イザベラは変装を止め、被っていたベールを脱ぎ棄て王族の証である蒼い髪を下ろすと、傲然と言い放った。
「それで?どうしてお前がここにいるんだい?それに随分変わったお友達まで連れて」
その顔にはいつものように、勝気で、強気な、意地の悪そうな笑みが浮かんでいる。
対する謎のタバサもまた、いつものように無感情な声で返す。
「……貴女には関係のないこと」
「ハンッ!大方、アンタの母親を治す方法を求めてって感じかい。それかコイツらに『塔』を制圧させて情報のおこぼれでも貰おうって魂胆だろ?」
「……」
黙したままのタ……謎のタバサに、イザベラはますます意地悪く続ける。
「生憎だったねぇ?アンタの当ては外れることになるよ」
「……何故?」
「あそこはとっくに空っぽ、だーれもいないし何にもないのさ。いや、この城自体が張り子の虎なわけさ」
これに反応したのは二人。
一人はタバ…謎のタバサであり、もう一人はここの現場指揮官であるトリガーだ。
「その件に関して詳しくお聞かせ願えますか?」
「アンタは?」
じろっとねめつけるイザベラに、トリガーは姿勢を正し、右手を心臓の位置に置く敬礼を行った。
敵国の王族であろうと、礼儀というのは尽くすべきだ。作法だけならコストもかからない。
「ミリテス皇国総督府付特殊部隊『ノア・コマンド』総指揮官、トリガー・オールスタイン大佐であります」
それを下から上へじろっと見たイザベラは、ハンッと鼻で嗤うと、
「イザベラ・ド・ガリアですわ」
ハルケギニアの作法を知らぬトリガーですら感嘆の念を抱くほど、見事な仕草で美しい淑女の挨拶を返した。
しかし、だ。
彼女はパッとそれをやめると、トリガーに皮肉げな笑みを向けた。
「で?おためごかしなやりとりはこれっきりだろうね?」
これにはトリガーも苦笑い。拳銃を突き付けての礼儀作法など、確かにおためごかし以外の何でもない。
「とにかく、貴女には本国まで来ていただきます。同行してもらえますね?」
にこりと微笑み、有無を言わさぬ口調で言ったトリガーに、あくまでイザベラは不遜な態度を崩さない。
「いいともさ。エスコートしておくれ」
そのまま兵士に囲まれ、先導されるまま歩き出そうとした―――その時だ。
「お困リでスカ〜?」
突如かかった陽気な声。
その場にいた全員が、弾かれたように『その男』を見た。
いったいいつからいたのか。
まるで初めからそこにいたかのように、そいつは部屋の中央にぐねりと佇んでいた。
闇を溶かし込んだかのようなローブに身を包み、顔も見えないほど目深にフードを被っている。そのローブはグネグネと蠢いており、まるで深淵に潜む生き物が、光に身を曝さぬよう闇を纏って現れたかのようだ。
それへ一斉に兵士たちが銃口を向ける中、イザベラは舌打ちとともに忌々しげな眼差しを投げた。
「……ファウストかい、今更何しに来たんだい」
名前を呼ばれた男、ファウストは、幽鬼のように袖を揺らし、上機嫌なキーキー声で答えた。
「お困りかとおもって〜。いつものアレですよぉ」
“アレ”とは何か、暗号だろうかとトリガーが疑問に思うより早く、イザベラは吐き捨てる。
「アタシの返事もいつも通りだよ。さっさと失せな」
「え゛」
この返答かあまりに意外だったのか、ファウストは呻いたきり固まった。
いつもは勝手にぐねるローブも、今は波打ったまま彫像のように停止している。
そんなファウストに、イザベラは意地悪く笑いかけた。
「なーに踏まれたカエルみたいな声出してんだい。言っただろう、アタシはアンタが大嫌いだってね」
「……死ぬ気?」
「いンや?アタシはコイツらに用があんのさ。だからそもそもアンタはお呼びでないよ」
しばし怪人は茫然と停止していたが、ふいに動き出してこう呟いた。
「……待てヨ?今ここで君を拐ウノはどうダろう?世界の果テを越エて、何処まデモ行くってノは―――」
「あのー」
と、そこへ苦笑を滲ませたトリガーが、片手を上げて話を遮る。
「そろそろよろしいですか?」
それをファウストは不快気に見やった。フードの暗闇の奥から、睨みつけるような視線を感じる。
「何かな人間。ぼクハ今忙しインダだけど」
「なるほど、では同じ『部屋』にてごゆるりと。連行しろ」
にこやかにトリガーは指示を下し、それを受けた兵士が二人ずつ、ファウストとイザベラそれぞれを掴んだ―――瞬間。
「触れるなよ人間ごときが」
ファウストを掴んだ兵士の頭が吹き飛んだ。
それと同時、空気を鞭打つかのような乾いた音が連続して鳴り始める。
どこからかと言えば、それは対峙するトリガーとファウスト、その間辺りから聞こえてくる。
トリガーの『パンドラボックス』から伸びている4本のマジックアームは、その先端をファウストに向けクイックイッと機械的に動いている。
対しファウストはそのローブの端が絶えず激しくバタバタと蠢き続けていた。
止まることなく鳴り続ける音に、イザベラが首を傾げていると、偶然一匹の羽虫が、トリガーとファウストの間を飛んだ。
途端―――羽虫はバラバラに弾け散った。
「決着が尽きませんね。そろそろ飽きてきましたよ」
「……」
そう言いながらも涼しげな態度を変えないトリガー。
ファウストはと言えばローブで顔を隠しているにも関わらず、激怒して睨み付けているのが丸わかりだった。
やがて連続していた音が疎らになり、聞こえなくなった。
そしてファウストはスッと指をトリガーに突き付け、憎悪をこめて口を開く。
「……お前たちを殺すのは簡単だけど、それだと彼女も巻き込む。それは困る」
「では?」
「一旦引くよ。次は殺してやるからな」
「はは、愉快なお人だ。逃がすとでも?」
トリガーが軽く手を振れば、それだけで兵士たちが音も立てずにファウストを半包囲する。
『半包囲』、つまりは撃った時に射線が被らないようにするための、『殺す』ための陣形である。
「王女様、御用の際は是非是非お呼びクダさイな。どコニいよウト僕ハ参りまスノで〜」
だがファウストは、そんなトリガーたちを完全に無視し、ただ優雅に礼をする。
しかし、その姿から立ち上る確かな妖気。
それを感じ取ったトリガーは即座に命令を下した。
「殺せ」
17mm口径小銃のアギトが唸りを上げファウストの全身に喰らいつく。
弾丸の勢いにファウストは後ろへ吹っ飛ばされ、壁に押し付けられ、それでも倒れることすらできないほど撃たれ続ける。
さらに追加で氷の矢が何本もその身を貫き、壁に縫い止める。
「止め」
号令直下、すぐさま銃撃がぴたりと止んだ。
辺りを多量の硝煙と、穴だらけにされた壁からのわずかな粉塵が舞う。
ファウストは壁にかかったままぴくりともしない。
「……ひっどい騒音に耳が破けそうだよ。で?殺せたのかい?」
「……」
耳を抑えたイザベラが顔を顰めて言うのに対し、トリガーは答えずにマジックアームを伸ばしてファウストのフードを取った。
「……これは」
そこに顔はなかった。
どころか何もない。
そこにはズタボロになった、ただの黒いローブがあるだけだった。
「どういうことだ」
「それはね」
イザベラが立ち上がり、カツカツと足音高く歩み出す。
向けられている銃口などないかのように進み出て、壁際のローブを掴むと大きく中身を開いた。
「こういうことよ」
そこには赤黒い血で描かれた、禍々しい『魔法陣』があった。
だがトリガーの知識にその『魔法陣』はない。
『朱雀』の魔法陣は歯車をモチーフにしているし、新しく暗記した『ハルケギニア』の魔法陣は『ルーン文字』を綴っている。
しかしこれは、文字かどうかもわからないグニャグニャした線と、一見無軌道に見えて確かな図形を描いている『ようにも見える』線。
そして中心には、『キマイラ』の覆面にもあったあの『逆さ五芒星』。
「これもキマイラの一種。あいつは離れたとっからでもこれを操作できんのさ。アンタらの派手な攻撃で魔方陣が崩れて動かなくなったってわけだよ」
「……随分とお詳しい。それに素直ですね」
「単純な話さ。アタシはアタシの価値を示してるだけ。ただの人質や捕虜じゃない。上質で素直な価値ある協力者になりたいってことよ」
「ほほう。それで?代わりに何をお望みですか?」
「命乞いと命取り」
「それに見合う対価は用意できるのですか?我々がこれから奪うモノ以上の」
暗にトリガーはこう言っているのだ。
“滅ぼしてから奪う以上の利益はあるのか”と。
だがイザベラはまったく怯むことなくバッサリと即答する。
「愚問。笑わせンじゃないよ」
その態度にトリガーは、さも興味があるかのように振る舞った。
だが実際はそんなことは考えていない。
囚われの王族に出来ることなどあるはずがなく、せいぜい人質としての価値しかない。
そして首都制圧が完了し、戦力の圧倒的格差が発覚した今、ガリア全土の完全制圧まで秒読みの段階だ。
「では何を払うか、お聞かせ願いますか?」
「『ガリア』」
「……今、何と?」
耳を疑う内容に、不覚にもトリガーはポカンとして繰り返してしまった。
その様子にしてやったりと笑ったイザベラもまた、傲然とした態度で繰り返した。
「『ガリア王国』をまるごとくれてやるわ。アンタたちがやるよりおいしくね」
次の更新は…いったいいつになるやら(;´・ω・)