『かつて、この世界は一つの巨大な帝国、エスパシオン帝国が治めていました。
しかし、王位継承問題や貴族の跡目争い、多民族間の争い、宗教的な争いが重なり、エスパシオン帝国の領土から二百を越える国が分裂してしまいました。
やがて、それら国々は四百年間戦い続け、現在は八つの大国が鎬を削るようになったのです。
その八つの大国の一つ、エスパシオン中央部に位置する我がランヴェルス国は四方に大国が隣接しており、東と結んでは西を攻め、南と同盟すれば北を侵略する、という戦略で領土を拡大していました。
しかし、ランヴェルス軍が西に侵攻している隙を突き、東側に位置するドミナシオン王国が我が国との同盟を破り、不意を突かれた形となったランヴェルスは成す統べなくドミナシオンに敗れ、王都は陥落、ランヴェルスは滅ぼされてしまったのです』
「と、これが現在の情勢ですが、何か質問はありますか?軍師!」
リリーエ先生による、とっても分かりやすい(自称)歴史講座のおかげで、ランヴェルス国と周辺諸国の成り立ちが大体理解できた。
つまりこの世界は現在、英仏百年戦争と応仁の乱と宗教戦争が混ざった春秋戦国時代みたいな感じだろう、見事な程にカオスだ。
「ちなみに、この戦争が始まった直接的な原因は、各国の学者達がずっと研究してるのに今だに解明されてないのよねぇ」
「だろうな……」
正直、ここまで混沌としていると学者達が何百年考察しても判らない気がする、ある意味、その研究だけで一生食っていけそうだ。
けどまぁ、俺が居た世界の戦争史も酷いもんだからこの世界にどうこう言える筋合いは無い。
陽が昇ってから数時間が過ぎた。
俺とリリーエ一行は、旧ランヴェルス兵と合流する為、兵士が集まっているという山の先にある村を目指し、薄暗い山道を進んでいる。
その道中、俺は歩きながら国の成り立ちや地形、諸外国の外交、友好関係等をリリーエから教えてもらっている、のだが。
「ありがとう、リリーエ……さん、次は各国の地理を教えてくれ……ください」
リリーエがピンと右手を上げ「分かりました、軍師!!」とにこやかに返事をする傍らで、鋭い眼光で俺を睨みつける存在があった。
「…………」
やっぱり怒ってるよな、これ……。
村に向かって歩き出してからというもの、ウィスタリアは決して俺と眼を合わせず、リリーエの影からずっと俺を凝視し続けている。
美人な女性に影からずっと見られている、といえば聞こえは良いかもだが、少なくとも俺は、凍りそうな冷たい目で見られ続けて嬉しいなんて感情はこれっぽっちも湧かない。
「ねぇ、ウィスタリア?」
彼女の異様な雰囲気を察したのか、リリーエがウィスタリアに話しかける。
「え、あ、な、何でしょうか、姫様?」
「何か機嫌悪そうだけど、何かあったの?」
「い、いえ!なんでもありませんよっ!?」
声が裏返ってますよ、ウィスタリアさん。
「正直に言って良いのよ?侍女が何か悩んでるなら、それを解決するのも姫の役目なんだから!」
「いや、なにも無いのです……」
「遠慮しないの!」
「うぅ………」
「さぁ!どんとぶつかってきなさい!ウィスタリア!!」
リリーエの裏表無い一途な眼差しを向けられたウィスタリアは眼を泳がせ、乙女のようにあたふたしだした。
「な……えっと……その……」
耳まで真っ赤にさせ、ウィスタリアが何かを伝える仕草を見せる。
その時、一瞬だが彼女と俺の眼が合った気がした。
「な…………」
「な…………?」
「な、なんでも無いですよぉおおおおお!!!」
紅潮した顔を両手で覆いながら、ウィスタリアは走り去ってしまった。
「どうしたんだろう?無口な性格だったけど、軍師が仲間になってから余計に喋らなくなったような……、あ、もしかして……!」
何かピンと来たのか、先に進むウィスタリア背中と俺を交互に見て、リリーエがニシシと笑った。
「これはもしかして……恋かな?」
「いや、俺はその逆だと思うんだが……」
俺に向けられていた凍えるような視線が恋する乙女の眼差しなら、俺はその恋心を永久に察してやることが出来ないだろう。
恐らくだが、新しく入った俺がリリーエに対して親しげに接しているのが気に食わないんだと思う、一応、リリーエはお姫様だし。
「まあ、その話はウィスタリアに後で聞かせて貰うとして、さっきの続きね?軍師さん!」
「ちょっとその前に、さっきから気になってるんだが」
「うん? 何かな?」
「その『軍師』って呼び方、なんとかならないか?」
最初はリリーエに軍師と呼ばれて舞い上がっていたが、何度も言われるとだんだんバカにされている感じがしてくる、本人に悪気は無いんだろうが、気になって仕方ない。
「でも軍師って呼びやすいしなぁ……うーん」
リリーエは腕組みしながら俺の新しい呼び方を考え始める、その姿を見て、俺はふと思う。
こうやって見ていると、本当にお姫様に見えないよな。
リリーエに最初に会った時は見た目の美しさもあって、手の届かない高嶺の花のような印象があった。しかし、会話をしてみると幼馴染みと話をしているように錯覚してしまう。
そして、リリーエが楽しげな表情をする度に俺は暗い気持ちになるのだ。
あんな事があってすぐなのに、こんなに明るく人と話せるなんて、才能だよ。
リリーエがつい三週間前に親を殺され、祖国を滅ぼされた亡国のお姫様だと言って誰が信じるだろうか。目の前にいる少女は、世間の辛さ、苦しさを知らずに育った向日葵みたいな明るい笑顔で接してくれる。
その裏でどれ程の重荷を背負って彼女は生きているか、俺には想像もつかない。
少しでもそれを支えてやらないとな、俺は彼女の軍師なんだから。
この笑顔を絶やさない為にも、俺は絶対に彼女の国を復活させてやると、一人密かに心に誓った。
「よし、決めた、これからは『サハリン』って呼ぶことにする、改めてよろしくね、サハリン♪」
「サハリン♪じゃねーよ!どうしてそうなる!?」
どう思案すれば俺の呼び方が頭痛薬みたいになるというのか、無邪気に笑う彼女を見て俺は思わず嘆息した。もしかして、この娘は重荷なんて何も感じて無いんじゃないか?。
彼女の態度にやるせなさを感じていると、リリーエは前に躍り出て、前屈みに俺の顔を覗き込み。
「ふふふ、冗談よ軍師、ごめんね?」
イタズラっぽく微笑みながら謝った。
まったく、その表情は卑怯だ。
三十分程が経ち、薄暗い森を抜けると見晴らしの良い丘の上に出た。丘下は見渡す限り森林に覆われており、奥は霧がかって先が見えない。リリーエから話には聞いてたが、中々に深い森林地帯である。
「迷ったら帰ってこれなそうだなこりゃ……」
晴人が森には安易に入らないよう苦笑いしていると、リリーエが森の中に丸く空いた場所に指を差した。
「あった、多分あれが目的の村ね!」
指差した所を見ると、そこに何軒か建物が見え、朝飯の準備をしているのか、村から大量の炊煙(すいえん)が上がってる。
「ようやく着いたわね、えっと、あの村の名前はなんだっけ?ウィスタリア?」
「旧ランヴェルス領・ナチャーラ村ですね、人口は五十人程度の小さな村で、村人は主に森に住む鹿や猪、狼などを狩り生活しているようです」
ウィスタリアがナチャーラ村について簡潔に教えてくれた。
「村の規模は五十人程度らしいけど、どう?」
「あの炊煙の数、百人近く村の中にいると思う、恐らくランヴェルスの兵士達だと思うが……」
「ふふ、やっぱりここに集まっていたって本当だったのね、早速向かうわよ!!」
「リリーエ! ちょっと待った!」
村に駆け出しそうなリリーエを、俺は両手で制した。
「なんで止めるの? 速く兵士達と合流しなきゃじゃ……?」
リリーエが足踏みしながら俺の行動に苦言を呈する、しかし、今すぐにでも村に入りたい気持ちは分かるが、それはまだ早い。
「いきなりリリーエが村に入るのは危険だから止めたんだ」
「危険? なんで??」
「ハルト殿の言う通りです、姫様」
ウィスタリアが俺の意見に賛成してくれて正直驚いた、相変わらず眼を合わせてくれないけど。
「あの炊煙を出している人間が、本当にランヴェルス兵なら良いのですが……」
「そういうこと、あれがもしドミナシオンの兵士なら村に入った瞬間に俺達は一貫の終わりだからな」
「う、確かにその通りね……」
リリーエが自分の行動が軽率だったと反省する。
「だから、先に俺が村に入って様子を確認してくる、二人は村の近くで俺が戻るのを待っていてくれ」
「軍師が一人でって、大丈夫なの?」
「心配するな、ちょっと行って確認するだけだから、すぐに戻るさ」
俺は二人置いて先に村に着くため、坂道を一気に駆け下りる。すると、丘の上からリリーエが「忘れてた!」と叫び俺を呼び止めた。
「軍師! これ!!」
リリーエから何かを投げ渡され、それを受け取る。
「そのお金で新しく服を買いなよ! 流石にその服じゃあ他の町で目立っちゃうから!」
リリーエは笑顔でこちらに手を降っている、投げ渡されたのは五百円玉程の大きさの金貨一枚であった、金貨の値段は分からないが、服が買える程の価値があるのだろう。
「あぁ、ありがとう!リリーエ!!」
リリーエの気遣いに感謝し、俺はナチャーラ村へと続く道を駆けて行った。
「ところで、ウィスタリアぁ~?」
「な、なんですか?」
「ちょっとね、色々聞かせて欲しいことがあるのよねぇ……?」
ナチャーラ村に続く道を、俺は息を切らしながら走る。
基本的に道は狭く草が生い茂り、石や砂利が転がり、時折木の根っこに足を取られてしまう、獣道といって過言ではない悪路だ。
「足場が悪いな、リリーエから靴を貰っておいて良かった」
彼女から貰った動物の毛皮で作られた靴のお陰で、こんな悪路でも幾分か走りやすい。使い古された感があるが、大きさもちょうど良いし、なにより足に馴染む。
「良いものを貰った、後で彼女に御礼を言わないと」
しばらく道なりに走っていると、ナチャーラ村の入り口らしき門が見えてきた。といっても、それらしい扉があるわけでなく、柱が道の両端に二本建っているだけ、見張りが内と外に一人だけの粗末なものだ。
「止まれ!何者だ!!」
如何にも門番のような台詞で止められた、が、俺の格好を一目見た門番が「あぁ…またか……」と呟く。
「また?なんの事だ?」
「お前、
もう見飽きたと言いたそうに「通って良いぞ」と門番は道を開けた。
「そんなに簡単に通して良いのか?」
「長年ここで見張りをしてると判るんだ、そういう服装の転移者は基本的に無害だとな」
転移者がこの村に来るのは珍しくないって事なのか。
俺は「ありがとう」とだけ言ってさっさと村に入った。
村に入った俺はとりあえず村全体を歩いて回ることにした。村の大きさは意外と広く、害獣避けの木で組んだ柵が丸型の村全体を囲っており、丘からは見えなかったが、村の外周に人の肩が埋まる位の堀まで備えられていた。
門以外は防衛しやすそうな村、それがこの村の印象である。
そして、村の広場らしき場所で炊き出しを行う一団を見つけた。
「あれが集まってる兵士か、予想より少し多いな」
ざっと見ただけで百人は優に越えている、そのほとんどが軽装ながら防具を着込んでいるものの、大半が怪我人なのか何処かしらに血の跡や怪我が見える、まさしく敗残兵といったところか。
「それじゃあ、先に服を新しくして、服を売ってる店にあの兵士達が何者なのか聞くとしようか」
俺は何でもありそうなごちゃごちゃした見た目のよろず屋を見つけたのでそこに入った。村で店を営んでいるなら、道端で聞くよりこの村の情報を仕入れやすいと思ったからである。
「らっしゃい!……て、あんた転移者か?この世界の服でも買いに来たかい?」
入店早々、店主らしきでっぷり太ったちょび髭の親父が俺に話し掛けてきた。
「親父の言う通り服を買いに来たんだが、とりあえず頑丈な服はあるか?」
「頑丈な服ねぇ、それは良いが、お前さん金はあるのかい?」
親父が訝(いぶか)しんだ顔で俺を見る、確かに俺の格好は金を持ってるようには見えない。
「いくらかは分からないが、これならある」
そういってリリーエから貰った金貨を親父に差し出した。
「お、お前さん! それ、純粋なラン金貨じゃねえか!?何処で拾ったんだそんなもん!?」
親父の驚きようはただ事ではない、この金貨はそんなに凄い物なのだろうか。
「これはそんなに凄い物なのか?」
「何言ってやがる! その金貨一枚でこの辺の家が一つ買えちまう位に価値があるものだぞ!?」
「マジかよっ!!!」
なんてもの投げ渡してんだよ!てか、金貨一枚で家が買えるってどうなってんだこの世界!? 俺が金貨の価値に驚愕していると、親父がこの店の物は売れないと断りをいれた。
「ここいらの地域じゃ基本的に
「あぁなるほど、そういうことね……」
親父の説明のおかげで金貨一枚で家が買える理由がなんとなく理解できた。
日本の室町時代では、私的に作られた
恐らく、この世界では室町時代以上に悪銭が多く出回り、リリーエがくれた金貨の価値が異様に高くなって、結果的に一枚で家が買えるまで金貨の価値が上がってしまったのだろう。
俺は渋々服を買うのを諦め、本来の目的である広場の軍が何者なのかを尋ねた。
「そういう事なら仕方ない、服を買うのは諦める、それはそうと親父」
「なんだい?」
「あの広場に集まってた兵士達は何者なんだ?妙に怪我人が多いけど……?」
「あぁ、アレは元ランヴェルスの兵士達だ、戦に負けちまったから、逃げ出してここに集まったみたいなんだよ、まったく迷惑な話だ」
やれやれと親父は頭を掻く。なるほど、あの兵士達がランヴェルス兵ならこの村にリリーエを入れても大丈夫そうだ。ついでにもう一つ、リリーエ達が村に入るにあたって俺はあることを思いついた。
「それと親父、最後に一つ良いか?」
「ん?まだ何かあるのかい?」
「実は他にも欲しいものがあってだな……」