くは続かなかった魏の覇権に手を伸ばした新しい国、晋。魏の文帝、曹丕の信頼篤い司馬懿が曹丕亡き後、崩壊していく魏に業を煮やし謀反を起こした。その司馬懿と共に立ち上がったのが司馬一族。そう、彼の家族であったのだ。
ある程度の基盤を整えた司馬懿は早々に家督を長男の司馬師に譲り、大陸の平定も全て丸投げした。司馬師は父の期待に応えるべく獅子奮迅し、弟司馬昭や慕ってくれる配下たちと共に魏の手綱から離れた蜀や呉を纏めようと東奔西走した。
その最中に彼等はこの世界に飛ばされたのだ。あともう少しで全土が晋の支配下におかれるという状況の中でこんな訳のわからない場所にやってきてしまった。共に何故かついてきてしまった配下たちの動揺も激しく、一刻は家族会議すらままならなかったのである。全員での会議などまたそれ以上に困難であった。
晋の真の支配者である司馬懿の妻、張春華が重い腰を上げてまとめ役を買ってでなければピサロに拾われた後も揉めに揉めただろう。この晋の一団は少数精鋭ではあるが何かと野心家やら信仰者やらが多くて、その個性同士がぶつかり合っては一騒動になることもよくあることなのだ。
そんな彼らを拾ったピサロという男は先ず人間ではなかった。この妙ちきりんな世界とはまた別の魔界に住む魔族であるらしく、初め出会った時は一触即発の空気が両者に流れた。しかし、元主君の司馬懿がピサロと対話を試みてみると思ったよりかは話せてしまった。しかも、ピサロも彼等が異界の人間であると知ると少し対応が柔らかくなったのである。
その後、ピサロが住むというデスパレスのご招待を受け、魔物達とまた一発やり合いそうになったり、宰相のエビルプリーストと舌戦を繰り広げたりと色々やらかしていくうちに何故かすっかりピサロが晋の一団に馴染んでしまったのだ。晋の一団も案外ピサロや魔物達に慣れた。そこで、ピサロが持ちかけてきたのがロザリーヒルでの村守職であった。帰る手立てもない晋の一団はこの誘いを受けることと引き換えに、ピサロに帰還の手段を探ってもらうことにしたのだ。
そう、彼等がロザリーヒルで村守をしていることにはキチンと意味があるのだ。
「なんとなくは想像がつくがな。手立てとしては確かにこれが最上であると思う」
「どういうことですか、兄上?」
「ロザリーはピサロの唯一の弱点だ。そのロザリーが人間に殺されたらピサロはどうなるかわかるか? 昭」
「そりゃ見てる此方が照れそうなあいつらのやり取りを見ていたら分かりますよ。ピサロだったら間違いなく、人間に復讐しようとします。多分、人間っていう種そのものを滅ぼそうとするでしょうね」
「そういうことだ。これは魔族と人間の対立を喜ぶ輩の計略だろう」
司馬昭の顔が珍しく強張る。いつもにへらにへらとだらしなく顔を緩めている司馬昭であるが、彼とて名門司馬一族の一人だ。司馬一族と言えば、多くの賢人を生み出してきた由緒ある名家なのである。策謀と計略を両手にのし上がって、常に誰かよりも上に立ってきた司馬の名を背負う司馬昭とて、ここまでヒントを貰えばこの事態の不味さを理解出来る。
ピサロがロザリーを目に入れても痛くないほど可愛がっていることを知っているのはピサロの同族である魔族だけだ。魔族の誰かが人間と対立することを望んでいる。詰まり人間側は魔族の掌で踊らされているだけという事実が浮き彫りになる。まさか、その踊りが自分達の存亡に関わるとは知らずに。
「もし、私達の世界の出来事であったらピサロとは対立していたな。不要な火種は消していかねばならない」
司馬師は言葉とは裏腹に冷淡そうな顔立ちに仄かな笑みを植えてつけている。しかし、眼帯に覆われていない方の目には冷徹な光が宿っていた。この長男はそうすると決めれば躊躇わずそれを実行する有言実行が服を着たような男なのだ。魔族の抹消を決定すれば必ずや殲滅にかかる。司馬昭はせっかく出来た友人を失うことは止したかったので別の世界の出来事で良かったと縮めていた足を投げ出した。
「そう言えば、お二人の母上が今日は女子会をやるから帰らないと言っていたぞ」
ポンと芝居掛かったように掌に拳を打ち付けて、賈充は思い出したと言うように二人に彼らの母親がロザリータワーから今日は戻らないことを伝えた。
二人は承知しているというように頷いてーーーその後、石像のように固まった。
「あ、兄上」
「なんだ、昭」
様子だけでなく声まで固くなった司馬兄弟を賈充は配下としてはあるまじき愉快そうな顔で見守っている。いつもならば、兄弟揃ってそんな賈充を不機嫌な声で咎めてくるのだが今はそれどころではないようだ。
「もう、ご飯の残りってありませんでしたよね?」
「嗚呼、この肉まんで最後だな」
司馬兄弟に突如降りかかった受難。それは、今晩の夕食のことである。昨日も張春華はロザリーと王元姫と女子会をやると言って戻ってこなかった。流石にそろそろ帰ってくるだろうと二人は甘い算段をし、ヒャドで冷凍された母の夕飯を昨日大方食べ尽くしていたのだ。
流石、張春華。司馬兄弟を持ってしても読み違いを起こさせるのは彼等の母親と謀反ばかりする配下くらいなものだろう。
司馬師は手にした最後の肉まんを口に放り込んだ。至福のひとときであるのに、肉まんを頬張りながら何処か途方に暮れたような顔をしている司馬師に司馬昭が「そうだ!」と声を上げる。
「鄧艾だったら作れるかもしれないです! 確か、息子がいるって前に聞いた気がするんだけどーーー」
「そうかもしれないが、だからといって鄧艾が料理出来るとは限らん。父上も私達が居るが、料理はさっぱりであっただろう?」
「確かにそうですが、父上は肉まんならば作れました」
バン!と片手を宙へと向けて言い放つ司馬昭につい確かにと納得してしまう司馬師である。父上は家事という家事のみならず、歌や詩などの文道もからっきしであるのだが何故だか肉まんだけならば作ることが出来たのだ。張春華が諸用で居ない時に司馬懿に強請って肉まんを作ってもらった幼い記憶がちらほらと頭の何処かで転がっている。
「善は急げと言いますよね。俺、鄧艾を探しに行ってきます!」
一日たりとも食いっぱぐれることはしたくない。特に司馬一族である司馬昭にとって飢えは程遠い存在であり、少し小腹が空いただけでも無気力症に陥ってしまいそうになるのだ。真のひもじい思いなど司馬昭には耐えられそうにもない。
勢いをつけて、まるで目前に敵の総大将がいるかのように玄関へと走っていく司馬昭に流石の司馬師と賈充もついていけず、二人呆気にとられて司馬昭の遠のいていく背中を見送る。
司馬昭が三十秒と掛からずに玄関の取っ手へと手を伸ばしたところで、玄関は独りでに開いた。外開きであったからこそ、玄関と司馬昭はぶつかり合うことはしなかったがその代わりに見慣れた人物の顔が司馬昭のすぐ前に出現した。
「あら、子上? そんなに慌てて何処へ行くの?」
司馬昭のすぐ目前に居たのは言わずとしれた彼等の母親、張春華である。二児の母親でありながら、大輪の花のような美を今でも保っている艶やかなご婦人だ。優しそうな垂れた目元が大人の色気を漂わせており、ロザリーヒルの村人達がこっそりとファンクラブを作っていたりもするが彼女自身はともかく、彼女の息子たちは知らない事実である。司馬昭は彼女の息子であるためにこの芳しい美に中てられたりはしなかったのだが、代わりに「母上!」とずずいと近寄ったのである。
「お帰りになられたのですか!?」
「いいえ、違うわよ。服を取りに帰っただけなのだけど」
息子達の存在を思い出して、この仮住まいの家に戻ってきてくれたのかと思えば彼らの母親はお泊りセットを取りに戻ってきただけであった。これには司馬昭も落ち込んだらしく、「そうですか」と途方に暮れたような顔で昏い声を発している。
次男が使い物にならないので、今度は長男が張春華に挑むことになった。
「母上、実は夕餉が昨晩で無くなってしまったのです。簡単なもので良いですから、何か作っていってはもらえませんか?」
「ああ、ご飯が無くなったのね。子上が言いたいこともこれだったってわけ。二人共、もういい大人なのだからこれくらいのことは自分で出来るようにならなければいけないわよ。いつも母が貴方達の側に居るとは限らないのだから。けれど、今日は私が作りましょう。ありあわせのものになるけど構わないわね」
「助かります、母上」
長男の鮮やかな訴状に張春華も自分の息子達が飢えるのは可哀想だと思って、夕食を作ってくれることになった。朝はお隣のドワーフがパンと牛乳とチーズを持ってきてくれるので心配はなく、これでやっと司馬兄弟の今日の憂いは取り除かれたのである。
「兄上! ありがとうございます!! これで夕飯問題は片付きましたね」
拳を握ってうしっ!と喜ぶ司馬昭に司馬師も頷き、賈充はそんな兄弟達を愉快そうに眺めている。某大陸では彼等兄弟が覇権を握ろうとしている最中であるのだが、この調子を見ているととてもそんな大層な兄弟には見えないのである。何処にでも居る普通の兄弟であるようにも見えるこの司馬兄弟だが、一度侵略を企むと彼等は戦歴の将となる。司馬懿譲りの知謀を練る司馬師と司馬師の手足となって彼の策を遂行する司馬昭。彼等兄弟のタッグによって落とされた城は数知れず。蜀も呉も彼等兄弟に手をこまねいているのが実情だ。
しかし、そんな司馬兄弟にも絶対に敵うことの出来ない存在がいる。
「ねぇ、二人共。旦那様を見てないかしら」
何気なく発せられたその問は一見普段通りの声音であるはずなのに司馬師と司馬昭の背中を軽やかに悪寒が走り抜けた。ギギギと油を挿し忘れた窓のような音を立てて、彼等は自分達の母親へと顔を向ける。
張春華の顔色は至って普通であった。いつものように悠然と立っており、部屋の中をぐるりと見渡して「やはり、旦那様は一度も帰ってないのね」と小さな顎の下で指を組む。
但し、張春華の背後では角の生えた影の支配者のような悪鬼が突起のついた棒を持ってブンブンと威嚇よろしく振り回しているのである。今すぐにでも獲物を見つけられたらその棒の鉄さびにしてやるわと言いたげなほどにぶん回されている悪鬼の獲物に司馬師と司馬昭がたらりと冷や汗をこめかみから伝わせる。
司馬懿は今朝から一度も姿を見ていなかった。大方、ピサロに拉致されるように連れ去られて世界の何処かを文字通りに飛び回っているのであろう。もしかしたら、魔族であるピサロの本拠地でもある魔界とやらにでもいるのかもしれない。
色々と司馬懿の居る場所についての憶測は立つのだが、如何せんその憶測をありのままに話しても良いものか。現状で既に第一段階の逆鱗が触れているのに、これ以上母親の逆鱗に触れたくないのが司馬兄弟の総意である。このような時は、たとえ偉大で尊敬できる父であっても母の怒りに触れることはやらないでほしいと愚痴りたくなってしまう。
「間もなく、お戻りになられるのではないですか。母上を放って、夜遊びできる父上ではありませんので」
「夜遊び・・・?」
ーーー兄上の馬鹿!
珍しく司馬昭は胸中で兄を罵った。自分よりも圧倒的に頭が良くて、人を束ね導く才のある尊敬できる司馬師であるが、何故よりによって今この瞬間にその地雷をぶち抜いてしまうのか。張春華の心凍える声音に寒がる余裕もなく司馬昭が無理やり笑顔を作って「母上!」と張春華の下へと駆け寄る。
「夕餉を作りましょう! 俺も今日は手伝いますから。料理はできなくとも、刃物の心得はありますので食材を切るのは任せてください。兄上は味見をお願いしますね!」
「分かった」
兎にも角にも明るく笑顔を振りまいて、出来るだけ司馬懿の話題から張春華を遠のかせたい司馬昭は母親の背中を押して厨房へと消えていく。張春華の背を押しているのだから、悪鬼とはすぐ近くに対面することになったが、司馬昭はその悪鬼にもピカピカの笑顔を食らわせ、とっととこの悪鬼を退散させるべく張春華の機嫌を取り戻そうとあれこれと話題を振った。時には自分を犠牲にした笑い話をしたり、人参やじゃがいもを悪戦苦闘しながら皮を剥き、等分に切ったりと頑張った。
ーーーー元姫に会ったら取り敢えずこの話をしよう。
自分のお目付け役をすっかり愚痴聞き係にしてしまった司馬昭は固くそう決意をして、お皿を並べてほしいという張春華に味見係として見参した兄の司馬師と共に肩を並べて皿を用意することになったのである。
因みに、この表面上は和やかでアットホームな司馬宅の風景を賈充は配下としてあるまじきことに、肩を震わせて四六時中爆笑を抑えるので手一杯だったと後に司馬昭に語るのであった。
おわり
三國無双を知らない方へ
司馬昭
字は子上。魏が天下統一するも、曹操や曹丕が亡き後は腐敗していく一方なのでこれは見てられんわと立ち上がった司馬一族の次男坊。魏の後に晋を建国し、皇帝となる人。鬼嫁鬼母の母、傲慢でありながらも実力のある父、カリスマ性と才能のある兄、ツンデレで可愛いお目付け役、司馬昭の才を信じ、自己犠牲する配下などなどラノベの主人公も吃驚な程主人公らしいポジションにいる。面倒くさがりだけど蜀の皇帝、劉禅は彼に王者の資質を見出す。
王元姫
司馬昭のお目付け役。お人形のような顔と小さな背が可愛らしい女性。毒舌家でもあるが、愚痴家の司馬昭に付き合っているうちにすっかりと苦労人に。しかも、司馬懿や張春華から司馬昭を頼まれてしまったり。しかし、なんだかんだと言いながらも司馬昭の世話を焼くのは嫌いじゃないらしく、司馬昭の身に事件が起これば心配するツンデレ。
司馬師
司馬一族の長男。父、司馬懿とは見た目も中身もよく似ている。声までも似ているので司馬懿ジュニアと言っても間違いない。直ぐに手を抜く司馬昭にはあれこれと言いたいことがあるが、司馬昭を兄らしく信頼している。弓矢に撃ちぬかれて目を患うことになるが、私生活には問題がない様子。肉まんをこよなく愛する肉まん王子。肉まんのことについて戦で大暴れする前科あり。
賈充
司馬昭の配下。顔は白塗り、服は真っ黒外套という深夜では絶対に会いたくない人物。含む物言いが多く、敬愛する司馬昭にも畏怖を抱かせている。司馬昭の影であることを自負しており、司馬昭の征く道にある穢れは全部己が払うとまで豪語する。司馬昭は賈充のその自己犠牲を危険視するが、彼は最期までそうあり続けた。
張春華
司馬懿の嫁、司馬師と司馬昭の母。普段は物腰柔らかく賢母正妻であるのだが、一度豹変すると鬼嫁鬼母の正体が露わになる。司馬一族の裏の支配者であり、晋でさえも影で支配していると思われる。そのため、傲岸不遜な司馬懿と言えども張春華には逆らえず、恐々として尻に敷かれている。息子達は母親の独裁に異論はなく、諾々として母親のお願いは必ず叶えている。
ドラクエを知らない方へ
ピサロ
魔族であり、ドラクエでよく見るスライムとかドラキーとかを束ねている魔王様。エルフであるロザリーに恋し、彼女を強欲な人間達の魔の手から守るべく村を一つ作る。しかも、複雑な仕掛けを施した塔を立ててそこをロザリーの住居とする過保護っぷり。そこまでやるのに少々詰めが甘いのが弱点。その弱点のせいで、幾度も主人公達に人類滅亡を阻まれてきた残念な魔王。
ロザリー
流した涙がルビーになるため人間達に虐められるエルフ。人間はルビーの涙に触れられないのに命の危機を感じる程に虐められるのは恐らく人間達がその度に調子に乗ってしまうせい。ピサロに匿われてからは少し落ち着いたらしく、彼の行く末を案じている。ロザリーは平和主義者でもあるためピサロの人類滅亡計画を阻止したいがなかなかうまくいかない様子。
三國無双をやってもいいなぁと思っておられる方は是非とも三國無双7をプレイしてもらいたいです。PS3やヴィータでプレイ出来ますが、もし媒体を持っていないと仰る方がいらっしゃればPS2やDS、PSPでも様々なナンバリングが出ていますし、どれも予備知識は全く要らないので楽しめると思います。ですが、派生作品であるOROCHIやNEXT、Empireなどは三國無双1〜7をプレイした後にされた方が何倍も楽しめると思われます。初っ端から猛将伝をやるのは全然大丈夫ですよ。