海上奇襲部隊である『カンピーニ』艦隊旗艦、その艦橋ではデンドール少将が通信手からの報告に耳を傾けていた。
「少将、敵本拠地の完全制圧がまもなく完了します」
「敵の抵抗は形骸化しており、突入部隊の被害は歩兵、鋼機含め極めて軽微とのこと」
「よぉし、順調だな。このまま行けばよし。もし
そう、少将は口の端に苦笑を浮かべた。
未だかつて経験したことのない一方的蹂躙劇。
正直伏撃や奇襲などの罠を警戒してそちらに意識が向いてしまうほど拍子抜けな状況。
『ジャマー』でも展開してるかのような気分になる。
「隔絶した文明力というのはこれほど惨い結果を招くのだな……」
そう考えると、かつて全力で殺しあった『朱雀』や『玄武』が懐かしくなってくるのだから不思議な物だ。
と、通信手が再び報告を行った。
「敵本拠地の制圧、95パーセントが完了、残すは本丸のみです」
「……全部隊、突入配置に到着!突入します!」
・・・・・・・・・・・・・・・
『サン・マロン』中心部に存在する、五角形の塔『空中機動要塞軍』本拠地。
高さにして30メートルの塔には直接フネで乗り付けるための場所や、騎竜の発着場が存在し、まさにガリアの空を象徴する建造物だ。
今そこは皇国軍に包囲されており、発着場にはフネやドラゴンではなく中型艦載艇が乗り付け兵士を流し込んでいる。
屋上からロープを使って降下した強化兵が、窓に手榴弾を投げ込み吹っ飛ばし内部へ飛び込む。
固く閉ざされた正門を榴弾と爆薬で開錠、突入部隊が雪崩れ込んでいく。
屋内では警備部隊と生き残った海兵隊たちが決死の防衛を行い、皇国兵を魔法で、剣で、矢玉で削り取っていくが、圧倒的な『数』と『数』と『数』の暴力がそれをねじ伏せる。
その戦いの喧騒は、最深部に位置する司令室にも届いていた。
そこでは機密資料の廃棄作業が行われ、将官士官、直属の護衛が窓から来る敵兵を蹴り落としている。
今も窓の外に来た異界軍の小型のフネに、メイジの高威力魔法をしこたま浴びせて撃墜したところだ。
「閣下、敵は既に内部に突入してきております……もはやこれまでです」
沈痛な面持ちで話すメイジ士官に、少将はただ静かに問いかけた。
「……
「駄目です。敵の網を抜けることができずにいます。それどころか……」
士官はその先を続けなかった。
もはやその場にいる誰もが理解していた。
燃えているのは『海軍本部』ではない、『サン・マロン』そのものなのだと。
バリケードで塞いだ扉、そこを破ろうとする衝撃が幾度も扉を襲うのを聞きながら、少将はぽつりと呟いた。
「落ちるのか、この『サン・マロン』が」
「……無念です、閣下」
俯く士官の声には、滴るほどの慙愧の念が滲んでいた。
「救いがあるとすれば、我らの本隊は全て王都の守りについていることか」
少将の見つめる空の先、そこには王都の守りに向かった『空中機動要塞軍』本隊があるはず。
その勇壮な姿に思いを馳せるため、彼は一度目を瞑った。
そして開くと、にぃと笑みをたたえて部屋の者達を見渡して言った。
「それにしても陸の連中も不甲斐ない。普段の豪語はどうしたのやら」
その顔を見た士官たちは一瞬驚いたような反応をし、次いで彼と同じような笑みを浮かべた。
「はは、所詮は化け物なしでは何もできない弱兵ですよ」
「いやまったく」
もうすぐそこまで敵が来ているという状況で、彼らは清々しそうに声を出して笑った。
「では行くぞ諸君。異界の連中に、我らが陸の若造どもとは違うと教えてやろう!」
「ハッ!お供致します!」
軍杖を抜き払って少将が進み出れば、他の者達もそれに続く。
「『ボルケーノカノン』!!」
少将の放った火球がバリケードもろとも扉を吹き飛ばし、異界の軍勢を焼き払う。
「『エアハンマー』!」
燃え盛る炎に構わず突っ込んできた鉄塊、それを士官の放った風が押し返して道を創った。
その道を少将は駆けた。
「
彼らも続いて駆けた。
「「「「
―――死ぬために。
駆け続けた。
―――多くの敵を道連れにして。
駆けて
―――護国の徒として。
その果てに
「撃て」
―――――散った。
・・・・・・・・・・・・・・・
「足りない、足りない、全然足りない……!」
『空中戦艦』の甲板で、珍しくマズルは動揺を抑えきれずにいた。
作戦は圧倒的優勢で進行中、盤面はもはや絶対にひっくり返らないであろうこの状況。
だが彼女は、そんな状況にあってなお全身を蛇が這うかのような悪寒に襲われていた。
「ガルルルゥ!!」
唸り声とともに降り下ろした前足が、『空中戦艦』の甲板を凹ませる。
(こちら側の犠牲が少なすぎる!)
そうだ、犠牲が足りない。
いや、もちろん犠牲を極力0に近づけるために戦略と戦術を練り、隔絶した技術力による初撃からの全力攻撃を仕掛けたからこその結果ともいえる。
しかしだ、それでも足りな過ぎるのだ。事前予測被害数がケタから少なくなっているのは異常過ぎる。
では何故だ?何が原因でこれほどの大勝になっている?
簡単だ。
(キマイラはどこにいる!?奴らの最大戦力はどこに行った?!)
そう、先の防衛戦で僅かな数で猛威を振るったキマイラ、それが一匹も見つからないのだ。
さらに敵の兵力自体が情報よりも遥かに少ない。
これでは、これではまるでカラの要塞を攻めているようではないか!
では、その『足りない戦力』はどこへ行った?
次の瞬間、マズルは総毛立つ予想に身を貫かれ、緊急回線を開いた。
「―――トリガー!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『無事!?』
緊急回線を開くや否や飛び出したマズルの声に、若干耳をやられつつ、トリガーは極めて平静な声で返す。
「こちらトリガー、どうかしましたか?」
その変わらない調子の声に落ち着いたのか、マズルの声も一旦落ち着きを取り戻した。
『警戒しろ。嫌な予感がする』
「……それは、もしや『敵の主力が見つからない』といった類いですか?」
『ッ!?じゃあそっちに!』
「いいえ違います。こちらも既に」
トリガーの両の手が左右にぐいと引かれ、ごきんと鈍い音を奏でた。
「終わりました」
どさりとひとつの肉が床へ倒れこむ。
『終わった?』
「ええ、ガリア王国首都『リュティス』、その完全制圧が完了してしまいました」
窓からは黒煙を上げるリュティスの王城と、空に君臨し地上を砲口で以て睥睨する『白虎』の艦隊が見え、『ガリア』の未来を閉ざすかのような黒き『雷雲』が王都全体を覆い尽くしていた。
だが不思議なことに、不自然なことに、その『雷雲』は王都の空『のみ』に存在していた。
まるで、何かが正体を隠すためベールを纏っているかのように……。
トリガーは窓から視線を外し、再び屋内に目を向ける。
そこでは彼直属の諜報部隊が部屋の机をひっくり返し、隠し部屋がないかを探査し、欠片でも多くの情報を収集せんと努めている。
それを眺めつつ、トリガーは続けた。
「ただし、敵の主力とされていた『キマイラ』は極僅か。それも完全な戦闘タイプではありません。そのうえガリア王どころか、国家の中枢人物と見られる者はひとりしかいません」
『……ひとり?』
「ええ、『王国』と呼ばれる国家形態に存在する、能力ではなく血筋で地位を確立される存在」
チラリと見た先、そこにはひとりの少女がいた。
恰好は非常に質素な、『蒼龍』の女官のようなゆったりとした白い衣服、トリガーはそれがこの国の『修道服』と呼ばれるものだと資料で知っている。
顔はツリ目に広いデコで、とても『意地の悪そうな』笑みを浮かべている……が、うっすらとかいた汗がその内心を表している。
そして何より目立つのは、一点のくすみもない、その磨き抜かれた鮮やかな青い髪。
それを見つつ、彼は言った。
「いわゆる、王女様ですよ」
値踏みするようなトリガーの視線も周囲で騒がしくしている異界の兵士たちも、少女―――ガリア王国第一王女イザベラには、欠片も興味を引かなかった。
彼女はそんな最悪の状況下にあって、ただ一人の存在にしか目が向かなかったのだ。
イザベラの目の前には小柄な、そうとても小柄な白い異界兵がひとり、銃を抱えて立っている。
その背の低さは、まるで、まるで―――――
「……」
「……」
「……変わった衣装ね、『人形』」
「……あなたも、そう」
イザベラの前に現れた謎のタバサ、いったい何者なんだ!?