『うーい酒く『待て! 誰かそいつを捕ま『最近小麦の値が上がったねぇ』『嫌だねぇ、さ『アルビオンで起きてる革命知ってっか?』『あぁ常識だろ? もう二年になるんだからな』『あれ、王軍が負けそうなんだと』『マジかよ!?そんないき『あぁ〜つっかれた。やれやれ、お貴族様みたいに魔法が使えりゃなあ』『おい荷運び手伝え新入り!さぼ『待て待て〜!』『きゃははは!』『さぁ捕まえ『無能王め……奴にこのガリアを任せることなど出来んわ』
(……! 見つけました)
森の中、身を潜める影がひとつ見えない。
見えないのだ。
代わりに木の影に奇妙な空間の歪みがある。
時折、新緑の発光がごく小さく瞬き、そこに何らかの人型がいることを示す。
人型は大きな機材の詰まったバックパック、いや、むしろコンテナと言うべき代物を背負い、腕に取り付けられたコンソールを操作している。
(地形調査からそのまま諜報活動……やれやれ、相変わらず私の仕事は地味です)
透明になっている彼は、『ノア・コマンド』が一人、トリガー大佐だった。
光学迷彩。
ルシ・クンミの力を参考に造られた玖機関のように、科学によってルシの力を再現する試みの果てに造られた試作品のひとつ。
ルシ・ニンブスの『光子力操作能力』を参考に、シド・オールスタイン元帥が完成にこぎ着けたこの『二一式光学迷彩』は、コスト、技術や材料の希少性などの理由から量産こそされなかったが、完成した幾つかは諜報部に回され、内ひとつはトリガーに与えられていた。
トリガーは耳につけた通信機から聞こえる無数の音声、うちひとつに傾注し手元のコンソールに映った映像を見る。
(……ふむ、ジョゼフ王。この国の王ですか。弟を暗殺、ふむふむ、無能は仮面ですかね。ふふ、まるでファザーの昔話に出た魔王ノブナーガのようですね。あぁこいつらが貴族、ねぇ。あまり有能には見えませんが顔は、保存……血液サンプルを採取しますか。こちらの人間は魔法が使えないのが一般的? 年齢ではなく特権階級のみ使用できる? 我々とこちらの人間に差異は? そして先ず何よりも優先して発見すべきは……こいつらの『クリスタル』の場所)
『クリスタル』。
それはミリテス皇国が存在した世界『オリエンス』において、力と繁栄の象徴である。
オリエンスの始まりの時、世界に東西南北にひとつづつ現れし巨大な4つの『クリスタル』は、それぞれが強力な力を人々に与えた。
ひとつは『朱雀』、朱雀領ルブルムに魔法と強力な召喚獣を。
ひとつは『玄武』、ロリカ同盟に強靭な肉体と強固な武具を。
ひとつは『蒼龍』、コンコルディア王国に魔物を操る力とドラゴンという友を。
ひとつは『白虎』、ミリテス皇国に高度な技術、そしてそれを活かすためのエネルギーを。
『クリスタル』なければ文明なく、『クリスタル』なければ国はない。
故に当然この世界も『魔法』を使うならば『クリスタル』があるだろう、そうトリガーは考えていた。
だが彼は想像すらしなかった、いや出来なかった。
この世界は、クリスタルに頼らずに魔法を使用していることを。
それは仕方ない、彼にとって魔法とは『クリスタル』の与える力だ。
故に『クリスタル』抜きで魔法を使えるなどとは(一部の人造人間除く)思えなかったのだ。
(……っと、データ収集完了。そろそろ撤収しますか。地形探査に行かせたノーマッドも呼び戻して)
さて、森の木の影で透明になりトリガーは何をしているのか。
(では、全隊戻れ)
手元の制御装置を操作すると背中に背負った機材から電波が発信、街の方から小さく薄い、煙のような何かが近づいてきた。
煙は、小さな何かの群体だった。
何かがトリガーの周りを囲み、背中に背負った大型の機械式バックパックに飲み込まれていく。
ふとトリガーはその煙の中の一匹(・・)をつまみとった。
(……いつ見てもデザイン性は最悪ですね)
それは、機械で出来たハエだった。
試作半自動遠隔操作型偵察機、通称『スパイ・フライ』。
親指の爪くらいの大きさで、見た映像、音声を操者に送ることができるという優れもの。
しかしその余りの小ささ、部品の細かさから従来の工場では部品の組み立ては行えず、やむなく、シド自ら夜なべして174機製作。
その後力尽き、今は後身を育てているとかいないとか。
故に現在これを使用しているのはトリガーのみ。
(整備も結構大変ですしね……早く量産化されませんかね。おっと、来ましたか)
トリガーはスパイ・フライから視線を外し森を見る。
すぐに茂みや木々の間から迷彩柄の、白緑色の発光とともに宙に浮く円盤が辺りから集まってくる。
高さは握り拳程度で広さは半径50センチ程の円盤に、三本のコードでぶら下げられた索敵装置がぎっしり詰まった人工知能、その下には不揃いの牙のように並ぶ帯電クロー。
三七式自動戦闘機参型『ノーマッド』……をさらに高性能化、前線での使用にも耐えられるようにシドによって改造された三七式自動戦闘機参型・改『ノーバディ』。
それが十数機。
(データの転送は、完璧。少ないかと思ってましたが周辺地理の情報は手に入りましたか)
『ノア・コマンド』の隊長である彼は、とある方法で何百という情報を収集、整理し考察、発信し、戦場を隅まで把握、未来予知レベルで相手の行動を先回りする戦術を組み立てることに特化している。
実際彼は『朱雀』の『候補生』による独立遊撃部隊の出現場所から撤退に選ぶ道、果ては『朱の魔神』の行動も先んじて潰していた。
しかし指揮官タイプなので、戦闘面は他の『ノア・コマンド』に比べ低い。
無論一般兵とは比べるべくもないほど強いが。
(では……ん? 通信?ファザーから?)
いざ艦に帰ろうとした時、珍しく自分の養父から空中戦艦を媒介に長距離通信が入る。
背中の万能機材格納型全状況適応可能駆動コンテナ『パンドラボックス』からアンテナを出し己のヘルメットに接続、通信を開始した。
「こちらノア01、現在任務に支障な……え? 帰還? 今すぐ? 何故? ……情報源ゲト? 実験助手キボンヌ?……ハァ、わかりました了解です。ノア01帰還します」
プツリと切れた通信、ボソリと彼はやるせなさげ項垂れた。
「無駄足、でしたか……」
――――――――――――――――――――――――
鬱蒼と生い茂る森の中、探索にいそしむ一行。
『ドーム』より南西に進んだ空中戦艦は、広大な森を発見。
調査に部隊を繰り出していた。
その内の数名がぼやく。
「情報の収集ったってなぁ……」
「こんな森でどうしろってんだ?」
「動植物の収集だとよ……是非とも文官様にがんばって貰いたいぜ」
軽口を叩きつつも警戒は怠らない。
ここは未知の世界の森なのだ。
先日『ドーム』を襲撃したようなドラゴンがうようよしているのかも知れないのだ。
「おーい! 早く来てくれ!」
遠くで文官が手を振るのが見えた。
「やれやれ……」
「輸送部隊は前進だ。マーティネートを先行させろ」
この部隊の隊長の指示に従い、音も無く浮遊する物体が先行していく。
浮いてる長方形の立体に小型の盾をつけ、小型の電子頭脳をぶら下げ、さらにマシンガンと電磁クローを装備した機械。
三七式自動戦闘機『マーティネート』
前線哨戒用に開発された、兵器だ。
非常に低コスト(皇国一般兵1人分の装備合計コスト=マーティネート4機分)で大量に量産可能なことから前線に大量に突撃させ大量に撃墜され相手を消耗させる、という使い方をされてきたため、ビッグブリッジ防衛戦ではマーティネートの屍が山となっていたそうな。。
しかしやはり武装の貧弱さは否めず、生産は次第に後継機である偵察特化型『ノーマッド』と特攻自爆型『パンジャドラム』にシフトしていった。
それに続いて前進する、ウォーリアに似ているがしかし、前面にあったクローが外され、代わりに後部にコンテナが積んである鋼機が獣道を進む。
輸送用に造られた、ストライカータイプの鋼機だ。
後部に積まれたコンテナは小さく見えるが中は意外なほどに広く、押し込めばなんと14人もの人間が入ることが出来る。
ちなみに戦闘力は『ウォーリア−前面クロー+積み荷の重さ−積み荷によって生じる重心の不味さ』で意外や意外、一撃の重さに限れば輸送型に軍配が上がる。(無論、総合戦闘力は低い)
「この花は……ユリ科の植物か? ふむ、これもサンプルを採取だ、ビンを取ってくれ」
スコップ片手に白い制服が泥だらけになるのも構わず、根ごと花を採取する文官は、やたら生き生きとしていた。
――――――――――――――――――――――――
既に日の傾き始めた森で、しかも当初警戒していた危険な生物にも会わなかった兵士達はすこしダレ始めていた。
にもかかわらずまだまだ元気な文官。
未知の生態系への興味が尽きぬ体力を生んでいるようだ。
「ん? 根菜植物の葉に似ているがそれにしては……これも採取、だな」
木の陰に生えていた何らかの葉を見つけた文官は、引き抜こうと葉を掴み――――――
「ダメぇええええええ!!!」
高い悲鳴とともに何かが文官を横へ突き飛ばした。
「ぐほぁ!」
気が緩んでいた兵士達が一斉にソレへ銃を向ける。
しかし、ソレの正体に兵士達が戸惑う。
「あ……ぅあ……ひっ……」
そこに居たのは真っ青になって震える少女だった。
いや、微妙に“ただの”少女ではなかった。
ポツリと兵士の一人が呟く。
「羽……?」
その、白い一枚布を身体に巻き付けただけの少女は、背中に翼が生えていた。
「待って! 待ってください、銃を下ろしてください!」
そこへ突き飛ばされた文官が戻ってきた。
彼は、いや今回調査団に派遣されている全ての文官達はシド・オールスタインより『現地民との可能な限り友好的な交流』を任務として承っている。
故に突然のことに面食らいはしたが、すぐに立て直し、対話を試みようとしてきたのだ。
「え、えぇとですね、言葉は通じますか?」
「はっはい!」
怯えながらも返事をする少女を安心させようと、先ずは名乗る文官。
「私はミリテス皇国南西部調査団所属ホゥロゥ一等文官であります。お名前をうかがっても?」
「……あの、私のこと、殺さないんですか?」
「いえいえ、たかが突き飛ばされたくらいで一般人(?)を射殺したりはしませんよ。それよりお名前をお伺いしても?」
「み、ミリィといいます……」
「ええと、ところでいったい何故私を突き飛ばしたのですか?」
「あ、あの……そ、ソレは」
少女、ミィスは震えながら木の根元、先程文官が引き抜こうとした植物を指差した。
「ん? アレがどうしたのですか?」
「あ、アレは“マンドラゴラ”と言って「殺れぇ!!」きゃあ!!」
突然周囲で話を聞いていた兵士達数人が一斉にその植物の地中の本体目掛けて銃剣を突き刺した。
「周囲警戒! マーティネートを周囲に飛ばせ! 毒消しはある、落ち着いて対処しろ!」
一斉にホゥロウ文官とミィスを中心に円陣を敷き、木の上と草むらに銃を向ける。
「あの、いったい何を……」
「危ない危ない、まさか擬態したモンスターだったとは……ありがとうございました。あとはこちらに任せてください」
「ま、任せるとは……?」
「? マンドラゴラ(モンスター)ですよ?」
「マンドラゴラ(植物)ですか?」
「…………何かすれ違いを感じます」
「……私もです」
「私の知るマンドラゴラは、一匹見つければ十匹いる二足歩行の毒のあるモンスターです」
「わ、私の知るマンドラゴラは、引き抜くと呪いの悲鳴を上げ命を奪う植物です……」
「「そんなものがあるんですか?!」」
ミリィとホウロウ文官はぴったりとハモった。
――――――――――――――――――――――――
「なるほど、つまりあなた方“翼人種”というのは亜人とよばれ差別ないしは恐れられており、その繋がりから殺されるかもと考えたわけですか」
「は、はい……」
未だ少女は兵に取り囲まれ好奇の視線で見られ震えている。
そんな少女に温かい言葉がかかった。
「貴女は優しい子ですね」
「へ?」
ホゥロゥ文官は微笑みその先を続けた。
「そんな状況でも誰かを助けようとする、普通は出来ませんよ」
「あ、いえ……」
少女は少し恥ずかしげにうつむいた。
辺りが何とも和やかな空気に包まれ―――――――――――
「何をやっている……?」
そこへ若い女の声がかけられる。
兵士達が一斉に振り返ると、そこには『ノア・コマンド』の一人、ハンマ中尉が立っていた。
従来の強化服を更に、特に脚部を徹底強化した専用の強化服を着て、腰に二丁の、刃の厚いアーミーナイフが先端に装着されたピストル『モーゼルC96 シドカスタム』を下げている。
いや、着ている強化服は既に別物と言っていい形になっている。
本来支給されている『強化服』は、防御より回避に重点を置いている。
何故なら、多少強い鎧を着た程度で大型ダンプに当たり勝ちできるべヒーモスの突進や、空中戦艦すら凌駕する朱雀の召喚獣の光線、鋼鉄を切り裂けるクリスタルの武器を凌げるだろうか。
不可能である。
ゆえに反射神経を優先的に強化、回避に徹させているのである。
しかしこのハンマ中尉が着るこれは、奇妙にゴテゴテしている。
かかとや背中、肩にすり鉢のような形状のカップや、ファン、穴が開いている。
……これこそがシド・オールスタイン元帥が肝いりで開発した、恐るべき装備のひとつなのだ。
その性能は、すぐに明らかになるだろう。
そのハンマの姿を認めると、慌てて兵士達は敬礼した。
敬意だからではない、“恐怖”からだ。
(冗談じゃない!! どうして“ノア”がこんなところに!?)
(前線でもないのに何故投入されている!?)
兵士達の動揺は深い。
何故ならば『ノア・コマンド』は、ビッグブリッジ防衛戦における独立遊撃部隊としての側面だけでなく、規律の引き締め、言い換えれば見せしめ(・・・・)も行っていたからだ。
狂気染みた皇国への忠誠は、頼もしくも恐ろしかったという。
そして何より彼らは見たことがある。
彼女がたった一人で朱雀の召喚獣『火猿鬼』を蹴り殺すところを。
「あー……周囲警戒したまま聞け。我々は現時刻をもって一時撤収、『ドーム』に帰還する。日が傾き始めたので狂暴な未知のモンスターが出るかも知れんことを考慮し、私が追加戦力として投入された。以上、何か質問は?……なければ撤収だ」
たったひとりで追加戦力。
普通奇妙に聞こえるこの言葉を、兵士達は全く疑問に思わない。
何故なら『ノア』は、たったひとりで装甲大隊一個分の戦闘力を誇るのだ。
ワンマンアーミーは伊達ではない。
「あ、それでは私はこれで」
そういい、少女は翼を広げた。
ホゥロゥ文官もにこやかに少女を送り出そうとし、
「ダメだ。お前は本国まで連れていく」
冷たい声に阻まれた。
少女の前に立ち塞がったのは、ハンマ中尉。
「なっ何故です中尉! こんな命令は「状況が変わった」」
ホゥロゥ文官が諌めようとするが、それを遮ってハンマ中尉が続ける。
「本日三:○○よりファ……シド様より現地民への自衛戦闘が許可された。既に現地民の一方的な攻撃により被害が出ている。故に、自衛に限り、そしてこう言った人に近くしかし人でない、亜人に限り戦闘が許可された」
「シド様が……」
「そうだ。むしろ亜人に関しては積極的に狩り取れとのことだ……さぁ来い!」
ハンマの手が少女に伸びる。
「い、嫌です!!」
それを見て慌てて空へと舞い上がる少女。
しかし、飛び立とうとする少女の背にハンマは手をかざす。
その掌が緑白色に瞬き、小さく機械音がしたかと思えば
「キャアッ!?」
不可視の何か(・・)が少女の背をぶちのめした。
キリモミするように墜落し地に身体を打ち付ける少女。
「……残念だったね……みょーな真似したらもっぺんたたっこむよ?」
倒れた少女。
「ちゅ、中尉殿、現地民との戦闘は「状況が変わったと言っただろう一等文官殿?」……くっ!」
歯噛みする文官を余所にハンマは冷酷に命令を下す。
「まぁ、というわけだから、捕えろ」
何がというわけなのかさっぱりだが、一度下された命令は絶対。
戸惑いながらも兵士の一人が少女を捕え連れて行こうとする。
「い、いやぁ!!」
痛みにうずくまった少女は身をよじって抵抗するが意味はない。
その時、少女を掴んでいた皇国兵が突然飛来した沢山の何かに切り裂かれた。
「ギャアア!!」
「敵か!」
「警戒体勢ェ!!」
すぐさま円陣が組み直され周りに銃口を向ける皇国兵達。
そんな中ハンマは飛んで来た物を見て目を丸くした。
「木の葉……だと?」
飛来した木の葉は地面や木に突き刺さる程の硬度を有していた。
さらに
「な、ンだこれはァ!?」
今度は辺りの木々、その根が地中から飛び出しまるで鞭のように兵を打ちすえる。
「こ、この!」
「ちくしょう効いてねぇ!!」
一般兵が突撃銃を乱射するが、疾る鞭に当たるわけもなく、木の幹に当たろうと苦しむ様子もない。
そんな中ハンマは一人冷静に戦況を見極めんと、己の特殊強化ヘルメットの機能を使う。
「魔力反応……魔法か。どこからだ?」
木の葉や木の根が帯びる魔力を見、忌々しげに唸る。
「ミリィ! 早くこっちに!」
そこへ上から声が落ちてくる。
ハンマが見上げれば、そこには数名の、少女と同じく翼持つ者達が飛んでいた。
「いたな……『白夜13、白夜13、こちらノア03、応答せよ』」
ハンマはヘルメットの通信機を起動させ、待機中の空中戦艦に連絡をとる。
『こちら白夜13』
「『亜人、翼人種に遭遇、魔法による攻撃を受けた。〈クリスタルジャマー〉の展開を要請する』」
『了解した。〈クリスタルジャマー〉を展開する』
通信を切ると同時、あたりが緑白色の光に包まれた。
「なっ!? 契約せし精霊よ、我が敵を穿て!」
突然の出来事に翼人のひとりが咄嗟に精霊魔法を放つ。
だが―――――――――全ての魔法が消えた。
「なっなに?!」
動揺する翼人達を放って蠢く木の根は元通り地に伏せ、飛び交う木の葉はハラハラと落ちる。
「な、何故だ! どうして精霊が応えてくれない!」
その動揺に対し皇国兵は息を吹き返す。
「ビビらせやがって!」
「撃ち落とせ!!」
一斉に空へと銃を構えるが、それをハンマが制した。
「待て……おい鳥どもこれを見ろ!!」
「きゃあ!!」
ハンマは動揺していた翼人の少女ミリィの首に後ろから腕を絡め、拳銃を突きつけた。
「ひっ……みん、な……」
突きつけられた銃にミリィは助けを求め空の仲間を見た。
そんな彼女にぴたぴたと銃剣を喉に当てながら、ハンマは警告を発する。
「わかってるだろうが……下手な動きをしたらコイツは首から噴水みたいに血を吹き出すことになる」
翼人達は悔しそうに顔を歪めながらどうすべきか考える。
精霊術が封じられ、人質も捕られた。
このままいけば一族そろって捕まる。
ならば――――――
「おっとコイツを見捨てて逃げるなんて考えるなよ? お空を飛ぼうと無駄だからな」
翼人達の頭に浮かんだ苦渋の選択を先回りするハンマ。
「持ってろ」
ドンと少女を側にいた兵士に突き飛ばし、誰もいない方へと体を向けると、顔だけ翼人達に振り返りニヤリと笑う。
「見せてやるよ……皇国が誇る『最先端科学《ノア》』の力をな。〈システム起動〉」
ハンマが己の着る特殊強化服の特殊機能を起動する。
その関節部やヘルメットの目の部分、足の裏にクリスタルの白緑光が灯る。
すぐに肩や背中にあるファンが回転し、空気をスーツの中に取り込んでいく。
豪々と大気を震わせる様は、巨大な獣の息吹きのよう。
スーツに取り込まれた空気は圧縮され、圧縮され圧縮され圧縮された。
さらに今度はふわりとその場に浮いた。
身体の各部に設けられたクリスタルの力によって宙に浮き、さらに圧縮した空気を各部から噴出することにより飛んでいるのだ。
「各センサー、各システムオールグリーン……行けるな」
そしてハンマは、その誰もいない方向目掛けて
「鎌風ェ!!!」
空中を蹴り裂いた。
瞬間、超圧縮された空気が刃となって発射され――――――森が両断された。
「なっ……」
翼人達が呻く。
兵士達はアレが味方で良かったと安堵する。
発射された暴風の刃は、ハンマの前方180度を扇のように広がりつつ木々を真ん中から綺麗に切断していた。
一拍遅れて木々が滑るように倒れていく。
急に視界が開け、もう夕暮れから夜へと姿を変えていく空が見える。
「それで? 魔法も使えず、飛んで逃げればただの的……従う気になったか?」
ぐるりとハンマは翼人達を振り返る
ヘルメットから唯一覗く口元が、凶悪に笑った。
――――――――――――――――――――――――
「あの翼人達の扱いを、本官に一任して頂きたい」
そこでホゥロゥ一等文官は、この艦の総責任者であるキンブルン大佐に翼人達の扱いを自分に一任するよう働きかけていた。
「自分は亜人達のひとりと交流を結ぶことに成功しています。私にお任せ頂ければ必ずや彼らと友好な関係を築いてみせます」
若い彼の言い分に内心危ういと思いつつ、この艦を任されたキンブルン大佐は応える。
「この艦においてのみならば私の権限でなんとかなるが……本国ではどういう扱いになるかわからんぞ?」
それは、翼人達が『人』ではなく『生物』、つまりは『実験生物』として扱われる可能性、そしてそんな『実験生物』相手に親密になろうとしたホゥロゥ文官への評価。
二重の意味での忠告であった。
いや、そもそも『実験生物』として扱われる可能性の方が高いと大佐は考える。
でなければこんな拉致のような形で強引に連れていくはずがない。
「それでも構いません! 皇国がただの侵略者ではないことを理解してもらうことは、決して無駄とは思えません! なにより自分は、シド様より『可能な限り現地民との平和的交流を結べ』との命令を受けています! 故にこれは任務遂行上当然な要求です」
もう一度、こんどは親しみを込めて心中で(若いな……)と呟き、顔には出さないでキンブルン大佐は、
「……いいだろう。ホゥロゥ一等文官、貴官に翼人達の管理を一部譲渡する……そんな顔をするな、これでもかなりグレーゾーンだ」
「ありがとうございます」
そう言って敬礼を行い、艦橋を出ていくホゥロゥ文官。
そんな熱いやり取りを、廊下より冷ややかに眺めていたハンマ。
「ふん、情にほだされたか……」
腕を組み壁に寄りかかったままハンマ中尉が呟くが、ホゥロゥ文官は、振り返ることなく去っていった。
ホゥロゥ文官が出ていった後、キンブルン大佐が手元のマイクを取り館内放送に切り替える。
「総員に告げる、本艦は現時刻を持って状況を終了、『ドーム』に帰還する」
――――――――――――――――――――――――
シド・オールスタイン執務室。
シドは机に備えられている通信機を通じてハンマの報告を聞いていた。
『て感じで、さっそく翼人種の奴らを取っ捕まえてきたよ!』
「おぉ、おぉよくやった。まさか指示してその日に捕まえてくるとはな!」
『へへへーん! 当然でしょ!』
元気のいい返事にシドは微笑む。
「頼りになるな。さ、早く帰って来なさい。これから非常に忙しくなるからな。だが油断だけはくれぐれもするなよ、帰ってくるまでが偵察だ」
『わかってるって! それじゃね!』
「うむ!」
通信を切り、しばしシドは考える。
(ふむ、この世界でもこちらの戦力は十二分に通用するな……ノアはまぁ、我ながら張り切ったしなぁ)
しばし過去を回想するシド。
孤児院で一際ギラついた目をした子達を集め徹底的に長所を伸ばす戦闘教育を施し、愛国心こそ真理と叩き込んだ。
(我ながら外道でアレだがそこまでせんと不死身の主人公様に対抗なんぞできん。
さらに前世のスーパーでハイテクな技術による超兵器で武装しても勝率は五分五分。
現に―――)
総帥の執務机の上に飾られた写真を見る。
そこにはシドとそれを囲むように写るトリガー、マズル、セフティー、バヨネット、ハンマ、バレルの六人。
それを眺めながらぽつりと、零れるようにシドは呟く。
「散っていった誰かがいるもんなぁ……」
そのさらに周りにいる14人を見ながら。
(みんな笑顔だ……誰かもわからぬこいつらもみんな、笑ってる)
だがそれが誰なのかはわからないのだ。
思い出すことすらできないのだ。
その事を悲しいとは思わない。
ただ、寂しいと思う。
ただ……寂しいのだ。
「愚かな神め……死を忘れて魂が強くなるものか」
吐き捨てるように呟くが、すぐに彼は神のことを考えるのをやめた。
そんなものより、己の中より消えた彼らを想いセンチメンタルに浸った方がいくらか気分がいいと考えたからだ。
しかしその思考を中断させるように机の通信機が繋がる。
『(ザ……)シド様、例の少女がこちらに』
執務室前の受付政務官(男)だった。
受付は……女がいいよな、と前世の万能秘書を思い出しつつ、シドは鷹揚に頷いた。
「通せ」
重厚で上品な造りの扉が静かな音を立てて開く。
入ってきた少女が大理石の床をその体重に比例した小さな音で鳴らす。
入ってきた青い髪の少女にシドは悪役のような笑みを浮かべた。
「さて、君とはいい関係を築いていきたいものだよ……タバサくん?」
無表情な少女が、コクリとうなずいた。
特S級機密文書
『【ノア・コマンド】レポート』
ノア・ナンバー03
氏名:ハンマ・オールスタイン
階級:中尉
所属:『Nationalistic Oneman Army』
特殊装備:『レーヴァテイン:ハンマカスタム』
幼少期にシド・オールスタインに養子として迎えられ、戦闘技術を叩き込まれた。
戦闘スタイルは近接戦闘を得意としており、キックボクシング、ムエタイ、サバット、ガンカタなど、蹴り技を多用する。
しかし戦場において卓越した技術の必要性を感じておらず、基本的に力任せかつ装備任せな”ごり押し”を好む。
支給されている装備は、対召喚獣用特殊戦闘強化服『レーヴァテイン』。
従来の強化服を対召喚獣用にシド・オールスタイン自ら改修した物。
当時クリスタルによって浮力を得る技術は『無人戦闘機』『空中機動兵』などで既に確立されており、それをより小型化、バランス維持用の翼を廃し周囲から取り込んだ空気を圧縮、各部より噴射することで移動している。
また翼などの補助機材を廃したおかげで軽量化にも繋がり、単身でヘルダイバーを上回る機動性を確保した。
なお、圧縮空気噴射の副産物として、その形を変え刃または衝撃波として発射することも可能である。
ちなみに脚部の強化措置はハンマ中尉たってのリクエスト(=ハンマカスタム)であり、戦闘時におけるCエネルギー節約のためである。
しかしコストが高く、一着でコロッサス67機搭載した空中戦艦一隻分のため、五着で生産は中止されている。
ただ威力はやはり絶大で、活動時間を度外視すれば単騎で戦場を引っくり返すことが可能。
対召喚獣における有用性は『火猿鬼』『雪女』『騎馬』は撃破、『蝙蝠』は不意討ちで撃破、『石人形』『朱雀竜』は相性、タイプ、威力不足もあってか足止めが限界であったが、それでも単騎で召喚獣撃破というオリエンス初の快挙を成し遂げる。
しかし”朱の魔神”に対しては戦力は拮抗しており、いかに彼奴らが理不尽かつ意味不明な相手であるか伺い知ることができる。
『ノア・コマンド』五名による『レーヴァテイン遊撃隊』も”朱の魔神”との戦闘により、ハンマ中尉を残し壊滅した。
これは計算上ありえないことであり、奴らが不死身の人造人間であることを考慮しても『主人公』ないしはファッキン『勇者』などの補正を感じずにはいられない。
奴らが『アギトの塔』を攻略したという情報からおそらく”朱の魔神”のレベルは90代と予測、こちらが強制不可能レベルにしてもガチで無理ゲー、つか不死身とかマジ女神ファッキン。
だいたいキルサイトって何?ざけてんの?いや原理予想つくけど。
つまりアレだろ?ファントマを傷つけねえように身体から分離させる攻撃だろ?
つまり重装甲が無意味。ファッキン。
ちなみに今までハンマが立てた武功を真面目に換算すると大将が伍長クラスに見えるくらいヤバイ。
つか『ノア・コマンド』全員最低でも将官クラスに出来るくらい武勲立てちゃってるんだけどマジでどうしよう。
……異世界トリップ云々でなぁなぁのグダグダにうだうだで誤魔化せねぇかな。
しっかしなぁ、あのチンチクリンがこんな立派な戦士になるなんてなぁ……年取る訳だぜ。
このレポート一年に一回書いてるから……10枚目?
19才かぁ……孫見れっかな?
著:シド・オールスタイン
昔の日記
胡散臭いオッサンが孤児院に来た。
オッサンは言った。
『この国は厳しい。価値を示せねえ奴はゴミ、死ぬだけだ。お前みてえな孤児はそのゴミ筆頭みてえなモンだ。だがお前がもし、俺の下で価値を示せるってんなら、充分な衣食住、それに誰もが認める名声を手に入れるチャンスをくれてやる』って。
よくわかんなかったけど私は頷いた。
この腐れた環境よかいくらかマシだろうと思ったから。
私が、この胡散臭いオッサンがいつもの奴らみたいに春を買いに来たんじゃないって気づいたのは、戦闘訓練始めて十日経ってからだった。