三国クエスト   作:賀楽多屋

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勇者と猛将と女好き(IV)

 

 起きているのか起きていないのか、はっきりしない意識の中でクリフトは滲んだ視界で只管にある少女の姿を探していた。

 ベッドの上で仰向けになって寝ているせいか、白い天井ばかりが男の視界を占め、少女はおろか人らしき姿も一向に映らない己の視界にクリフトは歯噛みする。

 

 ーーー姫様、姫様は何処におられる?

 

 青いとんがり帽子を被った、彼が愛してやまないお転婆姫ーーーアリーナはクリフトが熱に浮かされて眠っている間に部屋から出て行ってしまったらしい。

 

 クリフトはアリーナに病を移してはならないと思っていたので、姫がこの部屋にいないことにはホッと安堵する気持ちもある。しかし、病に冒されてしまったせいかクリフトは人恋しくもあったのだ。最後にアリーナを見た時、彼女は両膝を床に付いてクリフトの生白い両手を縋るように握っていた。

 

『クリフト。あたし、絶対治してみせるから・・・! だから、それまで死んじゃ嫌だからね。約束よ』

 

 やはりその時も、今のようにピントの合わない視界であったが何故かクリフトには少女がその折に浮かべていた表情を脳裏に思い描くことが出来た。

 

 これ以上何かを失うことを恐れる悲哀に満ちたアリーナの顔が容易に想像でき、お転婆姫と名高い彼女には不似合いにも程があるその表情にクリフトはアリーナにそんな顔をさせてしまった自分を大いに責めた。

 

 クリフトはサントハイムの神官である。幼き頃より天上におわすマスタードラゴンにその身を捧げ、日々立派な神官になるためにサントハイム人に善人足りえる行いを聖書片手に説き、時には毒や呪いでその身を侵した哀れな旅人達に神の癒やしを施してきたクリフトは、その成果を認められ成人するより前にサントハイム城付きの神官として召し抱えられることになった。

 

 登城した若いというよりも幼いクリフト少年を待ち構えていたのは、サントハイム城の名物にもなっている国王の一粒種のアリーナで、姫である筈の彼女は、姫として必要な淑女教育よりも体を動かすことが大好きなお転婆姫であり、クリフトは登城したその初日から彼女には生涯振り回され続けることになるのであった。

 

 初めは、可愛らしい姫様だと思っていただけだった。まだ歯も抜けきっていない甘いミルクのような香りのするアリーナを子供好きであるクリフトは妹のように可愛がっていたのである。

 

 兄弟もおらず、幼くして神官になったクリフトにとってアリーナは不敬な言い方ではあるが、初めて出来た歳の近い友人のような存在でもあったのだ。

 

 それが、いつしか時を経て、アリーナの顔が自分の顔と近付き、信念を抱えた立派なサントハイムの姫へと彼女が成長したことを思い知った時、クリフトはいつの間にやら芽生えていたアリーナへの想いを自覚した。

 

 どんなときも太陽のような笑顔を見せてくれるアリーナ。根が暗い自分を陽のあたる場所へといつも誘いだしてくれるアリーナにクリフトは知らぬ間に恋していたのだ。

 

 彼女の太陽のように暖かなその笑顔と気性をクリフトは、サントハイム中のーーー否この世界中の誰よりも焦がれ、愛しんできた。

 

 しかし、その笑顔はあの日を境に曇るようになってしまった。

 

 半年程、武者修行の旅に出ていたアリーナとクリフト、それから傅役であったブライ達が別大陸にある大国エンドールからサントハイムへと戻ってきたあの日、サントハイムに戻った彼女達を出迎えたのは無人のサントハイム城であった。アリーナ達がほんの少し離れていた間に、サントハイムからは誰も彼もが姿を忽然と眩ましていたのだ。人が住んでいた痕跡はあるのに、その主達がいない城内は酷く異質で、生活の音が聞こえないサントハイム城は不気味の一言に尽きる。

 

 城の玄関で長年見張りをしていた顔見知りの兵士やサントハイムの厨房のドンであったメイド長、アリーナが旅に出る前から居座っていた行商人やアリーナが生まれた時から仕える古参の城仕えの人々でさえ、その姿を無く、そのことに気が動転していたアリーナ達一行が踏み入った玉座の間にはやはり誰の姿は見ることが叶わず、アリーナの父であるサントハイム国王も居なくなっていたのである。

 

 少年だった頃より世話になっていた城の者達の失踪はクリフトでさえ虚を突かれ、鉛のように重い城の大事に立ち会えなかった己への自責で押しつぶされそうであったのに、この城で生まれ育ったアリーナは武者修行を父親の反対も押し切って決行した負い目も合わさって、クリフトよりも苛烈な自責の念に囚われたことだろう。

 

クリフトがアリーナの絶望を見たのはあれっきりだ。普段は太陽のように明るいアリーナの絶望は真逆の月のように静謐で、触れたら壊れそうな程の脆弱な儚さがあった。

 

 ーーー姫様。私は、私はまだお傍に居ますから。

 

 だから、もう二度とクリフトのためにあんな顔はしないで欲しいのだ。悲哀に満ちた顔に嵌るアリーナの双眸が絶望に染まる様をクリフトは見たくも、想像したくもないのである。

 

 ーーーたとえ、この身果てようとも。私の魂はマスタードラゴンの身許へと還るのではなく、貴女のお傍に在り続けますーーーーー神官としてあるまじき誓いだとは思いますが。

 

 昼下がりの麗らかな日差しが窓辺から注ぐも、その日差しによって病に冒されたクリフトの体調が僅かにも良くなることはなく、クリフトは寝台の上で苦悶に満ちた表情で虚空を片手で引き裂いた。

 

 最後の足掻きだとでも言うように振り下ろされたクリフトの片腕が寝台の上へと着地し、次いでクリフトの意識が底なし沼に引っ張られるように体の奥底へと沈んで行く。

 そして、数分も経たない内にクリフトはその意識をあっさりと手放し、その日一日目を覚ますことはついぞ無かった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 生まれて初めて村の外に出てもう幾月も経つが、ユーリルにとってこの出会いは今迄の旅路で数あった出会いの中でも一等衝撃的で脳が暫く物を考えたくないと訴える程に鮮烈であった。

 

「曹操様、王様とのお話は終わっただか?」

 

「嗚呼、許褚。悪来と二人、今日も精が出るな」

 

「へへっ! こんくらいわけねぇですよ、殿。元の世界でも戦の無い日はこうして畑耕してたんだ。場所の違いがあれど、やることは全く変わんねぇでさ」

 

 ーーー来たばっかの時はパデキアのことでいっぱいいっぱいだったから気付かなかったけど、この村、人相の悪い野郎ばっかじゃねぇか。

 

 ユーリルは曹操に引き連れられて、藁屋敷の成りをしたソレッタ城を後にし、ソレッタの中でも特に長閑な風景広がる畑の方面へと足を運んでいた。

 

 整備のされていない草生い茂る畦道を通り、この長閑な風景が欠片にも似合わないはずの上等な衣服を纏っている曹操が何故か畑に馴染んでいることにユーリルは首を傾げる。

 

 まるで何処かの国の王のような口振りと身なりをしている曹操はユーリルが今迄出会ってきたどの国の王よりも王らしい覇気と威厳を持ち合わせた高貴な人であった。

 

 今では“地獄の帝王”を倒す志を持つ者を“勇者”と言うようになったブランカ王のお触れもあって、世界中には数多の自称勇者が溢れるようになった。

 

 ユーリルもブランカ国王に謁見し、勇者の称号を頂くことになったが、実のところユーリルはブランカ国王に勇者として認定してもらう以前に彼は勇者であった。

 

 そう、このユーリルこそが正真正銘の天空の勇者であり、天空人と人間の2つの血を併せ持つ世界に光と希望を齎す唯一の存在なのだ。

 

 各地に散らばる天空の勇者だけが装備出来る伝説の装備を求めて各地を流離うユーリルは、地獄の帝王と魔族の魔王を打ち倒すべく過酷な旅を今日までしてきた訳なのだが、そのついでに勇者と命運を共にすることになるであろう導かれし者達を集めるという目的も同時並行で行っていた。

 

 ソレッタに来るまでも三人程、地獄の帝王と魔族の魔王を共に倒してくれる導かれし者達を見つけることが出来た。そして、貿易都市ミントスでもその導かれし者達を見つけることができたが、此処である大きな問題が立ちはだかることになる。何の運命の悪戯か、その仲間になるべき存在がミントスの町の宿屋で志半ばにして重い病を患い、伏していたのである。

 

 ユーリルの脳裏には今にも天へと召されそうなほど衰弱した、寝台に伏している神官の姿が思い浮かぶ。酷い高熱が何日も続いているようで唇には水分がなく、寝汗が幾筋も通ったことが分かる跡が額や首にはっきりと残っていた。悪夢でも見ているのか、それとも高熱によって魘されているのかは定かではないが、意識のない中で呻いている神官は誰が見ても痛ましくつい目をそらしてしまう程の有り様であった。

 

 ーーーあの神官は俺がゼッテー助ける!!

 

 ユーリルはそう固く決意する。もう誰もユーリルの目の前で潰えることはあってはならない。たとえ、どんなに起死回生が絶望的なほどの病であったとしても、魔物にその身を引き裂かれ、命の灯火を今にも無くそうとしている状況であったとしても。

 

 ユーリルは死に行く人の足に必死に縋り付き、彼等が天へと還っていくことの邪魔を、それこそ死ぬ気で行うつもりだ。どんな運命だろうが、導きだろうが、ユーリルは絶対死に抗ってみせる。

 

 ーーーこれ以上、俺の目の前で死なせるかよ!!

 

 ユーリルが人知れず曹操の背後で拳を握っていると、曹操と和やかに会話をしていた許褚と典韋が漸くソラの存在に気が付いた。癖毛の深緑色の頭がかなり目につきやすいと思うのだが、曹操との会話に夢中になっていた二人はユーリルに今の今まで全く気がつくことがなかったのである。

 

「曹操様、その人は誰だか?」

 

「コイツぁはまた、えらく目つきの悪い餓鬼だな」

 

 常人であれば、夜道で出会いたくないと思う程の厳つい顔をしている典韋には、目つきが悪いと村にいた時から言われていたユーリルも言われたくない。ギョロリとその三白眼で見下されると、どんなに肝の太いユーリルであっても少々身構えてしまう凶悪さだ。

 

 対して許褚の円な瞳はといえば、人の良さそうな顔に付いており、呑気そうな声音と相まってソラは僅かにも許褚への警戒心は抱かなかった。ポヨンポヨンと動く度に揺れる腹が何とも触れると気持ちよさそうで、ユーリルは猫が目前に猫じゃらしを垂らされているかのように許褚の脂肪の塊に目が釘付けになる。

 

「この男はユーリルだ。病に冒された知人を助けるために万病に効くと言われるパデキアの種を取りに、これから洞窟へと向かうところなのだ」

 

「ま、万病!? 殿、そんな夢物語に出てきそうな代物がマジであるって言うんですかい!!?」

 

 典韋は曹操の口から飛び出たとんでもない代物の名に目をカッ開いて、鍬を持ったままつい曹操へとにじり寄った。典韋は知っている。曹操がどれほど病を恐れているか。曹操の悪友である郭嘉が長い年月を重い病で苦しんでいたことを典韋は知っており、曹操はそんな郭嘉の身をよくよく心配していた。

 

 曹操の大人の遊びのツレである以前に、魏にとっても欠かせない軍師であった郭嘉の不調は、魏に所属する誰もが憂い、心をざわつかせていた悩みの種の一つでもあったのだ。

 

 今は自力で病を治し、体調を持ち直した郭嘉であるが、またぞろいつそのひ弱な身に病を拵えるか。もしかしたら、今度は別の誰かが病に倒れるかもしれない。

 

 曹操達の頭のどこかにはいつもそんな懸念があった。

 

 しかし、今それが無くなろうとしている。パデキアという不可思議な存在が魏に長年根を下ろしてきた病という悩みを刈り取ろうとしているのであった。

 

「そのパデキアの残りは我らが貰い受けることになっている。悪来、皆を集めてくれ。たまには体を動かさねば腕が鈍ってしまうからな」

 

「分かりましたぜ! 直ぐに皆を集めてきまさぁ!!」

 

 この訳のわからん世界に飛ばされて、まだ一桁程の曹操の号令に典韋は普段よりも気合入れて応えると、鍬を畑の隅に置いてから皆を集めるために去っていった。のっしのっしと走っていく典韋はお世辞にも足が速いとは言えないが、曹操の期待に応えるべく誰よりもずっと最善を尽くそうとするのでそう時間も掛からずに魏の連中を全員集めることが出来るだろう。

 

 最近はめっきり全員が揃う機会がなくなっており、個々で元の世界に戻る方法を探していたのだ。曹操が典韋の小さな背を眺めていると許褚が藤で編んだ椅子を持ってきたので、曹操はそれに礼を行って腰を掛け、典韋達の帰りをそこで待つことにしたのだった。

 

 

 ユーリルにも仲間がいるが、今はこのソレッタの何処で何をしているのかは分からない。手分けしてパデキアの在り処を探そうという話がソレッタの入り口でなされ、そこからは各々別行動を取ることになったのだ。

 

 モンバーバラの双子の姉妹は、いやにソレッタを手慣れたように散策していたのをソレッタ城に行くまでに一度見掛けたが、それからの行方はしれず、武器商人は商人仲間の誼で教えてもらえるかもしれないからと店を探しに行くと聞いていたがこの農業国家に店が存在するのかどうかも怪しく。

 

 残るは、ユーリルが助けようとしているクリフトの仲間である魔法使いのお爺さんなのだが、この御仁は妙に気難しく、ソラもまだあまり満足に会話を交わせていないでいた。事務的な会話やクリフトやもう一人のツレであるお転婆姫のことは幾つか聞き及んでいるが、仲を深めるような会話は今のところ一切交わしてはいない。

 

 実際、今は人の命が懸かっている緊急事態でもあるためにそう悠長に仲を深めている暇はないのだが、せめて戦闘の連携を取るために声を掛け合う程の仲にはなっておきたかったのだがそう贅沢なことも言ってられないのが現状だ。

 

 刻一刻とクリフトの命が削れているかと思うとつい気が焦ってしまうユーリルで、曹操にも急かすような視線を送ってしまう。

 

 しかし、曹操はユーリルの催促も受け流して、泰然自若とばかりに己が腹心の招集を腕を組んで待っているばかりである。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 夏侯惇は愕然とした。目前に広がっている華やかな賑に理解が追いつかないためである。

 

「孟徳は人を集めて一体何をーーー」

 

「ありゃー、こりゃ完全にどんちゃん騒ぎだ」

 

 夏侯惇の隣に並んで呆れた物言いをしている割にはハハハッ!と快活に笑い飛ばす夏侯淵。同じ夏侯の姓を名乗る彼等だがその性格は陰と陽であり、口数の少なく生真面目な夏侯惇と弁が立ち朗らかな夏侯淵の二人はそう言われなければ血を分かちあう従兄弟の仲であることが分からない。

 

 ソレッタの形ばかりの柵の門の前で、稽古をつけていた夏侯惇は典韋から曹操の招集の旨を聞き、稽古をいつもより早めに切り上げて曹操が待つ外れにある畑にまでやってきたのだが、そこは何故か人が入り乱れた大層な賑となっていた。

 

 まるで宴会でも開いているのかと思うような賑に開きかけていた口をつい夏侯惇は閉ざしてしまう。

 

「そーれ! このマーニャ様の魅惑の踊りに魅了されなさい!! 野郎共!!」

 

「もう、姉さんったら・・・。わたし達は興行をするためにこの村に来たんじゃないんですよ」

 

「ミネアさん。此処は確かに長閑な場所ですが、一応ソレッタという国のお膝元になりますから。村じゃないですよ」

 

「え? そうなんですか?」

 

「村か王都かなんてどうでもいいじゃなーい。今、重要なことは此処にいる見目のいい男共を魅了することだわ。ミネアもお得意の占いで一人や二人は持ち帰りなさいよ。別にそんくらい減ってもあたしは構わないわ!」

 

「そういうことを言ってる時点で魅了などされないと思いますが。流石のマーニャ姉さんの踊りでもその明け透けさでは難しいかと」

 

 見知った顔達が取り囲んで歓声を上げている者達は、不思議な雰囲気を纏った三人の男女であった。その内の女性二人は容姿が良く似ており、着ている服が開放的か慎ましいかの違いがあるくらいである。まるで下着のような服装で、くるくると艶やかな踊りを披露しているマーニャと呼ばれた女性は太陽のような笑顔で遠慮無く胸の内の算段を吐露している。

 

 その女性を姉と呼び、呆れ顔をしているミネアという名前らしい女性は両腕を組んでため息まじりだ。ミネアの横では背は低いが、横幅のある男性がミネアの村発言に訂正を加えている。濃紺の髪とお揃いの口上髭がチャーミングな人の良さそうな人物だ。

 

「これはなかなか目も鮮やかな美女であるなーーーーー二喬は手に出来なかったが、二輪であれば手にできるかもしれぬ」

 

 藤の椅子に坐して、過去の失敗を省みない曹操がまた同じ轍を踏もうとしているが、それを止めるはずの夏侯惇が残念ながら曹操より遠い場所にいる。

 

 しかし、曹操の傍らには現在勇者ユーリルが居り、彼は途方に暮れたような顔つきでその曹操の無謀な発言にブンブンと首を横に振っていた。

 

「オッサン、悪いこと言わねぇからあの二人は止しといた方が良いぜ。特にマーニャはすっげぇ浪費家だし、酒癖も悪ぃ。彼奴を囲いたいならそれこそエンドールやボンモールの王侯貴族じゃねぇと破産するぜ」

 

「ふむ。それはそれで良いものだ。美女と花は手間暇がかかるものよ」

 

「・・・俺は知らねぇからな」

 

 マーニャの悪癖を身に沁みて思い知るユーリルの言は重いが、某世界の某大陸で世に知れた美女欲しさに大戦を仕掛けたことのある曹操にしてみれば、それくらいどうってことのない障害だ。寧ろ、本物の傾国の美女みたさに本気で囲いかねないのだから恐ろしい奸雄である。

 

「これはこれは、なかなか良い余興だね。久しぶりに心躍る光景を見たようだよ」

 

 折角の鮮やかな碧眼を曇らせて遥か地平を眺めるユーリルとマーニャとミネアに熱視線に送る曹操の下に見るからに女好きそうな伊達男がやって来る。

 

「アンタ、誰だ? どうせこのオッサンの知り合いだろうけど」

 刺のある物言いのユーリルが切れ味の良い視線を寄越しても、その伊達男はケロリとした顔でソラを見返してくる。

 

「僕は郭奉孝。殿も隅に置けないね。こんな活きの良い子を知らないうちに捕まえているのだから」

 

「なかなか面白い小僧であろう。嗚呼、ユーリル。コヤツのことは郭嘉と呼ぶがいい。この世界にはどうも字が無いようであるからな」

 

「へー、君はユーリルと言うんだね。いい名だ」

 

「男に褒められても嬉しくねぇけどありがとよ」

 

 ユーリルは曹操と同じ女好きの匂いのする郭嘉に顰めっ面で投げやりなお礼を言っているが、郭嘉は至って平然としている。普段から浮かべているだろう軽薄そうに見える笑みをニコニコと浮かべて、ユーリルと対峙しているがその次の発言は笑みに似合わぬものであった。

 

「ただ、少々活きが良すぎるようだねーーーーー殿のことをオッサンと呼ぶのは止めてもらおうか。今はこの様な場所におられるが、本当であれば君と対等に言葉を交わせる方じゃないんだよ。どんな物言いで言葉をかわしても良いが、そこに殿への敬意が無いのであれば僕は見過ごすことはできない」

 

 その発言には妙な凄みがあった。色が白く、線の細い郭嘉はこの辺りの魔物でさえも満足に戦うことのできない貧弱そうな体格をしているが、その言葉を紡いだ時、確かに強者の覇気を纏ったように見えたのだ。

 

 ーーーコイツ、見た目通りの優男じゃねぇのな。

 

 いつの間にかユーリルは緊張していたらしい。緊張で乾いた唇をペロリと舐めてユーリルは不遜に頷いた。

 

「分かった。じゃあ、俺は何とこの人を呼べばいい?」

 

「良い。お主は儂をオッサンと呼びつづけば良い。お主は儂の国の民ではないからな。好きに儂のことを呼べばよいのだ」

 

「殿、流石にそれはーーー」

 

 曹操は郭嘉の諌言に尚も首を振った。ユーリルは魏の民でないのだから自分を敬う必要はないのだと。郭嘉はユーリルが曹操のことをオッサンと呼ぶことに対して、配下への示しがつかないと言いたいのだが、曹操はそれを分かっていて首を振るのだ。

 

 自分の威光は呼称くらいで変わるものではないのだと。

 

 郭嘉は曹操の言い分を正確に汲み取って、仕方がないなと口元を更に緩めた。この器の広さが曹操の強みであり彼のカリスマ性の一端なのだ。曹操のそのカリスマ性に惹かれて魏の軍師を担っている郭嘉にとってみれば、それは無碍に出来ないものであった。

 

「結局、オッサンで良いのかよ」

 

 ユーリルが二人のやり取りに拍子抜けしているが、曹操をオッサンと呼ぶことにはそれ以外にも様々な苦難がある。曹操を盲信している曹操の従兄弟の存在や他の配下たち。彼等がユーリルが曹操をオッサンと呼んでいる場面に出くわしたらどんな顔をするだろうか。

 

 郭嘉は人の悪い想像に今度は胸を高鳴らせてそれはそれで面白い見世物だなと思う。幸にも不幸にもその郭嘉の思惑を知らないユーリルは椅子に座る曹操の側でどうやって自分の仲間を落ち着かせて、パデキアと曹操の話をしようかと頭を悩ませていた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「え? じゃあ、この男前達と洞窟に潜んの!? ジメジメした所は嫌いだけど、男前と行けるなら全然オーケーよ!!」

 

「姉さんの言い分はともかく、皆さん腕の立つ方ばかりのようですし。わたしもユーリルさんの方針には異論はありませんわ」

 

「確かに私達には戦士のような存在が不足していますからな。手を貸していただけるのであれば貸していただくのが良いかと。対価も残りのパデキアで良いらしいですし」

 

 踊り回っているマーニャとそのマーニャから少し離れたところで棒立ちになっていたミネアとトルネコをユーリルは一旦集合させて、急遽仲間会議を執り行った。議長は主にこの一行の核でありながら最年少のユーリルが務めているのだが、ユーリルの話にはどんなにマイペースの人間でも耳を傾けるので最善の人選であると思われる。

 

「そっか。誰もオッサンの仲間を借りることには異論ねぇか」

 

 ユーリルは仲間の誰もが自分が持ってきた案に反対しなかったことに安堵した。もし、反対意見が出たら一体どうやって説得しようかと思っていたのだが、どうやらそれは徒労に終わったらしい。

 

「って! すっかり忘れてたけど、ブライ爺ちゃんは!?」

 

 仲間になってまだ一日も経っていない新しい仲間、ブライの不在に漸く気付いたユーリルが三人にブライの行方を聞くが皆、ユーリル同様そういえばという顔つきだ。

 

「確か、外れの畑の方面は腰に響くからって住宅地の方に向かって行ってたわよね?」

 

「そうです。わたし達は畑の方を探索していましたのでその後のブライさんの行方は存じていません」

 

「わたしは商店を行脚してましたからな。確かに時々ブライさんのお姿は見たような気がしましたが、腰痛と頭痛と胃痛に効く薬を眺めていたところ以外は記憶にないです」

 

 腰痛はともかく、頭痛と胃痛薬にも用があったらしいブライに一行の疑問が増えるが、今はともかくブライの行方である。

 

「どうかしたか、ユーリル?」

 

 四人の会議が行き詰まったのかと曹操が椅子から立ち上がって、ユーリルたちの方へとやって来る。魏の一団から離れた場所でユーリル達は会議を開いていた。マーニャもミネアも曹操の方へと顔を向けているせいか、曹操の隣りにいる郭嘉がヒラヒラと手を振っている。それにマーニャが頬に手を当ててウットリし、ミネアは胡乱げな目つきになった。姉妹でこうも反応が対極なのも何故か二喬と被る。

 

「なぁ、オッサン。腰の曲がった頭も髭も真っ白な厳格そうな爺さんを知らないか? その爺さん、ブライって言うんだけど、どうもまだ村を探索しているようなんだ」

 

「ふむ。翁が行方不明とな。儂は見ておらぬが、郭嘉、お主見ておらぬか?」

 

「うーん、年配の方は此処ではよく見るけども、明らかに外の空気を纏った人は君達以外見ていないね。僕も今日は軒先で昼寝をしていたし」

 

 不良軍師と悪名高い郭嘉は昼間から太陽の下で光合成をしていたらしい。曹操はこちらの世界に来てから幾つかこの世界に関する調査を軍師たちに任せていたのだが、どうやらその職務をこの男はサボっていたようなのだ。

 

 曹操も職務をよく抜けだすのであまり郭嘉のことは言えず、しかもサボり仲間でもあるので郭嘉のその問題発言には何も言わなかった。

 

 ユーリルたち一行に曹操と郭嘉も加わったところで、あともう二人の影が彼等に向かってくる。

 

「孟徳! やっと見つけたぞ!」

 

「殿ー、そんな所にいたんですかい」

 

 曹操の従兄弟でもある夏侯惇と夏侯淵の二人だ。明らかに見て取れる強者の風格に無意識にソラ達の顔付きが強張る。

 

 名を夏侯惇。字を元譲というこの男は隻眼で誰が見ても身構える程の威圧を放つ魏の猛将である。左目の眼帯の下には眼球は無く、彼のその眼球は呂布との戦いで傷付いた。夏侯惇はその目は親から貰ったものだからと矢が刺さったまま引き抜き食らったのである。その他にも数多くの逸話を持ち、彼の風格はその家庭で出来上がった賜物であった。

 

 その夏侯惇の従兄弟である夏侯淵は字を妙才と言い、剽軽な口を叩くが夏侯惇に並ぶ猛将である。弓術を得意とし、その弓裁きで幾人もの強者を葬ってきた。また、刺のある人物が多い魏には潤滑油として欠かせない人物であり、対人術も弓術同様高い。

 

「夏侯惇と夏侯淵か。ふむ、お主達であれば何の心配もいらぬな」

 

「殿、何の話ですかい? それにそこの子供と娘っ子と見るからに商人っぽい男達はどなたで?」

 

「俺はユーリルだ」

 

「アタシはマーニャ。モンバーバラの人気ナンバー1の踊り子よ。良かったらご指名宜しく!」

 

「ミネアと申します。あの、私達のことに巻き込んでしまってごめんなさい」

 

「ミネアさん、それは向こうにも利がある話ですから大丈夫ですよ。あ、私はトルネコという者で武器商人をしています。今は店仕舞いをしていますので、物を売ることが出来ませんがその際はどうぞご贔屓に」

 

「こ、これはご丁寧に。俺は夏侯淵だ。宜しくな」

 

「・・・・・・孟徳、俺には全く話が見えんのだが?」

 

「殿、惇兄だけじゃなくって俺にも話が見えませんぜ」

 

 夏侯淵がペコペコと名乗っても、夏侯惇は曹操にこの状況の訳を迫った。その言葉尻に夏侯淵も乗って曹操を困惑した顔で見詰める。

 

 流石にこのまま話を続けることも出来ないので、状況を曹操から聞かされていた郭嘉が曹操に代わってパデキアの話を二人にする。

 

 パデキアの話を聞かされた夏侯惇は聞き終わったあとも静かで、対して夏侯淵はリアクションのない夏侯惇の分まで身振り手振りで己の驚愕ぶりを披露していた。

 

「どっひゃー! そんな金丹みてぇな代物があるって言うのか。そりゃ確かに喉から手が出る程欲しいわな」

 

「ええ。病にはどんな豪傑も奸雄でさえも勝てませんからね」

 

 一時は病によって冥土へと行きかけた郭嘉に言われると更に説得力がある。どんな人間にも寿命というタイムリミットがあることは世の常だ。戦場で散る仲間も多くいたが、病に倒れる仲間も同じくらいいた。

 

 その憂いが少しでも消えるのであれば、そのパデキアは土地一つよりも価値があるように見える。勿論、大陸平定のために天下統一はパデキアを手に入れてからも続けるつもりであるが。

 

「俺が行こう。フン、どんな魑魅魍魎だろうが猛将だろうが俺が蹴散らしてみせる」

 

 物思いに沈んでいた夏侯惇が漸く口を開いたかと思えば、パデキアを自分が取りに行くのだと言い出した。これは曹操も望んでいたことであるため、誰からの制止も入らずユーリル達一行に夏侯惇が加わることは決定となった。

 

「んじゃ、俺様も行くかね。惇兄が居る時点で仕事はなさそうだが、ま、保険って奴だな」

 

「助かります、将軍方。では、あと一人程連れて行って欲しいのですが・・・」

 

 パデキアが保管してある洞窟の規模がどれ程かは分からないが、あまりゾロゾロと引き連れて入れる場所ではないだろう。弓を得意とする夏侯淵がいる以上、遠距離攻撃に不安がなく、例え天井からどんな魔物が出てきても撃ち落とせるのは明確だ。

 

 此処には蜀漢も孫呉もいないとしても曹操の護りは薄く出来ない。夏侯惇も夏侯淵もその実情は分かっているので、郭嘉の提案に異を唱えず諾と頷く。

 

 そこで、夏侯惇は今回のパデキア捕物戦の仲間となる少数の仲間を見渡した。夏侯惇を目つきの悪い目で見定める緑頭の少年、服の面積が少ない売女のような格好をした少女、その少女とよく似た大人しそうな少女、小太りの人の良さそうな顔をした商人。

 

 ーーーこれは骨が折れる仕事になるか。

 

 曹操を守りながら戦場を突っ走ることは出来たが、赤の他人を守りながら戦ったことがない夏侯惇。常に前線に身を投じ、要人警護の仕事は全くしてこなかったが今回はその仕事と同等のものが求められる。

 

 ーーーどうやら、孟徳はこの子供を気にかけているようだな。関羽の時もそうだが、孟徳は武人を見る目に関しては間違いない。

 

 特に蜀の将達への曹操の勧誘は激しく、関羽には執心といって良いほど拘っていた。そのことがあまり面白くない夏侯惇であったが、関羽の義心と腕は認めている。劉備に義を通したばかりに、樊城で命運を決めてしまった男であったが、もしあの時、関羽が命乞いをしていたとしても夏侯惇は関羽を見損ない、やはり殺していたのだろう。

 

「俺は夏侯惇だ。束の間だが、よろしく頼む」

 

 まさか、夏侯惇から自己紹介を受けるとは思わなかったらしいユーリル達は面食らったように両目を瞬かせる。まるで、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている彼等に郭嘉がクスクスと笑い、夏侯淵は苦笑気味、曹操に至っては人の悪そうな顔をして見ている。

 

「嗚呼。夏侯惇、夏侯淵。どうか俺達に手を貸してほしい。人が死にかけてるんだ。俺は彼奴を助けたい」

 

 今この時も死にかけている未来の仲間を助けたい。なんだかんだと賑やかなユーリルたち一行だが、クリフトを助けたい一心に混じりっけはない。楽天的なマーニャも呆れてばかりのミネアも商売魂逞しいトルネコも真剣な顔をして夏侯惇と夏侯淵に頭を下げる。

 

 数拍、間があった。そして、轟くのは夏侯惇の渾身の叫びだ。

 

「それを早く言えっ!! 俺は死にかけてるという話は聞いてないぞ!? 病に倒れたとしかーーーおい! そこの不良軍師!!」

 

「あ、それ僕も殿に聞きたいですね」

 

「・・・悪いな。伝え忘れていた」

 

「孟徳!! 流石に今回は洒落にならんぞ!!」

 

 ちょっとうっかりしている所のある曹操のうっかりに神官が一人殺されそうになっているが、夏侯惇が仇を取るようにツッコんでくれた。実は魏のツッコミ師で名高い夏侯惇なのだが、どうやらこの世界に来てもその性分は全うするらしい。

 

 通りで誰も彼ものんびりしてたんだとユーリルは思ったりもしたが、もう何処か頭が摩耗しているのか夏侯惇のように騒ぐこともできず、あと一日くらいは保ってくれとクリフトに祈るくらいしか出来なかった。

 

 終わり

 




三國無双を知らない方へ



郭嘉
字は奉孝。酒と女が無いと生きていけないと言いかねない伊達男。基本、職務をサボって昼間から酒を飲んでいる。軍師としては優れており、曹操に数々の助言をして数多の戦を勝利に導いている。しかし、征伐の途中で病に倒れ没する。三国志の中でも特に有名な赤壁の戦いで、魏は惨敗するのだが、その時曹操が「郭嘉がいたなら結果が違った」と言い残している。


夏侯惇
字は元譲。曹操の従兄弟であり、曹操が挙兵した時からの長い付き合い。曹操を第一に考えており、とにかく曹操の話しかしないおじさん。男も女も惚れる格好いい人なのだけど、何処か残念な御仁。魏には何人かツッコミ師が居るけども、この人は他の追随を許さない。関羽を目の敵にしており、曹操の次に関羽に拘っている。


夏侯淵
字は妙才。夏侯惇の従兄弟。この人も曹操が挙兵した時からの長い付き合い。剽軽で朗らかなおじさんで、たまに唆されて踊ることもある。実は息子がいて、きっとロザリーヒル辺りを彷徨っているはず。弓術と急襲が得意で、武勇で名を馳せる。普段はのんびりと構えているが、何故か周りのドタバタに巻き込まれること多し。






ドラクエを知らない方へ


クリフト
サントハイムの神官。人によってはザラキ神官の方が聞き覚えがあるかもしれない。アリーナ姫が武者修行の旅を独断で決行した後、そのアリーナを追ってブライと共にサントハイム城を飛び出した。その後、アリーナと合流し世界の広さを実感中。アリーナ姫が大好きで、たまに血迷う。基本、生真面目で朴念仁なのだが、やっぱりアリーナに関することでは豹変する。高所恐怖症。


ユーリル
名前は公式小説から引用。山奥の村から出てきた勇者。人間と天空人のハーフで、深緑の癖毛頭が特徴的。作者はこの主人公をパッケージで見た時、ドラクエの主人公の割にガラが悪そうだなと思った。故郷がデスピサロと魔物によって滅ぼされたので、魔物には並ならぬ復讐心を抱いている。



マーニャ
モンバーバラの人気ナンバー1の踊り子。一度ステージに立てば、マーニャのファンじゃなくても踊りに魅了されていつの間にかファンになってしまうらしい。がっぽり稼いで、その稼ぎは酒代に消えていったらしい。お酒とカジノが大好きな駄目浪費家。ミネアの稼ぎですら注ぎ込む駄目姉。しかし、いざという時は核心を突くこともあり、皆を驚かせることもある。こう見えて魔法使い。



ミネア
エンドールに逃亡した際は、占いで巷を賑わせた凄腕占い師。父の敵を追って故郷を飛び出し、各地を旅している内に指名手配犯になった。ミネアの占いの導きがあって、勇者達は道を間違えずに旅を出来る。物静かで何処かミステリアスな雰囲気を纏う少女で、浪費家マーニャの手綱を締めるために常識人になったようだが、所々世間知らずなお嬢様。



トルネコ
エンドールで財を築いた大商人。世界一の武器商人になるべく、妻に店を任せて各地を旅しているうちに勇者達と合流する。勇者しか装備出来ない天空の剣を求めているが、まだまだその道程は遠い。ポポロという一人息子がいる。奥さんはストーカーモドキがいる程に超絶美人。ノリが良く、網タイツを履こうとすることもある。





ソシャゲーでドラクエが新しくカードゲームを出すらしく、只今事前登録をするかで悩んでいます。あまりカードゲームが得意じゃないので、入れてもやらないような気がして・・・。でも、魔物だけじゃなくて人間も出てくるらしいからやってみたいんですよね。


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