アイドルマスターOG CINDERELLA XENOGLOSSIA 作:雨在新人
「お疲れ様です、楓さん」
そう言って、ナガセPが392プロダクションへと戻ってきたのは時計の針が8時を回り、付近で警報があった事によりスケジュールが遅れ本来の予定より一時間の延長があったものの6時に全体練習を終えた皆が既に寮へと帰った後の事だった
「プロデューサーこそ、お疲れ様です
「残念ながら。警報時には安全な場所に居たので、全くもって逃げ惑っててませんよ
そちらは?警報範囲からはギリギリ外れていたとは思いますが」
何ら連絡をしなかった時点で、全滅したか何も起きなかったか。それは分かっているだろうが、特に異常の無い周囲を見回しながらナガセPはそう問い掛けてきた
「地下シェルターに行ってみてはしゃいでたくらい、ですね」
「近くの地下シェルター、は無しですよ楓さん
まあ、はしゃいでいる元気がある分には良いけれども」
392プロダクション二階のボードを軽く見て、ナガセPは笑った
ボードに掛かっているのは楓を現す一枚だけ。他は皆既に帰った事を示している
「帰りは?」
「菜々さんと、ちひろさんが送っていきました」
「……自分も17歳の割に、こういうときはリーダーシップ発揮するものめすね」
まあ、自称17だけれども、と軽くナガセPは顔を崩す
「藍子ちゃんは?」
「とりあえず警報解除後に無事なのを見付けたので、先に寮に送っておきました。傷は……瓦礫に挟まれた猫を助けようとして引っ掛かれたくらいなので特に問題は無し」
その言葉に、楓はほっと息を吐く
……警報解除後、普通に電話が繋がったから無事なのは知っていた。けれども、実際に見た人から聞かなければ、もしかしたら元気なのは声だけでという不安が拭えなくて
「それで、楓さんは代表として私を待っていた、という事で?」
既に片付けは終わっている部屋の電気を落とし、鍵を掛けながらナガセPは問い掛ける。眼は閉める扉へと向き、ふと問い掛けてみた、程度の軽さで
「はい。最初のアイドルとして。それに、プロデューサー」
少しだけ責めるようにその顔を見上げ、楓は続けた
「お酒。付き合ってくれると言ったのに、酷かったじゃないですか」
「ああ、あれは……」
数日前を思い出すように、ナガセPの唇が歪む
「味は良かったでしょう?」
「それが、緊張してしまって……」
「慣れればそんなことも無いんですがね
案外、話の分かる人ですよ、西園寺様」
「慣れた人になれないと無理です」
そんな楓に、鍵を人指し指でくるくると回しながら仕舞い込みつつ、ナガセPは苦笑する
「……それもそうだ
じゃあ、あの店で良いですか?」
「ええ」
楓は、少しだけ顔を綻ばせて頷いた
共に階段を降りる
「酔い潰れないで下さいよ、案外運ぶのは面倒なので
あと、最初のアイドルはヨシノ様、ですよ楓さん
まあ、事業縮小で潰された346第四芸能課を再編して家として立ち上げたのもヨシノ様なので、スカウトしたのは……というのはそうかもしれませんが」
ナガセPが開いた扉を潜り、店内へと足を踏み入れる
不安はあったけれども、今日の警報案件でも特に壊れてはおらず。逞しい商魂でもって店主は小さな酒場を開いていた
店主の趣味か、店内に流れる音楽はオルゴール。シックな内装のカウンターしかない、縦長の店。50代で多少白髪混じりの男が一人、そのカウンターで少ない客を待つ。警報当日という事もあってか、店内にはたった一人しか客の姿は無い
「いらっしゃい、御二人さん。随分と久しぶりだ」
楓達の姿を見付け、店主がそう呟いた
「何時ものかい?」
二人が近くの席を選ぶのを待って、店主が問い掛ける
「それが、最近二十歳を越えてね。飲めるようになった訳だ
オススメを」
楓の為に引いた席を戻しながら、ナガセPも応じる
「楓さんは?奢りますよ」
「プロデューサー」
「奢りますよというのは無しですよ楓さん
まあ、楓さんの方が稼いでいるというのは事実ですが、プライドの問題です。アイドルに奢られるプロデューサーってものは、どうにも情けないでしょう?」
「では、割り勘で
マスター、私もプロデューサーと同じものを」
変な所で何時も律儀なナガセPに、そう楓は笑いかけた
少ししして、ことりと軽い音と共に、一つのカップが置かれた。白い陶器のカップ。その中には、湯気をたてた白い液体が入っている
ホットミルク。ある意味思い出の飲み物
「サービスだ。御二人さんといえばこいつだろう?」
少しだけ悪戯っぽく、店主は唇を釣り上げた
ーーー(二年前)ーーー
沈んだ気分で少しずつ嘗めるように酒を味わう楓の前に、ことり、と軽い音をたてて楓の前にカップが置かれる。その中には、湯気をたてた白い液体が入っていた
……こんなもの、頼んでいない
少しだけ酔った頭で、けれどもそれは分かっていて、重い頭で楓はそれを置いた店主の方へと頭を上げた
「向こうのお客様からです。何でも、沈んだ時は温かいもの、だそうで」
青春だねぇ、とニヤリとした笑みを浮かべながら、店主は手に持って吹いていたグラスを軽く傾け、カウンター奥を示す
一人の男性が、マグカップを傾けていた。年の頃は楓と同じくらいだろうか。いや、もっと上かもしれない少しだけくすんだ金髪の青年。顔立ちは……少し怖くて好みが分かれるだろうけれども、悪くない。イメージとしては王子様というよりは将軍だろうか
下心でもあるのだろうか。けれども、ならば酔わないだろうものをわざわざ頼むだろうか
少しだけ考えて、楓は大人しく好意に甘える事にした
置かれたカップに口を付ける。温かく甘いミルクの香りが鼻を抜けた
ホットミルク。恐らくは蜂蜜等で甘くしたもの
温かなカップは手を
「落ち着きましたか?」
楓が一息ついた所で店主に一礼して、ミルクを贈った青年が一つ席を開けて横に座り直す
「お礼は要りませんよ。半分くらいエゴなので」
「狼さんになりたいんですか?」
「
少しだけ憂いを混ぜた笑みを、その青年は浮かべた
「そんな勇気があれば、彼女くらい出来てますよ」
「あら」
「まあ、それはもう雪の妖精のように可愛い幼馴染は居ましたがね
結局告白する勇気が無かった、そんな程度の人間です。単純に、貴女みたいに可愛らしい人が沈んでると、自分もモヤモヤするってだけの事ですよ」
自嘲するように、けれども懐かしむように。判断のつかない顔で、青年はそう呟いた
「そんな貴方は」
「魔法使いさ。大切な何かを護れなかった出来損ないの、な」
呟き、ふと青年は何かに気が付いたように表情を取り繕う
「まあ、冗談です
そちらも、話して貰えませんか?何故沈んでいたのか。私は言った通り魔法使いなので、手助け出来るかもしれません」
自称魔法使いな青年の瞳が楓を見据える
「まあ、シンデレラの魔法使いの中では小者、出来ることには限りがありますが」
そう、青年は茶化す。真面目な雰囲気を和ませるように
ホットミルクで気を良くしたからだろうか、それとも、これも魔法か、不思議と話しても良いかという気分で、楓は今日の事を語り始めた
「……そう、ですか」
聞き終えて、青年は瞳を閉じる。何かを思案するように、その頭が僅かに下に傾く
語ってしまった。アイドルをやりたいと、何かを初めて強く願った事。その想いを堪えずに、アイドル部門に出向いた事
そして、事業縮小中の此処にそんな余裕は無いと、何も出来ずに門前払いされたこと
共有すれば悲しみは薄れるとも言うけれども、そんな事は無くて
「それは良かった」
その言葉に、楓は固まった
言われた事が、理解出来ずに
気が付いた時には、カウンターに置いた楓の手の平に、一枚の紙が乗せられていた
「今日、貴女に会えて良かった。言ったでしょう、私はシンデレラの魔法使い。貴方に魔法をかけることが出来る」
紙は名刺だ
刻まれた文字は……392プロダクション、第一
「貴方、は?」
「文字通り、貴女に魔法をかける魔法使いですよ、シンデレラ
貴女に魔法をかけさせてくれませんか?」
「……あの、本当に?」
あまりにも出来すぎた成り行きに、楓は疑問を抱く
今までの全てが嘘なのではないかと。彼は詐欺師かもしれないと
「本気さ
貴女はアイドルたろうと動いた。誰に言われる事も無く、自分でそうあろうと
充分。強い願い、それ以上のアイドルの資質など、ある訳も無いさ」
「オーディション、とか」
「必要ない。こんな時代だからこそ輝く希望の光、貴女はそれを見せてくれた
ただ……」
似合わない笑みを、青年……ナガセPは浮かべた
「それでは何処か詐欺っぽくて不安だというならば、オーディションをしましょうか
マスター、歌は?」
「かまいませんよ」
オルゴールの音が止まる。客は他に一人、殆ど動きもなく、回りは静まり返る
ナガセPが、一つの音楽プレイヤーを差し出した
一つの曲が、其処には表示されている。知らない歌だ
「……顔などは一切問題なし。ということで、30分後にこの曲を歌って貰います
どれだけ歌えるか、それがオーディションです。まあ、形式的なものですが」
そうして、35分後
店は、三人分の拍手で埋め尽くされていた
「……まさか、ね
文句無しも良いところ」
人の悪い笑みを抑えきれず、拍手を止めずにナガセPは告げた
透明な歌声で紡がれた、星に託した何処か寂しげな雰囲気のラブソング。それが、課題曲だった
聞いたことは無い。知らない。その曲をたった三十分聞いて、楓は歌いきってみせたのだ
「知らない曲、ですね」
「それはそうですよ。知っていても困る。少しだけ話した幼馴染の歌ですからね
電話越しに、アーニャが書いた思いを元にした歌が出来たって喜んで歌ってくれた日の星空を、久しぶりに思い出しました」
「その、幼馴染さんは」
聞いた瞬間、楓はしまったと思った
答えは決まりきっていたから
「『もっと輝きで 奇跡が起きるの』
真実に出来れば、どんなに良かったか
死んだ。半年前に、妖機人に襲われて。俺に、
敬語っぽい口調は剥がれ、歌の一節を引用し、奥歯を噛み締めて青年は呟いた
「情けない話さ。アーニャを、皆を護りたいと軍学校まで出ておいて、肝心な時に何時もこの手は遠くて届かない
だから、今度こそ喪わない為に。輝きを護り育てる為に、プロデューサーを目指した訳です
……すみません。此方の愚痴まで話してしまって」
けれども、一瞬後には青年は再び敬語の仮面を被り、さっきの調子で頭を下げる。良く見ると金の光の中に極々僅かに白髪の混じった髪が揺れた
「話を戻しますが、文句無し。寧ろ門前払いした側に同情します」
「ふふっ、それは良かった」
柔らかに、楓は微笑んだ
……30分の間に、歌を聞きながらネットで調べはついていた
392プロダクション。そのアイドルプロダクションは、確かに存在していた。存在しているだけだったけれども
「……調べていたので分かるとは思いますが家は弱小です
努力はしますが、他の場所の方が待遇は良いかもしれません。大手の346だって、貴女ならばと数日後には掌を返すかもしれない
貴女の翼は、きっと何処ででも羽ばたける程に強い。正直な話、家である必要はありません」
それでも、と楓の片目と似た色の瞳が楓を見詰める
「それでも、貴女の輝きを、私に……俺に預けてはくれませんか?」
楓に迷いは無かった
詐欺でないならば、本気ならば。貴女にはアイドルの資質があると心から言ってくれた彼が、一番だと思えたから
「ふふっ、宜しくお願いしますね、プロデューサー。私は」
「流石に知っていますよ。有名人ですからね、高垣楓さん」
「知ってました?」
「まあ。346プロダクションと契約した人気モデル、高垣楓。それがアイドルをやるというだけでも話題にはなりますし、歌が例え残念だったとしても採用するに足りる理由にはなります。それを理由にしたくなかったので、言いませんでしたが
貴女が高垣楓で無くても、あの思いだけで充分ですし、ね」
「ふふっ。嬉しい事を言ってくれますね、プロデューサー。頬が熟れます
じゃあ、記念に飲みましょう」
少しだけ頬赤く、楓はそう告げ
「……それは」
なんとも言えない表情で、楓のプロデューサーとなった青年は固まる
「なんというか……」
暫くして、言いにくそうに青年は答えた
「実は今年18歳なので」
と
ーーー(現代)ーーー
「ふふっ、あの時のプロデューサー、キザっぽかったですね」
「アーニャは素直にカッコいいと喜んでくれてたので、少し格好付ける癖があったんですよ」
「今でもたまに
「きっと、346が数日後に話を持ってきましたね
業界の方で、にわかに持ち上がって即座に立ち消えたプロジェクトの話を聞きましたから」
「プロデューサーが言っていた通りですね」
「大手の方が良かったですか?」
二年近くを経ても、392プロダクションに飛躍は無い。新興ながら珍しく生き残っているし、アイドルも増え潰れかけでは無くなったとはいえ、大手には届かない。高垣楓という絶対的エースを擁しながらも中堅と言えるかどうか。仕事だって、時間的な空き枠はまだまだ多い
「後悔はありませんよ、プロデューサー」
「そう言ってくれると助かります」
二人の前に、静かにグラスが置かれた
中には、黄金に近い色の液体が揺れる
「では、楓さん」
ナガセPがグラスを持つのに合わせ、楓もグラスを手に取る
「今日の皆の無事を祝い」
「これからの大仕事の成功と」
「この先の皆の無事と」
「飛躍を
「「乾杯」」
二つのグラスが打ち合わされ、軽い音をたてた