心の音を調えし者と導きの音を奏でし者   作:片倉政実

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どうも、片倉政実です。ここでは今作品の主人公の一人である響志音視点のプロローグを書いていきます。併せてもう一人の主人公の先導凛音視点のプロローグも読んで頂けると更に楽しめると思うので、どうぞよろしくお願いします。
それでは、早速プロローグを始めていきます。


序章 響志音編
プロローグ 調律師の目覚め


 小学生の頃、僕は父さん達に連れられて一度だけオーケストラの演奏会に行った事がある。と言っても、そのオーケストラは特に有名なオーケストラというわけでは無く、会場も住んでいる『東奏市』にあるそこそこ小さなホールのようなところでその日のお客さんも特に多いわけでは無かった。その頃の僕は、『音楽』というと学校の授業でやる物という印象しかなく、父さん達程今回の演奏を楽しみにしていたわけでは無かった。けれど、始まる前のお客さん達のざわざわとした声や時間が近づくにつれて僕の中から湧き上がってくるワクワク感は思い出の一つとして残っており、その時の事を思い出すだけで今でもあの時のワクワク感が僕の中に満ちてくる。そして、時間になって幕が静かに上がっていくと、舞台上に並んでいた奏者達の姿が徐々に見え始め、完全に幕が上がった後に指揮者の人は客席へ向かって丁寧に一礼をし、クルリと振り返って指揮棒を高く上げた。その瞬間、会場内の空気がピーンと張り詰め、奏者達の表情にも真剣さが増した。そして指揮棒が勢い良く振られ、演奏が始まった瞬間に僕は今まで自分が持っていた『音楽』のイメージが壊れたような気がした。管楽器などで奏でられた音色はスーッと僕達へと染み渡り、打楽器によって発された音の波動はぶつかってくると同時に体全体を包み込む。そんな様々な音は、指揮者による指揮棒の導きで次々と生み出されていき、その音色に僕の中にあった『音楽』は、学校の授業のイメージからその字の通りの()()()()()物へと変わり、演奏中は一言も発さずにワクワク感に満たされながら奏でられる音を楽しんだ。そしてそれから数時間後、そんな楽しい時間が終わりを告げた後も先程までの音色が僕の中を巡っており、ホールを出た後もその興奮は冷めやらなかった。今まで知らなかった音楽の楽しさなどを知り、音楽に対して凄く興味を持つ事が出来た事で、自分の中の小さかった世界に音楽という要素が加わり、今までとは違う自分になれたような気がしたからだ。そして、そんな少し弾んだ気持ちでいた時、父さん達が僕に少し離れる用事があると言い、僕はそれを快く了承し、父さん達を見送りながらホールの近くにあったベンチへと座った。ベンチに座った後も僕の中の小さな高揚感のような物は無くならず、僕はそれを感じながらホールから出ていく他の観客達の様子に目を向けた。そしてそんな事を続ける事約数分、突然隣から聞こえてきたトスンという音の方へ視線を向けると、そこには同い年くらいのサラサラとした黒い短髪の男の子が座っていた。その子は何をするわけでも無く、ただ静かに座っているだけだったけれど、綺麗な顔立ちも手伝って僕はその姿に不思議とカッコ良さを覚えると同時に育ちの良さそうな印象を受け、この子は一体どんな子なのだろうという興味が湧いてくるのを感じた。そして、少しだけ暗い表情を浮かべながらボーッと入り口の方を見ている彼に対して僕は小さく息を吐いてから話し掛けた。

『……ねえ』

『……ん、何か用?』

『用事……というわけでは無いんだけど、同い年くらいの子がいたから、ちょっと話し掛けてみようかなと思ったんだ』

『……ああ、なるほどね』

 僕の言葉に彼は合点がいったという様子でクスリと笑った。そして僕の方へしっかりと向き直ると、彼は穏やかな雰囲気を醸し出しながら再び口を開いた。

『ねえ、君はさっきの演奏を聴いてどんな風に思った?』

『どんな風って……例えば?』

『そうだな……例えば、聴いていて楽しくなるような演奏だったとか自分も将来は演奏家になりたくなったとかそんな感じに簡単に答えてくれて良いよ』

『あ、なるほどね……そういう感じでも良いなら、今日の演奏がきっかけで音楽へのイメージが変わった……かな?』

『音楽へのイメージ……?』

『うん。あまり上手くは言えないんだけど、僕は今まで音楽って学校の授業でやる物っていうイメージしかなかったんだ。皆で歌ったり何かを合奏してみたりっていう感じのね。でも、今回の演奏を聴いていた時、楽器から聞こえてくる音の凄さや綺麗さが体に染みこんできたり、体中を包み込んできたりするような感じがしたんだ』

『……なるほど』

『まあ、もちろん気のせいなんだろうけどね。けど、さっきの演奏を聞いた事で僕の音楽に対してのイメージは授業のイメージから音を楽しむ物へ変わったし、何だか今までの僕とはまた違った自分になれたような気はしたかな』

『今までの自分とはまた違った自分……うん、そう思えただけでも今回の演奏を聴きに来た価値はあると思うよ』

『ふふっ……だね』

『僕も今まで色々なオーケストラの演奏や音楽家の演奏を聴いてきたけど、今回の演奏はとても楽しかったよ。それに、僕にとって良い刺激になった気もするしね』

『良い刺激って……もしかして、何か楽器の演奏が出来るの……!?』

 彼の言葉を聞いて、彼に対しての興味が更に湧くのを感じていると、彼は少し驚いた表情を浮かべた後にニコリと微笑みながらコクンと頷いた。

『一応ね。一番練習してるのはピアノだけど、簡単にであれば他にも何種類かは出来るよ』

『わぁ……そうなんだね! ピアノだけでも難しそうなのに、他の楽器も演奏出来るなんてスゴいなぁ……!』

『まあ、本当に何種類かだけどね。それに、確かに出来るようになるまでは時間も根気も必要だけど、出来るようになった後の達成感やそれを聞いてもらった後に掛けてもらえる言葉は本当に嬉しくなるんだ』

『そっか……僕も何か楽器を習ってみようかな……』

『うん、それも良いと思う。でもね、人の心を震わせる演奏をするには、奏者の腕以外にも必要な物があるんだよ』

『え、そうなの?』

『うん。自分が楽しんで演奏をする事や相手にそれを音色と一緒に伝える事なんかも大切なんだけど、やっぱり楽器は調()()みたいな手入れをして上げないとね』

『調律……?』

『調律っていうのは、簡単に言えば楽器の音を正しい物に戻す事で、それを専門にしている調律師っていう人もいるんだ。もっとも、音楽家の中には自分で調律をしちゃう人もいるみたいだけど、ちゃんと調律師の人にやってもらいたいって思う人もいるんだよ。しっかりと調律された楽器の音色は、聴く人の心を掴むとても素晴らしい物だからね』

『そうなんだ……スゴい人達なんだね、その調律師って……』

『うん。だから、いつか僕が音楽家になれた時には、調律師の人と一緒に色々なところに演奏会をしに行けたらなんて思ってるんだ』

 とてもワクワクした様子で話す彼の表情を見ている内に、僕の中にもそのワクワクした気持ちが込み上げてきていた。けれど、彼はすぐに表情を曇らせると、少し哀しそうに首を振った。

『まあ、そんなのについてきてくれる親切な調律師なんていないと──』

『それじゃあ……僕がそれになろうか?』

 彼の少し哀しそうな表情に思わずそんな言葉が出た瞬間、彼は心から驚いた様子で『え……?』と言った。それはそうだろう、さっき会ったばかりの少年の口からそんな言葉が出たのだから。でも、僕はその言葉を引っ込める気は無かった。それは、彼の話を聞いて湧き上がってきたワクワク感に従いたいという気持ちだけじゃなく、さっきあったばかりの彼に対して何かしてあげたいという気持ちがあったからだ。

 そして、僕は未だに驚いている彼に対してニコリと笑いかけた。

『僕で良ければ、その親切な調律師になろうかなって思うけど、どうかな?』

『それは嬉しいけど……でも、調律師になるには並大抵の努力じゃ足りないし、僕の夢にさっきあったばかりの君を付き合わせるわけにも……』

『ううん、良いんだ。僕、君の話を聞いてその調律師っていう職業に興味が湧いたんだよ。演奏をする人達を支えて、演奏を聴いた人達を笑顔に出来る仕事、将来なるならそういう誰かを支えて笑顔に出来る職業に就きたいからね』

『誰かを笑顔に……』

 彼はその言葉をポツリと呟いた後、しばらく考え込んでから優しい笑みを浮かべた。

『……うん、そうだよね。誰かを笑顔に出来るのは、とてもスゴい事だからね』

『うん! それで……どうかな?』

『……もちろん。むしろ、僕の方からお願いしたいくらいかな。何となく君となら良いコンビになれそうな気がするしね』

『ふふっ、そうだね。今日初めて会ったはずなのに、何だか不思議だね』

『うん、だね』

 彼と仲良く笑い合っていた時、こんな約束をしているのに、まだ自己紹介をしていない事に気付いた。

『あ……そういえば、まだ自己紹介をしてなかったね』

『あはは、そうだったね。こんな約束をしているのに、自己紹介がまだなんて何だかおかしいね』

『ふふ、そうだね』

『それじゃあ改めて……僕の名前は──』

 その時、入り口の方から誰かの声が聞こえ、僕達は同時にそちらへ視線を向けた。すると、そこには和やかな笑みを浮かべる正装の男女の姿があり、それを見た彼は『あ、もう時間か……』

 と残念そうに呟くと、ゆっくりと立ち上がった。

『ゴメン……父さん達が待ってるみたいだから、もう行かなくちゃ』

『そっか……残念だけど、仕方ないね』

『うん……』

 彼は本当に残念そうな様子で軽く俯いたが、『……でも』と言いながらすぐに顔を上げると、スッと右手を差し出しながらニコリと笑った。

『さっきの約束をした事で、約束がまた僕達を引き合わせてくれるはずだ。だから、また会えたその時に今度こそ自己紹介をしよう。その方が、なんだか楽しそうだからね』

『……ふふっ、そうだね。いつかになるかは分からないけど、コンビを組む事と自己紹介をする事、この二つの約束は絶対に果たそうね』

『うん』

 そして固く握手を交わした後、彼は両親の元へ向かって嬉しそうに走っていき、楽しそうに話をしながら会場を去って行った。彼らを見送った後、僕はさっきまで彼と握手を交わしていた手をジッと見つめ、クスッと笑ってから静かにその手を握り込んだ。()()行く事になった場所で、()()隣り合った事がきっかけで仲良くなって約束まで交わしあった名前も知らない新しい友達。今度はいつ会えるかは分からないけど、彼が言ったように交わした約束がまた僕達を引き合わせてくれる。そんな確信にも似た予感が僕の中にはあった。

『……またね、未来のピアニストさん』

 心の奥から込み上げてくるポカポカとした気持ちを感じながら、僕はポツリとそんな言葉を呟いた。




プロローグ、いかがでしたでしょうか。今作品ではこれからも一部を除いてそれぞれの主人公視点でストーリーを進めていきますので、そういう点も楽しんで読んで頂けるととてもありがたいです。
そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。

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