『ドーム』外側の平原にて行われた演習は、『ノア』の勝利で幕を下ろした。
破壊の度合いを感知し部位ごとに機能停止を行うセンサーを搭載した訓練機、蛍光模擬弾と刃を潰した模造刀などを用いた実戦演習。
訓練を終えた兵士たちは半休を与えられ、制服から着替えて『ドーム』内の街に繰り出していった。
模擬弾とはいえ強い衝撃で軽くて打撲、悪くて骨折などの負傷を負った兵士たちは医療施設で治療を受け、やはり思い思いに過ごす。
しかしそんな中、一般兵とは違い士官、特に大尉以上の立場にいる者はこれからが本番だ。
演習によって得られた戦訓、失敗、不足していた能力を洗い出し、これからの訓練、来る実戦に備えなければならない。
それゆえに『ドーム』内の軍事施設のひとつにて、士官たちによる今回の演習の総括が行われようとしていた。
普段会議などに使われる一室で、左側に大隊指揮官リュクス少佐ならびに副官を含む五名の大尉、右側に『ノア20』ことバレル少尉が座り、記録官は部屋の隅で端末に会議の様子を記録している。
そして机の上座に演習全体の監督官が着席し、進行役を務めた。
「これより合同演習の総括を行う。まず、今回の実戦形式での演習は非常に有意義なものだったと言える。まさに大成功と言っていい」
今回の演習の目的は皇国軍の中で(内地勤務のお陰で)実戦の機会がなかなか無かった(と書いて乏しい)『内地組』と呼ばれる者たちに、極限まで実戦を志向した演習を体験させ能力向上を図るというもの。
ざっくり言えば、『平和ボケした連中の鼻っ柱と心をへし折って根性叩き直そう!』である。
そしてこれの相手を何故『ノア・コマンド』がしているかというと、単純に『ノア』に対する『訓練』の一環だ。『演習』ですらない。
『ノア・コマンド』とはひとりひとりが一個装甲大隊分の戦力である『義務』がある。
ゆえに、その力を錆びつかせぬよう、度々地獄送りにされるのだ。
といっても、今回地獄を見たのは「お前の鋼機ねぇから!!」と言われたバレルだけだったりするのだが。
「敗北側である422大隊指揮官リュクス少佐に考察を述べていただきたい」
「……率直に申し上げて、完敗です。『ノア・コマンド』の能力を見くびっていた形になります。動的目標に対する射撃訓練の一層の充実を図りたいと思います」
苦渋の顔で話す少佐に、監督官はとくに何かを言うこともなく淡々と続けた。
「では次に勝利側であるバレル少尉、攻め手として気づいたことはあるか」
促されたバレルは同じ『ノア』には決して向けることのない眼で冷やかに告げた。
「まず、我々『ノア・コマンド』を舐めすぎです。最初から全力で戦っていれば僕程度どうとでもなっていました。しかしそれを怠った結果、『ストライカー』を奪われるようなことになったのです」
「ぐっ、しかし普通は敵は鋼機の操縦が……」
「お言葉ですが」
バレル少尉は階級上では上位にあたる少佐の言葉を遮り、さらには侮蔑を込めた眼で睨んだ。
といっても、それは『ノア・コマンド』がそれが許されるだけの特殊な立場だということの証左なのだが。
ともかく、少佐の言葉を断ち、バレルは言葉を矢継ぎ早に撃ち出していく。
「我々の鋼機は情報さえ掴んでいれば操縦可能です。奪取された輸送型がスパイを運んできたことがあったのはご存じでしょう?」
「同じように撤退してきた味方。そいつが本当に味方かどうか確認しませんでした。おかげで私は楽にあなたの鋼機に近づけました」
「そして奪われた鋼機の識別信号の変更。これを最後の最後まで怠ってくださったおかげで私は撤退中の部隊に助けを求めることすらできました」
そんなこともわからないのか?
そういった目で見られ、リュクス少佐をはじめとした大隊士官たちは口から煙でも吐きそうになる。
「あとは自動機械に爆弾をつけて時間差で破壊しただけです。それだけであなた方は自分の位置を誤認し確認を怠った。これらの理由により、私は楽に懐に潜り込み勝つことができたのです」
少年の影の残る顔立ちながら一切の反論を許さないその冷淡な態度に、士官たちは何も返すことができなかった。
いや、敵に告げられて初めてわかる忌々しいまでの練度不足に、完膚なきまでに叩きのめされたという事実。
これで何か言い返せるほど彼らは厚顔無恥ではない。
せいぜいできたことと言えば、総括が終わった後、忌々しげにバレルを睨み付け退室する程度だった。
バレルはそれすら眼中にないとでも言うように目を閉じ、涼しげに受け流している。
記録官と監督官も退室し、バレルだけが部屋に残った。
そうしてしばらく、バレルは涙目になった目を開き、情けない声で呟いた。
(´;ω;`)「腰が抜けて立てないよう……」
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ミリテス皇国『ドーム』中央区総督府。
つまりはシド・オールスタインの住居兼仕事場であり、『ノア・コマンド』の本拠地である。
総督府最上階から三階層分がそれにあたる。
ちなみに、ちゃんとした家もあるにはあるのだが、
そして上から二階層目(『ノア・コマンド』の生活区)の談話室に、『ノア・コマンド』全員と、ファザーことシド・オールスタインが集まっていた。
シドの手には今回の訓練の成績が書かれた書類が全員分あり、言ってしまえばこれは『ノア』だけの総括である。
「そんじゃあ訓練の振り返りを行う。あーまずバヨネット」
「おう!新記録だろ!」
ニカッと笑うバヨネットだったが、対するシドはげんなりとしている。
「そうだね、新記録だね。おかげで装甲大隊が完全に使い物にならなくなったよこのヤロー」
「それはしょーがねぇよファザー。どんだけ手加減しても、金属使ってる限り俺には勝てねェよ」
ちょっとした小言も誉めてる内と考えるバヨネットはカカカと笑う。
「同じくハンマ」
「はーい」
「たいへんやりすぎました。手加減してやれよマジで」
「でも『派手に殺れ』っていったのファザーじゃん。だから派手に『飛ばして』やったんだよ?」
「……おぉぅ」
顔を覆うシドにケラケラと笑いかけるハンマ。
「次にマズル」
「……なに?」
ソファーに猫のように寝そべるマズルは顔だけ上げてシドを見た。
「お前の兄弟召喚禁止って言ったろうが……」
「運動したいって言ってたから……」
「監督官から評価に困るってクレームが来たじゃねぇか。つかいい加減コロッサスを骨っこみたいに扱うのをやめさせろ。ぺっしなさいって言っとけ」
「……」
「膨れてもダメ!」
ふくれっ面でプイッとそっぽを向くマズル。
「で、トリガー」
「はい。簡単な訓練でした」
「そうだね、簡単だね。執拗に指揮官だけ倒してくれたおかげで無傷の隊員たちが連盟で再戦を要求してきてるぞ」
「おや、わざわざ余計な被害を出さないように気を使ったのですが……」
さて、どうしてくれようと微笑むトリガー。
「はい次セフティー」
「ム゛」
短く切り揃えた灰色の髪に青い目の、厳つい顔をした偉丈夫がソファーにどっしり座っていた。
実はこれ、セフティーの素顔である。
「お前もうちょっと戦い方あるだろ……避けるとか隠れるとか」
「時間の゛無゛駄だ」
「装甲を過信していたら足元を掬われるぞ。また関節技キメられたいのか?」
「む゛……気をづげる゛」
腕を組み、己の戦い方について思案しだすセフティー。
「そしてバレル」
「は、はい!」
「お前やっぱ白兵戦弱すぎ。鍛えましょう」
「はい……」
しゅんと俯くバレルだったが、これにはバヨネットが声をあげた。
「いやいやファザー、こいつに白兵戦で頑張らせんのは無理があるだろ?」
その庇う声にますますバレルは恥ずかしげに縮こまっていく。
『ノア20』バレルは、兵士としては欠陥品だ。
体格は細く小さいし、体力は並み。
少なくとも強化兵装備がなければまともに戦えず、射撃能力こそそこそこだが組み着かれれば体格の不遇から倒される。
「……そうも言ってられん。こいつの操縦能力は異常だ。一度でも鋼機に乗れば、ただのストライカーで『ノア』足る力を発揮する」
「いいことじゃねえか。一芸特化、それで他を圧倒できるなら充分……」
擁護を続けようとするバヨネットだったが、ここで思わぬ横やりが入る。
「私もファザーに賛成です」
それは珍しく微笑を崩し、真剣な表情を浮かべたトリガーだった。
「あ゛ぁ!?何でだよ?!」
いきり立つバヨネットだったが、トリガーは慌てることなく彼に向きなおって続けた。
「問題はねバヨネット。バレルではなく鋼機にあるのですよ」
「そうだ。今までこいつが全力で操った鋼機で、最後までもった奴がない。それが問題なんだ」
「もし戦場のど真ん中で、味方の援護の期待できない場所で乗機が自壊などしてみなさい。バレルは帰って来られない可能性が跳ね上がります。実際に帰還途中で機体が限界を迎えたこともありましたしね。だからそんなことになった場合に備え訓練するのです」
「……今までは改めて訓練する暇もなかったが、これからは少し余裕が出てくるだろう。トリガー、バレル、鍛えてやれ」
そういう事情ならばとバヨネットも納得し、その指示を受け入れた。
「一朝一夕で何とかなるとは思えねえけど、やらないよかましか。うしっ、任せろバレル!すぐ『慣れる』!」
「仕方ありません。あなたはまだ成長期の少年。バランスのよい食事と適正な訓練(注釈・『ノア』基準での“適正”は一般には“過酷”という)の予定を組んであげます。一ミリもずれることなく遵守するように」
「と、トリガー先輩、こ、鋼機の訓練は……」
恐る恐るバレルがトリガーをうかがうと、彼はにっこり微笑み、
「減らします」
バレルを絶望させた。
「そんなぁ……」
ガックシと倒れるバレルを尻目に、トリガーは「それはそれとして」とファザーに切り出した。
「結局どんな機体を与えても壊してしまうなら、この子専用に新しく設計するしかないのでは?」
「なんか今更って気もするけどね」
ハンマが肩をすくめ、シドは思案顔で宙に目をやる。
「といってもなぁ……すでにこいつに与えている『ブラックバーン』はかなりチューンされた代物だ。それを超える機体を作るとなると予算とCエネルギーがなぁ。代替する方法もまだ確立されとらんし……まぁ考えておこう」
と、ここで室内にあった置時計がボーンボーンと19時を告げた。
「そんじゃ、久々の全員集合だ。焼き肉でも食いに行くか」
そう言って立ち上がったシドは、いつもの元帥服ではなくお忍び用の士官制服を着ていた。
『ノア』も全員が士官用の制服であり、非常に楽な恰好と言っていい。
ちなみに、彼らは全員養父の影響か、おしゃれを理解しない。
マズルはともかくハンマですらだ。
そして今日は久々の家族揃っての食事の日である。
転移後初めてかもしれない。
もちろん、シドは今日の仕事をすべて終えており、余った時間で優先度の低い仕事も処理してこの時間を迎えている。
仕事と言えば、最近シドの『円滑な』仕事を阻む存在が現れ始めた。
具体的には、定時になると執務室が山猫に占拠される。
足の踏み場もないレベルで床、机、椅子、窓辺に至るまでみっちりと山猫たちが寝転び、そいつらが一斉に視線を向けてくるのだ。
その視線は、自分の寝ている場所が自らの物であることを一片も疑っていないというものであり、むしろ侵入者に向けるようなものであった。
あと、何故か最近第二の仕事場がある階層(書類を一括管理するところ。シドは度々ここを襲撃し書類を強奪している)にエレベーターが到着しなくなり、階段にはバリケードと武装したゲートキーパー兼タイムカード切る係りが現れた。
ついでに通風口に見たことのない蛇のような自動機械が彷徨いており、さらには彼が作った覚えのないバッタ程度の大きさの小型監視ロボットが天井からチラチラ見張ってきて鬱陶しい。
それと、明らかな対人用鋼機が警備と称して配備されていた。
小型軽量かつ格闘性の高い閉所に特化したタイプで、スタンロッドにネットランチャー、取りモチ弾装備の暴徒鎮圧用のソレが、自分が近づく度にこちらをガン見してくるのだ。
窓には何故か戦時用の防護シャッターが常に降りている。
ここまでされてはシドも『権力』ではなく『暴力』で仕事を奪還せねばならないため、さすがに総督府でドンパチするわけにもいかず、現状彼は苦々しく思いながらタイムシフトを守っている。
もちろん、このままで終わる彼ではないが。
「ッ!」
みんなで廊下を移動していた中、突然トリガーは立ち止まり、寒がるように肩のあたりを摩った。
「……どうかした?」
傍にいたマズルが聞くと、トリガーは冷や汗をかきながら答えた。
「……嫌な予感が…いえ、なんでもありません」