異世界にて軍師になりました。   作:のららな

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俺を軍師にしてください

 気が付くと、俺は暗い森の中で大の字になって倒れていた。

 

 ついさっきまで自宅のベットの上で本を読み寝転び、ほんの数秒、目を閉じただけの筈だった。しかし、再び目を開いてみれば、木目の天井(てんじょう)は消え、代わりに青黒い用紙の上に何万もの大小様々な宝石を散りばめたような星空と、青白い満月が(まぶた)の中に飛び込んできた。

 

「なんだ、これ……夢?」

 

 目を逸らしたく無いと無意識に想う程に、眼に写るそれは現実からかけ離れた幻想的な景色に思える。

 

 だが、夢にしては意識がありすぎる、試しに頬をつねってみたが、やはり、普通に痛い。

 

「どうなってんだ?ここは、何処だ……?」

 

 周囲を見渡してみる。

 生い茂った樹木の香り、様々な虫の音、梟の鳴き声、深夜の森、誰がどう見ても山の中だ。

 

「ふぅ、落ち着け、落ち着け、軍師ならば、突然の変化も冷静に対応するものだ、うん」

 

 寝たままの状態で、混乱した脳内を必死で落ち着かせようとしていると、草木を踏む何かの足音が聴こえ咄嗟に顔を上げる

 

「「「ガルルルルル……!!!」」」

 

 上げた先には気の荒そうな狼が三匹「今夜はご馳走だ!」と言わんばかりにヨダレを垂らして俺を見ている。

 

「なんだ、何かと思えば三匹の狼じゃないか、へぇ~野生のオオカミなんて初めて見たなぁ~」

 

 乾いた笑いってこういうことなんだろう、俺はゆっくりと立ち上がり服に着いた草を払う、そして……。

 

「俺を食べても美味しくないぞおぉおおおお!!!!」

 

 全力で、オオカミの居る逆方向に逃げた、無論、オオカミも獲物を逃がすまいと追い掛けてくる。

 

「な、なんで日本の山の中に狼が!?絶滅してるはずだろっ!!!???」

 

 冷静に考えてる余裕はない、木々を掻き分けながら、転がるように斜面を下る。

 けれど、相手は常日頃から狩りをして生活している野生の動物で、尚且つ、俺は靴を履いていない素足の状態で走っているから全力で走れない。斜面のお陰で何とか逃げていられるが、だんだん狼との距離を詰めてきているのが気配で分かる、このままでは、数分後に全身を食い破られ絶命する未来が容易に想像出来た。

 

「くそっ!どうすれば……」

 

 斜面を駆け降りながら、状況を打破する術を必死で考える、武器も無く、自分に援軍の見込みは無い、そして、相手は三倍の数で、山の中という地の利、夜目が利く天の利まである、この場合、ありとあらゆる兵法書を読破した俺が導き出す最上の策は……。

 

「全力で逃げるしか無いよね!」

 

 さっきからやっている行動がその最上の策であった。

 

「畜生、俺はこんな所で死ぬのか!」

 

 どう考えても絶望的な状況、今にも狼は飛びかかって来そうだ。俺が生まれて初めて死を覚悟した刹那、何者かが俺の横を通りすぎるのを眼の端で捉え、次の瞬間、背後で「キャンッ」という狼の断末魔が聞こえた。

 

「な、なんだ?」

 

 背後で起きた出来事を確認しようと体を後ろに捻るが、木の根っ子に足を取られ、そのまま目の前の木に衝突した。

 

「ぐへんっ!」

 

 衝撃で頭を強く打ったのか、情けない声を上げてヘタリと倒れ込んむ。

 

「ねえ、大丈夫??」

 

 朦朧とした意識の中で少女が俺に話しかける。目が霞んでいても分かる、月明かりで照らされ黄金色に輝く長い髪、雪の如く白い透き通った肌、太陽と百合の花が彫刻された白銀の胸当てを身に着けた育ちの良さそうな美少女だ。

 

「な、なんでこんな所に……?」

「叫び声が聞こえたから助けに来たのよ、見たことの無い服を着てるけど、あなた、どこの国の人??」

「ど、どこって、日本に決まってる、だ……ろ……」

 

 衝突時の当たり所が悪かったようだ、頭が冷たく重くなり、少女の姿がフェードアウトしていく。

 

「あれ、もしもーし?」

 

 少女は俺の頬をペチペチ叩きながら呼び掛けている、だが、俺の意識はそこでブツっと途切れた。

 

 

 

 

 

 ランヴェラス暦三六一年 四月 深夜。

 

 

 

 

 パチパチと、炎が小枝を燃やす音で俺は意識を取り戻した。

 どれくらい経ったのか分からないが、満月が少し傾いた程度なので、気を失ってから二時間位だろう、まだ夜明けには少し早い。

 

「あ、起きた」

「起きましたね」

 

 さっきの美少女ともう一人、黒く濡れたような髪に藤色の西洋式甲冑を身に纏った、見るからに生真面目そうなくっ殺……もとい姫騎士さんが俺の顔を覗き込んでいる。

 

「大丈夫?木に頭ぶつけて気絶してたみたいだけど」

 

 金髪の少女が心配そうに俺の顔を見つめる。

 

「こ、ここは……狼は……?」

「ここは私達の夜営地です、焚き火を絶やさなければオオカミは近寄って来ないでしょう」

 

 女騎士さんが焚き火に小枝をくべる、どうやら、俺はこの二人によってここに運び込まれたみたいだ。

 

「貴方を襲っていたオオカミは私が退治してやったわ、一匹だけだけど」

 

 えっへん!と得意気にしている金髪の少女に、姫騎士さんが飽きれ気味に溜め息をついた。

 

「姫様、いくら人助けと言っても獣を相手にするのは危険ですとあれ程……」

「良いじゃない、私は怪我もないし、残りのオオカミはウィスタリアが倒してくれたし、万事解決じゃない?」

「そういう問題ではありませんよ!いきなり姫様が森の中に入ってしまわれるからどれほど心配したことか……」

「あはは、ゴメン、ゴメン」

 

 ニッコリとお日様みたいに笑って謝った、こんな美少女に悪気の無い笑顔で謝られれば誰でも許してしまうだろう、もちろん、この場合も例外ではない。

 

「こ、今回だけですからね、まったく……」

「ふふっ、可愛いなぁウィスタリア」

「か、からかわないでください!!」

 

 姫騎士さんは顔を少し紅く染め、ぷくっと頬を膨らませた。

 

 

 

「さーて、それよりも、あなた」

 

 姫、と呼ばれる少女が、何か腑に落ちなそうな顔で俺に話し掛けた。

 

「なんで、この森を一人で彷徨いてたの?しかも見るからに軽装で」

 

 疑問は至極真っ当だ、人を襲う獣がいる深夜の森に武器も持たずに入るなんて明らかに自殺行為だからだ。だが、その疑問はそのまま俺の疑問でもある。

 

「何て言えば良いかな、気が付いたら森の中で倒れてた、ほんの少し前まで自分の家にいたのに」

「どういうこと?」

「俺も分からない、信じられない話だけど、一瞬であの場所に移動したって感じだよ、そして、狼に襲われた」

「一瞬で移動したって……まさか」

 

 俺の『信じられないような話』に、心当たりがあるのか互いの顔を見合わせる。

 

「ウィスタリア、もしかして、この人……?」

「恐らく、転移者(イティネラー)かと」

「いてぃねらあ?なんだよ、それ?」

 

 聞いた事無い単語に俺は首を傾げる。

 

「えーとね、転移者(イティネラー)は、別の世界から来た者って意味よ、それこそ、なんの前触れもなくこの場所、この世界に移動して来た人を私達はそう呼ぶの」

 

 彼女曰く『転移者』とは、別の世界で暮らしていた人間や生物がこの世界に突然ここに来る事らしい。

 いつ、何処で転移者が現れるのかは判明しておらず、転移者が確認された場所はどれもバラバラで周期も決まっていない。わかっているのは、それら全ての転移者が、ここよりも文明が進んだ世界で暮らしていた事、皆、気が付くとこの世界にいた、ということだけだ。

 

「そういう訳で、あなたは転移者なんじゃないかな?」

 

 まるで、そこまで驚くことじゃないよ、と、姫は小首を傾げて微笑んだ。

 

「俺が、まさかそんな……」

 

 そんな、お伽噺みたい事あり得ない、だがこの状況はまさしく、彼女の言う『転移者』のそれだ、なら、ここは俺の知る世界ではない別の世界って事になる、それはあまりにも非現実的だ、だが。

 

「あり得ない……って言いたいとこだけど、二人の言う通りなんだろうなぁ」

 

 その非現実的で、お伽噺のような話を信じることにした。こんな所にいきなり飛ばされた時点でお伽噺みたいなものだし、それを抜きに考えても二人が俺に嘘をつくメリットもない、ドッキリだとしても手が込みすぎている。

 

 何より、俺を襲った野生の狼自体、日本では百年前に絶滅していて存在しないはずだ、それが群れで生息しているなら、ここが日本である可能性は極めて低い。以上の事から、俺は彼女達の言うことは本当だと判断した。

 

「ちなみに、転移者は元の世界に帰ることが出来るのか?」

 

 ここで重要なのは、俺が元の世界に戻れるのか可能なのかだが、帰ってくる回答なんて決まっている。

 

「それは、どうだろう……ウィスタリアは知ってる?」

「いえ、元の世界に帰ったという話は聞いた事無いですね」

「だよな……」

 

 転移者が元の世界に戻ってしまえば、彼がその後どうなったかなんてこの世界の人が知る術はない、この世界でも『突然いなくなった』だけのことだからだ。

 

「じゃあ、俺はこの世界で暮らすしかないのか」

 

 帰る方法もあるかも知れないが、それを探すよりも、まずはこの世界の事を知ることが先だろう。この娘達の言ってることが本当かどうかも、しばらくこの世界を見て判断する。

 

「へぇ~、あなた、状況を飲み込むのも早いけど、気持ちの切り替えも速いのね」

 

 いきなり別の世界に投げ出されたら普通の人なら取り乱すものだろう、現に大抵の転移者はそうらしい。だけど、俺は違った。

 

「一応、向こうの世界で軍師を目指してたし、刻々と変化する状況に対応するのは軍師の基本だからな」

 

 こんな状況は一度も体験したことない事態だけど「なんとかなるさ」と軽く笑ってみせると、目の前の姫が肩をプルプルと震わせ、そして。

 

「ぐ、軍師ですってぇえええ!!!???」

 

 アイドルが現れた時に女性が出す黄色い声が森に響き渡った。

 

「ねぇ!今あなた、軍師を目指してるって言ったわよね!?」

 これまで見たこともない、キラキラとした表情で姫がにじり寄ってきた。

「ねぇ!前にいた世界で軍師だったの!?前線で兵士を動かしてみたり!?もしくは参謀!?計略とか謀略とかそういう感じのアレ!!??」

「ち、近いっ!」

 

 吐息が頬に当たるほどの距離で、姫は質問を畳み掛ける。

 

「い、いや、目指してるって言っても、実際に兵士を指揮をしたりしたことも、作戦を立案とかも無いし、実戦の経験も無い……」

「でも、そういった事には詳しいんでしょ!!??」

「まぁ、ここで言う『向こうの世界』での兵法書やその類いの書物は読み尽くした自負はあるけど……」

「ねぇ!?聞いたウィスタリア!!この人、兵法に詳しいって!!私達の仲間にしようよ!!」

 

 まるで子犬のようにはしゃぐ姫とは対照的に、姫騎士さんは疑いの眼差しで俺を見ている。

 

「聞いています、ですが、本当に詳しいのか分かりませんし、何より兵法しか知らない者が我が軍の行く末を決めるのは危険かと」

「けど、私達の世界より進んだ文明の兵法よ!?きっと凄いに決まってるわ!!」

「例えそうでも、兵法を丸暗記しただけの軍略家が、いざ戦が始まったら役立たずって事もあり得ます」

「でも!知らないよりは知ってる方が良いじゃない!」

 

 何やら二人が俺を仲間にするかどうかで言い争いを始めた、二人の声が段々ヒートアップしていく。

 

「何よウィスタリア!今はそんな贅沢をいってる暇は無いでしょ!?」

「贅沢などではありません!実戦経験の無い者に全てを委ねるのは危険だと言っているのです!!」

 

(なんだこの状況?てか、なんでこんなに……?)

 

 二人が熱い口論を繰り広げる中、ふと、一つの疑問が頭を過った。

 

「あのさ、二人はなんでそんなに軍師を必要としてるんだ?」

 

 二人の会話を聞く限り、腕の良い軍師を必要としているようだが、その手の者が必要な状況なんて余程の事態だろう。しかも、女の子二人が、だ。

 

「え、あぁ、そう言えばまだ自己紹介がまだだったわね」

 

 そういうと、姫はその場で身なりを整え、コホンと咳払いした。

 

「私の名はリリーエ・リュミエール・エスプランド、で、この娘がウィスタリア、私の侍女をしています」

 

 ウィスタリアが俺に向けて軽く会釈する。リリーエと名乗った彼女は、先程と打って変わって深く息を吸い込み、落ち着いた表情で自分の生い立ちを語り始めた。

 

「実を言うと、私は、つい三週間前までこの土地を治めていたランヴェルス国の王の娘、つまりはこの国のお姫様だったのだけれど、隣国のドミナシオン国が我が国との同盟を破り、数十万の大軍でランヴェルスに侵攻してきたの、そして父は戦場で殺されて……」

 

 彼女の顔から深い悲しみと憎悪が浮かぶ。

 

「国は滅ぼされたって訳か」

 

 リリーエはコクりと頷いた。

 

「ウィスタリアが助けてくれたお陰で運良く生き残った私は、ドミナシオン軍に終われながら各地に散った元ランヴェルス軍の兵士を集めて、国を復活させようとしている」

 

 まだ現段階で私とウィスタリアの二人だけなんだけどと、リリーエは自傷気味に笑った。

 

「それで、国を取り返すため為、戦に強い軍師が必要だと」

「そういうこと」

「難しいな、軍師もそうだが、国を取り返すには最低でも数千の兵士が必要だが、その目処はあるのか?」

「数千とはいかないけど、この山を越えた村で、百人程の旧ランヴェルス兵が集まってるって聞いたの、そこで彼らと合流する為向かっていたら……」

「俺が狼に襲われていたと、なるほどね……」

 

 俺は溜め息をつき彼女達の状況を整理する。味方の兵士は多くても五百未満、その殆どが敗残兵で指揮官は存在せず、恐らく兵糧も無い、もし、ドミナシオンって国が戦車や航空機で攻めてきたら勝ち目なんて…………いや、待てよ。先程、リリーエは『移転者はこの世界より進んだ文明から来た者』と言っていた、それに、彼女達の服装からすると、もしかしてこの世界は……!。

 

「なぁリリーエ!ドミナシオン軍が持つ主な武器ってなんだ?」

「き、貴様!姫様の名を呼び捨てにするなんぞ……!」

「まあまあ、ウィスタリア、そんな怒んないで、敵の持つ武器とか、ウィスタリアなら詳しいのよね?」

 

 リリーエに促され、ウィスタリアは不機嫌そうに敵の兵装備と戦術を説明する。

 

「……ドミナシオン軍の殆どが騎馬や弓を主体とした編成でしょう、騎馬が突撃して弓で止めを刺すのが、彼らの基本戦術ですから」

「ドミナシオンに戦車はいるのか?てか、戦車はどんな形だ!?」

「戦車ですか?どんな形と言われても、荷台の上に兵士が乗り、二頭、多い物で四頭の馬がその荷台を引っ張るあれの事ですか??」

 

(やっぱりそうだ……!!)

 

 胸の鼓動激しく高鳴り、脈が速くなるのを感じる、この世界では鉄の戦車や航空機どころか、下手すれば鉄砲すら存在しない。

 

 騎馬が大地を揺らし、弓矢が空を覆い、数多の兵士が肉弾戦を繰り広げ、将が作戦を練り、策略、計略で敵を撃ち破る。

 俺が子供の頃からずっと夢見て、憧れた、中世の戦争が存在する世界に、俺はいるのだ。

 

 俺は二人の眼も気にせず、大声で叫んだ。

 

 子供の頃から憧れていた夢が、向こうの世界で諦めかけていた夢が、この世界で叶うかも知れないと思うと、声を出さずにはいられなかった。

 そして、なにより、運良く俺の夢を叶えてくれる主が、すぐ目の前にいる。

 

「リリーエ!!!」

「な、何かしら……?」

 

 ぜぇ、ぜぇ、と、大声で息を切らしながら、軽く引き気味の彼女に、俺はとびっきりの笑顔を向けた。

 

「まだ名乗ってなかったな、俺の名は櫻井(さくらい) 晴人(はると)、心配するな、俺の策で必ずお前の国を復活させる!いや、むしろドミナシオンって国を逆に滅ぼしてやる!絶対だ!!約束する!!!」 

 

 恐れや不安なんて一切無い、今まで溜め込んだ物を、知識を、俺はこの世界で爆発させてやる。

 

「だから、俺を……」

 

 全身で空気を吸い込み、吸い込んだ息を全て声に変えて、リリーエに向けて解き放った。

 

 

 

「俺を、お前の軍師にしてくれっ!!!!」

 

 

 

 周囲に木霊する俺の大音声にリリーエは戸惑いながら、とても嬉しそうに頷いた。

 

「う、うん!!これからよろしくね!ハルトさ……いや、『軍師』!!」

「あぁ、任せろ!!」

 

 俺とリリーエは互いの手を握る。

 既に夜明けの時刻、地平線の先から太陽が登り、晴人を照らしだした。

 その光はまるで、この世界で新たな門出を迎える俺を祝福するかのように、優しく、とても暖かい光だった。

 

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