ミューズの頑張り物語   作:月日星夜(木端妖精)

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第十三話 エースを救え! ミューズVS三大将!!

 

 天命。

 私に課せられたそれは、生まれ持っていたこの記憶。

 救われた命を以て全力で運命を打破し、恩を返すための力。

 

 

 地上は騒がしかった。

 そして、寒かった。

 

 海は一部凍りつき、あの広場前のステージ……海は鉄の外壁に覆われてパシフィスタが暴れ回っている。

 マリンフォードもすっかり様変わりしてしまった。

 

 時代の変わり目が目の前にあって、このタイミングで地上へと戻れたのは、まさに天運と言えた。

 

 

 

 

 死屍累々。

 戦争は佳境を迎え、海軍本部には亀裂が入っている。

 処刑台ももはや崩れ去っていて元帥も"火拳"さんの姿もなく、ただ騒然としていた。

 

 巨人族の海兵さんを差し置いて、ひときわ目立つ巨漢の男……あれが伝説の海賊……"白ひげ"!

 幾つもの攻撃を受けて瀕死に見えるけど、纏う覇気が強大すぎてびりびりくる。

 

 けれど私の目的は彼じゃない。

 空を駆け、鉄と血と潮の香りを含んだ煙を突き抜けて――見つけた。海賊"麦わら"のルフィ。

 

 まずは一つ。

 

 数多の海兵を兄と共に蹴散らす彼の頭上に迫る。

 瞬間、ばっと"麦わら"が私を見上げた。

 

「"雪華(セッカ)"」

「うわっ!」

「ルフィ!」

 

 落下の速度を乗せた叩きつけるような蹴りを転がって避けた彼は、砕いた床の破片をぶつけられながらもすぐさましゃがむ体勢にまで移って私を睨んだ。

 ――"火拳"の方は将校クラスを数人纏めて相手していて動けない様子。

 ならば好都合。

 

「なんだお前、邪魔すんな!」

「そうもいきませんわ。(わたくし)は海兵、あなた様は海賊。ぶつかり合うは必然」

「"ゴムゴムの"ぉ!!」

 

 憧れにときめく胸を落ち着かせ、伸びてきた拳をぶれて避ける。

 効かねぇ、と驚愕した"麦わら"がパチンと腕を戻す動作をしている間に、思い切り足を後ろへやって、帯の下の機械に触れる。

 

「「嵐脚(ランキャク)」"雷鳥(ヒノ)"」

「ウウッ!」

 

 強化技を前に両腕で体を庇った彼は、しかし腕が浅く切り裂かれるのみで電気への反応は何もない。

 それは当然。彼はゴム人間なのだから、電撃系はいっさい通用しない。

 

 ……ふぅ。

 

「んのっ、"火銃(ヒガン)"!!」

「ぅんっ……」

 

 一息ついていれば、"火拳"さんからの援護が入った。火の弾を連射して私の体を蜂の巣にしようとしたみたいだけれど、"自然系(ロギア)の型"を舞っている時はあらゆる攻撃が無効化される。よってダメージはない。

 とはいえ彼に攻撃されて虚を突かれるくらいはした。

 

「ミューズ中将殿!!」

「お気を付けを! こいつらとんでもなく強いっ!!」

「ええ、承知しております。宴舞-"剣豪の型"」

 

 集う海兵達に頷いて返しながら、左に差した刀の柄を逆手で握り、羽衣を引き抜いて、これもまた逆手に持って硬化させ、右の腰へ。

 二刀流、居合――。

 

「"羅生門(ラショウモン)"ッ!」

「え……!?」

 

 疑似抜刀術といえど飛ぶ斬撃は本物。構える"火拳"さんと技に反応する"麦わら"さんの両脇を切り裂いた攻撃が左右の海兵を吹き飛ばす。どよっとざわめきが広がった。

 

「え! みゅ、ミューズ殿……!?」

「今、わ、私達に攻撃を……!?」

「うふふ♡ 察しのよろしい事で……ええ、あなた方は彼らが逃げるのには邪魔なのです」

 

 まさに唖然。

 なぜ、どうしてと各々の顔が固まって、その中で一番早く動いたのが"麦わら"だった。

 

「お前、助けてくれんのか? よし、エース行くぞ!」

「待てルフィ! 罠だ!!」

「……そうなのか? お前」

 

 うーん、夢にまで聞いた声。

 "麦わら"に声をかけられてうっとり頬に手を添えながら、彼の問いに首を振れば、ほら、と無邪気な笑みを見せた。

 信じてくれるのは嬉しいけれど、こんなにあっさりだとちょっと心配になっちゃうな。それをカバーするのがお兄さんなのか。

 ふんふん。

 

芳香脚(パフュームフェムル)!!」

「きゃっ」

 

 不意に飛び込んでくる影があって、咄嗟に戦鬼を合わせれば、怒りの形相を浮かべた九蛇(クジャ)の女皇帝が攻撃を仕掛けてきていた。

 瞬間的な判断で刀に覇気を纏わせ、ついでに武器越しに"神撃"を放つ。この一品物を折られてはかなわない。

 海楼石に触れて力が弱まっていたのだろう、あっさり弾かれて転がった彼女は、女豹のように身を起こすと、ギロリと私を見据えた。

 

「貴様! 生かしてはおけぬ気配がする!!」

「気配とはいったい……あ、"火拳"様、"麦わら"様、(わたくし)には構わず後ろへ」

「おう、ありがとうな。ハンコック! こいつは相手しなくていいぞ!」

「あっ♡ わ……わかりました♡」

「…………」

 

 胡乱気な目を向けて走っていく"火拳"さんとは対照的に、表情を引き締めながらもお礼を言ってくれる"麦わら"さん。

 皇帝は……うわあ、恋する乙女だ、完全に。

 張り切って周りの海兵達に襲い掛かっては蹴散らし始めたので、えーと……彼女を相手しなくても良くなったのなら、私も"麦わら"さん達を追うとしよう。

 

 踵を返し、彼らを視界に捉えようとして、翻った着物の裾が凍るのに慌てて体を戻す。

 ふわり、肌が引き攣るほどの冷気が漂ってきた。

 

「あらら。ミューズちゃん、海賊の味方しちゃうの」

「クザンおじさま……!」

 

 パキパキと音をたてて氷が集合し、人の形を作っていく。

 面倒くさそうに後ろ頭を掻いた彼は、けれど目が本気だった。

 

「お~、こいつは意外だねぇ……困ったな」

「っ、ボルサリーノおじさま!」

 

 腰を落として構えたところで、左の方に光の粒が集まって、今度はボルサリーノさんが現れた。サングラスの下は陰っていて見えないけれど、いつもの笑顔が今は挑戦的で不気味だった。

 

「おんどりゃあミューズゥ……! どこほっつき歩いとった……!!」

 

 最後に空から降ってきたサカズキさんがマグマを伴って着地し、熱気を振り撒きながら立ち上がった。

 

「サカズキ、おじさま……」

「答えろミューズ!! 貴様ァ、なんのつもりじゃ……!! "麦わら"に味方するなぞ……答えようによっちゃあ、拳骨じゃあすまさんぞ!!」

「ひっ」

 

 いつになく怖い顔になって怒鳴るサカズキさんに、勝手に体が縮こまってしまう。気のせいか頭頂部がずきずきし始めて、思わず両手でササッと頭を庇ってしまった。

 けれど視界の端に、私の後方へ腕を伸ばすボルサリーノさんを見たとあっては、怯んでなんかいられない!

 

「おいおい、あいつらが――」

「んんっ、てぇりゃあ!!」

 

 軸足を捻り、摺り足で移動しながらの大上段蹴り。

 身長の関係で天を突くように伸びた足のつま先がおじきの腕を跳ね上げて、ピュンと飛び出たレーザーは空の彼方に消えていった。

 

「逃げるよォっと……困るなァミューズちゃん……こいつは立派な反逆行為だ」

「承知の上です!」

「ミューズゥ!!」

 

 額に血管を浮かべて踏み込んできたサカズキさんに対応しようと足を戻せば、それより早くサカズキさんの前へ出たクザンさんが、私の眼前で両腕を交差させた。

 流れる冷気が私を包む――。

 

「"アイスBALL(ボール)"!」

「!」

 

 ガンッと視界が揺れて、体が動かなくなる。

 ……氷の中に閉じ込められた!!

 

「おいたが過ぎるぜ……サカズキ、奴らを追うぞ」

「元よりそのつもりじゃあ! ミューズ、貴様はそこで頭を冷やしていろ!!」

 

 ガッと私を睨みつけたサカズキさんは、その目で「帰ったら仕置きじゃあ!」と語ってから、マグマの化身となって彼方へとすっ飛んでいった。

 動けない体では跳躍の瞬間までしか見送れなかったけど、それでじゅうぶん。

 はあ……一応海軍とサカズキさんのため、海兵として海賊"麦わらのルフィ"に攻撃をしたとはいえ、それで恩を返せたとは言い難く、中々心が痛くて困る。

 

「さて……ミューズちゃん。なんのつもりかは知らねぇが、今ならまだ厳罰と降格と減俸と謹慎と左遷で済むが……」

「お断りですわ。罰が怖くて海賊を助けたりはしません」

「だよなぁ」

 

 全方位神撃……"竜の鼓動"によって氷の呪縛から抜け出せば、クザンさんは白い息を吐き出してやり辛そうな顔をした。

 ううっ、寒い。体の芯まで冷えちゃった。これで大将二人を押し留めようってのは、ちょっと辛いな……。

 

「ま、やりますけども。クザンおじさま、ボルサリーノおじさま、一曲お付き合い願います」

「……フゥ。子供ってのは……コロコロ生き方が変わって困る」

「かわいげがあって……わっしは良いと思っていたんだけどねぇ」

 

 ピュィイ、と耳鳴りに似た音がして、私は冷静に、引き抜いた羽衣を正面へ振り抜いた。

 瞬間、放たれた光線が羽衣に沿って飛んでいき、いずこかで爆発を起こした。カッと二人を染め上げる光に、大きく息を吸って、吐く。手の内に滲む汗を隠して、緊張と恐怖を捻じ伏せた。

 

「……敵となっちゃあ、容赦する訳には……いかないねぇ」

「怖いねぇ~~……ですわ、ボルサリーノおじさま。少しは手加減してくださいませ」

「そいつァできねぇ相談だ。これ以上お前を暴れさせちゃあ、サカズキの奴が何をしでかすかわからんでしょう」

「?」

 

 クザンさんの言葉に小首を傾げる。

 サカズキさんが? ……私が暴れたら、そりゃあすっごく怒るだろうけど……やる事って私を追い回すようになるくらいじゃないかな。

 まあいいや。そんな恐ろしい事考えてる暇があったら、さっさと二人を倒してサカズキさんも止めに行かなきゃ。

 

 キュンッと蹴り抜こうとするボルサリーノさんの足を蹴り止めて、抱き着いてこようとしたクザンさんは"自然系(ロギア)の型"にて避け、遅いと言わんばかりに回り込んできたおじきに神撃を見舞って後退させる。

 床に罅が走り、砕けて持ち上がった。それが雨のように落ちると、一拍間が開く。

 

「――(わたくし)はサカズキおじさまを止めなければならないので、少々飛ばしていきますわよ」

「おお、若い……まだまだ負けないよォ」

「ま、取り敢えず。この戦いが終わるまで眠ってな」

 

 ……そうもいかない。

 大恩あるサボさんのため、ここでエースさんの命をとられる訳にはいかないのだ。

 それは今日までお世話になった海軍に反旗を翻すのも(いと)わないほどの決意。

 というよりは最初から……私のやるべき事はここにあったのかもしれない。

 そのために私、生まれてきたのかもしれないんだ。

 

 

 全力を以て二人を相手取る。

 私の覇気に底はない。けれど私は能力者じゃない。

 最強種を自在に操る大将二人は、さすがに荷が勝ちすぎるか……!

 

 でも、私は私を信じてる!

 勝てる勝てないは置いといて、私の目的は必ず果たせると!!

 

「"アイス(ブロック)"「両棘矛(パルチザン)」!」

「宴舞-"ヒエヒエの型"」

 

 飛び退きながら氷の矛を二本作り出したクザンさんが容赦なく放ってくるのに、こちらも同系統の技を選択する。

 帯の下に隠した冷気製造機から本来"ギア2(セカンド)"の煙演出用のドライアイスを二つ取り出し、武装色で真っ黒に染め上げる。

 

「"アイス(ブロック)"「石雪合戦(ペインボール)」!!」

「おおっと!?」

 

 左右へ放った黒い球体が矛の先端からばりばり砕いてクザンさんに迫る。

 それを両腕で弾いた彼は、驚いた風に目を丸くして着地した。

 ──まだまだ!

 

「宴舞-"ピカピカの型"」

「いくよォ~~」

 

 地を蹴って空中に身を躍らせ、足裏に光を集わせながら飛び蹴りを放ってくるおじきへ、私も自らの着物の裾を掴んでぐいっと引いて太ももまで(あら)わにし、剥き出しにした足を斜め上へと突き出した。ギョッ! とおじきが両の目をかっ開く。

 数瞬の攻撃の遅れを逃さず後の先を取り、太ももに括り付けた"黄猿のレーザー"がその機能を発揮した。

 

 カッと辺り一面真っ白に染め上げて、けれど光である彼は爆発などものともせずに地に下り立つと、そのまま長い脚を振って蹴りつけてきた!

 辛うじて前動作のみ捉えられた光の速度の蹴り……受けて立つ!!

 

「んりゃあっ!!」

「!」

 

 武装色の覇気を纏わせた蹴りをおじきの足に合わせれば、雷みたいな激しい音をたてて反発し合い――。

 

「ォオ!?」

「――"大神撃"」

 

 打ち勝ったのは、私だった。

 弾き飛ばされたおじきが複数の海兵を巻き込んで処刑台の残骸に突っ込んでいくのをしり目に、今度はクザンさんの懐に飛び込む。彼の額には汗が流れていた。

 

「ちょっとちょっとミューズちゃん! この短期間で随分強くなったじゃないの! どこ行ってたのよ!?」

「月、ですわ」

「――っとォ、月ってぇのは……空に浮かぶあの月かい?」

 

 っ、く、おじき、復帰はやすぎ!

 会話に混ざってきた彼にびくつきながら、余裕ぶってにっこり笑ってみせる。

 デキる女はいつでも大きくゆったりと、だ!

 

「はい。名物「万年月見団子」ですわ。クザンおじさまもボルサリーノおじさまも、3時のおやつにどうぞ」

「お、こいつはありがたい。最近団子にハマってたんだ」

「月の名物かァ、こいつは珍しいモンだねぇ~~」

 

 はい、はいと懐から取り出した袋を二人の腕に押し付けて、んーと、サカズキさんの分はクザンさんに預けておこう。

 あとでちゃんと渡しといてくださいね! クザンさんなら冷蔵庫代わりになるでしょ。あ、でも凍らせたりして固くしないでよね。お団子はもちもち感が大切なんだから、ほとんど生って感じでお届けお願いね!!

 

「いや、そいつは自分の手で――」

 

 暢気な声で世間話でもするみたいな雰囲気の彼のお腹へ手を当てる。

 覇気を纏えば冷気を受けても凍りはしない。それでも少し冷たいけれど、我慢我慢――。

 

「隙あり、ですわ」

「ちょっ」

 

 大神撃にて今度はクザンさんをぶっ飛ばす。

 さすがの配慮か、人にぶつかっても氷に変じて被害を減らそうとしたみたいだけれど、どっこいぶつけられた人達は驚き顔のまま凍りついてしまっていた。うん、ちゃんとお団子の袋手放してないね。さすが大将。

 

「う、く……効くねぇ……!」

「でしょう? ボルサリーノおじさま。海楼石って辛いらしいですわねぇ」

 

 すばしっこいおじきには、抜いた刀の先をちょんとくっつけて能力を無効化する。光の速度で動けるからって余裕ぶっこいてるからこんなにあっさりやられちゃうのだ。

 

「ウッ!」

「もう、動かないでくださいませ! 逃げようなんて無駄ですわ」

 

 後退(あとずさ)って刀から逃れようとしたおじきに詰めより、横向きにした刀を押し当てる。

 こうなってしまえば光だろうとなんだろうと関係ない。たらりと汗を流した彼は、本気でマズそうな顔をしていて、他に奥の手とかはないみたいだった。ほんとにもう、能力頼りなんだから……。

 

「それではごきげんよう。"大神撃"」

「――!!!」

 

 刀越しに発した衝撃が天高くおじきを打ち上げる。

 たーまやー、だね。

 それが並み居る海兵海賊有象無象の向こう側へ落ちていくのを見送って、大きく一息。

 

 ……ふぅ、なんとか大将二人退(しりぞ)けられた。

 けれど消耗が激しい。格上を同時に相手してるんだから、一瞬たりとも気が抜けなくって困る。

 

 小休憩代わりの残心ののち、チンッと刀を鞘に収める。

 うるさい周りに構う暇なく踵を返し、一も二もなく空を蹴って飛び出す。

 

 さっきの戦い、一見私が強くなりすぎてあっさり二人を倒せたように思えるけれど、それは全然違う。

 

 本気だけど殺す気はないみたいなクザンさん。

 海賊に加担するなら攻撃するけど殺すかどうかは考え中なボルサリーノさん。

 

 二人の私への信頼や親愛の情が無意識レベルで手を抜く事に繋がって、かろうじて私が競り勝っただけの話だ。

 だから、一度退(しりぞ)けてしまった以上、もう一度やり合えば今度の二人に油断はなく、大苦戦を()いられるだろう。

 今は時間が惜しい。一分一秒が運命を左右するのだから。

 

 ──そう。刻一刻と状況は変わっていく。

 こんなにもたくさんの人間がいるのだから、移動する私に目を付けて目の前に飛び出してくるような奴も一人くらいはいる訳で。

 

「フフフ! 生きてるたぁ驚いたぜ、海軍本部中将、"天女"ミューズ!!」

「!! "天夜叉(てんやしゃ)"様……今はあなた様のお相手をしている時間はございません!」

「フフ! フフフ!!」

 

 糸を操る張り詰めた音を伴って現れた"天夜叉"さんは、両腕を振るって極細の糸をいくつも飛ばしてきた。

 のを、"竜の鼓動"で跳ね飛ばす。

 

「――!! ……テメェ、調子に乗りやがって……!」

「宴舞-"天夜叉(てんやしゃ)(かた)"」

 

 笑みから一転、顔を歪めて私へと手の平を突き出す彼へ、羽衣を引き抜いて覇気を込める。

 

「"超過鞭糸(オーバーヒート)"!」

「"超過鞭糸(オーバーヒート)"!!」

 

 熱を持つ斬撃属性の、もはや縄とも言える糸の射出に合わせて鋭く突き出した羽衣がゴムの性質を遺憾(いかん)なく発揮して伸びていく。

 両者はぶつかり合い、削り合い、やがて相殺し合った。

 

「ンン!? どういう事だ……!?」

「こないだ技を見せて頂いたでしょう。その時に覚えたのです」

「覚えただと……!?」

 

 ふわり、"天夜叉"さんが宙を泳ぐ。その自由自在の空中遊泳はかなり羨ましい。

 こちとら常に足が忙しいんだ。うん、足が忙しいで思い出した。さっさとケリつけよう。

 

「宴舞-"麦わらの型"」

「"五色糸(ゴシキート)"!!」

「無駄、ですわ。あなた様をぶっ飛ばして、(わたくし)は次へ進むとします。"ギア4(フォース)"……」

 

 格好悪いだのかわいくないだの言っている余裕はないので全身を武装色に染めてブラックカラーミューズちゃんに大変身する。"天夜叉(てんやしゃ)"さんは五指に色鮮やかな糸を乗せて大振りに切り裂いてきたけれど、硬化させた腕で防げばダメージは0。

 いや、やっぱちょっと切れたかも! ひりひりする!!

 

「ギア……フォースゥ……!?」

「"ゴムゴムの"ぉ……!」

 

 「六式忍法」"天隠れ"を用いて高速移動を開始する。

 雷速にも光速にも届かないけれど、"天夜叉(てんやしゃ)"さんは一瞬私の姿を見失った。

 それだけの隙があれば十分。

 

「"犀榴(リノ)"――」

「――……!!」

 

 彼の真横へ飛び込んで、両膝がお腹までくっつくくらいに引き絞り、全力の両足キック。

 

「"弾砲(シュナイダー)"!!」

「ぐおおおおお!!?」

 

 振り向こうとした彼の頬を両足が捕らえ、歪ませるとともに"大神撃"を二連発。

 たまらず錐揉み回転しながら吹き飛んでいった"天夜叉(てんやしゃ)"さんは、数多の人間を吹き飛ばし、床を広範囲にわたって粉砕して地中深くへ埋まっていった。

 あれでしばらくは出てこれないだろう。

 

 やっつけたかどうかを確認している時間はないので、武装をといて空を急ぐ。

 焦りだけが胸の内を満たし、握り込んだ手の内側は汗に濡れていた。

 

 

 

 

 飛んで行った先では、脱出のために奪ったのか、海賊達が乗る軍艦を前にして"麦わら"さんも"火拳"さんも足を止めてしまっていた。

 そしてそう離れていない場所にサカズキさんがいて、何事か話している。

 

「そこまでです!」

「! ミューズ、貴様……!!」

 

 とにかくサカズキさんの進撃を止めようと前へ下り立てば、ギシリギシリと歯を噛み合わせた彼が呪詛を吐くように重く呟いた。

 うう、お顔が怖い。けどけど、怯むわけにはいかないの!

 

「自分が何しちょるかわかっとンのか、ァア!?」

「そっ、ひぅ! わ、もちろんわかっています、わ!」

「そこを退け! 今すぐその二人を潰さにゃあならんのだ!!」

「嫌です!! 死んでもどきません!!」

 

 私が声を発するたび、私の言葉が届くたび、どんどんサカズキさんの体がボコボコと泡だって周囲の温度が上がっていく。噛みしめた歯もその表情も憤怒一色。右腕なんかは完全にマグマと化して肥大化していて――。

 

「宴舞-"マグマグの型"っ!!」

「邪魔ァするんなら貴様とて容赦せん!! "大噴火"ァ!!」

 

 耳もお腹も震えるくらいに良く通る声で怒鳴ったサカズキさんが、持ち上げた腕を振り抜く。

 溶岩石混じりの大質量。まともに受ければ命はない。

 だからこそ、その対抗策は編み出してある。直接触れられないのなら触れなければ良いだけの話。

 

 Dの羽衣を地面へ振るって鋭く突き刺し、思いっきり引き抜く。

 地中でやや曲がった形で硬化させれば数メートル下までの床が纏めて岩となってくりぬかれ、羽衣との摩擦で炎上した。

 

「"大噴火"ぁ!!」

「ぬぅ!!」

 

 炎を纏う大質量をぶん殴り、やや砕けさせてサカズキさんのマグマの拳にぶつける。

 ただの燃える岩じゃない。接触の瞬間に武装色の覇気を流し込んで、真っ黒になるまで覇気を纏わせた特製の岩だ。

 ゆえにサカズキさんは顔を歪め、拳の勢いを衰えさせて、大部分を床に零してジュワジュワと融かした。

 ……、止められた……!!

 

「ミューズゥ……貴様正義を捨てる気かァ……!!」

「いいえおじさま、これは(わたくし)の正義に(もと)づいた行動なのです」

 

 私の正義とは、すなわち自由な正義。

 正義とは他方から見れば悪ともなり、自分から見れば正義となる千変万化、不定形のもの。

 私は私の正義に従って動く事に決めたのだ。

 

 ……とはいえサカズキさんから見れば私は悪だ。海軍から見ても悪。世界的に見ても海賊の味方をする私は悪と映るだろう。私を正義というものは私しかいない。

 でも、それでいい。

 私がやりたい事をやろうとすると、どうしたって誰かとぶつかる事になる。

 その時私は私だけを信じていればいいのだ。

 

「"火拳"!!」

「! ……貴ッ様ァ……!!」

「ハァ、オヤジを馬鹿にしやがって……!! ハァ、」

 

 ごう、と風の唸りが聞こえたかと思えば、真横を炎の拳が通っていった。

 それはサカズキさんの体に触れるとマグマに飲まれて消えてしまったけれど……そうか。サカズキさんは"火拳"さんの逆鱗に触れるようなことをすでに言ってしまっていたのか。

 そうなる前に止めたかった……!!

 

「取り消せぇ!!」

「事実じゃろぉがい!!」

 

 私の頭上を飛び越えた"火拳"……エースさんが通り名そのものの攻撃を放つのに、慌ててその場から離れる。

 反撃とサカズキさんが放った"大噴火"が火を食らい、ぶつかり合って、燃やしながらボタボタと地面に落ちていった。

 間一髪。あの場に留まっていれば、その余波で私は骨までとかされていたことだろう。

 

 体の中に滲む汗に、襟元に指を引っかけて熱を逃がす。

 

 ──その一瞬。

 

 どうしてか私は……ふと、この朱色の振袖を貰った日の事を思い出した。

 

 中将に昇進した日。

 私の寝室にぽつんと置いてあった、「祝」の字が書かれた箱。

 サカズキさんからの、初めてのプレゼント……。

 

 その着物に袖を通した、お披露目会の夜。

 何か欲しいものはないか、と改めて聞かれた。

 プレゼントに胸がいっぱいで、他に欲しい物なんて思いつかなかったから、首を振った。

 

 ……ならいつの日か、して欲しい事が合ったら言え。なんでも一つ叶えちゃる、なんて、サカズキさんはランプの精みたいな事を言っていて……私は、一緒に歌を歌おうって提案する気だったのだ。

 結局言えずじまいだったけれど……。

 

 

 

「……!」

 

 ぶるぶると頭を振る。

 今は回想に浸っている場合じゃない。

 

 今の攻防ではまだエースさんは自分が不利な能力を持っているとは気づけてない。

 ただ一心にサカズキさんの発言を撤回させようと攻撃を仕掛けている。

 止めるべき弟は――膝をついて動いていなかった。

 なんだっけ、ドーピングか何かの効果が切れたんだっけ!

 あれじゃあ自分の足で逃げる事は不可能だろう。サカズキさんを止められなければ、エースさんの命はおろか、"麦わら"……ルフィさんの命まで落とさせてしまう。

 

「エースゥ! 戻れ!」

「頭冷やせ! 今するべきことは、逃げる事だろ!?」

 

 硬質な音、破裂音、いくつもの足音。怒号と悲鳴。

 そういったものの中にエースさんに逃げるよう促す声もあったけれど、当の彼は頭に血が上ってしまっているようで聞く耳を持たない。吐き出すように、こればっかりは譲れねぇと呟くと、体を炎に変じて飛び出そうとした。

 

「"JET(ウィップ)"!!」

「ぐあっ!?」

 

 振り回した足で刃を放つではなく直接蹴りつけ、エースさんを後方へ吹き飛ばす。

 逃げろって言われてるのに、みすみす馬鹿な真似はさせるもんか!

 

「よくやったミューズ! 退いちょれ!!」

 

 気泡が弾ける低く重い音がして、一も二もなく地を蹴って跳び出す。

 私の攻撃に合わせて再びマグマの拳を放とうとしているサカズキさんへ飛び掛かれば、虚を突かれたように動きを止めた。

 

「おじさまっ、待ってください!!」

「ぬぅうっ、なんのつもりじゃあミューズ!!」

「……! っは、はぁ……! も、燃えてない……!?」

 

 焼かれる覚悟でサカズキさんに抱き着いて押し留めようとして、痛みに備えて目をつぶっていたのだけれど、体に異変はない。

 地に足がつくのと同時に目を開ければ、サカズキさんはマグマ化を解いていた。その事に驚く間もなく肩に手を置かれ、ミシリと骨が鳴るのに顔を歪める。

 

「ぬおりゃあ!!」

「きゃああっ!!」

 

 そのまま力任せに引き剥がされて突き飛ばされるのに、踏鞴(たたら)を踏みながらも転倒は防いで、平静を装おうと無理矢理笑みを浮かべる。痛すぎて額に脂汗が浮かんできたけれど、女は簡単に涙を見せない。いつだって笑顔であるべきなのだ。だってそうすれば、それを見た誰かが笑顔になってくれるかもしれないのだから……。

 

 サカズキさんは、臨戦態勢で私を睨みつけていた。

 それが怖くて、悲しくて、自分の選択に激しく後悔を抱いてしまったけれど……。

 今はふぅっと息を吐き、一時感情を捨てる。

 

(わたくし)は"サンサンの実"を食べた太陽人間。最強種ロギアの中でも最上位の能力者です」

 

 腰に差した扇を引き抜き、ぱっと開いて顔を煽ぐ。

 熱気と冷気が渦巻いて気持ちの悪い風だった。

 それでも余裕ぶるには煽ぎ続けるしかない。そうして時間稼ぎに徹するのみだ。

 その決意を胸に、パタパタと扇を動かして、小さく笑みを作った。

 

「ポートガス・D・エースのメラメラの実、及びサカズキおじさまのマグマグの実の上位……ゆえにおじさまのあらゆる攻撃は(わたくし)には無意味。攻撃は無駄、ですわ」

「貴様のおフザケに付き()うとる暇はない!」

「っ、あ!」

 

 険しい表情を浮かべたサカズキさんがズルズルと地面に潜っていくのに思わず声を出すも、何もできない。

 悪魔の実を食べたなんて嘘っぱちだから、彼を止める手段なんてない。

 せめてここがマリンフォードの"中心"だったなら、"竜の息吹"で吹っ飛ばせたかもしれないけれど!

 

「赤犬ぅ! ……くそ、どこ行きやがった!!」

「っ、"火拳"様!?」

 

 見聞色を広げ、数多の気配に邪魔されながらも地中を探ろうとしていれば、目の前に炎が打ち付けられて、それが人の形を取り戻すと、私は目を見開いた。

 エースさん、まだ逃げてなかったの……!? ルフィさんだって動けないのに、なんで!!

 ……そりゃ、白ひげの悪口言われたのは許せないだろうけど……!

 命に代えても撤回させようとしたいのはわかるけど……!

 

「なにも今じゃなくても良いでしょうっ!! "JETスタンプ"!!」

「んなっ、てめ、やっぱり敵か!!」

 

 空気を蹴りつけ覇気を乗せた衝撃波を飛ばせば──くっ、ジャンプして避けられた! 野生の動物みたいな直観力!

 そんなの今発揮してほしくなかったし、ルフィさんのところまで突き飛ばして一緒に逃げてもらおうとした私の目論見が崩れるどころか、彼は私を敵とさだめて攻撃をしかけてこようとしているのに舌打ちする。

 

 私は! あなた達を! 助けようとしているのに!!

 

「"暴雉嘴(フェザントベック)"!」

「! うおっ……!!」

 

 瞬間、上空にいるエースさんへと氷の鳥が羽ばたいていった。

 すんでのところで身を捻って避けたエースさんが地面に落ちる。その途中にいくつものレーザーが彼の体を突き抜けていった。

 

「ぐへ! っく、」

「逃がしゃあしないよォ~~……!!」

「悪いなミューズちゃん。そいつを逃がしたいようだが、さすがにそれは見過ごせねぇな……」

「ボルサリーノおじさま……! クザンおじさま……!」

 

 くぅっ、戻ってきちゃったか、大将二人!!

 今ルフィさん動けないのに、どちらか一人でも逃しちゃったらゲームオーバーだ。エースさんだって危ない。覇気を持った"自然系(ロギア)"どうしだとどうなるかはわからないけど、二対一はきついでしょう!

 

「"火拳"様! いい加減にしてくださいませ!!」

「!」

 

 位置取りを変え、二人の大将に挑もうとするエースさんの前へ飛び出す。

 彼には背を向ける形になってしまうが、たとえ背中を炎で焼かれようが大将からは目を離さない。

 特におじき! 光速移動なんかしようとしたら、速攻で阻止しなくちゃいけないんだから!

 

「今為すべき事はなんです!? 白ひげはあなたに何を命じました!?」

「……! お、オヤジは……」

 

 逃げろ。

 そう言われているはずだ。

 最後の船長命令として、白ひげは自分以外の全てに撤退命令を下している。

 それを無視するというのなら、それこそ親不孝ってもんじゃないの!?

 

「逃げろぉ、エース!!」

「弟を連れて逃げろ、はやくっ!!」

「! みんな……!!」

 

 私の言葉がキッカケになれたかはわからないけど、ようやく周りの声が彼の耳に届いたみたいだ。

 深く頷いたエースさんは、怒りを捨て去ると、私達に背を向けて走り出した。

 一心不乱に、膝をつくルフィさんの下に。

 

「行かせないよォ……!」

「それはこちらも同じです!」

 

 眩い光を放って、体を粒子化させて移動しようとするおじきを戦鬼で両断する。

 移動をキャンセルされた彼は背中から地面に落ちて、(したた)かに体を打ち付けた。

 

「ッウ! くぅ、海楼石ってのは……! 厄介だねぇ~~!!」

「"アイスサーベル"……触れなきゃいいだけの話だ」

 

 その手に氷の剣を携えてゆらりと迫るクザンさんへ、私もずばずば戦鬼くんを差し向けて構える。

 

「どうあっても暴走を止めないってんなら、本気でやるぜ?」

「望むところです! 私はこのまま……っ、"海賊"になります!!」

「!!」

「!!」

 

 近づいてきていたクザンさんも、起き上がろうとしていたおじきも、ギョッと目を丸めて私を見た。

 まさか、という表情。

 まるでこの世でもっとも海賊を毛嫌いしている人間が海賊になると言ったのを聞いたような顔。

 

 んんっ……隙あり!

 

「――いやいや、よりにもよって海賊か」

「まあ……妥当な着地点だねぇ……困ったねぇ」

 

 横一線に振るった刀は完全に立ち上がったおじきが翳した光の剣を切り裂き、クザンさんの氷の剣を砕いた。

 けれどそれだけ。二人には届かない。

 振り切った無防備な体勢を狙ってレーザーを撃たれ、ギリギリで"竜の鼓動"が間に合って弾く。

 パキパキと音をたてて白んでいくクザンさんが不穏すぎるので指をくいっと曲げる最小限の動きでかまいたちを起こして止めれば、広がった氷が雪崩れ込んできたので、それも"竜の鼓動"で打ち払う。凍らされたりなんかしたら、動き出せるようになるまでに時間がかかりすぎる! そんな致命的な遅れは受け付けられないんだ!!

 

「ルフィ! 逃げろ!」

「か、体が……動かねぇ……!」

 

 そうして私が大将二人を必死に押し留めていれば、エースさんの張り裂けそうな大声が聞こえた。

 肩越しに振り返れば――ルフィさんの前にサカズキさんが立っていた。

 

「よおく見ちょれ!! 今、貴様の弟が死ぬところを!!」

 

 マグマと化した腕を振り上げるサカズキさんから、ルフィさんは逃げられない。

 どうしてかエースさんは私達のすぐ近くにいて、それじゃあ絶対に間に合わない。

 腕が振り下ろされる。

 その動きが、やけにゆっくり見えて……。

 

「やめてください、おじさまぁ!!」

「!!」

 

 気が付けば叫んでいた。

 サカズキさんが一瞬動きを止めるのと、その僅かな間で炎となって飛んで行ったエースさんが形振り構わない突撃を敢行するのはほぼ同時。

 そして私の肩を斜めにレーザーが突き抜けるのと、体の前面を冷気で斬りつけられるのもまた同時だった。

 

「うわああ!!」

「っきゃああああ……!!」

 

 肉の焼けるような音とエースさんの雄叫びが重なる。

 背後で起きる爆発に体が浮いて、遅れて肩の痛みがやってきて、堪え切れない声が漏れた。けれど斬られた体の方は傷口が凍って痛みがない。

 それって相当やばいって事……!

 

「よォっと!」

「ぅぎっ!」

 

 おじきの追撃の蹴りを受けて地面を砕きながらバウンドし、その最中に身を捻って反撃に移る。

 ミシリと体中が鳴るのなんて、気にする暇はない!!

 

「"天鈿女(アメノウズメ)の舞い"!!」

「おおっとぉ!」

「海水かァ~~こりゃあ……!?」

 

 帯の下に手をやって海水を一掬い分出し、着地と同時に前面へ"撃水(うちみず)"を広げれば、二人とも大袈裟に飛び上がって避けた。簡単には当たってくれないだろうと思ったけど、そこまでビビるのは予想外。

 ならば斜め上空へ向けて腰を落として構える。コアラさん直伝――!!

 

「"二千枚瓦正拳(にせんまいがわらせいけん)"!!」

「ぐうッ!」

「ウ!!」

 

 気合一声(きあいいっせい)、拳を突き出す。

 空間を通して広がる衝撃には、"神撃"と同等の覇気が乗る。

 まともに受けた二人は片やバラバラに砕け散り、もう片方は跡形もなく消し飛んだ。

 

 かと思えば二人揃って地面に落ち、人の形を取り戻す。即座に飛び上がって体勢を立て直した二人の口からつうっと血が流れた。左右対称の動きで口を拭い、立ち上がる。……反撃の隙は与えない!

 

「"天女伝説(てんにょでんせつ)"!! 行きなさい(わたくし)たち!!」

「うお、増えた!」

「奇天烈だねぇ……! どれが本物だい……!?」

 

 数十人単位で分身を繰り出し、混乱の隙をついて振り返る。こんな小技、光速のボルサリーノさんじゃなくたって大将のいずれかならすぐ見破るだろう。

 あちらがどうなっているのかを確認するにはそれくらいの時間で十分!

 

 はたして、向こうは……エースさんは大火傷を負って倒れ、サカズキさんは先にそちらのトドメを刺そうとしているみたいだった。

 

 だめ!

 ――そんなのだめだよっ!!

 

「おじさまやめてっっ!! エースさんを殺さないでっ!!」

「……!!」

 

 なんとか起き上がろうとするエースさんへ拳を振りかざしたサカズキさんは、そこで止まったまま私を睨みつけてきた。

 今までにないくらい殺気に満ちた目。……本当に容赦のない瞳。

 ぶるりと震える体に、布越しに太ももをつねって勇気を振り絞る。

 

「おじさま、お願いです!!」

「──この男は摘まなければならない悪の芽!! ここで必ず殺す!!」

「お願いですからぁ!!」

「~~~~!! 黙らんかァミューズゥ!!!」

 

 後生の頼みだ。代わりに私を殺したって構わないから、その人の命だけは助けて!!

 それが私がこの時代に生まれた理由なんだから!

 私のするべき事なんだから!!

 サボさんへの、恩返しなんだからっ!!!

 

「"撃水(ウチミズ)"!!」

「!!」

 

 どう声を張り上げたって、サカズキさんは悪を前にして躊躇(ちゅうちょ)なんかしない。

 必ず殺す。だから、それを止めるために私は動かなきゃいけないのに、大将二人が逃がしてくれない。あっさり分身全てを吹き飛ばした二人が襲い掛かってくるのに対応しなくちゃいけなくて、サカズキさんを止めになんか行けなかった。

 ──、代わりに、彼方から放たれた海水がサカズキさんの体を貫いた。……ジンベエさんだ!

 

「――ヌゥウ、マグマの体には効かんか!?」

「どいつもこいつも邪魔をしおって……! ……ならば」

 

 海水の弾丸はサカズキさんには通じなかったらしい。

 ……それは、言葉の綾。能力者だから絶対効いてるはずなのに、その能力ゆえに復帰がはやい。

 一度は沈静化したマグマが再び煮えたぎり、今度のサカズキさんの狙いはルフィさんだった。

 

「まずは貴様からじゃあ、"麦わら"ァ!!」

「――……!」

「ルフィ!!」

 

 目の前のエースさんから手を引いたから、私の声が届いたんじゃないかって、期待した。

 なのにサカズキさんは、ルフィさんの命を奪おうとして……。

 身を挺して庇ったエースさんの背中をその拳で貫いた。

 

「……あ」

 

 あっさりと。

 私の使命は崩れ去って。

 

「あっ、あ……あ」

 

 その瞬間が何時間にも引き延ばされていたような気がした。

 

 倒れ伏したエースさんに、もう命は感じない。

 精神崩壊したルフィさんにも、心を感じられない。

 

 それがどれほどの時間が経ってから私が認識できた光景なのか、それさえわからなかった。

 

「っ!!」

 

 恩返しは失敗した。

 エースさんは死んだ。

 けれど、けれどまだルフィさんが生きてる!

 

 そんなの決まりきった運命だけど!

 私が壊そうとして壊せなかった運命だけど!

 これ以上、命は奪わせない!!

 

 気合一閃、戦鬼を振り回して広範囲に無差別の斬撃を飛ばす。真っ二つに割かれて怯んだ大将二人の前から即座に離脱した。

 

「おじさまぁ!!」

 

 ルフィさんに迫るサカズキさんへ飛び込んで行ってその背に抱き着く。

 今度はマグマ化はとかれなかった。

 右腕が焼けて、凄まじい痛みに涙が溢れる。

 覇気でダメージを押さえようにも、立ち上る熱気だけで喉が焼けそうで息をするのもつらくて、どうしようもない。

 

「ミューズゥ……! そんなに"麦わら"が好きか……!!」

「ぐぅうう、うううう!!!」

「"麦わら"なんぞに感化され海賊になるなぞ言うたか!! ならァ――!!」

 

 大きな手に胸倉を捕まれ、持ち上げられる。

 かと思えば地面に叩きつけられて、私はルフィさんの上に乗っかってしまっていた。

 

「"麦わら"とともに死ね!!!」

「っ……!」

 

 マグマの拳が迫る。

 焼けた右腕が痛くてうまく動けなくて、目を細めて、それでも必死に腕を広げた。

 せめてルフィさんだけは助けなくちゃ……!

 それだけは、やんなくちゃ……!!

 

 けれど、大質量の拳を前に、私の体はちっぽけだった。

 体が小さすぎてルフィさんを庇いきれてない。

 どころかたぶん、体の全部をマグマに飲まれて、きっと私は跡形もなく消えてしまうだろう。

 

 それでも、私に向けられた赤い拳から、私は目を逸らさなかった。

 いつか海賊になると口にしたその瞬間から、負けて死ぬ(こうなる)未来は予想していた。

 私はその未来から逃げない。その結末から目を逸らさない。

 

 たとえここで終わるとしても、私の心と正義だけは貫き通す!

 

 

「――――!!」

 

 

 ふいに、空が陰った。

 天高くに光があって、ふっと、それが降ってきた。

 

「!!!」

 

 サカズキさんの体を光の柱が呑み込んだ。

 それで攻撃が止まる。けれど、サカズキさん自身は止まらない。

 光が消えた時、そこには今のでダメージを受けた様子すらないサカズキさんが立っていて、攻撃のもとを探るように空を見上げた。

 

「ヤッハハ……! ここが地上か……騒がしいところじゃあないか!」

 

 雷の音を轟かせて、すぐ近くに現れたのは、つい最近別れたばかりの神様だった。

 のの様棒を肩に担いで、まるで散歩にでも来たみたいな気楽さで……。

 一瞬私を見たその顔は、やっぱり緊張感の欠片もなかった。

 

「! 貴様ァ、何者じゃあ……! 何をしにここへ来た!!」

(たわむ)れだ」

 

 その登場に遅れて気付いたサカズキさんの問いに、神様は不敵に答えた。

 素足で地面を歩き、サカズキさんに向かっていく。

 

「ぬぅりゃあ!!」

心網(マントラ)……むぅ!」

 

 殴りかかるサカズキさんの拳を避けた神様は、しかしおそらく覇気の乗った余波と熱された空気にあてられて眉を寄せた。

 まともにやり合えば危険と判断したのだろう、パシッと音を鳴らして姿を消すと、今度は私の前へ現れた。

 

「わざわざ下りてきてやったというのに、随分なサマじゃあないか……ミューズ」

「…………」

「うん? ……心が壊れているのか?」

 

 ……そんなの、わからない。

 ただ、ちょっと考えるのが億劫で、難しくて、悲しくて。

 ……体が動かなかった。

 

「貴様がミューズを(たぶら)かしたか!!」

「? ……知らん。私はただこの女に「仲間になれ」と強請(ねだ)られただけだ」

「オノレは絶対に逃がさん!! 今すぐ叩き潰してくれる!!」

 

 激昂するサカズキさんの声が遠くに聞こえた。

 何をそんなに怒っているのかがわからない。

 私が歌ったら、機嫌直してくれるかな。

 

「ヤッハハハ! そのノロさで何を言う! ──我は神なり!」

 

 その右腕を雷に変じた神様が横方向に極太の光線を放てば、背後の人々を巻き込んで再びサカズキさんを飲み込んだ。

 それだけにとどまらず、視認できない速さで動いて追撃をはかる――。

 

「遅いねぇ~~」

「――!?」

「よぉおっと!!」

 

 けれど、突如として現れたボルサリーノさんが神様を蹴り落とした。

 地面に叩きつけられた神様が肩を押さえて立ち上がる。表情は険しく、まさか自分を上回る速度を持つ相手がいるだなんて思ってもみなかったのだろう。

 でも、それほど動揺はしていないみたい。なんでだろう。

 

「新手かァ……まあどちらにせよ、もう"麦わら"は逃がさない――」

「そうはさせねぇよい!!」

「! 一番隊隊長"不死鳥"マルコ……しつっこいねぇ~~……!!」

「お互い様だろい!!」

 

 もしかしたら、増援が来るとわかっていたのかもしれない。

 青白い炎を纏ったおじさんがボルサリーノさんを蹴り留めて交戦しだす。

 そして、先程の光線を受けてもやはり無事だったサカズキさんも、背後に迫る白ひげの怒りの拳を受けて地に伏せてしまった。

 

「おじさま……たいへん……」

 

 あんなに傷つくサカズキさんは初めて見る。メキメキと骨が軋む音がして、とっても痛そうだった。

 

「おじさま……!」

 

 なおも攻撃を加えようとする白ひげに、ふらりと立ち上がって刀を引き抜けば、不意に襟首を引かれて首が締まった。

 

「ここはひとまず……離脱と行こうじゃないか!」

「……離して、神様。私、行かなくちゃ……」

「お前の都合など知ったことではない。"案内"が勝手に死ぬのを私が許すと思うか」

 

 視界が弾ける。

 そうと認識した時にはもう青空の中にいて、私は神様に引かれる形で空を飛んでいた。

 

「追え! 逃がすな!! 一人として生かして帰すな!!」

 

 遠退く地上に血だらけで立つサカズキさんを見つけて、私は手を伸ばし――。

 ……引っ込めた。

 

 もう、私とあの人は敵同士。

 伸ばしたって手を掴んでもらえることは永遠にない。

 ……さようならも言えない事に胸が痛んだけれど。

 自分で選んだ道だから、手を伸ばしたりしちゃいけない。

 

「……!!」

 

 歯を食いしばり、空を見上げるサカズキさんが、小刻みに震える体を強張らせて、周りの海兵達に命令を下す。

 その瞬間だけ、空気のうねりが消えて、私の耳は、彼の声だけに集中した。

 

 

 

 

 

「海賊という"悪"を許すな!!!!!」

 

 

 

 

 胸が張り裂けそうな声に何かを想う間もなく、木板の上に叩きつけられた。……空の上なのに……?

 

 歩き去っていく神様を倒れ伏したまま目で追えば、きっとこれが"マクシム"なのだというのがわかって、もはや戻りようのない場所まできてしまった事を知った。

 そうして気を抜けば、押し留めていた疲労が私の意識を奪おうと暗闇を広げて。

 

 ……まぶたを閉じれば。

 ……サボさんの笑顔が浮かんで、消えた。


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