心の音を調えし者と導きの音を奏でし者   作:九戸政景

4 / 5
どうも、片倉政実です。ここでは今作品の主人公の一人である先導凛音視点のプロローグを書いていきます。併せてもう一人の主人公の響志音視点のプロローグも読んで頂けると更に楽しめると思うので、どうぞよろしくお願いします。
それでは、早速プロローグを始めていきます。


序章 先導凛音編
プロローグ 出会いと約束


 小学生の頃、俺はとある悩みを抱えていた。悩みの理由、それは作曲家の父親と作詞家の母親の影響で始めたピアノだ。家の防音室には、父さんが仕事で使うために昔からピアノを始めとした様々な楽器が置いてあり、俺は父さん達がそれらを演奏する音を聞いたり、少しだけ触らせてもらったりしていた。そして、その中で一番気に入ったのがピアノだった。そのため、俺は早くピアノを上手に弾きたいと感じ、両親に楽譜の読み方や弾き方の技術などについて教えてもらえるように頼み込んだ。すると、両親は幼かった俺からの頼みを快く引き受けてくれた上、楽器に興味を持ってくれた事をとても嬉しそうに喜んでくれ、自分達の仕事の合間を縫ってピアノのレッスンをしてくれたり、作詞や作曲などを含む音楽に関する様々な事を教えてくれたりした。俺はそんな両親に心から感謝し、両親が勧めてくれた両親の友人のピアノ教室や剣道教室などにも通いながら、ピアノの練習に精一杯取り組んだ。そしてその甲斐もあって小学校に上がる頃には、小さなコンクールで入賞をするようにもなったが、ある時を境にどんなに練習をしても自分が納得するような音色を奏でられずにいた。では、その音色とはどんな物なのか、と両親や幼馴染みなどの様々な人から問われたが、その頃の自分は具体的な説明をする事は出来なかった。どんなに言葉で説明をしようとしてもそれを表す具体的な言葉が一向に見つからず、練習にも身が入らなくなり、俺はどうしたら良いか分からずに途方に暮れていた。

 そんな中、両親は俺にある場所に行く事を提案してくれた。その場所というのは、俺達が住む『東奏市(ひがしかなでし)』にある小さなホールのようなところで、そこで近々父さん達の昔からの友人が指揮者を務めるオーケストラが演奏会をするらしく、父さん達としてはそれを聴きに行く事で、俺に気分転換をしてみて欲しいという思惑があったようだった。俺は両親のその思いをとても嬉しく感じ、その提案をされた直後にそれを承諾した。そして幼なじみ達にもその事を話すと、幼なじみ達はとても嬉しそうに喜び、その様子から俺がどれだけ心配を掛けていたがハッキリと分かった。俺は言葉には出さなかったが、幼馴染み達に申し訳なさを抱くと同時に、感謝の気持ちを覚え、近い内に必ず成長した自分を見せる事を約束した。

 そしてそれから数日後の演奏会当日、両親と一緒に会場へ行ってみると、来ている人の数は思っていたよりも少なかったが、老若男女様々な人の姿があり、俺は声には出さなかったもののその様子にとてもワクワクしていた。人の数こそ少ないが、ここまで様々な年代の人達を集めてしまうオーケストラが、果たしてどのような演奏をするのか。そんな事を考えた瞬間、胸が高鳴るのを感じ、俺はこの演奏会で出来る限り様々な物を持ち帰れるようにしようと決意を固めた。そして、両親と共に会場へと入った後、そのまま会場内のホールにある席へと着き、ステージ上の幕の向こうで次々と準備が行われる音を聞きながら、演奏会の開始を今か今かと待ち続けた。それから数分の後、父さん達の知り合いである指揮者の人が正装でステージ上へと現れ、演奏会に来てくれた事への感謝の言葉やどのような曲目を演奏するのかを約数分間に渡って簡単に説明し始めた。そしてその説明が終わり、『それでは、お楽しみ下さい』と言う指揮者の人の言葉と同時に、閉じていた幕が静かに開きだし、指揮者の人はゆっくりと指揮台へ向かって歩き始めた。それを見ながら俺の中でワクワクした気持ちが強くなっていく中、指揮者の人は指揮台へと上がり、オーケストラの方を見ながら持っていたタクトを静かに掲げた。そして、それと同時にオーケストラが演奏の準備を整え、指揮者の人はそれに答えるように一度コクンと頷いた後、掲げられていたタクトが勢い良く振られた。その瞬間、楽器から奏でられた音色がホール中へと響き渡り、その音色の綺麗さに俺は圧倒された。楽器一つ一つの音色はもちろん素晴らしかったが、音色同士が重なり合う事で生まれる見事なハーモニーはホール中を反響し、聴いている俺達の事を魅了した。

『スゴい……』

 演奏中、その素晴らしさに小さな声で思わずそう独り言ちていたその時、胸の奥にあった迷いや不安にも似た『何か』が小さくなっていくのを感じると同時に、次第に気持ちが晴れやかになっていくのを感じた。そして演奏を聴き続ける中で、いつかは俺もこんな風に音楽で誰かを感動させ、笑顔に出来るようになりたいと思うようになっていった。

 それからおよそ二時間後、最後の曲目が静かに終わると同時に演奏会も終わり、少しだけ寂しさのような物を感じていたが、演奏前にあった『何か』はもうすっかりと小さくなっており、その代わりに演奏中に感じた気持ちが俺の中で新たな目標として残っていた。俺はその事をとても嬉しく感じていたが、それと同時にある大きな不安も新たに生まれていた。音楽で誰かを感動させる事や笑顔にさせる事はもちろん良い。しかし、それには奏者の技術の他にも様々な要素が必要であり、俺がその中でも特に必要だと感じていたのが『調律』だった。正直な事を言えば、父さんのように自分で調律まで出来てしまえば、それはそれで問題は無い。しかし、俺が理想としていたのは、『調律師』とコンビを組んで様々な場所まで赴いて演奏をする事であり、出来るならその調律師とはお互いに頼り合えるようないわゆる『相棒』といえる関係性である事が望ましいと考えていた。そういった気心の知れた関係の方が、何か相談したい事が出来ても気軽に話す事が出来るし、きっと楽しいだろうと思っていたからだ。しかし、これはあくまでも俺の理想に過ぎず、そんな事を請け負ってくれるような調律師などいないだろうと子供ながらに理解はしていた。何故なら、一人の新人演奏家の専属になるよりも名の知れた演奏家やオーケストラと契約を結ぶ方が、様々な面で明らかに得であるため、わざわざそんな道を選ぶような人などいないと断言できるからだ。

『……やっぱり、現実はそんなに甘くないか……』

 両親と共にホールを出ながら誰にも聞こえないほどの声でポツリと呟き、それと同時に心の奥がズキッと痛むのを感じていたその時、突然父さんから『凛音、ちょっと良いか』と話し掛けられた。俺は突然話し掛けられた事に少し驚いたが、その驚きを顔に出さないように気をつけながら気持ちを瞬時に切り替え、そのままゆっくりと父さんの方へ顔を向けた。

『父さん、どうしたの?』

『今から母さんと一緒にさっき指揮をしていた友人のところに行ってこようと思うんだが、凛音もついてくるか?』

『……僕は良いかな。父さん達の友達に興味はあるけど、ちょっと考えたい事もあるから、それを考えながらその辺のベンチに座って待ってるよ』

『……そうか』

 俺の返答に父さんはどこか心配そうな表情で頷きながら答えた後、俺の頭に手をポンと置いた。

『それじゃあすぐに戻ってくるから、それまで大人しく待っててくれ』

『うん、分かった。父さん、母さん、行ってらっしゃい』

『ああ、行ってきます』

『行ってきます』

 そして、人混みの中へ消えていく父さん達を見送った後、俺は軽く溜息をついてから近くにベンチが無いかと思いながら辺りを軽く見回した。すると、ホールの入り口の傍にベンチが置かれているのが見えたため、俺はゆっくりとそれに近付き、そのまま静かにベンチに座った。そして、会場の入り口の方をボーッと眺めながら再び自分の新たな目標の事について考え始めようとしたその時、『……ねえ』と少し緊張したような声が聞こえ、俺は声がした方に視線を向けた。視線の先にいたのは、優しそうな雰囲気を漂わせた同い年くらいの黒の短いストレートヘアの男の子で、俺はそのどこか緊張した面持ちで俺の事を見つめる彼に何故か親近感のような物を覚え、考え事を中断しながら彼に話し掛けた。

『……ん、何か用?』

『用事……というわけでは無いんだけど、同い年くらいの子がいたから、ちょっと話し掛けてみようかなと思ったんだ』

『……ああ、なるほどね』

 彼の返答に納得しながら頷いていた時、先程の演奏を彼がどんな風に感じ取ったのかがふと気になり、体を向けてからその事について問い掛けた。

『ねえ、君はさっきの演奏を聴いてどんな風に思った?』

『どんな風って……例えば?』

『そうだな……例えば、聴いていて楽しくなるような演奏だったとか自分も将来は演奏家になりたくなったとか、そんな感じに簡単に答えてくれて良いよ』

『あ、なるほどね……そういう感じでも良いなら、今まで抱いていた音楽へのイメージが変わった感じ……かな?』

『音楽へのイメージ……?』

『うん。あまり上手くは言えないんだけど、僕は今まで音楽って学校の授業でやる物っていうイメージしかなかったんだ。皆で歌ったり何かを合奏してみたりっていう感じのね。でも、今回の演奏を聴いていた時、楽器から聞こえてくる音の凄さや綺麗さが体に染みこんできたり、体中を包み込んできたりするような感じがしたんだ』

『……なるほど』

 彼の感想に対して俺が頷きながら答えていると、彼は頬をポリポリと掻きながら苦笑いを浮かべた。

『まあ、もちろん気のせいなんだろうけどね。けど、さっきの演奏を聞いた事で僕の音楽に対してのイメージは授業のイメージから音を楽しむ物へ変わったし、何だか今までの僕とはまた違った自分になれたような気はしたかな』

『今までの自分とはまた違った自分……うん、そう思えただけでも今回の講演を聴きに来た価値はあると思うよ』

『ふふっ……だね』

『僕も今まで色々なオーケストラの公演や音楽家の演奏を聴いてきたけど、今回の公演はとても楽しかったよ。それに、僕にとって良い刺激になった気もするしね』

『良い刺激って……もしかして、何か楽器の演奏が出来るの……!?』

 彼が目を輝かせながら訊いてくるその様子に俺は少しだけ嬉しさを感じながらコクンと頷いた。

『一応ね。一番練習してるのはピアノだけど、簡単にであれば他にも何種類かは出来るよ』

『わぁ……そうなんだね! ピアノだけでも難しそうなのに、他の楽器も演奏出来るなんてスゴいなぁ……!』

『まあ、本当に何種類かだけどね。それに、確かに出来るようになるまでは時間も根気も必要だけど、出来るようになった後の達成感やそれを聞いてもらった後に掛けてもらえる言葉は本当に嬉しくなるんだ』

『そっか……僕も何か楽器を習ってみようかな……』

『うん、それも良いと思う。でもね、人の心を震わせる演奏をするには、奏者の腕以外にも必要な物があるんだよ』

『え、そうなの?』

 彼が不思議そうに首を傾げる中、俺は俺は頷きながら話を続けた。

『うん。自分が楽しんで演奏をする事や相手にそれを音色と一緒に伝える事なんかも大切なんだけど、やっぱり楽器は調()()みたいな手入れをして上げないとね』

『調律……?』

『調律っていうのは、簡単に言えば楽器の音を正しい物に戻す事で、それを専門にしている調律師っていう人もいるんだ。もっとも、音楽家の中には自分で調律をしちゃう人もいるみたいだけど、ちゃんと調律師の人にやってもらいたいって思う人もいるんだよ。しっかりと調律された楽器の音色は、聴く人の心を掴むとても素晴らしい物だからね』

『そうなんだ……スゴい人達なんだね、その調律師って……』

『うん。だから、いつか僕が音楽家になれた時には、調律師の人と一緒に色々なところに演奏会をしに行けたらなんて思ってるんだ』

 俺は楽しさを感じながら彼に自分の理想について話をしていたが、その理想が叶うわけが無い物だと改めて感じた瞬間、心の奥が再びズキリと痛み、どうしようもない哀しみが俺を襲った。

『まあ、そんなのについてきてくれる親切な調律師なんていないと──』

『それじゃあ……僕がそれになろうか?』

 彼のその言葉に俺は心から驚き、思わず『え……?』という声を漏らしてしまっていた。それはそうだろう。何故なら初対面の奴、それも同い年とは言えまだ幼い子供が口にした理想に迷う事無く協力を申し出てくれたのだから。

 そして、俺が彼のその言葉に驚きを隠せずにいると、彼はニコリと笑いながら再び口を開いた。

『僕で良ければ、その親切な調律師になろうかなって思うけど、どうかな?』

『それは嬉しいけど……でも、調律師になるには並大抵の努力じゃ足りないし、僕の夢にさっき会ったばかりの君を付き合わせるわけにも……』

『ううん、良いんだ。僕、君の話を聞いてその調律師っていう職業に興味が湧いたんだよ。演奏をする人達を支えて、演奏を聴いた人達を笑顔に出来る仕事、将来なるならそういう誰かを支えて笑顔に出来る職業に就きたいからね』

『誰かを笑顔に……』

 その言葉を聞いた瞬間、心の奥にあったズキズキとした痛みが癒え、それと同時に小さくなっていた『何か』がスーッと消えていったような気がした。そして、その代わりにこれからに向けての『希望』や『やる気』といった物が生まれていった。

 ……うん、こう言ってくれる彼とならこの目標を──いや、夢を叶えられるかもしれない。

 そう感じた後、俺は彼に対してニコリと微笑みかけた。

『……うん、そうだよね。誰かを笑顔に出来るのは、とてもスゴい事だからね』

『うん! それで……どうかな?』

『……もちろん。むしろ、僕の方からお願いしたいくらいかな。何となくだけど、君となら良いコンビになれそうな気がするしね』

『ふふっ、そうだね。今日初めて会ったはずなのに、何だか不思議だね』

『うん、だね』

 そんな事を言いながら笑い合っていたその時、彼は突然何かを思い出したような表情を浮かべた。

『あ……そういえば、まだ自己紹介をしてなかったね』

『あはは、そうだったね。こんな約束をしているのに、自己紹介がまだなんて何だかおかしいね』

『ふふ、そうだね』

『それじゃあ改めて……僕の名前は──』

 その時、入り口の方から『凛音』と俺の名前を呼ぶ声が聞こえ、そちらに顔を向けると、そこには和やかな笑みを浮かべる父さん達の姿があった。

『あ、もう時間か……』

 しっかりと自己紹介が出来なかった事を残念に思いながらゆっくりと立ち上がった後、俺は少し不思議そうな表情を浮かべる彼に対して申し訳なさを覚えながら小さく頭を下げた。

 ゴメン……父さん達が待ってるみたいだから、もう行かなくちゃ』

『そっか……残念だけど、仕方ないね』

『うん……』

 残念そうな表情を浮かべる彼に対して俺は小さく頷いたが、『……でも』と言いながら顔を上げた後、握手をするために右手を差し出しながらニコリと笑った。

『さっきの約束をした事で、約束がまた僕達を引き合わせてくれるはずだ。だから、また会えたその時に今度こそ自己紹介をしよう。その方が、なんだか楽しそうだからね』

『……ふふっ、そうだね。いつかになるかは分からないけど、コンビを組む事と自己紹介をする事、この二つの約束は絶対に果たそうね』

『うん』

 そして、固く握手を交わした後、両親の元へ走っていくと、父さんは俺の顔を見ながらどこか安心したように笑みを浮かべた。

『……その様子だと、俺達がいない内に良い友達が出来たみたいだな』

『うん。まあ……自己紹介まではちょっと出来てないんだけどね』

『あら……それなら自己紹介をするまでの間、ここで待っていても良いわよ?』

『ううん、良いんだ。あの子とはちょっとした約束をしたから、その約束が僕達をまた引き合わせてくれると思う。だから、自己紹介はその時で良いよ。あの子ともそう話はしたしね』

『……そうか。なら、その約束を果たす時、恥ずかしくないようにしないとな』

『……うん、もちろんだよ』

 父さんの言葉に微笑みながら答えた後、彼と握手をした手をジッと見つめ、クスリと笑いながらその手を固く握り込んだ。()()行く事になった場所で、()()出会った上に約束まで交わしあった名前も知らない新たな友達。彼と本当に再会できるかは分からないが、その時の俺は彼と交わしあった約束が再び俺達を出会わせてくれると信じてやまなかった。

『……またね、未来の『調律師(チューナー)』君』

 新たに湧いた希望を胸に俺は彼と約束を果たす時を楽しみにしながら小さな声で呟いた。




プロローグ、いかがでしたでしょうか。今作品ではこれからも一部を除いてそれぞれの主人公視点でストーリーを進めていきますので、そういう点も楽しんで読んで頂けるととてもありがたいです。
そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。