ナチャーラ村近郊の夜戦から一夜明けて、清々しい朝の日差し込む宿舎(村長宅)の一室。俺はベッドの上で一点を注視し硬直していた。
「なんでここに居るんだよ……」
寝る前には居なかった綺麗な金色長髪のお姫様が、目が覚めたら俺の隣で寝ていやがるのである、しかも薄着で。
「あ、おはよう軍師……」
上品にあくびをして「じゃあ、おやすみ……」と再び寝そうな彼女の肩を掴んで大きく揺さぶった。
「おい待てっ!二度寝するんじゃねぇ!!!」
なんでリリーエが俺のベッドで寝てるんだよ!?ちゃんと説明しないと俺がやらかしてしまったみたいじゃないか!!いや、それよりもまずいのは……!。
「ここにリリーエがいるのは百歩譲って許す!だが、早くこの部屋から立ち去るんだ!!」
「ん~なんでよ~、もう少し寝させてよ~」
「何でって決まってるだろっ!!ウィスタリアに見つかったら俺がただじゃ……」
「大変だ!姫様が居なくなった!!急いで探さない、と……?」
今現在もっとも会いたくない人物が、ノックも無くこの部屋の中にやってきた、今日は次からは次へと俺の予想外な事が起きやがる。
「あ、おはようウィスタリア~」
「え、姫様?何故、ここに……?」
さて、ここでウィスタリアの眼にこの光景はどう映っているだろう。
早朝、冷や汗を掻いている思春期真っ盛りな男の子と、ベットの上でその男の子に肩を掴まれ惚けている薄着の姫様の図だ。
なんてこった、誰がどう見ても完全にアウトだ!
「き、貴様ああぁぁぁ!!!!!」
「待てぇ!!俺の話を聞いてくれっっ!!!!」
「二人とも朝から元気だねぇ、じゃあおやすみ……」
この世界に飛ばされて二日目、未だ、穏やかな朝を迎えたことがない。
朝の修羅場から一時間後、俺達三人は宿舎にて朝食を取っていた、メニューは勿論麦飯だけである。
「昨日の夜トイレに行った帰りで部屋を間違えちゃった♪てへっ!」
「てへっ!じゃねーよ!!!」
「まあまあ、こんな美少女と一緒に寝れたんだから、怒らなくても良いじゃない?」
「そうです、姫様と同じベッドで寝るなんて万死に値する行為です、顔面に一発だけで良かったと思ってください」
「なんて言い草だよ……」
ぶっちゃけ、リリーエが部屋を間違えたのが悪いんじゃないか?何故俺の頬が痛め付けられなければならないのか、承服しかねん。
「そんな事よりほら!お・か・わ・り!」
俺の心情なんてこれっぽっちも介さない無邪気な笑顔で茶碗を俺に突き出した。
「たく、本当によく食べるなアンタら」
「食べられる時に食べとかなきゃじゃない?いつ死ぬかもわからないんだし」
「これが最後の晩餐かと思うと、いくらでも食べれます」
「そ、そうだな」
流石に自国を滅ぼされて逃げてきただけある、凄い説得力だ。
「ところで、昨日敵将を討ち取っちまったから速めにこの村から出ないとな」
二人の食欲がだいぶ治まったので、前回まともに出来なかった軍の今後を話し合うことにした。
リリーエが腕を組み「そうね」と頷く。
「これ以上この村に迷惑を掛けるわけにいかないんだけど」
「ここを離れたとして、次は何処に向かえば良いのやら、ですね」
「それなんだが、一つ聞いても良いか?」
「何なりとどうぞ、軍師」
俺は村長宅にあったエスパシオンの全地図をテーブルに広げた、地図上には八大国家領地図と各地の山脈や大河が大まかに描かれている。ちなみに、ランヴェルスと国境を接している国は東にドミナシオン、西にリャヌーラ、南にアキツナカツ、北のアルテカルドの四国だ。
「確か、ランヴェルスは西のリャヌーラに攻めた隙を突かれて、東のドミナシオンに滅ぼされたんだよな」
「そうよ、ほとんどの兵士をリャヌーラに送ったせいで、東側が手薄になったの」
「なら、西に送った兵士達はどうなったんだ?」
「あ……」
リリーエが盲点だったと頭を押さえる。いくら国が滅亡しても他国に侵攻する兵力が突然消えるわけが無い、未だにドミナシオンに抵抗を続けているか、降伏しているかのどちらかだろう。そして、リリーエの反応から察するに恐らく後者は無い。
「確かに、軍を率いてたラムセス将軍が簡単にドミナシオンに降伏するとは思えないわ、そうでしょウィスタリア」
「そうですね……降伏するとは思えないです」
その時、ウィスタリアの顔が一瞬だけ雲って見えた。
「なら、俺達はその、ラムセス将軍の元に向かい、兵士を借りるべきだと思うが、如何なされる?リリーエ様」
「見事な策よ、流石私の軍師ね」
兵士達に出立の準備をさせて!とウィスタリアに命じ、ウィスタリアは無言のまま部屋を出ていった。
「なんか、ウィスタリアの様子が変だったな」
「あ、軍師も分かっちゃった?」
「いや、気のせいかなって程度だ、ラムセス将軍の名前が出たときに違和感があったような気がする、みたいな」
「ふーん、軍師はやっぱり鋭いねぇ」
勿体ぶった言い方でリリーエがニヤリと笑う、やっぱり何かあるようだ。
「ウィスタリアとラムセス将軍って、何かあったのか?」
「さぁね、自分で聞きなよ」
ゆらりと質問を流され「じゃあ準備してくる~」とリリーエも部屋を出ていった。
「なんなんだよ、一体」
二人の様子が腑に落ちないが、とにかく俺も色々準備をしておこう、特に何も持ってないけど。
「そんなに弓を担いで、どうしたんだ?」
「貴方に会いに来ました、お願いしたいことがあるので」
宿舎の入り口前、昨日の幼女が弓矢をこれでもかと背負って俺を待ち伏せていた、まるで仇討ちにでも行くかのような格好だ。
「これから、貴方達は村を出ると聞きました」
「そうだな、早くても今日の昼過ぎには出発すると思う」
「私も連れていって欲しいのです」
「……はい?」
俺は思わず聞き返した、何を言い出すんだこの幼女は。
「俺達と一緒にって、親が心配するんじゃないか?」
「親はいません、小さい頃に捨てられたので」
「じゃあ、今は一人でこの村にいるのか?」
「いいえ、村長の家で小間使いをしてます」
小間使いって要するにメイドさんか、その見た目で中々壮絶な人生を歩んでいるようで。
「なら、なおさら村を離れられないんじゃないか?」
「現在、雇い主を絶賛募集中です、先程その小間使いをクビになったので」
「てことは、雇われに来たってことか」
「そういうことです」
彼女は大量の弓を「よっこいしょ」と地面に置いて、ふぅと一息ついた。
「貴方達は国を復活させる為に戦っていると聞きました、私は弓が得意なので軍に入れて欲しいのです」
確かに昨日の戦いで彼女は馬に乗った敵将に止めを刺したのは彼女だから実力は疑わない。
だが、軍に入れるには彼女は幼すぎる。
「敵将の額に寸分狂わず矢を射ったその腕は認めるが、それでも連れていくわけにはいかない」
「何故ですか?」
「何故って、そうだな」
「小さいから」とか「子どもだから」って言ってもこの子は納得してくれなさそうだ。かといって無視するわけにもいかない。
よし、ここは一つ無理難題でも吹っ掛けて、仲間になるのを諦めて貰おう。
「じゃあこうしよう、あの岩が見えるか?」
「はい、大きい岩ですね」
「あの岩に矢が突き刺さったら連れていくよ、出来ないなら残念だけど連れていけない」
「なるほど、解りました」
幼女は弦が他のより大きめな弓を選び、その場で脚を肩ほどに広げ、ゆっくりと息を吸い、矢をつがえた。
「え、ここから射つのか?もっと近寄ってもいいんだぞ」
「問題ありません、ここからでも十分なので」
足の踏ん張りから全身に力を入れているのがわかる、しかし、構えた弓はピクリともせず、目線は岩に集中していた。
そして、弓が発した思えない銃火器の発砲音に似た轟音と共に、矢が放たれた。
「なんだ、この音……!」
それは放たれた矢の風切り音だ、鏑矢(かぶらや)の出す音響に似た高音が岩目掛けて飛んで行く。
そして矢は、岩を粉砕した、だと……っ!?
それだけでない、なんと岩どころか背後にあった木をも貫通し、終いには地面の奥深くに突き刺さり、見えるのは矢羽だけになってしまった。
「これで連れていってくれますね、岩を貫いたので」
幼女は一仕事終えた風に軽く汗を拭う、俺は開いた口が塞がらずにいた。
「マジかよ……」
「信じられないようならもう一度やりますか?」
「いや、大丈夫、それよりも……」
幼女に真摯な眼差しを送り、恐る恐る問い掛けた。
「その弓は、何人張りの弓なんだ?」
「八人張りです」
一切の惑(まど)いも無く、即答した。
日本の和弓には五人張りという強弓(こわゆみ)がある。
弓を引くのに五人分の力が必要な弓を五人張りの弓と呼ぶ。
その威力足るや、木の鎧を三枚重ねても防げない程の破壊力を秘め、近距離ならば火縄銃よりも貫通力が上回るとされる恐るべき弓だ。
かつて、この弓を使いこなした源氏の雄・源為朝(みなもとのためとも)は真偽はともかく。
鉄の鎧三枚をその弓で射抜き。
伊豆から放った矢が鎌倉に届き。
一射で敵の小舟に穴を開け、これを沈めたとも語り継がれている。
それを、この幼女は、五人張りを越える八人張りの弓を軽々と扱ったのだ、この華奢な体で、どんな化け物だよ……。
「おぉ!すごいすごい!!」
今の出来事を陰から見ていたリリーエが、パチパチと手を鳴らし、幼女の頭を撫でる。
「君凄いね!岩どころか後ろの木も貫通させちゃうなんて!!しかも可愛いし!!」
「頭を撫でないでください!髪が乱れますので……っ!」
「ねぇ軍師?岩に弓が刺さったら連れていくって言ったよね?」
「あぁ、男に二言は無い」
「あ、ありがとうございます、軍師、どの」
リリーエに撫でられたままの状態でペコリと頭を下げた。こんな芸当を見せ付けられたら流石に断れない。この子に完敗したも同然だ。
「これからよろしくね!……えーと、君の名前は?」
「名前はありません、小間使いをクビになった時に一緒に棄てました」
この世界で小間使い、または奴隷等はペットのようなもので、主に捨てられた場合、主から貰った呼び名を失うものらしく、次の所有者が名前をつけるのが一般的なそうな。
殆どの場合が失うというより「自分を捨てた主から貰った名前なんてくそ食らえ!」と自ら棄てるらしいが。
「名前が無いなら付けてあげよう!そうだな~…………軍師が決めていいよ?」
今絶対思い付かなくて面倒になって俺に投げたよな?まぁ、リリーエのネーミングセンスに期待しない方が良いと『サハリン』で学習済みだ。
俺は少し考え、頭に過った名前を口に出した。
「なら、与一ってのはどうだ」
「ヨイチ、ですか?」
「あぁ、俺のいた国で最も有名な射手から取った名前だが、お前にピッタリだと思うぞ」
「えー、なんか可愛くない~」
自分から命名を投げたくせに文句言うとか理不尽だろこのお姫様。
「ヨイチ……気に入りました、私は今日からヨイチになります」
少女はヨイチ、ヨイチと口ずさみながら銀色の髪を嬉しそうに弾ませた。
「気に入ってくれたか、名付けた甲斐があったよ」
「うー、今更だけど『タコリン』って名前の方が良くないかな?」
「もう諦めな、色んな意味で」
むしろそれがリリーエにとっての可愛い名前なのか、彼女の感性がわからない。
「それでは改めまして、この度からお供させていただきます、ヨイチです、よろしくお願いします」
弓を片手に礼儀正しく感情無さげにお辞儀するが、俺には何処かほほえんでるように見えた。
「それじゃさっさと村を出発する準備してね、ヨイチちゃん!」
「はい、解りました、リリーエ様」
とにもかくにも、頼もしい仲間(可愛らしい)仲間が加わったのであった。