ミューズの頑張り物語   作:月日星夜(木端妖精)

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ぴーしーぶっこわれて死ぬかと思った。


第十七話 魔女

「うお、海兵!?」

 

 これはウソップさんの声。

 

「って、あれ、お前……」

 

 これもウソップさんの声。

 

「ミューズ! ミューズじゃねぇか!!」

 

 これもまたウソップさんの声。

 

 

 

 

 やや広く感じた砦内部の一室も、麦わらの一味の大所帯が入れば少々手狭に感じる。

 というか再会に驚くより、ルフィさんのこの状態を説明して欲しい!

 と言いたいところだけれど……そうそうたる顔ぶれにもじもじしちゃって、なんにも言えない私なのであった。

 

「ぎゃああ!! ゴッド!?」

(ゴッド)・エネル……!!」

 

 私が恥じらってるうちに騒ぎや混乱は波状に広がり、どんどん大きくなっていくばかりで落ち着く様子はない。

 神様に気付いた面々は一斉に臨戦態勢に入ると――さすが、速い──もはやどうしようもなくなってしまって……。

 

「てめぇ、なんでここに……!」

 

 私に聞かれた訳ではないが、なぜここにと問われても、私が月から連れてきたからとしか答えようがない。

 けれど彼らの混乱にあてられて私もあわあわ。何を言えばいいのかさっぱりわからない。

 すると神様が私の耳元に顔を寄せて、良く通る声で囁いた。

 

「どうする船長? 命じられれば戦うが」

「ええ……?」

「船長ぉ? 何言ってやがる……」

 

 船長? 神様いきなり何を……。

 たしかに私、初めてマクシムに乗り込んだ時、「私船長ね!」って宣言した。不服そうに首を傾げた神様には「神様は神様でしょ」って言って無理矢理納得してもらったけど……今まで一度も私を船長扱いした事なかったじゃん!

 もっぱら雑用か何かみたいにあれやれこれやれって顎で使ってさあ。そりゃあ神様は神様なんだから偉そうにしてていいけどさあ! 私も雑用仕事は、まあ、嫌いではなかったし……。

 

「ああとにかく!」

 

 よくわからなくても、とりあえずこの混乱を収めるため、私は今の自分の立場をなんとか彼ら彼女らに伝えた。

 海兵じゃなくて海賊? ってみんなさらに混乱しそうになってたけれど……。特に、前に出会ったウソップさん達。あの時私、海兵かって聞かれてそうじゃないって答えた記憶あるから、たぶんそれ関連。

 

「……!」

「……」

 

 そして説明や自己紹介をしても、やっぱりみんな神様を警戒してる。

 みんながこの場を離れないのは、ルフィさんをどうにかするのにリンさんが必要だからだろうか?

 その彼女から提案があった。

 

「事情はよく呑み込めませんが……みなさん落ち着いて。一対一で話し合ってはどうでしょうか」

 

 ああ、まあ、たしかにこんなに大人数でわいわいがやがやしてたってしょうがない。

 "変態"……フランキーさんや"音楽家"……ブルックさんなんかは場の雰囲気にピンとこないのかハテナマークばっかり頭に浮かべてるし──ただ、神様の事は話に聞いてはいるみたいだった──、そんな事よりルフィさんにかかった呪いをってややこしくなってしまっている。

 というか私だって、その呪いとかなんだかってのの方が気になるよ!

 

「よし、ミューズちゃんだったか? とはおれが話す。ルフィの事は……あー……」

「おい、何故今おれに向けた指を逸らした」

「てめぇに説明能力があるとは思えねぇからだ。──ルフィがああなっちまったのを見てたのは……」

 

 向こうでは私と話す代表者を選出しようと話し合いが始まった。サンジさんとゾロさんの間で始まったのは睨み合いだったけど。うわあ、生で仲悪いの見ちゃった。なんか、カンドー……。

 してる場合ではない。こっちも神様に釘を刺すため、腕をくいっと引っ張って少し屈んでもらう。

 

「いい? 絶対に勝手しちゃだめだよ! 私怒るからね!!」

「…………」

 

 ああああ、神様目も合わせてくれない! すっごい不安!!

 半目でつまんなそうな顔をした彼は、私が腕を引いてるのも気にせず体を戻すと、彼らの方を見据えた。

 そうすると話し合いが中断されて全ての視線が神様に集中する。……明らかに敵へ対処する際の動きって感じだった。

 

 険しい表情が大半で、いい雰囲気などどこを探しても見つからない。

 ううー……彼らと会う時のためにどうにか上手くやろうって思ってたけど、こんないきなりだと考えてた案全部吹っ飛んじゃったよ……どうしよう。

 

 神様は、自分の顎に手を添えてくいっと首を傾げると、少しして反対側にくいっとやった。

 それから私を見下ろして、かと思えば椅子を引いてどっかりと座り込んでしまった。

 気を利かせていったん離れてくれる事を期待したんだけど、どうしてか居座る気満々……というか代表者になる気満々じゃん!?

 

「ちょちょちょ、船長は私って言ったじゃん! 退いて!」

「お、オイオイ……」

「やべぇ……やべぇやつだこれ……」

 

 神様を席から離れさせるために腕を引っ張り始めれば、止めようとする気配とかがあった。

 心配ご無用! 神様のびりびりくらい、私へっちゃらだから!

 本気で電撃されたら死んじゃうかもだけど。

 

 どーいーてー! どーいーてー! ……と、いくら引っ張っても腕を組んで頑なに座り続ける意思を見せる神様。

 けれど不思議なのは、こんなに邪魔しても不機嫌な顔一つ見せず退屈そうにしているだけな事だ。いつもだったらビリビリの一つでも飛ばしてくるのに……まるで人形になっちゃったみたい。

 ……ふん。もういいよ。てこでも退かないっていうならこっちにも考えがあるもん。

 

「うわ……」

 

 いそいそと神様の膝の上に座れば、誰かが引く声がした。

 ……そんなに変? ……変か。

 でも私が代表者なのは譲れないの! なんたって私、船長だからね! 船長!!

 ふんぞりかえって威厳を示してみる。後ろに神様いるからそんなに体反らせないけど、どうだろう。立派な船長に見えるかな!

 

「お前達に危害を加えるつもりはない……私が青海に下りたのは、ただの気まぐれだ」

「なんちゅー説得力……」

「うそでしょ……!?」

 

 そうすると急に神様が両手を広げて話し出したのでその顔を見上げれば、なんかどや顔してた。おお、格好いい。これがあのとんでもない驚き顔にもなると思うと笑えてしまうけど。

 

 まあいいや。神様は本当に戦う意思も何もないみたいなのが彼らに伝わってくれたのなら嬉しい。

 ……なんか、雰囲気が和らいだというよりは、とても微妙な空気感というか……みんなどう反応していいのかわかんないって顔してるけど……いやうんまあ、いいんだ。いいんだよ、これで。喧嘩しなきゃいいんだ。

 

 でも神様、どうして私の"みんなと仲良し大作戦"に協力してくれたんだろう? 勝手にどこかに行っちゃうか、問答無用で攻撃しちゃうかの二択だと思ってたのに。

 

 神様の気まぐれの理由を考えつつ、その両手をとって私のお腹の上に乗せる。シートベルトみたいな感じ。

 ……ここまでしても機嫌を損ねないな。今日の神様ははとってもご機嫌みたい。機嫌が悪いと私を放り出してバリッと消えちゃうけれど。

 

「よよよおし、おお、おれに任せとけ!!」

 

 さて、未だ困惑がはびこる中、私と……私と!! 話すあちらの代表者は、サンジさんではなくウソップさんに決まった。

 理由は、この中で一番私と話した事があるのが彼だから、らしい。サンジさんは代わりにリンさんとお話し中だ。

 

 さて、向かい側に座ったウソップさんは、勇ましいようでいて椅子がガタガタ鳴るくらい震えているけど、ううん、神様を前にしてるんだからすっごい勇気。

 

「紅茶でもどうぞ」

「おおおう、あり、ああありがとう!!!」

 

 コーニャさんが気を利かせて、指を振って私とウソップさんの前にカップを出現させてくれた。魔法、凄い。どういう現象なんだろう? やっぱり悪魔の実なのかなあ。

 

「ブゥウウ!! 熱っちぃいい!!!」

 

 で、ウソップさんは何やってるんだろう。カップの持ち手に指引っかけて余裕そうに飲んで、当然のように噴き出した。……うん、淹れたてみたいにあつあつだもんね、これ。

 嫌そうな顔したコーニャさんがもう一度指を振ると、机の上に広がっていた紅茶が綺麗さっぱり消える。ふわー、便利……。

 もう一振りで火傷してお餅のように膨れていたウソップさんの唇も元通り。わ、治療もできるんだ?

 

「す、すまねぇ……」

「いえ、お気になさらず」

 

 口許を拭って謝罪するウソップさんに、コーニャさんはだるそうな顔で答えた。

 何もかも面倒だって顔してるけど、世話焼きさんの香りがするー。紅茶出してくれたりしてくれるし、雑談振ってくれるし。

 

 ……さて。

 改めて向かい合ってみたものの、話し合いと言われてもいったいウソップさんと何を話し合えばいいのだろう。

 神様の無害アピールはもう終わってしまったし、自己紹介ならさっきやった。私の名前、「スゥ~~パァ~~! イカした名前だぜ!!」って褒められちゃった。嬉しかったなー。

 

 ……うーん、でも、そうすると後は、もうルフィさんの事しか残ってないよね。

 

「あの、ウソップさん。ルフィさんが呪いを受けたって……」

「あ? あ、ああ……おれは見てないんだけどよ、なんでも触っちゃいけないもんに触ったとかで……」

「それにしては、なんだか怒ってるように見えるんですが」

 

 改めて銅像みたいに固まってしまっているルフィさんの顔を見れば、やっぱり眉を吊り上げ、何かを睨みつけている。いったい何に対してそんなに怒っていたんだろう。

 そんなルフィさんの傍にはリンさんとチョッパーさんが寄って、触れたり眺め回したりしている。……触診? 検診、みたいな感じかな。

 ルフィさんの肩を押して傾けた彼女は、ゴトリと戻すと、暗い顔で「姉様と同じだ」と言った。

 

「姉様ってーと、上の倉庫にいた……」

「セラスちゃんの事よね? 呪いで固められちゃったっていう。……やっぱり同じなのね」

「はい……」

 

 サンジさんの言葉をナミさんが引き継ぐと、リンさんは深く頷いて肯定した。

 セラス……さん? 今のルフィさんと同じ状態の方がいるんだ……倉庫? なんで倉庫にいるのかはわからないけど……そうすると呪いって本物なのか。

 体を固めちゃう呪い……怖いなあ。

 

「ええ!? たしかあなたのお姉さんって、もう十二年もあのままって言ってましたよね!? じゃ、じゃあルフィさんも……!?」

 

 ひときわ背の高いブルックさんがあせあせと話しかければ、リンさんはこれにも頷いた。おそらくは……って。

 ……十二年も固まったままって、何それ。もう理解が追いつかない。たぶんこの国特有の魔法が関係しているんだろうけど、魔法で解けるのならさっさと解いてるよね、呪いなんか。……魔法ってのも万能じゃないのかな。

 

 リンさんがお手上げとなると、もうどうしようもないらしく、一行は「酒でもかければ治るんじゃねぇか」とか「特上肉持って来たわよ」とか声をかけたり叩いたり揺らしたり顔に落書きしたりして治療を試みるも、全て空振り。依然としてルフィさんは憤怒の表情で固まっている。

 

「……そういや、どうしてアンタの姉ちゃんは呪いにかかっちまったんだ?」

 

 ルフィさんにいたずらする面々からは離れた壁際で考え事をしていたフランキーさんが、ふと思いついたようにリンさんに問いかけた。そこから何か解決法が浮かぶかもしれないって。

 

「あの、私は……ルフィさんがここに来た時の事も聞きたいんですけど」

 

 控えめに手を挙げて私も発言してみる。

 だって、いきなり暴れたっていうの、気になるんだもん。

 フランキーさんの問いには少し話しづらそうにしていたリンさんだったけど、こっちにはすぐに答えてくれた。

 

「ああ、それはコーニャがからかったからだな」

「……ごめんなさい。魔法を使ってみろってしつこく言われたから……幻惑系けしかけたの。そうしたらびよーんって腕が伸びて……そのまま暴れながら二階へ……止める間もなかった」

 

 ……あ、そうなの。

 何か特別な事情とかじゃなくて、そういう騒ぎだったんだ。

 

 聞けば、彼らがリンさんのお姉さんを知ってるのも、ルフィさんが倉庫の壁を壊して侵入したのを追っていったかららしい。……いったいコーニャさんはルフィさんに魔法で何を見せたのだろう。

 とにかく、固まった姉を見てしまったものは仕方ないと、リンさんは一部の興味津々な者へ向けて、姉が呪いにかかって長い間止まっているのだと説明したらしい。

 

「……わかりました。お話しましょう」

 

 それから……彼女は観念したように姉がそうなった経緯を語り始めた。

 ……といっても、話は簡単だった。

 ある日外からやって来た魔法使いが彼女に呪いをかけた。それだけ。

 

「通り魔的犯行ってワケか……」

「ええ。ですから、どうすれば呪いが解けるのかは……」

「……魔法が使えるのはこの国の奴らだけなんじゃなかったっけか?」

「その者が何故魔法を使えたかは、わからないのです」

 

 伏し目がちに呟く彼女に、振り出しに戻ったか、と嘆息する一行。

 私の上で神様が鼻を鳴らしたのはその時だった。

 ……見上げても、なんにも言ってくれないけど……どうかしたのかな。何か、聞こえたものでもある?

 ……無視かー。いつも通りだ。悲しい。

 

「ルフィが触れたのは、壁の中に隠されていた門だったって事か?」

「はい。わたしたちはお祭りに浮かれ、それぞれ自分の気になったものの下へ走っていきました。わたしは大通りで大道芸をする人に気を引かれ、眺めていたのですが……土煙を上げてルフィさんが走ってきて、急に壁を破壊しだしたのです」

 

 魔法を知る者の力で解決できないのなら、そうなった原因の方から解決法を探ろうとなったようで、それぞれは好きな姿勢で話し合いを始めていた。語ってるのはブルックさんだね。

 私はそれに耳を傾けるだけ。この国にはまだ踏み入ってすらいないので、なんの役にも立たないのだ。

 

 リンさんのお姉さんを固めた魔法使いってのが今どこにいるのか、その魔法……呪いは誰でも使えるものなのかとか気になる事はあるんだけど、あんまり口を開く気にはなれない。……気後れしちゃって。なのでやっぱり黙って話を聞くだけになる。

 

 それで、この破壊された壁というのが、大きなお城を囲むものの一部分。それも王城の真正面に位置する壁だったとかで、そこから門が出てきたという事は、昔そこは使われていたのだろう。

 その門に触れてルフィさんは止まってしまったらしい。……門に呪いがかかっていたのだろうって結論になった。

 それはコーニャさんが肯定してくれた。

 

「はいです。たしかに門には呪いが付与されていて、何人も触れるべからずとお触れが出ていましたし、危険ですので壁を作り上げて触れないようにしていたのですが……まさか壊してしまうとは」

「それほどの何かがあったんだろうな……」

 

 いくらルフィさんが猪突猛進と言えど、壁くらい壊すんじゃなく飛び越えたりするだろうに、攻撃仕掛けるって事はよっぽど壊したい事情があったんだろう。

 まあ、その理由がわかったところで、果たして呪いを解くことに繋がるかは疑問だけど。

 誰が門に呪いをかけたのか、なんてことを求めても同じ。それがわかったって呪いが解ける訳でも無し。今は置いとこう。

 

 ロビンさんが街で耳に挟んだ話によれば、昔はその門はずーっと開きっぱなしで、いつでも誰でもお城に入れたらしい。

 不用心と思うかもだけど、そんな用心する必要ないくらい王様と民衆の距離が近くて、仲も良かったらしい。

 けれど十二年くらい前から王様が豹変して、王城への出入りは一切禁止にしたり、税を重くしたり、島を壁で囲ってほとんど鎖国状態にしたり、海賊を招き入れたりするようになったんだって。

 

 十二年というと……リンさんのお姉さんが呪いにかかってからの時間も十二年だよね。

 ……何か関係があるのだろうか。

 というかリンさんが言ってた魔法使いって、海賊なんじゃないだろうか。

 悪魔の実の能力で止めちゃったんじゃない? 私にはそれくらいしか思いつかないな。

 

 悪魔の実の力。みんなもその結論に至り始め、なら話は早い、海にぶち込もうとなった。そうすれば能力による状態異常は治るだろうって。

 けれどルフィさんを外へ運び出そうとするゾロさんの前にリンさんが割り込んだ。

 

「いけません。その呪いにかかったものを海になど触れさせては、死んでしまいます」

「はぁ? なんでそんな事がわかるんだ?」

「森に住む魔女殿がそう教えてくれたのです」

 

 ……魔法の次は魔女か。

 単に騙されてるだけじゃないのかって疑ったけれど、現に、あの門が壁で覆われるまでに触れた人の中で海水を浴びてしまったっていう人がいて、その人はまたたくまに溶けて無くなってしまったらしい。

 ……こわっ! 溶けるとか怖い!!

 とか戦慄してたら、ふっと浮遊感に包まれた。

 

「あだっ!?」

「! あ……? あの雷野郎いねぇぞ」

「ななななにー!? おお、く、来るなら来やがれ!!」

 

 強かに椅子に打ち付けたお尻を擦りながら座り直し、たしかに神様がいなくなってるのを確認する。

 ええー……このタイミングでどっかいっちゃうの? 今まで大人しくしてたのはいったいなんだったというのか。

 ……まあいいけどさ。神様が気まぐれなのは今日に始まったことじゃないし。

 そのうちひょっこり帰ってくるでしょ。お昼とか夕飯時くらいに。

 

 不意打ちを警戒する面々を眺めれていれば、一人になった私に近づいてきたナミさんが、腰を折って話しかけてきた。

 

「ねぇ、あいつに船長って呼ばれてたけど……もしかして」

 

 最初、私の目線はどうしてもナミさんの胸元に向かって、瞬間、胸が苦しくなった。

 うっ……。

 二年という月日はなんと残酷な現実を私に突きつけるのか。

 格差、遺伝子、宇宙、真理……頭の中がぐるぐるする。

 成長期とはいったい……ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう……っ。

 

「うう、はい。神様はうちのクルーなんです……」

 

 ちょっと泣きそうになりながら正直に話せば、また動揺の波が広がった。

 あいつが人に従うようなタマには見えないがとか、危険が危ないとか。

 いやまあ、たしかに私に従ってるって言うよりは、たんに一緒にいるだけって感じだけど……意外と一緒に過ごすと普通の人だよって思うんだ。……それを言ったって、実際一緒に過ごしてみなきゃわかんないよね。

 なのでこの話題は横に置いといて……。

 

「あの、じゃあ、その魔女さんなら何か知ってるのでは?」

 

 その人に会いに行ってみよう、と意見を出してみる。

 そうねぇ、とナミさん。彼女が振り返れば、みんなからもいくつか意見が出た。

 魔女がいるという森に行くなら準備をしなくては。誰が行くのか。誰が残るのか。がやがやと相談会が始まる。

 

 ……けれど、出た意見のどれもが無意味になった。

 

「こんにちはー。薬屋さんでーす」

 

 そんな軽い声と共に、その魔女さんがやって来たからだ。

 

 

 

 

「どうもー。今日はなんだか賑やかねぇ」

 

 そういって微笑む魔女さん。見た目は十代後半に見える、茶髪に近い赤色の髪の女性。

 魔女って名前の通りにフード付きの黒いローブを身に纏ってる。……前が開いてて、赤いジャージのズボンとヘンなカエルの絵が描かれた体操着みたいなのを下に着ているのが見えるのは……なんか"魔女"ってイメージと違うけど。

 

 名前はウィッチ・アップルシンガーって言うんだって。……シンガー……歌いそう。

 ところで、アップルシンガーって長い名前だけど……もしかしてこっちが苗字?

 

「……? ああ、そうです。この国では昔から姓名逆転していて……」

 

 こそっと近くにいたコーニャさんに聞いてみれば、小声でそう教えてくれた。彼女の生まれる前にできた法則らしい。建国当初……ずっとずっと昔はそうではなかったんだって。初代の王様の名前は、ミルフィーユ・インペラートル。今と違ってミルフィーユの方が苗字になってる。

 ……なんで変わっちゃったんだろう?

 

「さあ、なぜでしょうね。……みんな気にしてません。むしろ、他とは違うものとして好まれています」

 

 ふうん。好まれる……ファッション感覚なのかな、姓名逆転。……あ、そうするとコーニャって下の名前になるのか。いきなり呼び捨てにしちゃってた。リンさんの方も。

 ……いや、シュヴァリエルって不思議な名前だなーとは思ってたんだよ。でも人の名前の命名規則ってどこの海でも変わんないから、たんに格好良い名前だなとしか思ってなかった。

 

「アニーニャさんって呼んだ方が良いですか?」

「……そのままコーニャと呼んでいただいて、構いません。気分が良いです」

「わあい」

 

 気分が良い、の意味はわからなかったけど、名前呼びが許されたのでちょこっと手を挙げて喜ぶ。代わりに私も下の名前で呼んでもらう事にした。ミューズ。コーニャさん。ミューズ。コーニャさん。顔を近づけて小さな声で何度も呼び合う。

 へへ、これで私達、もう友達だよね。

 ふっと、コーニャさんの目元が柔らかくなった気がした。

 

 

 さて、突然訪ねて来た魔女さんに話を戻す。

 最初にお薬屋さんですって言った通り、肘に下げたバスケットからは鼻が曲がるような苦手な臭いが漂ってきていた。

 うげ、お薬の臭い、きらい……!

 思いっきり鼻を押さえて臭いをガードする。

 

「なぁあんた、ルフィ……これ、治せるか?」

「ふむ? ふむふむ。ふ~む……肉? はなまる~。おひげ!」

 

 いったんルフィさんの体を下ろしたゾロさんが、片目で魔女さんを見つめながら肩越しに親指でルフィさんを示す。

 ちょこちょこと近づいて行った魔女さんがしげしげと眺めると、落書きを指でなぞってくすくす笑ってから、うんと頷いた。

 

「治せますねー。すぐ済みますよぉ」

「えっ、ほ、本当ですか魔女殿!?」

 

 治せる。その言葉に一番に反応したのは、ルフィさんの横に立っていたリンさんだ。

 呪いを解く事ができるのなら、固まってるお姉さんだって治せるって事になるので、そりゃ喜ぶよね。

 しかし魔女さんはにんまりと笑うと、詰め寄ろうとしたリンさんの額に指を押し付けて勢いを殺し、「だーめ」と囁くように言った。

 

「あの子の方は、まだ治せません。今まで通り、時が来るまで面倒を見てあげてね」

「え、で、でも、治せるようになったのでは……!?」

「治せるというか……呪いを解くのはいつでもできるけど、あの子のは、まだだめなのよ」

 

 ……よくわからない話になってきた。

 

「そんな、なぜです!?」

「だ、団長、魔女殿ですよ……!」

「くっ……!」

 

 食って掛かるリンさんをコーニャさんが腕を引いて押さえる。魔女殿……? 魔女さんの方が偉いのかな。というか、面識あったんだ。向こうから訪ねて来たって事は、結構頻繁に会ってるのかな。

 

 その魔女さんは、腕を組み、頬に指を当ててうーんと困ったようにうなった。対処に困っているような感じ。

 治せるのに、治さない。それをリンさんは初めて聞いたみたいで、困惑と怒りが見て取れた。

 けれど、やがて感情の波が収まったのか、肩を落として壁際まで歩いていくと、壁に体を預けて黙り込んでしまった。青い壁に寄りかかっていると、そのうち取り込まれてしまうんじゃないかって錯覚するくらいに同化している。……なんだかかわいそうだった。

 

「はい、それじゃあこの子の呪いを解きましょう」

 

 一転して魔女さんは明るい調子だ。ほわほわと見えない花を飛ばして軽い足取りでルフィさんに近づくと、バスケットを漁り始めた。

 

「お、おい、いいのかよ……なんであの子の姉さんを治してやらないんだ?」

「ふんふ~。ですからー、時が来るまではだめなのですよー」

「その"時"というのは、いつの話?」

 

 ロビンさんが鋭く問いかける。

 ……私も、それは気になる。

 

 だって十二年だよ? 十二年間もお姉さんが固まったままで、それだけでもリンさん辛いだろうに、実はいつでも治せたんだ、なんて聞かれさたら、問い詰めたくもなる。

 魔女さんは笑みを浮かべたままロビンさんを見つめ返した。剣呑な雰囲気はない。いたって普通の動作と空気感で、それが逆に変な感じがした。

 なんで、そんなに楽しそうに笑ってるんだろうって、苛立ちさえする。

 

「今日かもしれないし、明日かもしれない……かも?」

 

 答えは、不明瞭だった。

 そんなので納得できる訳ない。

 だったら今すぐ治してあげればいいじゃん!

 

 聞いてるだけじゃいられなくなって、私も詰め寄ろうと机に手をついて立ち上がったところで、魔女さんがバスケットから瓶を取り出した。

 その手に収まるくらいのサイズの瓶には、透明な液体が入っている。

 ……あれが呪いを解くお薬?

 

「それでは、しゃらんら~。呪いよ解けろ~♪」

 

 どうにもてきとうに聞こえる呪文とともに蓋を開けた彼女は、高い位置で瓶を振って中身をルフィさんに振りかけた。

 すると、何をしても動かなかったルフィさんが徐々(じょじょ)に時間を取り戻すように動き始めて、伸びようとしていた腕は、実は戻る最中だったらしく縮んでいくし、浮いていた片足は少しずつ床に下りていく。

 ──そして、完全に呪いとやらが解けたルフィさんは。

 

「ふんぬー! 壊れろぉ!!」

 

 表情の通りにめっちゃ怒ってて、パンチを連打しながら壁に向かって行った!

 って、そっちにはリンさんいるんだけど!?

 

「!? えっ……」

「え、うわっ!?」

 

 ああ、やった! ドシンと凄い音がした!

 思わず目を覆いそうになって、けれどルフィさんは直前でブレーキをかけられたらしく、壁に両手をついて完全に停止していた。ただ、不意打ちでぶつかられそうになったリンさんの方は、胸に両手を押し当てて驚いた表情で固まってしまっている。

 

「ふにゃ……」

「えっ、えっ」

 

 ……止まったと思っていたルフィさんは、どうしてか急にリンさんに覆いかぶさった。

 なんか、凄く抜けた声が聞こえたんだけど……どうしてしまったのだろう。

 リンさんも自分に体を預けるルフィさんにどう対処していいのかわからないらしく、片手で支えながらわたわたと慌てていた。

 

 ちょっとルフィ! とナミさんが引っ張り起こしに行くまで、彼はずっとふにゃっとしたままだった。

 

「……ん? ああ、ここ最初んとこか」

「テンメ、なぁにを羨ましい事をォ……!!」

 

 今のが無かったことみたいに辺りを見回し始めたルフィさんに、ルフィ~~!! とウソップさんやチョッパーくんが飛びついて、彼がハテナマークを飛ばすのを眺める面々にも、ほっとした雰囲気が漂い始めていた。

 ……一番に駆け寄ったサンジさんはなんか怒ってたけどね。……いやうん、リンさん凄い美少女というか、西洋風だから美人に見えるし、そうなっちゃうのも仕方ないように感じるけど……生で見ると中々……面白いな、あの反応。

 

「それじゃあ私はこれで、お暇させていただきますねー。お薬、ちゃんと飲んでくださいねー」

 

 それをしり目に、魔女さんが隣の部屋へ出て行ってしまおうとしているのに気付く。

 ルフィさんの呪いを解くって目的は果たされたんだから、もう魔女さんに用はないはずなんだけど……帰す気にはなれなかった。

 

「お?」

 

 という訳で回り込んでみた。

 そうすると魔女さんは不思議そうに首を傾げて、ちょっとずれて通ろうとするので、こちらも一歩動いて通せんぼ。行く手を塞いで、じっと見つめ上げる。

 置いていきなよ……呪いを解く……薬をさ。

 

「魔女殿……どうしても、今、姉様を治す事は……できないのですか?」

 

 ずれる、塞ぐ、ずれる、塞ぐ。……そんな事を何回か繰り返していれば、魔女さんの後ろに立ったリンさんが問いかけた。

 そうすると魔女さんは腕を組んで頬に指を当ててうーんとうなり、振り返らないまま告げた。

 

「だめですねー。少なくとも今日ではないです」

「……そう、ですか。……わかりました。お薬、ありがとうございます」

「いえいえー。それでは」

 

 ……さすがにもう、通せんぼはできない。リンさんが納得したなら、私が無理矢理引き留めちゃ駄目だろう。

 気持ち的には無理矢理にでもそのバスケットを奪い取って、お薬でお姉さん治してあげたいんだけど……それは私がやるべき事ではないし、もしそれで何か悪い事が起こったらと思うと、大人しくしているほかなかった。

 

「ちょっとルフィ、どうしたのよ!」

「はなせナミ! おれは王様に用があるんだ!!」

 

 隣の部屋の扉から外へ出て行った魔女さんを見送れば──閉め際、ぽやぽやした顔で小さく手を振られた──、またぞろ騒ぎの気配。

 ルフィさん、怒ってる……。王様に用があるって……ああ、豹変した王様か。

 なんだか話が読めてきた気がする。

 

 隣の部屋に戻れば、複数の手で無理やり椅子に座らされたルフィさんが、状況説明を名目にその場に縫い留められていた。ぐにぐにと伸び縮みして体を捩っては抜け出そうともがいている。

 ああー、今の彼から手を離すととんでもない事になっちゃいそうだ……。

 

「なんか、なんかルフィを止められるもの……! そうだっ、コーニャ、ごちそう! 魔法で肉とか出せないか!?」

「ええ? 疲れる……それに、魔力がもう」

「頼む! このままじゃ最悪マジで王様ぶっ飛ばしちまうんだ、こいつは!!」

「そ、それは困る……むぅ。まあいいか、お薬もきたし」

 

 ウソップさんや他の仲間に頼み込まれて、コーニャさんが指を振った。そうすれば、机の上に溢れんばかりの豪華な料理の数々が山盛りに……! うわ、食器まで豪華! 金ぴかに輝いている。黄金……かどうかはわからないけれど、施された意匠はかなり精巧で綺麗だった。

 ……ナミさんの瞳が怪しく光った気がする。たぶん気のせい。たぶん。……コーニャさんの方へじりじり近づいていってるのもたぶん気のせい。

 

「おまえらな! おれがな! こんなので……!!」

 

 鼻息荒く怒りを見せていたルフィさんはこれで矛を収めるかと思いきや、しかし全然勢いが衰えない!

 そんな……目の前のお肉を無視するほどに強い怒りを抱いているとでもいうのだろうか……!?

 

「ふんぬっ!」

「あ、おい!」

 

 とうとう拘束を抜け出したルフィさんが全力で走り出すのを、こちらも全力を以て体で止めようと決意して力強く踏み出す。

 

「もぐもぐ! 止まるわけ! がつがつ! ねえだろうが!! ばくばく!!!」

 

 いや止まってんじゃん!!!?

 

 

 ……あ!

 ツッコミ入れてたらブレーキ間に合わなくて転んでしまった。

 ……痛いし恥ずかしいしで死にそう。

 ……いいや。このままふて寝しよう。




TIPS

・変態
鉄人(サイボーグ)フランキー。
鉄人 テイルデイル・T・コーラス。

二人の通り名が同じなのにミューズがコーラスに反応しなかったのは
フランキーの通り名を"変態"で覚えていたからだ。
この覚え違い、フランキーが聞いたらたぶん喜ぶ。

・船長
ペット。放し飼い。
よく調子に乗るのでビリビリして躾ける。
まったく懲りないし頭もあんまりよくないので世話が焼ける。
「かみさま」「かみさま」と懐いてくるので時々餌をあげる間柄。
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