アイドルマスターOG CINDERELLA XENOGLOSSIA 作:雨在新人
駅ビルから、大体徒歩12分。割と遠い場所に、その背のあまり高くない5階建てのビルはあった
392プロダクション。相次ぐ戦乱による需要の低下を受け縮小された娯楽産業、その煽りと恩恵を受け、弱小から成長出来ないながらもライバルの少なさから吸収や廃業を免れている、小さなアイドルプロダクション
桃華は、そのビルの前に立っていた。両親には既に連絡してある。警報があった事を聞いてメールを寄越してきた両親に、その際にお世話になりましたので、話を聞くことにしましたわと返信しておいたのだ
「家より小さいですわね」
「……これでも、大きくなった方なんだ。最初なんて、別のビルの一フロアでやってたんだから」
言いながら、ナガセPが社員証のようなものを扉の横の端末に翳す
ピッと軽い電子音と共に、ガラス張りの扉が開き、涼しい空気が漏れ出してくる
一階は普通にエントランスホールのような広い場所、特徴的なものは無く、受付と、その横には二人並べば一杯な幅の階段とあまり大きくないエレベーター、そして来客が待つ用だろうソファーが2つにテーブルが1つ、雰囲気作りの為に飾られた植物の鉢植えに骨董品。それだけしかない。少しがらんとした印象を受けるエントランスだ
受付に居るのは、少し疲れた顔の女性事務員、年は30代後半ほどだろうか。額に寄る皺がなければもう少し若く見えるだろうし、実際は30歳くらいなのだろうと当たりを付けられる
「お疲れ様です、星野さん」
「お疲れさん、神居P」
桃華の手を引きながら、受付を通り過ぎる際にナガセPは軽く挨拶を交わす
「で、そちらの可愛い御嬢さんは」
目敏く桃華の姿を確認し、受付の人が目を光らせて問う
「櫻井桃華、12歳ですわ」
失礼に当たらないように桃華は軽く頭を下げて会釈する。その邪魔にならないように、一時、ナガセPの手は離された
「ホント、良さげな子ばっかり引っ掛けてくるねぇ、神居Pは」
じゅるり、と唾を呑み込む音がした
「同じ女性だからと言って、一線を越えて許されるわけでも無い。そこの所の自制はお願いしますよ、星野さん
私としても、流石に同僚の女性を犯罪者として警察に突き出したくはないので。スキャンダルにもなりますし」
「それは解っているともさ、神居P。此方としては、男性なキミの方がスキャンダルの的になりそうだと言いたいけど」
「アイドルが恋愛なり結婚なりしてはいけないとは思ってない。恋は、やはり人を輝かせる。恋することは良いことだ。止める気はない、ゴシップに気を付け、本気で臨むならば恋愛大いに結構
それはそれとして、幾ら可愛いからといって担当するアイドルをそういった目で見……るのは最悪仕方ないとして、あまつさえ手を出すPは、最低だと私は思うよ。私は、最低のPになる気はないさ」
「あれだけの逸材を口説いてきていてそれとは、枯れてる意見だね。好きな人とか、居なかったのかい」
「居たよ。通説通り、初恋は実らなかったけれど」
「にしても、仕事の方面でもアイドルと同じように、逸材を見付けてくる眼があればね……」
「と、言われても。アレばかりは、弱小の辛い所というもの。どうにもこうにも、足元を見られることも多い。都合の良い仕事だけを受けてては立ち行かないが、足元を見られてもホイホイ受けていては改善しない」
「仕事といえば、346から彼女を引き取りたいという話がまた来た。
「またか。引き抜くなら本人を自力で口説いてくれと何度も言っているのに。まあ、酒の席で愚痴にでも付き合ってくるさ。少しはマシになるだろう
それじゃあ、桃華にプロダクションを紹介しないといけないのでこれで」
良く知らない桃華が全く入り込めない感じで軽口を叩きあい終え、ナガセPは再度桃華の手を取る
「2階がアイドル達の溜まり場で、3、4階がレッスンスペースと物置、5階が事務室。きっとちひろさんが少し荒れている、5階へは近付かず2階に行こうか
やっぱり、一緒にトップアイドルを目指すかもしれない人達が、一番知りたいだろう?」
「まあ、そうですわね」
階段を登り、2階にあるたった一つの扉の前に立つ
「これは何ですの?」
扉の前には、一枚のボードが掛けてあった
不思議な……良く言えば個性的な、悪く言うとまとまりの無い絵のプレートが6枚ほど、そのボードには掛けられている。けれども、そのうち一枚は裏向きであり、何が書いてあるかは分からない
「これか。これは……」
ナガセPは、その裏向きにされたボードを表返えしながら言う
「
「ワケが、分かりませんわ」
「まあ、正直な所、出欠表みたいなものだ
プレートが無ければ居ない。あれば今居る。裏返っていれば来たけれども用事で出掛けている、をそれぞれ示している」
「つまり、プロデューサーのものを含めて6枚だから、5人今居るって事ですの?」
「事務員のちひろさんの分もあるから、4人だ
名前は言えるけれども、会った方が早いか」
言って、ナガセPは鍵の掛かっていない部屋の扉を開けた
途端
「闇に飲まれよ!」
そんなワケわからない言葉が、桃華の耳に飛び込んできたのだった……
しかし
「闇に飲まれよ、
さもそれが当然の話であるかのように、当たり前に似た言葉でナガセPは返す
「それは必然。星空は闇夜を照らし、迷える子羊を導くだろう」
自慢げに胸を張って、扉の前で待っていたのだろう桃華より年上だろう銀髪の少女が、ワケわからない言葉を続ける
「ミサの時は近い、月がそのアギトを開く時、幕は上がるだろう。
「案ずるな、我が友よ。我が闇の力は絶大、空の半月が姿を変える時までには、我が身は覚醒魔王へと転生するだろう。そう、我が魂の赴くままに……」
「あのー、プロデューサーさん?ボクの事の放っておくなんて、良い度胸ですね!というか、横の子完全に引いちゃってますよ、どうするんですか!」
怪しげな儀式を計画しているようにしか聞こえない会話の中に、まともな声が割り込んできた
「ああ、すまない桃華。スイッチが入ると、ついな」
「言霊の繰りようもない……」
その言葉で桃華の存在を思い出したのか、二人?が謝ってくる。少女の方は、相変わらずの調子だけれども
「全く……ボクが気付いて止めたから良いものの、折角の新人に逃げられてたらどうするつもりだったんですか、プロデューサーさん!」
フフーンと得意気に、桃華の視界に飛び込んできたのは、銀髪の少女より小柄だろう、外はねした髪が特徴的なもう一人の少女だった
「……そうだな。この事務所にいない人にとっては、ワケが分からない会話か……」
「カワイイボクが居て良かったですね」
「ああ、そうだな
……ということで、多分付いていけなかったという事は知らないだろうし、紹介しようか」
珍しい淡い桜色に近い髪の少女との会話を終え、ナガセPは桃華に向き直る
「ゴスロリの方が、家のアイドルの一人、神崎蘭子」
「我が名は
「……これは分かりやすいな。私に才能を見出だされたアイドル、神崎蘭子と自己紹介してるだけだ」
「……さっきのは?」
「普通の会話だよ」
幸子、とナガセPは目配せをする
「蘭子さんに普通の言葉をやらせるのもキャラ崩壊ですし、やってあげましょう!ボクがノリ良くて良かったですね」
「ということで、ちょっと翻訳版を演じてみるが、よく分かると思う」
「『お疲れ様です!』」
「『お疲れ様、蘭子。レッスンは上手くいったんだろう?』」
「『はい!今ならファンの皆さんにもキラキラを見せられそうです』」
「『元満月の15日にはライブ本番だが、蘭子……』」
「『大丈夫ですプロデューサーさん!最高のパフォーマンスでファンの皆さんを迎えてみせます。これからも頑張ります!』」
「……と、そんな会話だった訳だ」
と、演技を終え、ナガセPは言った
「そんな意訳、分かりませんわ!
……けど、案外普通の会話だったんですのね……」
「まあまあ、新人さん。そのうち慣れます」
「と、いうことで。今の茶番に付き合ってくれたのがやはり家のアイドルで
「フフーン!」
ナガセPの言葉を受け、再度少女が自慢げにあまりない胸を張る
「ボクは幸子、世界で一番カワイイアイドル、輿水幸子です!
新人さんも流石はボクを
「それで、蘭子、幸子。この子が櫻井桃華」
と、ナガセPは桃華を手でさして紹介する
「レディは最初に紹介するものですわ。やっぱり扱いがなっていませんわね
わたくしは櫻井桃華、12歳ですわ。個性的なアイドルばかりの中でやっていけるかは不安ですが、わたくし、嘘は嫌いですの。アイドル……やると言ったからには精一杯頑張りますわ」
そう告げて、桃華は一礼した