アイドルマスターOG CINDERELLA XENOGLOSSIA 作:雨在新人
「櫻井桃華……。桜と桃の花、春を感じさせて良い名前ですね!」
桃華の声を聞き、外ハネした髪の少女……輿水幸子がそう言ってくる
うんうんと頷く姿を見る限り、それは決して嘘ではなく、心から言っているのだと理解できる
「有り難う御座いますわ、輿水さん」
「……他は?」
ふと、ナガセPがそんな言葉を呟いた
それで、桃華も思い出す。確か、今このビルに居るアイドルは4人だと。けれども、この場には二人しか居ない
「飛鳥は、まあ……」
ナガセPが天井を見上げる
「灼熱の業火に焦がされし、天に近き塔……(屋上です!)」
「ああ、安らぎの在処だろうな(何時もの場所だな)。で、だ」
見上げたまま、銀髪の少女……神崎蘭子との会話を軽く切り上げ、ナガセPは正面に向き直る
「家のエースは?」
「……エース、ですの?」
凄そうな単語に、思わず桃華はそう問い掛ける
直後
「只今戻りました、プロデューサー」
その声は、桃華の後ろから聞こえた
それは、アイドル関係には疎い桃華ですら、聞いたことがある声で……
「お疲れ様です、楓さん。今まで何処へ?」
「ちひろさんとお話を。わーくわーくするお仕事では……ふふっ」
「……それは、本当にお疲れ様です」
ナガセPが普通に対応する中、桃華はゆっくりと後ろを振り返る
「高垣、楓……さん」
やはり、桃華の予想した通りの有名人が其処に立っていた
高垣楓。25歳。蒼と碧、良く見ると色が違う目がある意味特徴的な、一年程前にデビューしたまだ新人と言えなくもないアイドル。けれども、元々モデルをやっていた事からも分かるスタイルと顔の良さ、そして今まで歌に関係する仕事に付いていなかったという事が信じられない程のその圧倒的な歌唱力により、アイドルというよりも歌手として一躍有名となった
「やはり、楓さんは分かるのか」
少しだけ驚いたように、けれども納得した感じに、ナガセPが桃華に問い掛ける
「流石に、あの高垣楓を知らない人はそうは居ませんわ
……こんな事務所の出身でしたのね」
「こんなと言わないでくれ。これでも、実質発足二年も経ってない弱小新興プロダクションとしては、頑張っている方なんだ」
「しっかりとその事を言えば、きっともっと人は集まりますわよ?」
「楓さんをあまりダシにはしたくない
それに、
楓さんならば出したい、と言ってくる場所が多すぎて、他のアイドルの仕事を取ってこれない所なんだ……」
右手で額を抑え、前髪を握り、奥歯を噛み締めて、ナガセPは悔しそうに呟く
「我が友よ……。我がサバトは真実、魂を震わせる(けど、プロデューサーさんは……ライブ、取ってきてくれたじゃないですか!)」
「フフン!プロデューサーさんの悩みはもうすぐ終わります。だって、此処にはカワイイボクが居ますからね!
そのうちボク目当ての仕事が沢山来ますって。そうしたら、世界一カワイイボクが認めるカワイイ他のアイドル達にだってスポットライトは当たりますよ!」
「プロデューサー、悩みがある時は飲みましょう」
口々に、アイドル達がそれをフォローする
一人、フォローなのか分からない楓さんが居たけれども、気を使っているのは間違いない
「楓さん……」
ナガセPも、その声に顔を上げ……
「それ、自分が私が必要な程に呑みたいだけでしょう?」
そう、言った
「だってプロデューサー、最近お酒に付き合ってくれなかったじゃないですか
あんなに情熱的だったのに」
「それは、二ヶ月前まで未成年でしたからね。
「……えっ?」
思わず、桃華はナガセPを見上げる。信じられない事を聞いたというように
「未成、年?」
改めて、ナガセPの顔を見る
どう見ても、未成年には見えない。25歳にしては若く可愛らしいとされる楓さんと並ぶと、長身な方である楓さんよりも頭ひとつ分とは言わないが背が高く、20代後半にしか見えない。彼が酒を買いに来たとしたら、身分証を見ること無く通してしまうだろう
「ええ、プロデューサーさんは何と、18でプロデューサーになってます。流石はボクをプロデュースするだけあって、普通じゃないですね!」
「とてもそうは見えませんわ……」
ぼうっと、桃華はつい最近まで未成年だったという男を見上げながら言った
「良く、老けてると言われる」
「という事でプロデューサー、久し振りに行きましょう」
「……今日はちひろさんの愚痴に付き合う気だったのですがね」
「ええ。プロデューサーのそれにも付き合います」
「……なら、お願いします、楓さん」
「ああ、後は……プロデューサー」
楓さんが、手に持っていた書類をナガセPに手渡す
「……取りに行かなければと思っていた所です
良く、これが必要だと分かりましたね」
「飛鳥ちゃんが言いに来ましたよ。『きっと、キミが必要とするだろうね』と」
「……屋上から飛鳥が見てたって話か。今度礼を言っておきますよ。とりあえず、楓さんも有り難うございます」
軽く頭を下げ、ナガセPはまた、桃華へと目線を合わせる
「と、いうことでだ。これを書いてきてくれないか?」
ナガセPが桃華に受け取った書類を差し出す。それは
「契約書、ですの?」
「そう。アイドルになるっていうのは一種の雇用契約だから、正式な書類が必要になる」
「少し、目を通させて貰っても?」
「当然。しっかりと確認してくれ」
「急かしませんのね」
「私は、詐欺をする気は無いからな」
桃華は、父に言われた事がある。焦って物事を決めさせるのは、契約に疚しいことがある詐欺師の事が多い。だから、とりあえず何かを決めるときはしっかりと相手と契約内容を確認するべきなのだと
ぱらぱらと、桃華は四枚からなる契約書類に目を通してみる。特に可笑しな事は書いていない。不備があるか無いかは、桃華には判断がつかないが、ぱっと見て明らかに可笑しなものは無い
「カワイイと裏が怖いんじゃないかって思うならば大丈夫です。プロデューサーさんは、ゴシップ記事になるような如何わしい営業の話とか大嫌いですから」
何を感じたのか、幸子はそんな事を保証し
「……新人ならばと家のアイドルを狙うようなのと契約するのは、私がまず耐えられないよ」
少し遠い目で、ナガセPは言った
「反逆の雷……(殴りましたもんね)」
「……その節は助かりました、楓さん」
ナガセPは、思い出したように頭を下げる
「何をしたんですの……」
「
割と大手だったので、結局別の人と話を付けて、楓さんにちょっと無理言って番組ゲストをやってもらう事で手打ちとなった。お陰でやりたいと言っていたミニライブの場所への移動スケジュールがキツキツになって、楓さんには迷惑をかけた」
ばつが悪そうに、ナガセPは首筋を掻いた
「それで、この書類は持ち帰って書けば良いんですの?」
「親にもきちんと見せて、な。親の承認が無いと、私が捕まる」
「当たり前です。それが分からないほどに子供じゃありませんわ」
しっかりと、桃華は鞄に書類を仕舞い込む。折れても問題はない、とは思うけれども、折れないように
壁に掛けられた時計が、五時を示した
「もう、こんな時間ですのね……」
ラマリスという化け物襲来の警報を学校からの帰りに聞いたのが、三時過ぎ。二時間とは言わないが、そこそこ時間が経っていた
「二人とも、しっかり帰れるな?」
「もちろんです!」
幸子が元気良く答え、蘭子も頷いた
「ならば……」
と、ナガセPはポケットから鍵を取り出す。恐らくは、車の鍵
「送っていこうか、桃華」