異世界にて軍師になりました。   作:のららな

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ラシュムール城にて

 

 八大国家・リャヌーラは国土の七割が高原地帯である。

 温和な気候と豊かな土地に恵まれ、リャヌーラの北、東、南の国境は峻険な山脈で阻まれており、中央部から西のランヴェルス国境まで広大なソーリデソル草原が続いている。

 

 

 ランヴェルス暦 三六一年 五月 ランヴェルス・リャヌーラ国境沿い、ラシュムール城。

 

 

「また来やがったか」

 

 塗装が剥げかけたプレイトアーマーに、真紅のマントを(まと)った初老の男が、古城の城壁の上から草原の先、遠く微かに砂塵を巻き上げ進軍する騎馬隊を、眼光鋭く眺めている。

 

「これで何度目だ、カイドウ?」

「ハッ、これで六度目かと!」

 

 初老の男は、背後に控える艶やかな朱色のチェーンメイルを着こなした角刈りの従者に、続けて(たず)ねた。

 

「数は?」

「物見の報告では一万だそうで!」

「懲りないねぇ、奴等も」

 

 ふんと鼻を鳴らし、男は紅いマントをなびかせ城壁の階段に向かう。

 

「兵に支度をさせろ、数は三千でいい、騎馬二千と歩兵を一千だ、歩兵はオウドウに、騎兵は俺が率いる」

「承知しました!殿!!」

 

 階段を降りるまでに指示を出し終え、初老の男こと、ラムセスは(つぶ)めく。

 

「さぁて、どうやって奴等を崩壊させてやろうかねぇ」

 

 顎に生えた白い無精髭(ぶしょうひげ)を手でなぞり、この状況を楽しむかのように、彼は不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 頭上に太陽が昇り、丁度お腹が空く時間帯。

 森を抜け、街道に出たリリーエ一行は、リャヌーラ国境にいると思われる旧ランヴェラスの将軍・ラムセスに会うべく歩を進めていた。

 

「あの人は、戦の天才です」

 

 ウィスタリアがリリーエの馬を引く俺にラムセス将軍について語り始める、その顔に笑みない。

 

 

 

『今から約十五年前に、リャヌーラが二十万の大軍でランヴェラスに侵攻して来ました。

 

 対して、当時ランヴェラスはアルテカルドと戦争中であり、リャヌーラ軍に対応する兵力を割く余裕がありませんでした。

 

 結果、ランヴェラス西部の城は(ことごと)く陥落し、リャヌーラ軍はランヴェラス西部の大都市・オリエンを包囲します。

 

 その時、当時無名だったラムセス将軍がランヴェラス王に抜擢され、五千の兵を率いてオリエンの救援に向かい、なんとリャヌーラ軍二十万を一晩で追い払ったのです』

 

 

 

「五千の兵士で二十万を追い払ったって、凄い活躍だな」

「それだけじゃないのよ?ラムセス将軍はそのままリャヌーラが落とした城を取り返したんだから!」

 

 馬に乗るリリーエが自分の事の如く誇らしげに両手を腰に置いた、ウィスタリアは淡然(たんぜん)と続ける。

 

「その後、ラムセス将軍は対リャヌーラの総司令に抜擢され、一連の活躍からランヴェラス西部の支配を任されるに至り、列国の十二人の名将『十二神将(じゅうにしんしょう)』の一人に数えられるようになりました」

 

 十二神将か、ネーミングセンスはともかく、この世界でも名うての戦上手のようだ、ラムセス将軍は。

 

「その、ラムセス将軍はリャヌーラ国境にいるって事で間違いないのか?」

 

 俺は太陽と重なるリリーエを見上げた。

 

「確かそのはずよ、多分、恐らく……」

「歯切れが悪いな」

 

 それも仕方ない、なんせここまで来るのに人と出会い難(にく)い山間部を通って来たのだ、ラムセス将軍の噂や、まして所在なんて把握できる訳がない。

 

「まぁ、その為にヨイチに斥候(せっこう)を頼んだんだが……」

「……うぅ~、早くヨイチを抱き締めたいよぉ~!!」

 

 リリーエが自分の身体をうねらせてヨイチの帰還を今か今かと待ち焦がれている、朝からずっとこの調子だ。

 早朝、斥候を頼んだ時にヨイチがとても嬉しそうにしてたのは、もしかしたらリリーエから離れられるからだったのかもしれない、そして、噂をすれば。

 

「ただいま戻りました、この先には……」

「ヨイチィ!!!」

「うぇっ!?」

 

 ヨイチが帰還したかと思いきや、奇声と共にリリーエに速攻拉致された、馬に乗ってたのにいつ降りたんだ?リリーエは。

 

「あぁ~ほどよい柔らかさと触り心地、癒されるよぉ~!」

「ちょっ、リリーエ様、離して……っ!!」

「やめろって」

「痛っ」

 

 ヨイチと自分の頬っぺたをすりすりさせているリリーエに「報告が先だ」と頭を軽くチョップする。

 

「あ、ありがとうございます、軍師どの」

 

 解放されたヨイチは(リリーエに乱された)身なりを整え、軽く咳払いをした。

 

「報告すると、この先に小さな城がありました、人気はあまりなかったです、静かだったので」

「城か、何か特徴は無いか?」

「龍が描かれた紅い旗がたくさん立っていました、あとはなにもなかったです」

「龍が描かれた紅い旗、間違いないわ、ラムセス将軍よ」

 

 今度のリリーエは自信を持って断言した。

 

「そうか、ありがとうヨイチ」

「うぅ、頭を撫でないでください」

 

 心地良さそうなたるみ声を上げるヨイチ、彼女を撫で終えるとその手をリリーエの肩に乗せた。

 

「それじゃあリリーエ、後は好きにしていいぞ」

「やったー!!!」

「え、軍師どの!?」

 

 俺に裏切られ、野獣に怯えた小動物のように小刻みに震えている、許せヨイチ、朝からずっと「抱きたい抱きたい」うるさかったんだ。

 

「ふふふ、こっちにおいで、ヨイチ?」

「もう誰も信じません、絶望したので」

 

 リリーエの馬に乗せられ、人形みたくされるがままになってしまった。

 

 馬上で戯れている二人を横目にウィスタリアに話し掛けた。

 

「ここまで来た甲斐があったな」

「そうですね、でも……」

「親父さんに会うのは嫌か?」

 

 ウィスタリアはなにも言わず、首を横にふった。

 

「私はあの人が嫌いですが、今は頼るしかありません、姫様の為、私情は挟みません」

「そうか」

 

 彼女なりに覚悟を決めたみたいだ、ふと、俺は日差しを手で覆う。

 遥か遠くに、細くたなびくすじ雲が見えるが、風が強いのかゆっくり流れ、そして消えていった。

 

 

 

 街道を道なりに進んでから数時間、夕暮れの時刻にヨイチが見たという小さな城・ラシュムール城を視界に捉えた。

 

「本当に、小さい城だな」

「ラシュムール城は二百年も昔に造られた城で、当時は砦として作られていたそうです」

「二百年ねぇ、どおりで貫禄があるわけだ」

 

 その城を見た俺の感想は『貧弱で脆そう』だ。苔が生え、所々が崩れかけた城壁が映画に出てくる西洋の古城を想わせる。

 

 リャヌーラと国境を接しているラシュムール城は街道と近く、周囲の城や砦と連携が取れやすい場所に位置しているため、ラムセス将軍がリャヌーラ対策で手を加え、オリエンを差し置いてここに住み着いているらしい。

 

「着いたは良いけど、どうするか」

「どうするって、普通に入ればいいんじゃないの?」

「敵か味方かわからないのに、安易に立ち入れないだろ……って、ナチャーラ村でも言った気がするぞ、リリーエ」

「そ、そうだったかな?あははは……」

 

「もしやそこの!リリーエ姫ではありませぬか!?」

 

 数十騎の騎馬が大声でリリーエの名前を呼びながらこちらに向かってきた。

 

「あれは、カイドウ殿か」

「あ、本当だ!おーい!!」

 

 二人の顔見知りなのか「カイドウ」と呼ばれるガタイの良い角刈りの男に手を振った。

 カイドウとその従者が下馬し、リリーエにひざまづき喜びを露(あらわ)にした。

 

「お久しぶりです姫、よくぞご無事で!」

「貴方も変わってないわね、特にその頭が」

「はっはっはっ!この髪は生涯変える気はありませんぞ!!」

 

 大口開けて豪快に笑う、良くいえば熱血漢、悪くいえば暑苦しい、といった感じだ。

 

「お嬢も、お元気そうで!!」

「お嬢は止めてください……」

「何を!?お嬢はお嬢ですぞ!!」

 

 お嬢お嬢言われて恥ずかしいのかウィスタリアはカイドウから目を背ける。

 

「それじゃあカイドウ、立ち話もなんだし、ラムセス将軍の所に連れて行ってくれないかしら?」

「畏まりましたぞ!ささ、こちらです!!」

 

 カイドウはそのまま自分の馬を引き、歩きながら城に案内してくれた。話を聞く限り敵では無さそうだが、油断はしないでおこう。

 リリーエは「やっとゆっくり休めるぅ~!」と手を伸ばし、ヨイチを自分の胸に押し当てた。

 

 

 

 ラシュムール城内は、外観とは裏腹に内部はしっかりしており、そこそこ広い西洋風の屋敷が造られていて、まるで金持ちの豪邸のようだ。

 

「では、殿が帰られるまで姫とお嬢はこちらの部屋でお待ちを!馬引きは姫のぬいぐるみと外で一緒にいてくだされ!」

「それじゃ、馬引きさんとヨイチはまた後でね~」

「誰が馬引きさんだ」

「誰がぬいぐるみですか」

 

 ラムセス将軍は侵略してきたリャヌーラ軍を相手にしているようで、将軍が戻ってくるまでリリーエとウィスタリアはそれぞれ屋敷の部屋を与えられ、俺とヨイチと付き添った残りの兵士達は城内の庭で待機となった。

 

「まったく、大変な道のりだったな」

「本当です、大変な道のりでした、色々と……」

 

 ヨイチと共に庭の木の幹に寄り添うように座る。

 

 庭に座り込んだ兵士達を見ると、ある者はその場で鼾(いびき)をかき、ある者は腰を下ろして壁に寄りかかったままになった者など、皆が一様に疲れ果てている。

 

「こんなに疲れたのは初めてです、色々と」

「無理な行軍をさせすぎたからな、俺も疲れたよ」

 

 俺は肩を伸ばして深く一息をついた、すると気が抜けたのか、そのまますっと眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 

 幼い頃の夢を見た、内容は俺がよく遊んでいた公園での出来事。

 

 

「ねぇ!お兄ちゃん!!」

「なんだよ、俺は忙しいんだが」

「お兄ちゃん、いつも公園にいるよね?それなのに忙しいの??」

「ほっとけ……」

 

 その公園には毎日同じベンチに座ってラジオを聴いてる若い兄ちゃんがいた。

 角刈り頭に厳つい身体、学ランを着てたから恐らく学生なんだろう、昭和のヤンキーって感じだった。

 

「お兄ちゃんって、いつも何を聴いてるの?面白いやつ??」

「競馬だよ競馬、お子様には分からんだろうがな」

「ケイバくらい知ってるよ!お馬さんがかけっこする奴でしょ!」

「いーや!違うね!競馬ってのはな……」

 

 それからお兄ちゃんによる競馬愛を長々と聞かされた。

 けれど、そのお兄ちゃんはなかなか口達者で、子供の俺でも分かりやすい説明をしてくれたから飽きずにいつまでも聞いてられた。

 

「兄ちゃんの話おもしろかった!ねぇ、また明日も聞かせてよ!」

「まぁ暇があったらだな」

「お兄ちゃんが忙しい時なんてあるの?」

「可愛らしい顔で酷いこと言うのな、子供って」

「それじゃあ!お兄ちゃんまた明日ね!!」

「おう、気を付けて帰れよ」

 

 次の日、公園に兄ちゃんは現れなかった。

 いつも座っていたベンチの真ん中に、競馬中継が流れたままのラジカセが置いてあるだけだった。

 

 それから、俺は兄ちゃんに会うことは無かった。

 

 

 

 

「起きてください、軍師どの」

「……ん、ヨイチか、どうした?」

 

 ヨイチが俺の肩を揺すり起こす。

 いつの間にか眠っていたみたいだが、夕陽が落ちていないからそこまで長く寝ていないようだ。

 それにしても、懐かしい夢を見ていた気がする。

 

「ラムセス将軍が帰ってきたそうです、リリーエ様があそこで待ってます」

「将軍が帰ってきた?」

 周囲が妙に騒がしいのはその為か、俺はヨイチと共に城門前に歩き出す。

「なぁ、ヨイチはラムセス将軍って見たことあるか?」

「あるわけ無いです、ずっとあの村にいたので」

「あ、そうだったな」

 

 俺は城門に歩みながらさっき見た夢を思い返していた、夢を見るまであの兄ちゃんの事は思い出さなかったのに。

 彼は元気にしてるだろうか、どんな生活をしているのだろうかと想い巡らせつつ歩いた。

 

 

 

「来たわね」

 

 リリーエとウィスタリアが城門の外側、草原の中から数千もの騎馬と歩兵を従えた将を見つめる。

 

「ラムセス将軍よ」

 

 全身が血で染めたかのような赤マントに甲冑、無精髭ながら顔は傷だらけで、数多の戦を生き抜いた威厳のある風貌。

 兵士達も赤い防具で身を固め、西日と重なって赤黒く見える。

 まるで赤備(あかぞな)えだ。

 

「おぉ、これはこれは、姫様ではありませぬか」

 

 少し離れていても聞こえる腹にドンと響く重低音、思わず立ち竦(すく)んでしまう貫禄に満ちた身体、なにより、馬上から見下ろされる威圧感が尋常でない。 

 ごくりと生唾(なまつば)を飲み、頬に汗が滴(したた)った。

 

 歴戦の老将みたいでカッコいい将軍と、俺は憧れに近い眼差しを送った。

 

「お久しゅうございます姫様、カイドウから姫様が来られたと聞いたときは驚きましたが、だいぶ大人びたお姿になられましたな」

「ふふ、ありがとう、ラムセス将軍」 

「しかし、私からしたらまだまだ子供です、姫様」

「将軍は大分フケましたわね、そろそろ引退の時期では?」

「まだまだ、生涯現役ですよ、姫様」

 

 

 二人の貴族らしい上品な言葉遣いの会話が続くその後ろで、ウィスタリアが無言で二人の話に耳を傾けている。

 嫌いって断言するだけ、極力ラムセス将軍と話をしたくないのだろう。

 

「……ウィスタリアは変わり無いか?」

「はい父上、特になにも」

 

 城門にて二人が会話をしたのはこれだけである、久々の再会でここまで口数が少なくなるほど、二人の関係は冷えきっているのか。

 

「それじゃラムセス、続きは部屋でしましょう」

「そうですな、姫様」

「三人も付いてきなさい、私達のこれからをラムセス将軍と話し合うわよ」

 

 リリーエが真剣な面持ちで屋敷に向かう、あのリリーエがこんなきっちりと対応しているなんて、やっぱりラムセス将軍は凄い人物なんだと感心した。

 そして、この人の策を是非とも聞いてみたいと心の底から願っていた。

 

 

 

 と、思ったが、それは間違いであった。

 

 

 

「あの小っこくてチンチクリンだった小娘が、こんな色っぽくなりやがってよぉ、驚いたぞコンチクショー胸触らせろ!」

「もう子供じゃないって事よラムセス、だから昔みたく馴れ馴れしく話さない事ね?それと、私へのボディータッチは金貨100ランよ」

「身体は大人でも中身は変わらなそうだ、やっぱりまだガキだ!わっはっはっ!」

 

 あれ?イメージしてたラムセス将軍と違う……。

 

 城門で見た彼は威厳というか存在感が有り余ってたのに、部屋に入った途端、町娘に絡む酔っぱらいみたくなってしまった。

 

「それにしてもよぉ、お前よく生きてたな?城は燃えて跡形もないって聞いたぞ」

「ウィスタリアが城の抜け道を案内してくれたのよ、それからここまで来る道中で追っ手から逃れたり狼を倒したり敵軍を追い払ったり、色々あったわ」

「狼と戦ったって?やっぱお前は母親のリリーと似てるな!怪力姫だな!!」

「誰が怪力姫よ!私は一匹しか倒してないんだから!!」

 

 二人の笑い声が部屋に溢れるその影で、置いてけぼりを食らう三人。

 

「なぁ、お前の親父さんって、いつもこんな感じなのか?」

 

 ウィスタリアに寄って飽きれ気味に囁く。

 

「まだマシです、お酒を飲んだらこれの五倍は喧しいですから」

「お前も苦労してたんだな……」

 

 クイッと、ヨイチが俺のズボンを引っ張った。

 

「軍師どの、部屋を出て良いですか?この場に無言でいるのは耐えられないので」

「あぁ、行ってこい、あんまり遠くに行くなよ」

「はい、ありがとうございます」

 

 ヨイチが無言で抜け出し、部屋の中には酔っ払いの(※何も飲んでません)テンションで会話する二人と、真顔で話を聞く二人という対照的な構図が生まれてしまった。

 

「なんだか、すげぇガッカリした」

 

 俺は一瞬でもラムセス将軍に羨望の眼差しを向けたことを後悔していた。

 

「父と話す若者はみんなそう言います、それも仕方ないですが」

 

 結局、それから俺達はこの二人の会話を数時間かけて聞かされる羽目となった。

 

 

 

 

 

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