カードキーをスッと差し込み口にて横に引く。
シュッといつもより速くドアが開いた気がする。
己の執務室が魔界か何かに変じたかのような緊張に包まれる。
……直球勝負と思ったが…………うむ、何を言おう。
『……時00分に行われた演説でシド・オールスタイン元帥はこの状況の打破を我ら皇国民に約束し…………』
テレビで先の演説の様子を再放送している。
そしてそれを立ったまま見ている少女。
短い茶髪に白い長袖黒いベスト、そして朱雀の証である特徴的な歯車を模した飾りのついた従者の制服。
戦場に取り残され、倒れていた所を保護し、軍刑務所行きになるところを私預かりにしたのだ。
非戦闘員でまだ幼い彼女をそのうち帰そう、と思っていたらルルサスなんぞが来てそのゴタゴタで本国まで連れてきてしまった。
そして、異世界転移。
つまりこの少女は――――――
「また天涯孤独の身になっちまいやがりましたね」
!!
……駄目だ、背中を向けているから表情がわからない。
「う……その、だな」
「いいんすよ、別に。気にしちゃいねえから」
「……家族は、いいのか」
いや私はバカか! 何を聞いている!
少女は肩を軽くすくめながら気だるげに振り返った。
その表情は、暗くはあったが、悲観はしていない、強い意思を持った顔だった。
「……今の母(かっ)ちゃは孤児院の人だったし。それに、0組の皆さんともちゃんと話したことなかったし」
ああ、猫被ってたのか。
私も初めて知った時は驚愕したからな。
意識不明の重態だった彼女が目覚め、私預かりになってから三日間、彼女は一言も話さなかった。
俯いて、ずっともじもじしていた。
部下からの報告を聞いていた時も。
私がカロン曹長からロリコンの謗りを受けている時も。
シド元帥が妙に生暖かい目でこちらを見ていた時も。
終始無言。
故に三日目に口がきけないのかと聞いてみたのだ。
すると彼女は『喋ってもいいの?』と言ってきた。
この三日間喋りもしなければ泣きもしなかった気丈な少女。 だがやはり状況に不安を感じ、過度に警戒させてしまっていたようだ。
私はできるだけ安心させるように(たぶん)優しく口を開いた(はずだ)。
『君は扱いは捕虜だけど話すのを禁止したりしてないし、酷いことしたりしないから安心していいよ(※カトル意訳)』
すると少女は花が咲くように笑うことなどなく、オッサンのように
『あ゛〜〜〜! んだよ喋ってもよかったのかよ! やっとこれで息が出来やがりますね!! あ、もちろん助けてくれたっていうテメエさんにも御礼を言ってやりたかったんだ!! 多少は感謝してやらぁ!』
…………うむ、私としたことが思考が一瞬止まってしまった。
どうやら祖父が蒼龍の出らしく、その地方独特の|訛り(・・)が彼女は強く出ているらしい。
ちなみに今まで喋らなかったのは警戒していたのもあるらしいが一番は母に人前で絶対に口を開くなと厳命されていたからだそうだ。
……その母親の判断は非常に正しいと言わざるをえない。
「…………ょう? ……将?」
あぁしかし本当にどうすれば……いや、仮にも私とて将校! 他国の者とはいえ非戦闘員の少女一人くらいなんと「准将!!!」ッッッッッッ!!!
「っく! いきなり耳元で叫ぶな!!」
「いくら呼んでも返事しねぇテメエさんが悪い!!」
む、考えすぎていっぱいいっぱいだったらしい。
「……それで、どうする」
「どうするって……」
「お前は非常に難しい立場だ。とりあえず朱雀に帰るという選択は無いと思ってくれ。何せ異世界だからな」
「…………」
「さらに従卒とはいえお前は朱雀兵で一応捕虜だ。もはや戦争などと言ってられんとはいえ、だ」
やはり何も答えず沈黙。
「だがこのゴタつきに乗じてどさくさ紛れにお前のミリテス国籍を取得、孤児院あずかりにするのも「お断りだ!」……なんだと?」
「テメエがあたしを下僕にしたんだ! 最後まで責任持ちやがれ!!」
「いつ、誰が下僕にした……!」
意味がわからんぞ!!
カロンが聞いたら大喜びで喰いつくだろう。
フェイスに聞かれたら……間違いなく勘違い→説教→倫理道徳の授業→遺憾の意→鉄拳制裁のフルコンボだ。
ん? 勘違い→鉄拳制裁→遺憾の意→鉄拳説教→倫理道徳の授業だったか?
「っとにかく!! 最後まで面倒見やがれって言ってんだ!!」
顔を真っ赤にして叩きつけるように怒鳴る少女。
ぬぅ……しまった、こういうことが初めてとはいえ彼女の不安に気づくべきだった。
こんな、言ってしまえば敵地に、未来永劫たった一人だ。
その不安はいかほどのものなのか、私にはわからん。
ならば少しでも理解のある者の元に居場所を作りたいのは当然だ。
……まあ、その考えがなかった訳ではないからな。
私としても拾っておいて面倒になったからハイさよならは無い。
それに騒がしい奴だが情が湧いてない訳でもない。
あと……いや、よそう。
つれづれと理由を考えてはいるが結局私は、この騒がしい少女といるのが楽しいのだ。
ならば、それだけでいいだろう。
「……いいだ「いよっしゃああ!!」ろう、これも因果だ。まぁとりあえずミリテス国籍は取るぞ、いいな」
許可した瞬間に花が……いや、花火のように弾けた笑顔。
「複雑っちゃあ複雑だけど、しょーがねえな!」
続けた言葉にはやはり複雑そうだが、それほどの抵抗は無いようだ。
「ふん、贅沢な奴め」
だがなんとかまとまってよかった。
……あぁそうだ、恐らくこの少女とはこれから長い付き合いになるだろう。
だから言っておこう。
私は彼女に右手をさしだす。
「これからもよろしく、アリア従卒」
彼女は、アリア従卒は一瞬きょとんとし、すぐにニヤリと笑って、
「アリアでいいぜ、准将!」
バシッと手を握り返してきた。
――――――――――――――――――――――――
ドーム内第七航空基地。
そこにはクリスタルの力で宙に浮く巨大な戦艦が並んでいた。
角の丸い長方形のような白い船体に、タワーシールドのような装甲板が側面中心辺りに三枚ずつ、側面後方に一枚ずつ取りつけられ、更に280mm連装砲塔28基56門と、155mm単装砲48基48門という重武装に重装甲。
ミリテス皇国インビンシブル級飛空挺、通称『空中戦艦』。
全長255.6m、全幅29m、排水量126583t、巡航速度131km。
その任務は兵力輸送及び対地支援攻撃だ。
場合によって航空機が背面ハッチから次々に垂直離陸し、更に飛行型鋼機も発進できる。
まさに空の戦艦であり、要塞であり、砦であり、基地である。
そして今回機動ドーム周辺の調査のために計八隻の空中戦艦が出撃用意をしているのだ。
万が一のために装甲兵団も格納して。
空中戦艦に次々に乗り込む兵士達。
さらにはもはや旧式とも言われるがまだまだ現役の鋼機『ストライカー』が何十機と乗り込み、移動砲台『ニムロッド』も数機乗り込む。
航空戦力として中型艦載艇、飛行型鋼機の部隊も格納されていく。
この戦争にでも行くのかという、いっそ過剰ともとれる戦力は、異界に進出することへの万難を排すためのものだ。
そもそもトリップ当日にモンスターの大群に襲われたのだ、機動ドームの外がモンスターの楽園である可能性は否定できない。
それゆえの大戦力。
つまり戦争に行くのかという表現はあながち間違いではない。
「…………」
その一糸乱れぬ統率を静かに見つめる皇国元帥シド・オールスタイン。
「ファザー」そこへ通信機器を背負った強化服を着込む男が近づく。
「む、おぉトリガーか」
『ノア・コマンド』隊長であるトリガー大佐だ。
「ファザー、指示通り『ノア』は各艦に一人ずつ乗り込みましたよ。あとは私があの艦に乗り込めば全員です」
「そうかそうか……お前の装備はこういう時こそ力を発するからな、期待してるぞ」
「もちろん、期待しててください……しかし我々の留守中はくれぐれも身体に気をつけてくださいね」
「わかっとる」
「一人で行動したり、夜遅くまで残業したりしないでくださいね」
「……わかっとる」
「目を逸らさないでください。だいたいいつもいつも一人であっちこっちふらふらして……何かあったらどうするんですか?」
「何かって……俺は刀でニムロッド倒せるくらい強いのだが」
「風呂場まで刀持って行くのですか?」
「俺素手で番外者無力化できるぞ」
「そんなことは関係ありません。それに我々が見張らなければ食事もまともに摂らないでしょう?」
「皇国印のレーションは意外とうまいぞ?」
「年なんだからコレステロールと塩分のことを考えてください」
怒るでなく、叫ぶでなく、微笑すら浮かべてただ淡々と注意していくトリガー大佐。
じわじわとシドから反論の余地を奪っていく。
「ぬぅ……わかったわかった、全くお前は親か」
ジト目でトリガーを見るシドに、
「いいえ息子です」
さらりと返すトリガー。
「ふん……気をつけてな」
「では……行ってきます」
「おう、行ってこい」
ゆっくりとドームの天井が開いていく。
そこから空中戦艦が垂直に上昇、未知なる世界へと飛び立って行った。
――――――――――――――――――――――――
皇歴667年 空の月 9日 午前六時。
『虎穴作戦』開始。
ミリテス皇国は機動ドーム周辺50キロに対し調査隊を結成、八方向に向け出発させた。
任務内容は人類の有無並びに文明の発展度の確認、動植物などの採取である。
なお、調査隊の内訳は以下の通り。
・空中戦艦 八隻
・歩兵 八千人
・鋼機 三百二十機
・航空機 十六機
・車両 十六機
この作戦こそが、ミリテス皇国による『ハルケギニア大陸』へのファーストコンタクトとなるのだった。
これにて移転は完了です。
ちょこちょこ加筆しての投稿でした。
もうすぐ原作入りです。
それでは次回をお楽しみに。