皇国の守護銃   作:キノコ飼育委員

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ハートフルホームコメディが書きたかったのでこの話。
楽しんでいただけるとキノコが喜びます。

しかしどんどん長くなっていく……


朱の竜騎士とピンクの魔女とその家族

あぁ、これは夢だわ。

 

だって、あの子が笑っている。

 

あんなに無邪気に笑っている。

 

 

あぁ、またあの夢なのね。

 

ルイズがまだ、ただの女の子だった、あの頃の。

 

ルイズが、普通でなくなった、あの日の。

 

 

あの日は、そう、カトレアの調子が朝から悪かった。

 

お父様もお母様も、おちびも、もちろん私だって不安な顔をしていて、お医者様を呼んでカトレアの傍にいた。

 

ようやく容体が安定して、その夜のこと。

 

夜中、私が寝ようとした時間に、ルイズが私の部屋を訪ねてきた。

 

あの子は夜ひとりで眠れなくなると、よくカトレアの部屋に行く。

けどあの日はカトレアの容体が悪かったから、私のところに来たんでしょう。

 

その時私は、煩わしい反面、頼られているくすぐったさも感じたと思う。

 

「もう……いったい何が怖いのよ?」

 

「……おとがこわいの」

 

「……音?」

 

耳をすましてみても、怖そうな音なんか聞こえなかった。

 

「風の音?」

 

「ううん、ちがう。きいたことないおと」

 

「聞いたことない音?それってどんな音よ?」

 

ルイズは頭をひねって、やがてぽつぽつと言った。

 

「たたくおと?かたくてちいさい、たたくおと。なんかいもなんかいもきこえるの。でもだんだんおおきくなってる。それがこわいの」

 

目に涙を浮かべながら、べそべそし始めたおちび。

 

でも相変わらず私には何も聞こえなかった。

 

「今も?どこから聞こえるかわかる?」

 

「いまも。でもどこからきこえるかわかんない。みぎでもひだりでも、まえでもうしろでも、うえでもしたでもないとこからきこえるの」

 

そう言って目に涙を浮かべてべそべそするおちびに、いいから部屋に戻って寝ろとは言えなくて。

甘やかしてはいけないと思いつつも、結局その日だけは一緒に寝てあげることにしたのだ。

 

不安そうな顔のまま、それでも少しだけ安堵した顔になったおちび。

 

一緒に布団に包まって、手をつないで眠った。

 

――――それが、あの子と過ごした最初で最後の夜だった。

 

 

次の日の朝だ。

 

私が目を覚ますと、普段は寝坊するルイズが、身体を起こしてベッドに座っていた。

 

何故だろう。

 

私はその時、言い様のない不安に駆られたのだ。

 

そしてその不安は、すぐさま的中した。

 

「おちび?……ひっ!」

 

「……どうかされましたか?お姉様」

 

振り向いたルイズは、既に別物だった。

 

ルイズからあのお日様のような笑顔が消えていた。

代わりにルイズの眼が、ぐちゃぐちゃに濁っていた。

 

 

その日からルイズは変わった。

 

あんなに嬉しそうに食べていたケーキを、ただ口に入れて飲み込むだけになった。

あんなにお行儀の稽古を嫌っていたのに、ただ淡々とこなすようになった。

あんなに泣き虫だったのに、一滴の涙もこぼさなくなった。

あんなによく笑う子だったのに、二度と笑うことはなかった。

 

まるで、心を失くしてしまったかのように。

 

屋敷中のみんなが心配して、なんとかあの子にもう一度笑ってくれるようにたくさんのことをした。

 

旅芸人や吟遊詩人を呼んだけど、あの子は表情をピクリとも変えなかった。

高名な水メイジや、神官を呼んでみたけど、さっぱり効果はなかった。

 

 

それから幾月も経ったある日のことだ。

 

あの子は杖が欲しいと言った。

 

それは本当に、本当に久しぶりに聞いた、あの子のおねだりだった。

 

お父様もお母様も悩んだけど、少し早いけどあの子に杖を渡したわ。

 

二人の目が届く範囲でだけ呪文を唱えるように言って。

 

でもまずは杖と契約しなきゃいけない。

だいたい一週間で完了する儀式だから、とりあえず杖を渡して二人は離れた。

 

そしてあの子は一時間で契約を終え、教えられてもいないのに魔法を唱えた(確かあれは、使い魔を呼び出す呪文だったかしら?)。

 

結果は失敗―――それも大失敗だった。

 

城壁の一部を粉々にする大爆発を引き起こしたのだから。

 

お父様もお母様も、半狂乱でルイズを探してた。私は……もうわけがわからなくて、ただただ座り込んでもうもうと舞う土煙を見ていた。

 

やがて『ウィンド』で煙が晴れた時、誰もが目を疑った。

 

あの子は無事だった。

どころか無傷で立っていた。

 

そして、わらっていた。

 

声をあげて、楽しそうに、愉しそうに。

 

ただ、わらっていた。

 

それは久しぶりに聞いたおちびの笑い声で。

 

それは初めて聞いたルイズの嗤い声だった。

 

 

それからあの子は取り憑かれたように魔法へのめり込んでいった。

 

魔法といっても失敗魔法。四属性どころかコモンスペルですらない。

 

でもあの子は気にしなかった。

 

自分の魔法を『新しい魔法』と呼んで、夢中で物を爆破していった。

 

そう言えばこの頃からだったかしら?

あの子があの趣味の悪いグローブを着けるようになったのは。

外しなさいって言っても外さない、無理矢理脱がして燃やしても、いつの間にかあの子はアレを着けている。

 

そのことを面と向かって叱った、何度目かのことだった。

あの子はふっと無表情になると、何も映さない、ぐちゃぐちゃに濁った瞳のままで、私の杖を爆破した。

次に私の服をボタンからレース、飾り紐から布地と順に爆破していった。

その爆発は炎もない、ただの衝撃だけだったけど、誰かに殴られるなんて経験すらなかった私には耐え難いほど痛くて、泣きながら動けなくなった。

ルイズは最後に私の頭をあのグローブで掴んで、私の目を覗き込むと、こう言った。

 

「お姉様、もう私に構わないでもらえませんか?でないと―――」

 

――――うっかり消し飛ばしてしまうかもしれません。

 

 

 

えぇ怖かったわよ!怖かったわよ!!

 

しばらく目も合わせられなかったくらいにわね!!

 

でもね、あのおちびは私の妹なのよ!

家族を恐れてどうするの!

 

それから私はたくさんたくさん勉強したわ。

勉強して、ガリアにも留学して、土魔法をよりうまく使えるように研究した!

 

強くなるために。

 

あの子を怖がらないように、恐れたりしないように。

何より、怖がって、恐れて、あの子を傷つけないように。

 

……力で恐怖をねじ伏せるために。

 

間違ってるって、わかってるけど……。

 

 

……おかげで『鉄壁(てっぺき)』なんて二つ名をつけられたけど!

 

まぁ、いいわ。それだけ私は強くなった。

 

でもルイズは、それからもどんどん強くなっていった。

 

ひとりで戦って、ひとりで兵器の研究から量産を進めて、どんどん領地に貢献していった。

 

いいえ、自分を強化していった、かしら。

 

それは学院に行ってからも変わらなかったらしい。

 

あのメイドいわく学院最凶の名を欲しいままにしていたって。

 

でもあの子はすごく変わった。

 

 

昔のようによく笑って、よく甘えるようになった。

 

 

―――あの使い魔にね!

 

バチッと意識が覚醒した。まだ馬車の中じゃないの!!

 

手の中の杖がみしりと音を立てる。

 

アぁ悔しい、忌々しいったらありゃしないわ!!

 

あんなに苦労した私たちは何だったのかしら!

 

結局恋があの子を変えるなんて!

 

キーッ悔しい!

 

……でもその反面、ちょっと羨ましいわ。

 

私も、こ、恋とか、したかったわよ……。

 

ででででも駄目よ!あんな、あんなどこの馬の骨ともわからない輩にルイズを持ってかれてたまりますか!

それにあいつは絶対貴族じゃないわ!平民に身をやつした傭兵よ!あの子は騙されてるの!

 

……いや、騙されてるのはないわ。あの子その辺シビアだし。

 

あぁでもでも、そういう子に限って恋に盲目になるって本で読んだし……。

 

「エレオノールお姉様?どうかされました?」

 

「……なんでもないわ」

 

ふと、向かいを見ると、それはもう動物たちにモフられた、私の大きい方の妹であるカトレアが座っていた。

ルイズがあの使い魔とドラゴンで飛び去った後、たまたま近くにいたカトレアと一緒になった。

 

あいかわらず儚げだけど、元気そうでよかった……。

 

……ところで、なぜ私には一匹ももふもふはおろか蛇すら近寄らないのかしら?どうしてカトレアに抱き付いて震えてるのかしら?

まぁ、べつにいいけど。私貴族だし。エレガントで素敵な上流貴族だし。

 

……そういえば、ルイズも最近ようやく貴族としての自覚に目覚めたのね。ちゃんと言われなくても従者を連れてきて偉いわ。

お行儀の稽古もちゃんと先生から満点取ったんだから、普段からすればいいのに。

なのにどうしていつも野蛮な真似を……。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

確実にドタマにキてるエレオノールだったが、彼女は知らなかった。

 

てっきり先についていると思っていたルイズが、全く別の場所に行ってるなんて。

 

まさかルイズが、朝帰りするだなんて……知るはずがなかった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

朝もやの中、見事な体躯の蒼いドラゴンが飛んでいた。

 

背には三人の少年少女が乗っている。

 

無論、ルイズ一行だ。

 

と、顔を上げたルイズが、朝もやの中に何かを見つけた。

 

「おや?竜籠だ」

 

「竜籠?」

 

ルイズの見た先には、数匹のドラゴンによって吊り上げられた、馬車のような大きさの豪奢な籠が飛んでいた。

 

「見ての通り、ドラゴンを使った空の便だよ。金持ち御用達のね」

 

「へぇ……かわいい竜だな」

 

「サイトさん、そこじゃないです……」

 

「……ん?アレってもしかして俺らと同じところに向かってね?」

 

「あぁ、確かに。もしかすると父様か母様が乗ってらっしゃるのかな?ま、ぶつからないようにこちらが先に行こう。今度こそ揺らさないように飛んでくれよ」

 

『ギャ?(あんだって?)』

 

「『なるはやゆれなしでってさ』」(注・なるべく早く、揺れないようにの略)

 

『ギャァ……(チッ、つまんね。まぁ今回は脆そうな嬢ちゃんも起きてるからしゃあねぇか)』

 

そう鳴いて、ゼロセンは羽ばたき、その荒々しい見た目からは到底想像できないほど優雅に飛んだ。

 

「……何故だろう?今女として馬鹿にされた気がする」

 

「気のせいだって」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

こいつはメチャ許せんよなぁと言いたげなオーラを纏ったエレオノール。

 

あらあら~と困った笑みのカトレア。

 

すました顔で紅茶を飲むルイズ。

 

上座に座っている公爵夫人カリン。

 

その隣にラ・ヴァリエール公爵が座っており、家族そろって朝食を取っている。

 

と、公爵は苛立たしげに口を開いた。

 

「まったく『鳥の骨』めふざけておる!この私を呼び出しておいて一個軍編成されたしとぬかしおった!」

 

「承諾なさったのですか?」

 

スッと目を細めるは、その隣に座る夫人。

 

「そんなわけなかろう!意味のない戦に加担する気はない!」

 

「あら、それは大変でしたね。しかし枢機卿より一丸となって仇敵討つべしとのお触れが出たばかりではありませんか。もし逆心有りなどと言われてはどうします?」

 

「ふん、ならば鳥の骨は丘で溺死するであろうよ。それともここに軍を送るか?女装しているとはいえここはハルケギニア屈指の要塞だ、悲しいことだが囲んだ連中には筋肉バカども(ゲルマニア)と同じく水を配ってやる」

 

鼻息荒く憤慨する公爵と、涼しい顔の夫人に、ルイズも薄く笑って同意した。

 

「全くですね。泥沼に軍隊を出したのでは割に合いませんから」

 

澄ました顔で頷くルイズに、渋い顔で公爵は問いかけた。

 

「ルイズよ……そこまでわかっていながら何故此度の戦に参加するなどと言ったのだ?」

 

その視線を涼やかに受け流し、ルイズは答える。

 

「実験ですよ、兵器のね。あとは売り込みです」

 

カチャカチャとナイフでオムレツを一口大に切り分けながら、ルイズは自分の考えを述べていく。

 

「製造された新式の銃に大砲。ですが造っただけでは完成ではありません。きちんと実戦で成果を得てようやく完成です。今回の戦はとてもいいデモンストレーションになるでしょう」

 

「……工廠から連絡があった。製造された新式銃、大砲、弾薬をラ・ロシェールに送ったそうだな」

 

「はい。なにせアンリエッタ女王陛下直々のご命令ですから。もちろんタダではありませんが」

 

そう言って、ルイズは懐から羊皮紙を取り出し、執事に渡した。

 

公爵は執事からそれを受け取り、それが確かに王家の印を用いて作られた命令書であると確認した。

ついでにそこに書かれた買い取り金額が、適正金額の3倍であることも。

 

「そうそう、それとは別に新式銃を50ほど私個人で買い取りました。女王陛下が新しい近衛を用意されたそうです。何でも銃士隊とかいう」

 

「陛下にその銃を売るのか」

 

「まさか!畏れ多くも女王陛下に、物を売るだなどと。献上するのですよ」

 

「……そこからトリステイン全軍に配備させる気か」

 

「はい。これから忙しくなりますよ、お父様。特に薬莢製作の方法を握っている間は唸るほど金になります」

 

くすくすと鈴を転がすように可憐に笑うルイズ。

 

ただしやはりその瞳はどろりと濁っており、その差がルイズの歪さを際立たせていた。

 

これ以上この件について話すこともないと判断した公爵は、別の話題を切り出した。

 

「そうだ、お前の使い魔とやらはどこにいる?」

 

てっきり朝食の席には従者として後ろにいるかと考えていたのだが、しかしその使い魔の姿はない。

ルイズはオムレツを口に運び、何でもない様子で答えた。

 

「さぁ?おそらくドラゴンのところでしょう。必要になれば呪文で呼びますので、特に困りませんよ」

 

「……それは使い魔としてどうなの?」

 

眉をひそめて公爵夫人カリンが聞けば、やはりルイズはこともなげに答える。

 

「彼は使い魔とはいえ所詮ただの傭兵。私が衣食住を保証した上で給金を払って雇っています。まぁ高い金で雇うだけの価値は……なんです?」

 

「いや……(嘘だな)」

 

「何でもないわ……(嘘ね)」

 

「あらあら……(恋ね)」

 

「まったく……(意地っ張りね)」

 

冷淡な反応を取ったはずの自分に、何故か家族からの生暖かい視線を向けられルイズは首を傾げる。

 

「???」

 

実はルイズは嘘をつくのが下手だ。

いや正確には親しい人間に嘘をつくのがとても下手なのだ。

 

彼女は常に極悪人のような笑みを浮かべ、圧倒的な自信を背景に他人を見下した態度を取っている(さすがに相手は選ぶが)。

誰かと話すときはこれがデフォルトだ。

 

よって、些細な変化が顔に出る。

 

今みたいにほんのすこし嬉しそうで、僅かに上気してると、それが劇的な変化として浮き彫りになるのだ。

 

「……とにかく、その使い魔に竜を泊める場所を伝えておきなさい」

 

「あぁいえ、彼の竜は彼自身に似てどうも気まぐれでして。押しこめると怒るので適当に森の中にいるそうです」

 

「ではカトレアの森には近づかないように伝えておきなさい」

 

「既に教えてあります。ちぃ姉様、そういうわけですので今日明日の間は森にあまり近づきませんよう。万が一があると困りますから」

 

「わかったわ。……でもそんなに早く出てしまうの?もっといればいいじゃない」

 

「残念ですがそうもいきません。まだ向こうでやらなければならないもろもろのことがあるのです」

 

「……そうだルイズ、お前の新しい婚約者だが」

 

「当面は必要ありませんよお父様。それよりも先にエレオノール姉様に見つけてあげては?」

 

「ううううるさいわね!あなたにはかかっ関係ないわよ!!」

 

……こうして、歪ながらも優しい家族団欒は過ぎていった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

朝食が終わり、ルイズは部屋に戻ることにした。

 

誰もいない廊下をひとり歩いていると、ルイズの隣に曇りガラスのような歪みが生じた。

 

その歪みに朱い色が付き、形になり、サイトの姿となった。

 

そう、最初からサイトはルイズの隣にいたのだ。

 

『インビジ』。姿や気配を完全に消し去る、諜報員垂涎の魔法だ。

 

サイトはジト目のまま、開口一番こう告げた。

 

「給料なんて貰ってないぞ」

 

「君とは私は一蓮托生。つまり君の金は私の金。私の金は私の金だ」

 

「やべぇ転職(ジョブチェンジ)したくなってきた……にしてもなんというか、ずいぶんとアレな朝食だったな」

 

「いつものことさ。悲しいが私がいると空気が悪くなるのだよ。まぁ、気味の悪い娘とは誰だっていたくはなかろう」

 

珍しく自嘲するルイズに、サイトは(そうだったか?)と首をかしげる。

 

彼の言ったアレとは単に『黒い会話してるな~』という感想だった。

だが悪い空気とは思えなかった。

ルイズの姉妹らしきふたりや、上座に座っていた親らしきふたりを観察していたが、特に嫌悪感のようなものは感じなかったし、どちらかといえばルイズが一方的に壁を作っているとサイトは感じていた。

 

……それより、ルイズの母親らしき人間が、ずっと杖に手を添え、自分の周辺を怪訝な目で見ていたことが恐ろしい。目のあるモンスターどころか目の見えないモンスター、さらには機械まで騙すことのできる『インビジ』にどうやって違和感を感じ取ったのか。

 

それを考察していたサイトの耳に、陰険な嗤い声が届く。

 

「くっくっくっ……アンリエッタ女王陛下。温室育ちのお嬢様。かわいいかわいい愚か者」

 

「アンリエッタ………………あぁ、あの気弱そうなお姫様か。あいつがどうかしたのか?」

 

しばらく誰だったか考え、ようやく思い出すサイト。

 

「くふふふふ……子供の頃から蒔いておいた種が、大きく育って蕾をつけた。あとは大輪の花にして……収穫する」

 

「種?」

 

スィッと鳶色の瞳が、サイトの黒い瞳を捉え、細められる。

ネズミを嬲るクァールの目だな、とサイトは感じた。

 

「私はね、アンリエッタとは友人でね。よく一緒に遊んだものさ」

 

「友人……?」

 

サイトはルイズが親しい友人を作って笑いあう光景を思い浮かべてみる。

諦めた。

 

「あぁ友人さ!徹底的に私の有能さを見せつけた、ね。礼儀作法も、あらゆる知識も、乗馬も、ダンスも、何から何までね!」

 

「魔法は?お前のは失敗魔法って呼ばれてんだろ?」

 

たまたま(・・・・)暗殺者が茶会に乗り込んできてね。杖を抱えて震えてる彼女をなんとか助けることができたよ。8つのころだったかな?」

 

「……へぇ」

 

実行現場で依頼主に直接殺されたとあっては、さぞその暗殺者は驚いただろうなぁとサイトは思う。

 

「彼女は実に私好みに成長してくれたよ。劣等感と憧憬、崇拝と依存。王子さまに持ってかれかけたのは計算外だったけど、まぁワルドに殺されたし。粉微塵になって消えてくれた。しかし、ククク、死んだ男のために戦争まで仕掛けるとは!愚かにもほどがあるよ!あははは!」

 

ケラケラとルイズは笑う、嗤う。

 

「全部終わったらまた虐めてやろう。罪の意識をえぐり、刻み、徹底的に貶めてやる。自尊心も何もかも叩き潰して、空っぽにして、私にだけ依存する人形にしてやる。所詮お飾り人形。政務のほとんどは『鳥の骨』がやってるんだ。人形に心など要らんだろう。必要なのは公の場での顔と声だけだ。残りはゲルマニアにやるか?いや、キュルケみたいな筋肉バカどもに介入されるのは嫌だな。煩わしい」

 

「……ま、自ら選択することを止めた奴の末路なんざ、そんなものかね」

 

どうでもいいことだと、サイトは肩をすくめるのみ。

 

二人は肩を並べ、レッドカーペットの敷かれた廊下を進む。

 

それはまるで、二人の血塗れの未来を暗示するかのようだった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

その後、何事もなく夜になった。

 

サイトは城の横手にある森の中、ゼロセンとともに野営を行っていた。

 

理由は単純、彼自身が建物の中で暮らすことをあまり好まないからだ。

それは彼の特殊な生い立ちという素晴らしき厨二ワードに起因するのだが、大した話ではないのでここでは割愛する。

 

とにかく、彼は現在焚火を囲み、ゼロセンとともに狩った獲物、シカとクマを食べていた。

アイテムボックスから出した鍋の中にはその辺の草と肉、街で購入した香辛料が煮込まれており、粗雑ながら旨そうな匂いが立ち込めている。

その横ではゼロセンがシカ肉とクマ肉の大半をバリバリ骨ごと貪っており、血の臭いもたっぷり漂っている。

サイトは同じく街で購入したパンとともにスープを食べ、さてそろそろ寝るか、としたところで、近づいてくる足音に気づいた。

 

待っていると、姿を現したのはなんとヴァリエール公爵その人であった。

伴のような者も見当たらず、どうやら一人で来たようだ。

 

「こんばんは……初めましてと言うべきかな?」

 

「……ヴァリエール公爵様ですね?ルイズ様からうかがっております。私がルイズ様に召喚され、使い魔として雇われたサイト・ヒラガでございます」

 

(クソッタレ舌を噛みそうだ!!)と内心思いながら、サイトは必死で敬語を使う。

 

「うむ、その通りだが、そう固くならないでくれ。この場には私的な用で来ているのでね」

 

「私的な……ですか?」

 

サイトが聞かれそうな疑問(お前は誰で、どこから来て、何が目的だ!など)と、あらかじめルイズに用意された答え(没落貴族出の傭兵で、東方から来て、ルイズ様に雇われてます。など)のリストを頭の中から引っ張り出していたが、公爵はそのいずれでもないことを聞いた。

 

「ルイズは……学院では元気に過ごしていたかね」

 

その非常に平凡な、ひとりの父親として出たその言葉に、サイトはどう答えたものかと考えた。

 

おたくの娘さんはとっても元気に自分に逆らう輩の反抗心を心胆寒からしめる手段で持って叩き潰し学院を牛耳ってますよ。

 

却下。

 

おたくの娘さんは秘密裏に内戦してる国に行って婚約者を片づけさらに城まで消し飛ばして高笑いされてましたよ。

 

却下。

 

おたくの娘さんはバイト先の客をひとりひとり弱みを握ってゆすった挙句毎回自分を指名させてチップレースを圧勝、さらに店への便宜を約束させ自分の身分も明かししっかり後始末も済ませるいい子でしたよ。

 

却下。

 

「……ええまぁ、元気でしたよ。ご自分でお聞きになられたらどうです?せっかくの親子水入らずなんですから」

 

結局彼はあたりさわりのないことを言って何とかごまかした。

 

「……親子、か……ヒラガ殿、すこし昔話に付き合ってくれんか」

 

「はぁ……構いませんが…あと、俺のことはサイトで構いません」

 

「ありがとう」

 

そう言って、公爵はどこか遠い目になって語りだした。

 

「私の娘はね、昔は至って普通の少女だったのだ」

 

「どこにでもいる少女だった。よく笑って、よく泣いて、感情のままに怒り、わがままなこともたくさん言う、そんな普通の子供だった」

 

「だがある日突然、本当に突然変わってしまった。娘は笑わなくなり、怒らなくなり、哀しまなくなり、望まなくなった」

 

「私たちは驚いたよ。何かの病気かとも思ったし、何か悪いモノでも取り憑いたかとも思った」

 

「見ての通り金にもコネにも困ってない我が家だからね。ハルケギニア中から水メイジや高名な神官を呼び集めた。……だが、あの子もカトレアと同じく、何の成果も得られなかった」

 

「そんなあの子が、君と話す時だけは素直に感情を露わにしていた」

 

そう言って公爵はサイトの目を見つめた。

 

「娘を、頼む。どうかあの子を裏切らないでやってくれ。金が欲しいというなら私が出そう。だからどうか君だけは」

 

「俺は」

 

公爵の言葉を遮り、サイトは続けた。

 

「私は彼女を裏切りませんよ。何があっても、彼女とともにいます」

 

「そうか……ありがとう」

 

サイトの目を見て、何かを感じ取った公爵は、ただ頭を下げた。

それは、とても重い姿だった。

 

と、頭を上げた公爵は別の話を切り出した。

 

「ところで、全く話は変わるのだが……ルイズは従軍するというが君はどうするのかな?」

 

「もちろんついていきますよ」

 

「止めたりはしないのかい?」

 

「ええ」

 

「そうか……残念だ」

 

突然公爵の気配が膨れ上がった。

 

「君さえその気なら、あの子を説得できるかとも思っていたが、やはり使い魔。主人の意には『逆らえない』か。では」

 

そして殺気、反射的にサイトは飛び退き距離を取る。

 

闘争の空気を感じ取ったゼロセンが低い唸り声を上げる。

 

「……何のつもりだ」

 

最早この状況に至っては意味のない敬語など用はない。

 

それを公爵も理解しており(そもそも無理をして敬語を使ってることなどとっくにばれている)、雰囲気の変わったサイトに何も言わず杖を抜く。

 

「ここで君を捕え、あの子への枷にする」

 

「なぜ?アンタは反対してないんじゃなかったのか?」

 

「あれは方便(うそ)だ。あの子をこの城へおびき寄せるためのな」

 

しれっと答える公爵。

 

ふと、サイトは朝食の後にルイズの言った言葉を思い出し、試してみることにした。

 

「おいおい、娘の皮被った化け物が惜しいのかコウシャクサマ?」

 

それはもう見る人間の神経を逆撫でする声音と顔で言ったサイトに返ってきた返答は、無詠唱の氷の矢だった。

 

ヒュンッと己の頬を掠めた矢に、サイトは気を締めなおした。

 

「……本気で言ってるのならぶち殺すぞ小僧」

 

血も凍るような殺意が激流となってサイトを包む。

 

そして公爵は苦しげに、喀血するかのようにその思いの丈を叫んだ。

 

「あの子は化け物だ。怪物だ。だが私の可愛い娘だ!あの子を戦争にはやらん。あの子を意味のない争いに巻き込ませるなど絶対に許さん!例えあの子がそれを望んでいようと!」

 

サイトはその姿に、子を傷つけられた龍の如き憤怒と悲哀を感じた。

 

「さぁ、杖を抜け小僧!まずは娘の片腕を潰しておこう!」

 

そして一瞬の詠唱で魔法の矢が十数本以上纏めて飛んできた。

 

「誰がつき合うかよ!飛ぶぞゼロセン!」

 

後ろ手に『ウォール』を張り、サイトは離脱を選択した。

 

この分だとおそらくルイズにも追手がかかっているだろう。

 

それに相手はルイズの父親、対峙しただけでもわかる強者に手加減などできようはずもない。

 

『ギャス!(また陰謀か!人間は面倒クセェな!!)』

 

ゼロセンが翼を広げて立ち上がる。

 

サイトがその背に飛び乗ろうとするが――――

 

「おおっと、あの竜の相手は我が妻だ!」

 

不可視の力がゼロセンの横っ腹に叩き込まれ、吹っ飛ばした。

巨体が浮かび、地面に叩き付けられて地響きと土煙が舞う。

 

『ギャアス!!(痛ェ!ヤロウ!!)』

 

「ンなっ?!」

 

ゼロセンの巨体を吹き飛ばしたのは、空に浮かぶマンティコアに跨った仮面の騎士。

 

これほどの距離に近づかれながら全く気配を感じ取れなかったことに、サイトは驚きを隠せない。

 

と、その騎士から女の声が聞こえた。

 

「今のは『エア・ハンマー』ではないわ、『ウインド』よ。そしてこれが……」

 

瞬間、サイトは壮絶なまでの“嫌な予感”に襲われた。

 

気づけば自分の口が勝手に詠唱を行っていた。それも自身の持つ最強の魔法を。

 

そして見た。

 

夜空が歪むほど空気が、いや大気が圧縮していく様を。

 

それはもはや鉄槌(ハンマー)などという可愛いものではない。

 

サイトはその巨大な大気の塊に、隕石(メテオ)のごときプレッシャーを見た。

 

そして両者の呪文が同時に完成する。

 

「『トルネドォ』!!」

 

「『ェエア・ハンマァアア』!!」

 

大気という隕石がゼロセン目掛けて落ちていく。

 

それを突如出現した巨大な竜巻が庇った。

 

天にまで届く風の塔は、しかし瞬く間に圧潰した。

 

だがその間にゼロセンは離陸を済ませ、空で体勢を立て直していた。

 

『ギャァアアス!!!!(ガハハハ!!こいつはやべぇなサイト!)』

 

「『油断するな!そいつ、ルイズ以上のバケモノだ!』」

 

『グルル……ギャァアアア!!!(油断は……お前もだぞ!!)』

 

ゼロセンは急降下しながら地上に雷撃を吐き散らし、カリンに気を取られていたサイトにゆらりと迫っていたヴァリエール公を牽制した。

 

「クッ!いい使い魔だ!」

 

『ギャァ!!(お前はそいつを抑えろ!俺はコイツを片付ける!)』

 

「わかった!」

 

「ほう……使い魔と心を通わせているのか。道理でいい連携だ。『ブレイド』!」

 

「チッ!」

 

舌打ちひとつ、次の瞬間にはサイトの手には竜の角から削り出した槍が握られていた。

 

「悪ィが手足一本くらいは勘弁しろよな!」

 

「こちらのセリフだ!」

 

突き出された槍の穂先、それをヴァリエール公は切り落とした。

 

「んなッ?!」

 

メイジの使用する近接魔法『ブレイド』とは、魔力によって形成される剣だ。

もしこれを達人が使ったりすると、敵の武器も鎧も両断するとんでもない代物になる。

まさにライトセーバー。

 

「こう見えて私も、昔はゲルマニアの脳筋どもから『水害』と呼ばれたものだよ!『デブリ・フロウ』!!」

 

『ブレイド』を解除、すぐさま水を二つに土一つで構成されるトライアングル魔法を唱え、サイトに放つ。

 

地面が割れ、そこから土石流の鉄砲水が飛び出し、サイトに向かう。

 

「『ウォール』!」

 

対しサイトは輝く壁を斜めに作り、津波のような荒れ狂う水流を逸らす。

 

が、土石流が終わると、今度はヴァリエール公の姿がない。

 

「?!」

 

「『ブレイド』!!」

 

「なにぃ?!」

 

真横からの斬撃、そこにいたのはやはりヴァリエール公。

 

「どうやって……まさか!?」

 

「ご明察だな!!」

 

ヴァリエール公の服、特に足回りは泥まみれだった。

そして切り込んできたのは土石流を流した側。

つまり、彼は土石流ごと突っ込んできたのだ。

 

「降参しろ!殺したくはない!!」

 

「ほざきやがれ!!」

 

サイトは斬撃を見事な三転ローリングで躱し、起き上がりざまデルフリンガーを抜いた。

 

『やぁっと出番かぁ!!』

 

抜き放たれたデルフは、公爵の振るう『ブレイド』を見事受け止めた。

 

「ぬぅ!私の剣を受けるとは!」

 

『あたぼうよ!こちとら伝説の剣だぜ年季が違う!!』

 

剣を槍に変える暇はない。というか恐らくそれをすればデルフを装着した部分を切り落とされるだろう。

 

サイトはデルフを振るい公爵とギリギリの攻防を行う。

 

時折雷鳴が轟き、暴風が彼らに吹き付ける。

 

そんな中公爵は、目の前の少年に恐ろしいものを感じていた。

 

(……この状況で、そんな顔を浮かべるか!)

 

ほぼ無詠唱で呪文を行使し、牽制の魔法と『ブレイド』を繰り出しながら公爵はサイトを睨む。

 

笑っていた。

 

思う存分力を振るうのが楽しくてしょうがないといった顔で、少年は無邪気に笑っていた。

 

まるで獣の如き笑みを浮かべながら、目の前の朱い少年は嗤っていた。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

一方その頃、ルイズは自室で本を読んでいた。

 

ベッドに腰掛け本を読んでいたが、ふと顔を上げる。

 

そしてルイズは何を思ったのか、部屋の窓から飛び出し、窓枠に掴まった。

 

同時、部屋の扉が蹴破られ、大勢の完全武装した兵士(ただし盾有り武器無し)が突入してきた。

 

「いないぞ!」

「馬鹿なここは袋小路だぞ!?探せ、隠れているにちが」

 

部屋が吹き飛び、破壊が兵士たちを蹂躙した。

 

ひょいっとルイズが窓から部屋へ戻り、彼らの装備や顔を確かめる。

 

一応、一応だが生きているようだ。

 

「……こいつら、ここの警備兵じゃないか。なぜ…」

 

「突撃ぃぃいいいいい!!!!」

 

悠長に考え込んでいる暇すらない。

新手の一団が廊下を盾を並べて疾走してきている。

 

「ちっ!何なんだ?」

 

そう言ってルイズは今度こそ窓から飛び降りた。

 

そこからすぐ下の尖塔の屋根に降り立ち、今度は壁に向かって跳ぶ。

 

「フッ!」

 

そしてルイズは、指先を壁にめり込ませた。

といってももちろんルイズが石壁を抉れる筋肉の持ち主だったわけではない。

彼女は指先が触った個所を、『爆風の出ない極小規模な爆破』、というより『消滅』させ、無理矢理指をひっかけたのだ。

ちなみにどうやって彼女の体重を支えているのか?

……そこは筋肉式だ。

 

「……(ここからどうしよう)」

 

とりあえず、片方の指を外し、同じように壁に突き刺す。

それを繰り返して降りることにした。

 

それ以上降りれない場所(壁から部屋が突き出ている)まで来ると、今度はその壁を無音無光で爆破し、その衝撃に乗って反対側の壁へ。

 

ここまで聞いた科学を知る諸君は、『エネルギー保存則』という単語が頭を駆け巡っていることだろう。

自分の体を吹っ飛ばすような衝撃を使って移動するなど、それはそれは凄まじいダメージを彼女に与えるはずだ。

しかし思い出してほしい。

ルイズの『爆破』は魔法による現象だ。

そしてハルケギニアにおける魔法とは、イメージが最も大切な鍵となってくる。

さらにこの『爆破』は消滅させる対象を選択可能だ。

彼女は今回の場合、音と光のみを消していると思っているが、無意識に反動によるダメージをも消滅させているのだ。

もしそれができないならば、原作の彼女は最初の爆発で死んでいることだろう。

ゆえに実はやろうと思えば彼女は、城の天辺から飛び降りても、寸前で地面を爆破すれば助かる。

しかし彼女自身がそれを無理と思っているため、それはできないのである。

これは彼女の魔法のある可能性を示しているのだが―――それはまたいつかの話だ。

 

とにかく彼女は壁を無事に降り切った。

 

そのまま彼女はサイトと合流しようと、門を目指す。

門を小規模破壊、跳ね橋は鎖を消せば落とせる。

後は森まで――――――

 

 

「なんだこれは……」

 

門についたとき、ルイズは思わず呻いた。

 

目の前には、壁。

 

黒々とした重厚な鉄の壁が、門を完全に塞いでいた。

壁には上の方に覗き窓らしき物もあり、中段には弓狭間、下段に槍狭間が設けられ、もはや小型の砦(トーチカ)だ。

さらにご丁寧なことに壁の前には空堀まで掘られている。

 

と、上段の窓から、見事なブロンドの髪が覗いた。

 

「おやおやお姉様。いったいこれは何です?というかこれは何の騒ぎなのですか?」

 

そこいたのはエレオノール。

彼女は杖を構えると、毅然とした態度で言った。

 

「ごめんなさいルイズ。やっぱりあなたを戦争には行かせない。行かせたくない!!」

 

その言葉にルイズは首を傾げる。

 

何故この女は私の邪魔をする?

 

私がこの家を継ぐ大事な人間だからか?

 

それとも女王とのパイプを失くしたくないから?

 

大穴で私にもわからない何らかの価値があるからか?

 

いろいろ考えたその次の瞬間、彼女は自身の中から何か大きなものがゴッソリと消え、代わりに精神力が漲るのを感じた。

同時にどうでもいいと結論も下す。

 

(ゴチャゴチャと考えたが、やはり他人の考えはわからないな。いやわかるはずがない。くだらんことに時間を使った。さっさと突破するとしよう)

 

ここまで大規模に人間を動かせるということは、つまり父も母も承知ということ。

 

では何故この場にいないのか?

 

恐らくイレギュラー要素であるサイトを捕えに行ったのだろう。

 

ハルケギニア最強に数えられる二人が向かったことに不安を覚えるが、いざとなったらさっさと逃げてこちらに合流することだろう。

 

となれば、自分は自分でここを切り抜けなければ。

 

そこまで思考し、彼女はとりあえず挑発から始めることにした。

 

「騙し討ちとは……誇りがないのですかお姉様?」

 

「心にもないことを!捕らえなさい!」

 

後ろから兵士たちが走ってくる。

 

前には砦、後には兵士、挟まれたルイズは――――――

 

「……バカなお姉様」

 

スイッチを押し込んだ。

 

轟音と共にルイズの後ろ、兵士たちの前が消し飛んだ。

 

煙が晴れ、そこには深く広い穴が開いており、とても兵士たちが渡れるようなものではない。

 

ルイズは追撃を考慮し、ここまで来る間に既に地面を爆弾に変えていたのだ。

 

「木っ端微塵……とはいかなくとも、半端微塵くらいは覚悟してくださいね」

 

ゆらりと、ルイズから殺気が立ち昇る。

 

その姿に軽くトラウマが蘇りかけるが、それを振り払いエレオノールは考える。

 

(ルイズの魔法の射程は3〜6メイル、少なくとも10メイルには届かない。彼我の距離は20メイル、空堀幅5メイル。こちらの武器は……)

 

打てる手だてを思考し選択する。

 

「ゴーレムを出しなさい!」

 

「はっ!」

 

傍にいた、普段は開門のためのゴーレム使い二人(実際は彼らも公爵家お抱えのメイジ)に号令をかける。

 

「……(落ち着くのよエレオノール、実戦経験で負けていてもサポートはある。それに徹底的にこちらが有利な状況も作ったんだから!)」

 

普段門を開閉している石の巨像二体が進み出てルイズに向かう。

 

威圧するようなその歩み、それを囮に城内をメイドたちが走り、ルイズを見下ろせる配置についた。

 

手にしているのは箒。

彼女たちは姿を見せぬよう窓辺に駆け寄り、箒の頭と尻を取る。

棒のようになった箒には、小さな穴が中を通すように空いていた。

彼女たちはその後ろに空いた穴に、小さな矢か針のようなものを入れ、穴を口にくわえた。

 

暗殺者御用達、吹き矢だ。

彼女たちはヴァリエール家メイド隊であり、古くからこの家に仕える隠密でもあった。

 

針には水の魔法で作られた麻痺と睡眠の薬がたっぷりと塗られている。掠ればトロールも昏倒する代物だ。

さらには彼女たちは隠密の中でもとくに腕利きの精鋭たち。

50メイル先のクルミを撃ち抜くことすら可能な彼女たち、この距離なら何があっても外さない。

 

「『攻めなさい』!」

 

合図、同時に窓から身を乗り出し吹く。

 

風も無く距離も角度も完璧、ゴーレムに気を取られルイズは気づいていない。

 

(もらった!!)

 

その場にいた全員が、ルイズの倒れる姿を幻視した。

 

しかし――――

 

「……いやはや、凄いな。これは」

 

感心したような声で、ルイズは平然と立っていた。

 

「嘘、なぜ?!」

 

チェーンに通された、煌々と耀く古ぼけた指輪を見つめながら、ルイズはエレオノールを見やった。

 

「……で?終わりですか、お姉様?」

 

「も、もう一度よ!射ちなさい!」

 

またも吹き矢の一斉射が、動こうともしないルイズを襲う。

 

それらは一直線にルイズに迫り―――弾かれた。

 

まるで透明な壁でもあるかのように空中で弾けて散った。

 

「お姉様、この世にはマジックアイテムというものがあるのですよ。例えばこの指輪。これは高速で飛来する小さな物体を弾くといった力があるのです。それでお姉さま?」

 

もう終わりですか?―――――

 

ゾッとする笑みを浮かべ、彼女は反撃を開始する。

 

「では絶望しろ。行けシアーハートアタックミ」

 

ルイズの両手からひとつずつ、大人の拳より一回りほど大きな物体が跳び出した。

 

それは( ■凸■)<シュー...と鳴きながら地面をギャリギャリと削るようにして軽快に走っていく。

 

対象の触れた箇所から半径1メイルのみ爆破するガーゴイルだ。しかも爆破されるのは対象だけでシアーハートアタックミは無傷という、実に凶悪な兵器なのである。

 

サイトが召喚される前はこれを前衛にし、ルイズは傭兵として金を稼いでいた。

 

ギャリギャリと草葉を巻き上げながら疾走する爆弾戦車、最初の獲物をガーゴイルと定め、速度を上げる。

 

ゴーレムはその巨腕を振り上げ、勢いよく振り下ろした。

地響きと共に地面にめり込んだ拳だったが、しかし高速で走行する物体相手では遅すぎた。

 

あっという間に足元に潜り込み、ゴーレムの足をギャリギャリ登ると、胴体部で爆裂した。

それはルイズの虚無の力と同質の爆発を引き起こし、ゴーレムの体を綺麗に丸く削り取った。

 

そして残った手足と頭だけがばらばらと地にこぼれ落ちる。

だがそれを行ったシアーハートアタックミは全くの無傷であり、キャタピラから着地すると再び元気よく走り出す。

 

反対側でも同じことが起こっており、二体のアタックミはエレオノールの籠る砦目掛けて突っ込んでいく。

 

例えどれだけ分厚い鉄に囲まれていようが関係ない。高速で走り回り爆破し続けエレオノールの砦を穴あきチーズのごとく無様な姿に変えることだろう。

 

だがそんな凶悪な存在を前にしても、エレオノールは怯むことはなかった。

 

「あまり私を、貴女の姉を見縊らない方がいいわ。この『鉄壁』のエレオノールへの侮辱よ」

 

地面から壁が突き出し、アタックミの左右を塞いだ。

 

アタックミは、ある程度の知能を有している。

敵と味方の判別、障害を破壊する行動、敵に見つかるまいとする知性。

しかし所詮その程度であり、左右のみを挟まれる程度では障害として認識できないのだ。たとえそれが致命的な罠であったとしても。

 

ルイズが進路を限定されたアタックミへ壁を爆破するよう命令を飛ばす、その寸前に中段の窓から銃弾の一斉射が放たれた。

 

ライフリングによって高速で回転し、一直線に飛んだ弾丸は、アタックミを逆に穴だらけにし、壊れた元の人形の姿に戻した。

 

銃手たちは手動ベルトリンクによってすぐさま次弾装填、さらに人形に撃ちこみ、完全に破壊した。

 

そう、彼らが持ってるのは工廠で作られた最新式の銃であった。

皮肉にも彼女の生み出した銃が彼女の行く手を阻んでいるのだ。

 

だがルイズは焦ることもなく、ただニヤリと嗤うのみ。

 

「……ほぉ、これで2000エキューの損害だよ。さすがは鉄壁の処女、いつまでも乙女なだけあってガードが堅い」

 

嫌味な笑みを浮かべ、ルイズはマントの中に、背中に手を回す。

 

そして――――。

 

「まぁなかなか楽しめました。しかし残念なことにそろそろお暇する時間です」

 

パン、パン、パン、パン。

 

とても小さな破裂音が四回。

 

ルイズの手には、紙薬莢を装填するタイプのリボルバー拳銃(こちらではネイビーリボルバーと呼ばれている物)が握られていた。

 

弾丸は上段の窓の中に二発、メイド隊の隠れる建物に二発、離れて飛び込んだ。

 

しかしどうやら当たることはなかったようで、誰も傷一つついていなかった。

 

「当たってないわよ!」

 

エレオノールはさらに策を打つ。今エレオノールはルイズの作った大穴に、土でできた階段を隆起させているところだった。縄を使って穴の中に降りた兵士が、ひっそりとルイズの後ろに迫りつつあった。

さらに消し飛んだゴーレムの代わりか、ゴーレム使いの二人は新たなゴーレムを土で急造しているところだ。しかも今度はルイズの処理能力を超えた攻撃を繰り出すために、小さく、数を揃えた群れという形で。

メイド隊もルイズの行動阻害のための投網を準備する。すぐに破壊されるとしても、確実に動きを妨害できる。

 

ルイズは魔法こそ脅威だが、身体能力はそこまで高くない。

 

飽和人海戦術に為す術もないだろう。

 

十重二十重に張り巡らした綿密な作戦展開、これこそが土のスクエアである『鉄壁』の真骨頂だ。

 

だが―――――

 

「当てる必要もないからね」

 

そう言ってルイズはその無骨なグローブを嵌めた手を掲げ、

 

「起爆」

 

スイッチを押し込んだ。

 

弾丸に込められていた膨大な“虚無の力”が弾け飛び、着弾点から半径10メイルを光が呑み込む。

 

周囲が真昼のごとく照らし出され、エレオノールも、砦も、メイド隊の隠れる建物も、すべて光が飲み込んだ。

 

「“奇跡の光”……ねぇ?はは、まぁ消し飛ばす対象を選別できるんだ。奇跡的だよね」

 

そう言いつつ、振り返ってもう二発、『爆弾錬金済弾頭』を撃つ。

 

またも半径10メイルが光に飲まれ、迫りつつあった兵士たちを包み込んだ。

 

その光が消えた後、そこには一見何の変化も起きていなかった。

 

建物も消えておらず、誰一人として死んではいないうえにケガもなかった。

 

しかし精神力をごっそり消し飛ばされた人間はそうはいかない。

 

誰も彼も地に伏し、荒い息を吐きながら動くこともできずにいた。

 

とくに『精神力を消費する』などという経験をしたことがなかった平民は、未知の感覚に恐怖すら抱いていた。

 

「ル、イズ……あなた、何を……」

 

「おやお姉様、よく立てますね」

 

感心したルイズはパチパチと嫌味なゆっくりとした拍手を贈り、空を見て告げた。

 

「迎えも来た。ではお姉様、ごきげんよう」

 

彼女がニィと嗤い、手を伸ばせば、その手にしなる鞭が巻きつき、その体を引っ張り上げる。

 

そのまま上空の蒼いドラゴンの背に乗った。

 

「ま、まちなさいルイズ!ルイズ!!待って……ルイ……ズ…」

 

ルイズに手を伸ばすエレオノール、しかし彼女は振り返ることすらなく、サイトとともに飛び去った。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「つつ、筋を痛めたかな?おやサイト、ずいぶんボロボロだね」

 

引っ張られた腕をさすりながらサイトを見れば、彼も少し手傷を負い、服にも切れ込みがあった。

 

「お前の両親ヤバすぎ笑えない」

 

「んー、みたいだね。お母様の竜巻も見えたし……よく生き延びたね?」

 

「マジで死にかけた。トルネド無詠唱とか頭おかしいだろ!?『フンッ!』じゃねえよ!!」

 

「『烈風』のカリンは未だ健在か……」

 

「あとお前の親父も頭おかしい!ブレイドだったか?俺の武器が大量に駄目になったぞ!デルフがいなけりゃ俺は死んでたね!」

 

「生きてるじゃないか。まぁ安心しなよ。お父様(水害)お母様(烈風)はハルケギニアでも別格の強さだ。ゲルマニアの筋肉バカどもと殺り合ってきたんだ、筋金入りのイレギュラーだよ」

 

「そうであってくれりゃ本当にありがたいね!」

 

そう言って前を向くサイトの顔を、後ろへくいと倒しルイズは覗き込んだ。

 

「……楽しそうだね」

 

「……そう見えるか?」

 

不思議そうにするサイトに、ニヤニヤとルイズは嗤いかける。

 

「あぁ見える。ものすごく楽しそうだ」

 

上等の絹のようなルイズの髪が頬に触れる。

 

サイトはしばらく考えると、やがて彼もニィと嗤い、

 

「……かもな」

 

とだけ答えた。

 

それだけで彼らは前を向く。

 

「で?次はどこへ行くんだ?」

 

「とりあえず城で女王に銃を献上する。持ってきてるよね?」

 

「もちろん。50丁に弾薬一式全部だ」

 

「まったく、そのアイテムボックスというのは兵站の常識を覆しているよ」

 

呆れるように笑いつつ、彼女たちは進む。

 

争いの中へ、闘争の中へ、戦争の真っただ中へ。

 

……その先が、一体どうなっているのか、知りもせずに。




挟めなかった没シーン

~ルイズとカトレアの再開~

「お久しぶりです。ちぃ姉様」

「久しぶりねルイズ。元気にしてた?」

「私は元気でしたよ。お姉様こそ、調子はどうです?」

「……駄目ね。いろんなお医者様にかかってみたけど無理だったわ。身体の根本から悪いらしくて、少し水の流れを弄ったくらいじゃ駄目みたい」

「……諦めないでください。きっと手立てを見つけてみせますから」

「ふふ……優しいルイズ。可愛いルイズ」

カトレアはふんわりと笑うと、ルイズの頭を撫で始めた。

いい子いい子と撫でる手にくすぐったそうにしているルイズ。

「そんなことを言うのはちぃ姉様だけですよ」

「あら、ホントのことよ」

ぽわぽわと笑うカトレアに、ちょっと顔を赤くしているルイズ。

「「…………」」

『誰だコイツ!!?』とあんぐり口を開けているサイトとシエスタ。

ちょいとカオスな空間が広がっていた。



後書き

とってもハートフル。それにみんな想い合ってますね。
つまりこれはハートフルホームコメディだ間違いない。

おかしいな、当初の予定ではちょっと歪んだ主従をテーマにしてたのに、まるで主人公二人が悪役じゃないか!どこで間違えたんだ?!

ちなみに置いてきぼり喰らったシエスタは、普通にエレオノールに馬車を貸されて学院に戻り、サイトとルイズに平謝りさせるほどキレるという偉業を達成します。酒が入ってたそうな。

ちなみに公爵の二つ名『水害』はオリ設定です。
くわしくはまだ秘密!今からとても楽しみです。

エレオノールの『鉄壁』?察してやれよ……言ってやるな。読み方は『てっぺき』じゃなくて『てつかべ』だなんてのはさ……
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