アイドルマスターOG CINDERELLA XENOGLOSSIA   作:雨在新人

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櫻井桃華ーアイドルの始まり

「お疲れ様、桃華」

 初めてのレッスンを終えたその時。櫻井桃華の耳に聞こえてきたのは、そんな声だった

 「初めてのレッスン、どうだった?」

 手にした白いタオルを、汗だくの桃華にかけながら、その青年……ナガセPはそう問い掛ける

 

 「どう……だったも……なにも……」

 息が切れて、まともに話せない。途切れ途切れながらも、桃華は言葉を続ける

 「見て、解りません……の?」

 「知ってるよ。ただ、意気込みを聞きたかっただけ、さ」

 桃華の首に、不意に何かが触れる

 手にしたハンカチで、ナガセPは桃華の首筋の汗を吹きながら、そう答える

 「思ったより、ハードですわね……」

 初めてだからまだ軽いというレッスンで切れた息を何とか整え、掛けられたタオルに顔を埋めながら、桃華は呟いた

 「やっぱり止めたくなったか?」

 「冗談、ですわ……!

 ここでやっぱり無理なんて、逃げじゃありませんの。わたくし、逃げることは嫌いですわ」

 「その息。その向上心は、きっと桃華を輝かせる」

 「キザな事言いますのね

 けど、何も言わずにタオルを頭に被せるだけなんて、レディへの扱いとは思えませんわ」

 それでも、桃華はPに不満を言う

 けれども、汗だくになるまでしごかれた身には、タオルをくれたことは確かに有り難くて、嬉しくて

 「それは申し訳ありません、レディ」

 それを受けて、少しいたずらっぽく、口調まで変えてナガセPは笑う

 「それでは、レディの扱い方を御教授願いたく」

 「全く……。レディは疲れているのですのよ?優しい言葉をかけて、手渡しが相応しいのではなくて?

 少なくとも、突然かけられたら喜びより先に困惑してしまいますわ」

 少しだけ得意気に、桃華はそう告げた

 「こんな調子では他のアイドルにも、困惑されたのではなくて?」

 「そうだね。少し行動を14歳組に寄せすぎた気がする」

 「14歳組?」

 「幸子と飛鳥の事さ。二人とも、何か言う前に被せてしまうのが、一番大人しく受け取ってくれるものだから」

 「そうなんですの?」

 「幸子はまずは褒めて欲しがるし、飛鳥は楽勝だった雰囲気を出したがる

 結果的に、その会話に時間を取られて渡せるのが遅くなってしまう。それじゃあ、汗を吹くのが遅くなってしまうだろう?

 その点、被せてしまえば大人しく直ぐに使うからね

 だからひょっとして、とその対応を使ってしまった訳さ。すまなかった、桃華」

 大人しく、そして真剣に、ナガセPは頭を下げる。8歳年下の少女に向けて

 「全く、軽々しく頭を下げるものではありませんわよ」

 「謝罪は誠意を込めて。昔の癖でね

 ああ、桃華」

 桃華は、言葉と共にナガセPが差し出したものを見る

 今度はしっかりと目を見て渡そうとされたそれは……小さな鍵、だった

 「プロデューサー?これは何ですの?」

 「シャワールームの鍵。大分汗をかいているし、使うかと思ってね

 ああ、安心してくれて良い。タオルは充分に用意されているよ。着替えは……無いけれどもね」

 「こじんまりした場所の割に、それはあるんですのね……」

 少し呆れたように、桃華は呟いた

 「まあ、私は此処に住んでいるからね」

 「へ?」

 思わぬ言葉に、桃華は返す言葉に詰まる

 「元々夏場はアイドルに必要だろうと思って工事通したのだけれども、想像以上に上出来でね。ならばもう、住んでしまえば居住費浮くじゃないかと」

 「バカが、バカが居ますわ!」

 確かに、汗を流せるのは助かる話

 言われた通りシャワールームに向かいながら、桃華は叫んだ

 

 「それにしても、ですわ

 最初のレッスンで、良く分からないことを言われましたの。声の震えがどうとか」

 「……成程」

 それから30分後くらい経った頃。シャワーを終え、桃華とナガセPは、二階の部屋に居た

 昼ではあるけれども、食堂ではない。そもそも、この392プロダクションにそんなものは無い。「アイドル達は好きに色々と持ってくるからね。多くもないスタッフの為だけに、シェフを雇うのは無駄じゃないかな?既婚者スタッフは、愛妻弁当を持ち込んだりもするしね」と、無いのかと尋ねた桃華にナガセPは返していた

 「琴歌」

 一言、桃華の話を受けてナガセPが呼ぶ

 「プロデューサー様?御用がおありですか?」

 その声を受けて、顔を出したのは淡い髪の少女で……桃華の知り合い

 「西園寺様?」

 「あっ、桃華ちゃん」

 西園寺琴歌。西園寺……名前が時々で変わるので、桃華も把握はしていないが、業界では西園寺キングダムと言われる巨大ホールディングスの経営者の娘。櫻井財団の娘として父に連れられたパーティーで桃華が出会ったことがある、生粋のお嬢様。けれども、そんな桃華からしても上の人である事を感じさせず、まだ女の子だから、とフランクに接してくれる、気の良い女性

 「アイドル初めで良く躓く事に、桃華も引っ掛かったらしくてね」

 「まあ、それでは……何時もの洗礼で、あのからおけというものに行くのですか?」

 プロデューサーの言葉に、琴歌が問い掛ける。首を傾げはしないが、その髪は揺れる

 「その際、やはり男一人では説明しきれ無い事もと思い」

 「プロデューサー様、今回は私を誘ってくださっていますのですか?」

 「当然。どうですか?」

 「ええ。勿論ご一緒させて戴きますわ」

 ぱあっと、顔を明るくして、琴歌はナガセPの誘いに応えた

 「なんですの、いきなり……」

 置いていかれた桃華は、そう溜め息を付いた

 

 桃華が連れてこられたのは、駅前にあるカラオケという施設だった

 当然ながら、入ったことはない。クラスメイトが両親に連れられて行ったことがあると聞いたことがあるくらいだ

 「西園寺様、此処はどういうものなのですの?」

 だから、ナガセPが色々と受付している間に、桃華はソファーに座り、横に座った琴歌に声を掛けた

 「私も一度プロデューサー様に連れていって貰ったのみなので、詳しくは答えられませんが……

 桃華ちゃんにも分かるように言うのであれば、様々な歌を歌える場所、でしょうか」

 少しだけ悩むように、琴歌はそう告げる

 「歌を歌う所?それが、プロデューサーが並んで受付しなければならないほどに売り上げが出るんですの?」

 桃華の脳裏に浮かぶのは、今日の午前中の光景。歌の初期レッスンという名の、まだまだ辛い時間。だから今は、歌う事が、そんなに楽しいなんて……と思ってしまう

 「二人とも、一応部屋は取ったよ」

 黒いプレートを振り、手続きを終えたナガセPがやって来る

 「プロデューサー、此処はそんなに人気が出るような施設ですの?」

 「やってみれば分かるさ」

 

 ナガセPに連れられ、小さな部屋に入る

 「……小さいですわね」

 「そりゃ、小さいよ。一時過ごす場所でしかないんだから」

 慣れた手付きで、ナガセPはその部屋に置かれていた機械を弄る

 何も分からない桃華は、それを大人しく見ているしか無かった

 「本当に、わたくしの疑問への答えが此処に有るんですの」

 やっぱり、分からない

 「あるさ。実演するのが一番早いから、此処に来た

 来たかっただけという話も、無くはないけれどもね」

 ピッという軽い電子音と共に、伴奏が流れ出す

 知らない曲。少なくとも、桃華は聞いたことがない

 「知らない曲を聞いて、意味なんて有るんですの?」

 「知らない曲だから、意味があるのさ」

 言うと、ナガセPはマイクを取る

 「マイク?聞くのでは、ありませんの?」

 「桃華ちゃん、カラオケは、他の皆様の歌を、時間の許す限り歌える場所ですわ」

 「そんな場所が……

 伴奏に合わせ、ナガセPが歌い出す

 綺麗な、歌声だと、桃華には思えた

 

 3分と少し。ナガセPが、歌い終える

 「格好良い、歌ですのね」

 桃華は、やっぱり知らない。けれども、ナガセPは歌い慣れているんだろうな、という感想になる

 素直に、上手いと思った。格好いい、と。こういう風に歌えたら、気持ちいいんだろうな、とも

 「そうだろう?」

 どこか得意気に、ナガセPはそう答える

 再度、同じ伴奏が流れ出す

 「?もう一度、ですの?」

 「それはもう。実演と言ったはず

 聞き比べなければ、実演も何もない」

 そう告げて、ナガセPはもう一度同じ曲を歌い始める。より力強く、より格好良く、心に響くように

 それは、桃華でも、もし男性なら心踊らせてただろうと思えるようで……

 「『ヒュッケバイン Mk-Ⅱッ!』」

 歌い終わる

 

 「……格好いい……ですわ」

 「そう。きっと桃華の歌いかたも後者なんだろう

 後者のほうが、上手いと思っただろう」

 けれど、とナガセPが目配せする

 「桃華ちゃん、実はからおけには、採点モードというのがあるようで」

 と、琴歌が一つの画面を見せる

 桃華でも一目見てわかるそれは、やはりあの二回の歌の採点表で……

 「最初の方が、高い……ですの?」

 一回目、96点。二回目、84点。明らかに、一度目の方が高評価であった

 「そう。あの歌いかたは確かに格好良い

 けれども、音程がブレるんだ」

 音程判定を、ナガセPの言葉に合わせて、琴歌が表示する

 前者は外れている部分がほぼ無いのに対し、後者はたまに外れる。変わらないはずの所で音程が飛んでたりする

 「しっかり歌おうと思えば思うほど、こうなりがち

 ライヴでならそれで良いさ。一期一会、その時を盛大に盛り上げるべき。それこそ、最悪歌詞取り違えて二番のサビで一番歌おうが、盛り上がれば良い訳さ」

 「けれども、それは一期一会の盛り上げるべきところだから。普段は前者じゃなければいけないと、そう言いたいのですの?」

 比べてみれば、確かにその通り。けれども、桃華には、少し納得がいかなかった

 「そういうこと」

 「プロデューサー様、私もやって構いませんか?」

 「当然。昼から空きだからフリータイム。夜までずっと居られる」

 「それでは、私は……ええっと、操作はどのように……」

 装置を受け取り、琴歌が真剣な顔で悩み始める

 「……良いんですの?」

 「何も考えず、思い切り歌う

 良いストレス解消になるはずさ」

 ナガセPは、ニヤリと笑った




歌詞使用楽曲
Vanishing Trooper(影山ヒロノブ)

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