アイドルマスターOG CINDERELLA XENOGLOSSIA 作:雨在新人
プロローグ 櫻井桃華ースカウト
「櫻井、桃華」
不意に聞こえた自分の名を呼ぶ声に、櫻井桃華は振り返った
逆光の中立ち尽くすのは、20代後半と思われる、異国の血が混じったろう深い彫りの顔立ちをした一人の男性。金の髪が、夕日を反射して輝く
家路へつく人々は多いけれども、まず間違いない、その名を呼んだのはその男だ。その証拠に、彼は桃華をじっと見つめている
人拐い、と少しだけ身構える桃華
男はそれに苦笑して、一枚の紙を胸から取り出した
「すまない。怪しいものじゃない」
「怪しい人は誰でもそう言いますわ」
目線を桃華から離さず、男は近付き……膝を折り、目線を合わせてから、紙を差し出した
「392プロダクション、第一アイドル課プロデューサー 神居
差し出された名刺には、そうあった
「いや、違う違う。カムイ・ナガセって読むんだ、これは」
良く間違えられるんだけどさ、とプロデューサーだという男は笑う
「ならば、きちんとルビを振るべきではありませんこと?」
「いや、こうして話の切っ掛けになる。だから、アイドルにならないか ……私にプロデュースされてくれないか?」
少しむくれる桃華に、男……ナガセPはそう笑い掛けた
「アイドルのスカウト
だから他の人とわたくしを見る目が違っていらしたのね」
少し機嫌良く、桃華は続ける
「わたくしをアイドルに……。
それは……この御時世にやることなのですの?」
「この御時世だからこそ、やることさ
こんな時代にこそ、アイドルは必要なんだ」
ナガセPの眼が、桃華の目を見据える
視線は逸らさず、嘘偽りなく心からそう言っていると、桃華には思えた
「熱意は分かりましたわ
けれど、わたくしの何処を見て、アイドルにしようと思ったんですの?」
小首を傾げ、素朴な疑問を桃華は投げ掛ける
「それは……何て言うかな……」
途端、こんな時代だというのにアイドルは必要だと力説した人間とは思えない程に、歯切れが悪くなる
「小さくて、可愛いから。後は勘。それじゃダメか?」
暫くしてナガセPから返ってきた答えは、そんな特別性も何もない、ありきたりな答えだった。これにオーディションであれば熱意を感じたを加えれば完璧に特に理由はないけれども決めた場合の誤魔化し
「可愛いなんて、誰にでも言ってるんじゃありませんこと?」
「この子をプロデュースすると決めた相手にしか言ってない」
「……何人ですの?」
「今居るアイドル+2人だから……12人目だ」
「二桁って……節操なしじゃありませんこと?」
「うちは弱小だから、オーディションもあまり来ない。自分から声を掛けに行かなきゃ輝かせるべきアイドルを集められない」
「だから仕方ないと言うんですの?」
白い目で、桃華はナガセPを見る
理解した。外見はカッコいいけれども、中身は残念な人だと
アイドルになってくれと言われて、少し嬉しかった。けれども、こんな答えは……
「他には?」
「無い。可愛いと思って、行けると感じたらスカウトする。私のスカウト基準はただそれだけさ」
……むかっと来た
「そこでその答えですの!?
アナタ、レディの扱いがなってませんわ
失礼な人ですわね……」
「すまない」
怒る桃華に対し、素直にナガセPは謝る
端から見れば、12歳の少女に怒られて、少女に目線を遇わせたまま怒られている20代の男。あまりにも情けない情景。それでも、彼は頭を下げた
「本当にわたくしをプロデュースする気があって?」
「当然だ」
キレ気味の桃華に対して、しっかりとナガセPは頷いた
「……やる気は、あるようですわね」
少し言い過ぎたかもしれない。トーンダウンしながら、桃華は考える
「これなら、これから良くなって……」
街全体に響き渡るけたたましいサイレンが、桃華のその声を遮った
「こんな話をしている場合じゃありませんわ」
慌てて駆け出そうとする桃華の手を、ナガセPが掴む
そのまま、桃華の体は道の端へと寄せられた
「アナタ、何を」
「この時間帯とこの場所……まず近くの
「なら」
「あのサイレンはラマリス出現のものだ。ならば、逆に人口密集地、シェルターから離れる事である程度の安全性を確保出来る」
ナガセPがさも当たり前の事のように言う事が、桃華には理解できなかった
「今、何と?」
「来るのがラマリスならば、シェルターに入れないならばシェルターから離れた方が生き残れるって話だ」
話しているうちに、周囲の道路からは多くの人が消えていた。警報を受けて、近くのシェルターへと避難しに行ったのだ
「これじゃ、シェルターが閉まってしまいますわよ」
「だから、シェルター行かない方が良いと言っただろう?
とはいえ、道路に居ては流石に邪魔か、仕方ない」
桃華の手を迷いなく引いて、男は近くの駅ビルへと入っていく
「ちょ、ちょっとアナタ」
「良いから来るんだ」
とりつくしまもなく、強引に手を引かれ、桃華が辿り着かされたのは駅ビルの7階、見晴らしの良いイベントスペース。けれども、今は誰もおらず、がらんとした場所。何らかのイベントをやっていたが避難したなんてことも無く、完全な空白
「ああ、普通のラマリスか」
窓の外を見て、ナガセPが呟く
それに釣られるように、桃華も外を見て……
「う、えぐっ」
吐き気が、した
其処には、名状しがたい生き物?が居た
紫色の、ほぼしゃれこうべという程に痩せこけ眼と歯の抜けきった人間の顔、に牙を幾つか付けたもの。敢えて表現するならば、こうなるだろうか。空虚な眼窩が、恐怖を誘う
そんな……顔だというのにその口で桃華を丸のみ出来るだろうほどに大きな化け物が何体も街を我が物顔で
「……何、ですの、これ……」
「言っただろう、ラマリスだ。気持ち悪いならば、外を見るな」
(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い)
けれども、桃華には不安があった
ナガセPは自信満々だけれども、本当に自分達は襲われないのか。その不安は全く拭えなかった
だから、顔を上げて……
ナガセPの言った通り、化け物達は駅ビルの前を素通りしていった。向かう方向は……
「
「人が集まる。負念も集まる。当然ながら、奴等はそれに群がる」
「そんな……」
ふと、ナガセPが遠く、左上の天井を見上げた
「この念……来たか」
「何が、ですの?」
「鋼の魂……救世主さ。大丈夫だ、逃げ遅れた彼等が食われる事はない」
無駄に信頼を寄せているように、ナガセPは頷く
「ですが」
「はっ?リュウ達が単なるラマリスごときに負ける?それこそ冗談
負けるわけが無い。だから……」
戦闘機のようなものが、高速で駅ビルの側を横切った
『コールドメタルナイーブ!……あれ?違ったっけ』
突然、ナガセPの胸元から、そんな声が響き渡った
「な、今度は何ですの!?」
「単なる通信。今通りすぎたR-1のを傍受した」
「犯罪ですわよ!」
「厳密に言えば、そうなんだけどな、少しだけ気になったんだ」
そう言って、彼は胸元の……小さな通信機のスイッチ落とす
「そう怯えなくて良い。もう終わる」
その声に、桃華はもう一度外を見る。窓の外は、様変わりしていた
スマートな、白いロボット。ちょっとずんぐりした、青いロボット。人型をしていない、赤いロボット
それらが、さも当然のことのように、化け物達を倒していた
白いロボットが、両手に持った銃?から弾を撃ち出す
青いロボットが、肩に背負った……巨大な何かから小さなビームの束?を撒き散らすように撃ち放つ
赤いロボットが、手にした長い砲身のビーム砲?から、一条のビームを放つ
それらが激突すると、化け物達は元々の苦悶の表情を変えること無く、されども消えていく
瞬く間に、街は平穏を取り戻していった。3分も、掛かっていなかっただろう。桃華はそれを、言葉もなく見守る事しか出来なかった
「さて、警報解除、死傷者ゼロ。ラマリス殲滅は終わったか」
ポケットからスマートフォンを取り出し、ナガセPがそんなことを言う
「死傷者ゼロ……」
ほっと息を吐き、胸を撫で下ろす桃華の目の前で、盾らしきものを機首に、戦闘機のような姿に変わった白いロボットが飛び去っていった
「さて、心配事が片付いた所で……」
ナガセPが切り出すのは、アイドルの話
「改めて
私にプロデュースされてくれませんか、レディ桃華」
片膝を付き、目線を合わせて、ナガセPが右手を差し出す
桃華はー
「アイドル……良いでしょう
わたくしがアイドルになって、アナタにはレディの正しい扱いというものを教えてあげますわ
アナタみたいな人の言うアイドル、気にもなりますし」
ゆっくりと、その手を取った