アイドルマスターOG CINDERELLA XENOGLOSSIA 作:雨在新人
「あの、プロデューサー?」
正門の先に、巨大な……それこそ自分よりも背の高いだろう土瓶を見付け、高垣楓は、傍らに立つ年上に見えるけれども年下の青年に声を掛けた
「本当に、此処ですか?流石に」
「これ以上は、よそうかい」
けれども、言葉を紡ぎきる前に、楓の声は切られる
「予想外、ふふっ。プロデューサー、ネタを取るのは、マナー違反ですよ?」
「すいません。けれども、少しは緊張、解れました?」
「ふふっ。大丈夫です、プロデューサー
けれども、本当に?」
尚も問い掛ける楓に、少しだけ悪戯っぽく、正装した青年は笑う
「ええ。呑みに行きましょうと言う楓さんに言ったはず
……しっかりとした服装が必要ですが、その分今日は好きなだけ高いお酒を呑ませてあげますよ、と
頷いたのは、楓さんでしょう?」
その場所の偉容を気にもとめず、ナガセPはそう告げた
まるで、この場所を既に知っているかのように
車で出てきて、一時間以上。東京のど真ん中だというのに、異世界かと思わせる偉容。敷地や門からして、完全に街中とは思えない。だが、プロデューサーは酒が呑める場だと言う。即ち……どう考えても一見さん御断りでも可笑しくないランクの料亭。少なくとも、このプロデューサーの月給では、一度の食事で全体の1/4は飛ぶのではないかという、明らかに自分達が場違いに思える、そんな場
「まあ、此処を指定したのは、先方だけれども、ね」
「先方?プロデューサー、ひょっとして営業ですか?」
「いえ、単なる……保護者面談、かな」
言うと、ナガセPは迷わず、門の中に足を踏み入れる
慌てて、楓もそれに続いた
そして、10分後
サイオンジ、という不吉な言葉通り、楓とナガセPの前には、一人の初老の男性が座っていた
西園寺
「……久しいな、
響かせるのは、当然のように重く、低い音
「はい、お久し振りです、西園寺様
琴歌から伝言を受けた通り、参りました」
下の名で呼ばれた事から見て知り合いだったの、と楓はそんな事を考えて現実逃避する
「そして、その横に居るのが」
「高垣楓、現状では家の絶対的なエースです、西園寺様
……連れてくると、言っていたはずですが」
「ああ、分かっているとも
ただ、意外に思っただけだ。貴様がアイドルを連れてくると言ったら、あの少女かと思うだろう?」
その言葉で、楓の脳裏に浮かび上がるのは、何時も和装をしている印象のある一人の少女、依田芳乃。その口振りから、多分芳乃ちゃんを連れて会ったことがあるんだろうと推測は立つ。392プロダクションが弱小ながらもやっていけている理由は、ひとえに西園寺という巨大な傘があるからだ、というのも言われているし、有り得ない話でもない
「今日は、また別の用事だと理解したので」
「……然り」
鋭い老成した瞳が、楓を見据える
思わず、楓の体にも緊張が走る、走らざるをえない
「あ、あの、プロデューサー?」
「歌え」
静かに、そうその男は告げた
「楓さん。心配なんですよ、私が娘を預けるに足りるプロデューサーなのか
だから、エースが居るということで、その力を見たいと思った。それだけの事だと」
ナガセPの言葉に、ゆっくりと西園寺も首を縦に振る
「でも、良いんですか?」
「……アカペラで構いません、楓さん
それに……」
通された座敷から、ナガセPは辺りを見渡す
正に異空間な、威厳ある店
「その事程度、前もって店の許可くらい、あるのでしょう?」
けれども、他の灯りはあくまでも庭を照らすのみ。動いている座敷はただ一つ。他の客なんて、今は居ない
「最初のアイドルだというあの少女だと思っていたが、エースならそれで構わん」
僅かに、男の口元がつり上がった
「楓さん、大丈夫です」
「……」
僅かに、楓は横の青年を見る
緊張しない訳はない、ナガセPは、詳しくは語ってくれなかったから
けれども、彼はそう告げる
「楓さんならば出来ます」
「けれど」
「アイドル、高垣楓ファン一号の言葉くらい、少しは信頼して下さい」
その言葉に、楓は一度深呼吸する
その言葉は、かつての楓をスカウトする際にも、ナガセPが言った言葉だったから
懐かしい気持ちになって、やってみようという思いが、湧いてくる
「……では」
意を決して、楓は口を開く
静かな夜を震わせ、その歌声はどこまでも澄んで響き渡った
「……」
誰も、何も口を開かない。静かに目を閉じて歌声を聴いていた西園寺の男も、横で邪魔しないようにしていたナガセPも、座敷の外で待機していた料亭の従業員達も、勿論全力で歌いきった楓も
まるで、時間が止まったかのような、永遠にも感じられて、けれども実際には数秒だろう瞬間
それを破ったのも、やはり西園寺だった。突如鳴り響く手の音が、静寂を消し去る
「成程、成程……良い歌だ」
目を開かず、けれども頷いて、この場を支配する男は拍手の音を鳴らす
ぱらぱらと、それに合わせるように従業員達の手からも拍手が溢れてゆく
「CDを買ってくれると、」
「悪いな、……高垣だったか?」
「はい、392プロダクション所属、高垣楓です」
答える楓に、厳つさと威厳は崩さず、けれども男は笑いかけた
「アイドルの娘を持つ父親として、娘のCDより先に他人のCDを買う訳にもいかないだろう?」