ミューズの頑張り物語   作:月日星夜(木端妖精)

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17/10/25 19:33 加筆修正
あと誤字とかいろいろ修正。


第十九話 嫌って言えよ

「街で暴れた輩がいるって聞いて来たんだが……おっと、食事中だったか? こいつは失礼したぜ! ガラガラガラ……!」

 

 なんというか、その人の第一印象はとにかく『凄くでかい男』だった。

 出入り口をくぐりぬけるのも身を屈めて窮屈そうにしていたし、部屋の中に入ると天井に届きそうなくらいの巨体が圧迫感を放つ。大きいと言えばフランキーさんも大きいけど、もう二回りくらいサイズアップするとその男の大きさになる。

 なんでこの世界、いちいちみんな大きいんだろう。全然成長しない私へのあてつけか何かだろうか。

 

「なんだおまえ」

 

 ルフィさんが立ち上がって問いかけた。……ちょっと声が低いのにビクッとする。

 私が声をかけられた訳じゃないのに、勝手にびくついちゃった……。

 どうしてそんな声を出したんだろう。不安になって部屋の中に視線を巡らせれば、未だ目を伏せ、俯きがちになって立っているリンさんが目に入った。

 

「おお、こいつだな。うん? ……お前は、そうか! ドフラミンゴの野郎を討った"麦わらのルフィ"か!」

「ああ、たしかにミンゴはおれがぶっとばしたけど。おまえだれだ?」

「ガラガラガラ! 物怖じしねぇヤツだ。当然か、5億の男……おれはベギリニィ・ジャシン。まあ、自警団みたいなもんさ」

「自警団?」

「あぁそうさ。この街の平和を守ってる! その平和を荒らす奴がいると部下から通報があってなぁ……王城前の壁を壊したのはお前だろ? "麦わら"」

「いや? まだ壊してねぇよ」

 

 ルフィさんが前に立ってぽんぽん話を進めていくから、私達は浮かせかけた腰を落とす事も上げる事もできずに黙って話を聞く事しかできなかった。

 

「ガラガラガラ! そうか、違うときたか! そいつはすまねぇ、おれの勘違いだ……!」

「うん。おまえ早とちりするやつだなー」

 

 ルフィさん、両腰に手を当てて暢気に喋ってるけど、いや、壁壊そうとしてましたよねさっきまで。

 でもそうか、呪われちゃって止められたから、壁を壊しきれてないのは本当だ。ルフィさん嘘つかない。

 つかないけど……あのベギ……ジャシン? さんって人の方は、おちょくられたように感じているのか、少し笑みが引っ込んでしまった。

 

「とぼけたボウズだ。まあいい、お前の愉快な冒険話、酒でも飲みながら聞いてやりたいとろこだが」

「ししし、そいつはいいな! でもおれたち今メシ食い終わったとこだしなー」

「……おれはお姫様に用がある。ちょいと退いておくれよ」

「ひめ? ああ、リンのことか」

 

 ……あ、ルフィさん、リンさんの名前ちゃんと覚えてるんだ。……間接的にご飯食べさせてもらったからかな? そういう人の名前はしっかり覚えるイメージがある。

 あっさり横に退いたルフィさんに、ジャシンって人は大きな体を動かして歩くと、顔を伏せて立つリンさんの前まで回り込んだ。

 

「数日ぶりだなぁ、会いたかったよ……リン」

「…………」

「随分賑やかじゃねぇか。どうしたんだ、今日は」

 

 大きな身振りでジャシンさんが話しかけても、リンさんは少し顔を上げるだけで何も言わない。

 ……なんというか、明らかに何か隔たりがある感じ。あんまり良い関係ではないような。

 

「口もききたくないってか? ……まあいい。さあ、約束の時間だ。城に来てもらうぞ」

「……」

 

 約束。

 たしかに彼はそう言った。それってさっきリンさんが否定していた、海賊との婚姻の話だろうか。

 そういえば、海賊という単語を頭に浮かべて思い出したことがある。ジャシンって名前、海軍時代に何かで見たような……。

 何か、って、手配書しかないじゃん。……海賊だ。階級低い時に資料室で見た昔の手配書の、いくらだったかはさすがに覚えてないけど、億越えの海賊……。

 この人とリンさんが結婚するの?

 

「うん? なんだこりゃあ」

 

 バチリと何がが弾ける音がした。

 リンさんの腰に腕を回そうとしたジャシンの手が、しかしリンさんの体に触れる事なく不可視の何かに弾かれたのだ。

 一瞬理解が及ばなかったけど、そういう不思議な現象には心当たりがある。たぶん魔法だろう。リンさんが……やったのかな?

 ジャシンはそうは思わなかったのか、焦げ付いて煙を上げる自分の手から視線を外すと、ぎろりと部屋の一角を睨んだ。

 

「なんのつもりだこりゃ……コーニャ。これはねぇだろう?」

「黙れ、下賤(げせん)の者。お前のような卑しい怪物が触れて良いお方ではないのだ。……ましてや、無理矢理拐かすなど、私がゆるさない」

「ガラガラガラ! 卑しいとは、言ってくれるじゃねぇか! なぁおい、リンよ!!」

 

 コーニャさん、静かな声だけど、怒気や不快感が混ざって捲し立てる喋り方は尋常じゃなく、敵意を飛び越して殺意を宿した瞳は、半目ではあってもきつくジャシンを睨み上げていた。

 

「コーニャ、やめろ」

「っ、ですが団長……!」

 

 それまで何も話さなかったリンさんが、俯きがちなまま横目でコーニャさんを見ると、そう咎めた。

 でもコーニャさんは納得いかないみたいで、振った指の形をそのままにしている。

 

「……恩人だぞ」

「それは、でも……でもっ、そ……」

「頼む」

「そんな……わ、かり、ました……」

 

 その意思は固そうだと思ったのだけど、リンさんが続きを言うと、魔法を解いてしまった。

 なんというか、嫌な雰囲気だった。

 けれど事情を知らない私は口を挟めず、見ているだけしかできない。悲しそうな、悔しそうなコーニャさんの顔も、暗くてかたいリンさんの顔も、見ているだけしか。

 

「そうだ、良い子だ。無理矢理じゃねぇ、同意の下さ。うん? リン、お前も嫌か、おれと来るのは?」

「……いえ、まさか。それに……約束ですから」

「ガラガラガラ! そうだよなあ、まさかおれの頼みを断れるわけねぇよなあ!!」

 

 愉快そうに笑う大男に、俯く王女様。

 私これ知ってる。おとぎ話とかそういうのだ。

 わかりやすい悪者と、攫われそうになっているヒロインとかそういうの。

 

 けれど、ジャシンがリンさんの腰を抱いても、誰も何も言わないし、止めようともしない。

 事の成り行きを見てはいるけど、それだけ。

 その理由はなんとなくわかるような気がしたし、わからない気もした。

 

「コーニャ、お前も来い」

「いやだ。……私がいなくなったら、ここを守る者が誰もいなくなる」

「そんなもんはいくらでも補充できるんだよ。騎士ごっこはもう終わりだ。城に戻れ」

「……コーニャ」

 

 どうやら彼はコーニャさんも連れて行こうとしているようで、しかしコーニャさんは頑なに応じようとしなかった。……けど、リンさんが声をかければ張り詰めたような表情が崩れ、同じように俯きがちになって「はい」と答えてしまった。

 

「なんだよ、どっか連れてっちまうのか?」

 

 隣の部屋へ向かおうとする彼らの前へ、ルフィさんが立ちはだかった。

 ……声の調子は軽い。戦闘態勢でもない。頭の後ろの両手を回してのんびりと、ただ少しだけ不満そうにしているだけだった。

 

「あ? あぁ、元々こいつらはこんな場所にいていい奴らじゃないのさ」

「えー、おれそいつらにメシ食わせてもらう約束してんだ。困るぞ」

「メシだあ? 何言ってやがる……諦めろ、こいつらとはもう会えねぇと思え」

「ふうん……そっか。ま、今は腹いっぱいだし、いいか」

 

 えっ、ルフィさん納得しちゃうの?

 ご飯の約束してるんだからもっと食い下がるかと思ったんだけど、食欲が満たされてるからか、随分あっさりと引いてしまった。

 ……ちょっと、不満。

 不満だけど……やっぱり口出しはできない、かな。

 

 リンさん、嫌そうな顔してるけど、さっきこの人を恩人だって言ってた。

 恩返ししようとしてるなら、止めたくないなって、私は思ったんだ。

 

 ギリッ、と、誰かが歯を噛みしめる音がした。

 

「やはり……納得、いきません」

 

 その出どころはコーニャさんで、彼女は腰に差した細剣の柄を握ってジャシンを睨みつけた。

 

「やめとけよ……剣を抜いたなら相手しなくちゃならなくなるだろうが。無駄に命を落としてぇのか?」

「だまれ……!」

 

 ジャシンの言葉に構わず体全体で剣を抜こうとしたコーニャさんは、しかし瞬時に踏み込んだ彼が柄を持つ手を押さえ込むと、体を揺らすだけに留まった。

 

「コーニャ……約束を反故にするのか」

「くっ……、」

「おれはお前が生きようが死のうが構わねぇんだ。そこを、お前たっての願いを聞き届けて今日まで愛しのお姉様と一緒にいさせてやったんじゃねえか」

「そんなのっ、横暴だ……!」

「"寛大"の間違いだろ」

 

 ゆっくりとジャシンが手を離した。

 肩を上下させて深い呼吸を繰り返していたコーニャさんは、諦めたように手を下ろそうとして。

 

「ま、リンの代わりになるってんならそれでもいいが」

「──!」

 

 すぐさま抜剣して逆袈裟の形に振り抜いた。

 

 鉄を削るような硬質な音が響く。

 たしかにレイピアはジャシンの大きな体を斬りつけたけど、服にすら傷一つなく、当然ダメージは通ってない様子で。

 

「……!」

「あ~あ、抜くなって言ったのによ」

 

 自分の体を撫でたジャシンが、ふっと腕を振った。大きな音をたてて床に伏せるコーニャさんに、思わず顔を顰める。……手の甲で撫でただけのように見えたけど、バチンッて凄い音がした。それから、剣の転がる音。

 

 身を起こそうとするコーニャさんの下に駆け寄って助け起こす。少し遅れてナミさんも来てくれて、手伝ってくれた。不快感を露わにしたナミさんに、意味もなく私の心が委縮する。

 

「どこまで、私達を……愚弄する……」

「尊重してるのさ。生かしてやってるだろ? それとも……そんなに死にたいのか」

 

 背中を支えたコーニャさんは、赤く腫れ始めた頬を気にせず気丈に言い放った。けど、やはりというか、ジャシンは気にした様子もなく私達の前にしゃがみこんだ。おちょくるようにコーニャさんの顔の前で手をパクパクさせるのに苛つく。

 

 私、ふざけんなって言おうとした。事情がわからなくても、良くしてくれた人がぶたれたんなら文句くらい言わせてもらおうって。ナミさんも何か言おうとやや体を前に出していたけど、私達が声を発するより早く、ジャシンの後ろに立つ人がいた。

 

「やめろよ。友達だ」

「あ?」

 

 ルフィさんが声をかければ、怪訝そうな顔をしたジャシンが立ち上がって振り返る。

 ダチだぁ? と馬鹿にするような声音。

 

「うん。一緒にメシ食ったし、もう友達だ。それにコーニャ、おれの帽子見つけてきてくれたしな」

「訳の分からん事を言いやがって……あぁあぁ、興が削がれたぜ。リン、いい加減言ってやれよ。約束は守れってな」

 

 手を振りながらリンさんの下へ歩んでいくジャシンを、ルフィさんは止めなかった。

 むっとした顔で私達……コーニャさんを見ているだけ。

 

「コーニャ……行こう」

「…………はい」

 

 リンさんが声をかけると、コーニャさんは肩に添えられていたナミさんの手に触れて離させると、自分で立ち上がって歩き始めた。

 二人とも俯きがちだ。気に入らない。でもあくまで自分の意思で行こうとしてる。

 強引に止める権利が私にあるかはわからなかった。

 

 せめてリンさんが嫌って言ってくれれば……話は違ったかもしれないのに。

 けれど彼女は何も言わないから、コーニャさんもリンさんに従ってしまうから、私には見送る事しかできなかった。

 

「街の人達は、良い人ばかりだったでしょう?」

 

 隣の部屋へ続く出入り口を通る際、そっとこちらに顔を向けたリンさんが、そんな事を言うまでは。

 

「うん。みんなオマケしてくれるしよ、いーい奴らばっかだった!」

「……なら、いいんです」

「……」

 

 いいんです。

 そう言って前へ向き直った彼女のどこを見たって、何も「いい」とは思えなかった。

 リンさんの言葉に答えたルフィさんも、その態度を見て笑顔から一転して表情を消すと、一度は後ろ頭にやった手を落とした。

 

 いいって、何が?

 恩を返すためって言ってたのに、街の人のために従ってるって風になってない?

 ……よくないな。

 

「いいんだ……これ──でッ!?」

「んお!?」

 

 びよーんと、腕が伸びた。

 その伸びた腕がジャシンの手からリンさんを攫った。

 

「ちょっ、ちょっと、何を!?」

「なんのつもりだァ? "麦わら"……」

 

 首を絞めるような形でリンさんを捕らえたルフィさんは、彼女がもがくのもお構いなしに捕まえたままで、離そうとしない。

 私は、完全に立ち上がった。いつでも加勢できるように刀に手を添える。

 

「なに不満そうな顔してんだ。嫌なら嫌って言えよ!」

「えっ……は?」

 

 耳元で怒鳴られたリンさんは、ぽかんとした顔をした。

 コーニャさんも目を丸くしている。

 

 ルフィさんの行動に驚いていないのは、私とか、彼の仲間達だけだった。

 その仲間達も、もう席を離れて体を自由にしている。さっきまで我関せずみたいな顔をしていたのに、誰の顔にも小さな笑みが浮かんでいた。

 

 やっぱり見過ごせないよね。誰が見たってリンさん嫌がってるし、コーニャさんだって嫌がってるし、街の人達だって嫌がってた訳だし。

 でもリンさんがいいならいいかなって、恩とかそういうのが絡んでるなら口出しすべきじゃないなって思ってたけど……当てつけみたいに街の人達のため、みたいなこと言われたら、一言物申したくもなる。

 だからルフィさんが引き留めてくれて、私も嬉しい。

 

「わた、私は別に、そんなっ、というかなんの義理があって」

「メシ食わせてもらったし、約束もしたぞ。たしかにおまえのこと何も知らねぇけど、そんな顔して出ていかれたら、おれは寝覚めが悪い!」

 

 結構一方的というか、自分本位というか、強引というか、そういう感じの理屈にリンさんの抵抗が弱まる。

 言動からして真面目な彼女のこと、その行動の理由が上手く呑み込めないのだろう。

 

「嫌なら「嫌」と言えよ。そしたらメシの分くらいはやってやるのに!」

「やる? え、い、いや、だから私──」

「よし、『嫌』って言ったな!!」

 

 ぱっと解放されたリンさんが、訳も分からずといった表情でへたり込む。その後ろに立っていたルフィさんの姿が掻き消え、次にはジャシンの顔に拳を叩きつけていた。

 

「おいおい、どういう冗談だこりゃあ……」

 

 黒く染まったルフィさんの拳を手の平で受け止めたジャシンは、怒気を滲ませてそう言うと、パンチを握って体の捻りだけでルフィさんを投げ飛ばした。

 のを、後ろに控えていたゾロさんが受け止めた。途端、怪訝な顔をする。……ん?

 

「別に、うっ、じょうだんなんか、言わねえよ……! はぁ」

「……"麦わら"……お前になんの関係がある? どうしてリンを庇う」

「だから、くっ……メシ食わせてもらったって……」

 

 様子が変だ。ルフィさん、ただ投げ飛ばされただけなのに立ち上がるのにもふらついてるし、今何もしてないのに体から蒸気みたいなのがゆらゆら立ち上がり始めている。

 

「笑わせるな! そんな理由で人助けする海賊がいるか!?」

「……!」

「馬鹿が。そんな甘ぇ事するから"そう"なるんだ」

 

 ──毒だよ。

 ジャシンは本性を剥き出しにした笑みを浮かべてそう言った。

 右手で何かを噛む動作を数度繰り返すのに、あの短い間でどうやって毒を盛ったのかを察した。

 でも……どうやって手から毒を。

 

「だが、どうにも効きが悪ぃな。普通なら即死だ」

「毒……こんなもん、平気だっ!」

 

 勢い込んで放たれた拳はジャシンの顔に当たる前に手で払われてしまったけれど、そうか、ルフィさんインペルダウンでしこたまマゼランの毒を受けたから、そういうのに耐性あるんだ!

 それでもあんなにふらつくなんて、その毒はそんなに強力なのか。

 

「そんな弱ぇパンチが当たるかよ。おーおー、元気なこって」

 

 悠々と、ジャシンが歩む。気軽な歩調からは読み取り辛かったけど、毒で弱ってるルフィさんにトドメでも刺そうとしているのだろう。

 それがわかっても、私は動く気になれなかった。だって、ルフィさんの仲間達も、誰も援護しようとしてない。

 理由はわからないけど、私が手を出さないのは、ここで手を貸したらルフィさんが負けてるとか、劣ってるとか、あいつより弱いって事になっちゃいそうだったから。

 

 そんなはずない。ルフィさんが負ける訳あるもんか。

 あんな奴すぐぶっ飛ばしてくれる。毒なんてその後解決すればいい。

 

「だがじきに息の根が止まるだろ──」

 

 細長い舌をちろちろさせて喋っていたジャシンは、その最中に顔にめり込んだ拳に言葉を打ち切られ、声もなく壁の方まで殴り飛ばされた。

 

「──ぶほあっ!」

 

 その巨体ゆえに出入り口を通れず挟まるように倒れた彼の前に、ゆらりとルフィさんが立つ。

 

「見ろ、当たったぞ……! はぁ、おれのパンチ……!」

「ぐっ、てめぇ、フザケやがって……! ……なんなんだテメェは! なぜおれの邪魔を」

「おれは! 海賊王になる男だ!!」

「……!?」

 

 ドンと、ルフィさんが言い放った。

 毒で消耗してるなんて感じさせない堂々とした佇まいで……たぶん、ジャシンの「なんなんだテメェ」って言葉だけ受け取ってそう答えたのだろうけど……なんというか、彼が大きく見えて、とにかく格好良かった。

 

「海賊王……? ガラガラ、ガラガラガラ!!」

「はぁ、なにが、おかしい……!?」

「何が、だと? こいつが笑えねぇわけねぇだろう! よりにもよって海賊王ときやがったか!」

 

 膝に手をついて体を起こしたジャシンは、ルフィさんを見下ろして嘲笑する。

 カチンときた。何笑ってんの、お前!

 その人のその夢は、笑っちゃいけないものだ。

 私の勝手な都合だけど、笑うんなら私も黙ってはいられない。

 

「海賊王? 小せぇ男だ! お前が海賊王なら、おれは世界の王となる男!!」

「世界? ……はぁ、」

「天、地、(ソラ)……そして海。全てをこの手に収め、その上に君臨する。この世全ての王よ!」

「そうか」

 

 腕を広げ、大層な事を語るジャシンに、ルフィさんの反応は淡白なものだった。そっか。お前も頑張れよ、みたいな感じ。

 それで少し気が抜けちゃって、戦鬼の柄にかけた手の力を弱めた。

 彼の反応にジャシンが歯を噛み合わせて小刻みに震えてるのが、ちょっとすっとした。

 

「……! 取るに足らねぇ小物海賊と思っていたが、人を苛つかせるのは一流なようだ……。いいぜ、ぶっ殺してやる!!」

「──おう、来い! そっちの方がわかりやすい!!」

 

 前屈姿勢になったジャシンへ腰を落としてファイトスタイルをとるルフィさん。けど、やっぱり毒は辛いみたいで息は上がりっぱなしだし、いつもの輝くような存在感も弱まってしまっている。

 たいして、ジャシンの方は凄い覇気だ。さっきの大言壮語が全然大ぼらとかに感じさせない……伊達に新世界で海賊やってないってことかな。肌がビリビリする。

 

「手を貸すぜルフィ」

「はぁ、はぁ……え? いいよゾロ。おれがぶっ飛ばすから」

「そういう訳にはいかねぇだろ。リンちゃんのあんな顔見せられて黙ってられるかってんだ」

 

 ゾロさんとサンジさんだけじゃなくて、みんなやる気みたい。ルフィさんは嫌そうな顔したけど、相手は強そうだし、何より時間をかけたら毒が回ってしまう。

 ……うん、私も食事を分けられた人間だ。一食分働こう。

 

「命知らずの若造共が……ゴミ掃除の始まりだァ!!」

 

 両腕の二の腕の半ばから拳までを武装色で黒く染めたジャシンが床に拳をつくのに、こちらも構える。

 睨み合いは僅かな時間だけ。次の瞬間には状況が動いて──。

 

「う!」

「ッ!?」

「んなっ」

 

 一陣の風が吹いた。隣の部屋から吹き込んできた風がばたばたと衣服を揺らしてルフィさん達の合間を通り抜けていく。

 引き込むような風の動きに足が勝手に床を擦り、まばたきもしないうちに私の胸に誰かの手が押し当てられていた。

 

「っ!? つあっ!」

 

 胸を圧迫する不審な手の存在に遅れて気付いて、慌てて膝を跳ね上げて腕をぶち上げる。

 

「ぐおお!?」

 

 目の前に、全身黒尽くめの怪しい男がいた。体を後ろに反らして無防備な体勢に入っているのを視認するとともに、その場で一回転。遠心力を乗せた回し蹴りをその男の腹に叩き込めば、かなり硬い手応え……。

 

「!? ……!!?」

 

 膝をついたその人は、上から下まで黒一色で、顔の下半分を覆い隠すマスクも黒ければ、サングラスも黒い。街で擦れ違う際には大きく距離を開けたくなるタイプの人だった。

 今は蹴られた腹を押さえて動揺したように小さく声を漏らしている。

 

「なな、なななぜわたしの能力が効かない!? どどっどうしてお前は停止しない!!?」

「はあ?」

 

 かなりどもりながら捲し立ててくるのに小首を傾げつつ足を下ろし、ふとルフィさん達の姿が目に入った。

 ファイトスタイルでジャシンを睨むルフィさん。二本抜いた刀を交差させて防御姿勢のゾロさん。赤熱した片足を掲げてこちらも防御姿勢なサンジさん。仕込み杖から刃を引き抜こうとしているブルックさん。左腕を突き出して、手首部分が開こうとしているフランキーさん。両腕でバツの字を作って能力を行使しようとしているロビンさん。それから……。

 

「あ、あれっ……ちょっとみんな、どうしたの?」

「おい……なんか固まってねぇか?」

「え?」

 

 短い棒の半ばを片手で握って頬に汗を一筋流すナミさんと、黒カブト……だったか、大きめのパチンコを構えようとしていたウソップさん。それから、卵型のもふもふになったチョッパーくん。

 ……この三人以外、彼らの仲間は誰もそれ以上の動きを見せなかった。

 

「まったく、しっかりしやがれ」

「……すまんジャシン」

 

 固まる。それは呪いでというのが記憶に新しくて、でもなんで急にそうなったのか理解が追いつかない。

 いや、認識できない速さで仕掛けてきた黒い人がみんなを固めてしまったのはわかってるんだけど……って事は、魔法を使えるってのはこいつ?

 

 横目でリンさんとコーニャさんを窺う。……コーニャさんは呆然と……してるのかな? 半目でよくわからないけど、リンさんの方ははっきり黒い人を見ていて、知らない人を見ているって感じじゃなかった。

 

「小さいから気づかなかったが、ほう、ほう、ほう」

 

 ふとジャシンの声が私に向いているのに気づいて視線を戻す。黒いのとジャシン、その二人が私を見ていた。

 

「朱色の和服に、抜けたはずの海軍のコート……おまえは"天女"だな?」

「ぶほっ!?」

「……? そうだけど」

 

 ……いや、今黒い人咳込んだのなんで? ……風邪気味なの?

 だからマスクしてんのか。

 

「ガラガラガラ……噂は聞いてるぜ! もっともいい噂じゃねぇ。「四皇」カイドウ、同じくビッグ・マム……この二つの大勢力にいっぺんに喧嘩を売って回っている狂気の海賊……」

「……?」

 

 四皇に喧嘩……ああ、そういえばちょくちょく神様がナワバリの証の旗を焼いたり、島ごとお菓子工場を消し去ったりしていたような。カイドウの方は思い当たるものがない。なんだろう。なんかしてたかな。

 ていうかそれ、私の所業じゃないじゃん。全部神様が勝手にやった事だよ。私に狂気とか言われても困るなあ。

 

「どんな酔狂な女かと思えば、ケツの青いガキじゃねえか!」

「っ!?」

 

 っな、な、なんて失礼なやつ! 見た事もない癖に、変なこと言うのやめてよね!!

 ……デリカシーないやつ。さいてい。海賊ってこういうのばっかだよね!!

 

「暢気な顔だ……喧嘩を売るってのがどういうことか何もわかっちゃいねぇんだな。カイドウの野郎がどうかは知らねぇが……ビッグ・マムはかなりキているようだぜ?」

「知らないよ、そんなの」

「ガラガラ! 知らねえときたか!! 無知か無謀か……それとも実力に裏付けされた確かな言葉か。ガラガラガラ……久々の"格上"だ……!」

「ふうん。てことはあんたは雑魚か」

 

 ──とか言ってるうちに、なんか黒い人に二度目のタッチをされてた。

 着物の厚めの布越しにもわかる、黒い皮手袋に覆われた手の平や五指の感触。胸に押し当てられたそれが一番初めに認識できたもので、視認や理解が追いついたのはその数瞬後。

 やっぱり、見えない……!?

 

「ぐぬ……!? な、なぬーっ!!?」

 

 とりあえず、ドンドン胸叩いてくるのうざすぎるから腕を取って捻り上げれば、露骨にびっくりされた。

 何驚いてんのか知んないけど、その程度の攻撃で私を倒せると思ったら大間違い、だっ!

 

「うおお!!?」

 

 予備動作なしの上段蹴りで顎を撃ち抜こうとすれば、がたがたな動きで避けられた。掴んでた腕も無理矢理抜けられる。

 草鞋の底が皮膚を擦ってジッと音を立てると、よろめいた彼は顎を手で押さえて私を見て何かを言おうとして、しかし、ぶほっ!!! と盛大に息を吐き出した。

 

「!!? えっ、え!!? おま、お、てて、撤退! 一時撤退する!!!」

「はぁ~~ったく……治らねぇもんだなポペペ。その程度で動揺すんじゃねぇよ」

「そ、そうじゃない……いやっ、そそ、そうか! ……うん゛っ……。ああ、わかっている。わたしは常に冷静沈着な男……」

 

 うそつけ。

 

 ……なんだこのコント。

 いや、ほんとどこから突っ込めばいいんだろう……名前? 言動? もう意味わかんないよ。

 嘆息しながら上げていた足を下ろそうとして、未だ前屈姿勢だったジャシンがべたっと床にうつ伏せに寝るのを目撃して、本気で頭の心配をしたくなった。自分の頭のね。私、ちゃんと脳みそ正常に稼働してんだろうか。あの人なんで急に寝そべったの……?

 

「"急行列蛇(きゅうこうれっじゃ)"!」

「ほわっ!? きも──」

 

 自分を疑っている場合なんかじゃなかった。ジャシンは気を付けの姿勢のまま私を見上げて笑うと、ぐねぐねと体をS字状にくねらせて凄まじいスピードで這ってきたのだ!!

 き、きもっ、きもちわるい! 生理的に無理!!!

 あの巨体で固まった人達の足元をするすると避けて私の前々来ると急にぐにょんって立ち上がるし、はっとした時には肩押されてたし、かと思えば戦鬼くん帯から抜きとられてた。

 こいつっ、キモイだけじゃなくてわりかし速い! ……でもっ、図体がでかい分ボディががら空きだ!

 

「こいつが噂の海楼石製の武器か。おれの刀剣コレクションに加えて……ん? ──オ゛ッ゛!!?」

 

 とん、とお腹に手を押し当て、無言の"大神撃"。

 そんなパワーを受けるとは思っていなかったのか、ジャシンは吹き飛んで壁にぶつかると、僅かな欠片とともに床に落ちた。

 っち、刀手放してくれなかったか。

 私のずばずば戦鬼くん返せ!

 

「ジャ、ジャシン!?」

「ぐ、ぐオ……さすが……!」

「まずい、撤退だ!! こいつはヤバい、お前がダメージを受けるなどほんとまじやばい!!!」

「おい! だからてめぇは──」

 

 わたわたと大慌てした黒い人を注視して、何をしたって追撃できるよう身構えていたのに、やはり捉えきれない動きで消えたかと思えば、ジャシンの腕を引っ掴んで立たせると、再びシュンッと姿を消した。

 ……瞬間移動の魔法か……?

 

「……なんだったんだ」

「ゾロ! サンジ! ブルック! み、みんな動かねぇ……」

 

 唖然として固まる二人と、みんなを叩いて回る、小さい姿に戻ったチョッパーくん。

 私はといえば、あの黒いのがリンさん達が言っていた、お姉さんに呪いをかけたっていう魔法使いなのかを確認しようとして……リンさんがいないのに、開きかけた口を閉ざした。

 

「……あ。だ、団長……」

「……コーニャさん」

 

 その代わりに、なぜかコーニャさんが取り残されていた。

 ジャシンがここに来たのってリンさんとコーニャさんをお城に連れていくためじゃなかったっけ。

 黒い人はなぜリンさんだけ連れて行ってしまったのだろう。

 ……あ、二人までしか持てなかったのかな。

 

 なんにせよ、目まぐるしく変わった事態に一度落ち着きたい。

 ひじ掛け代わりに刀の柄に手を置こうとして空振りするのに、私は自分がすっごく嫌な顔になるのを自覚した。

 武器、持ってかれちゃった。私のお気に入り……。

 

「今度はみんな呪われちまった……」

「ど、どうしましょう……どうすればいいのよこれ……」

「お、おれに聞くなよ! ……どうしよう?」

 

 ウソップさんがこっちを向いて問いかけても、あいにく返す言葉は見つからない。

 最初のルフィさんみたいにみーんな固まってしまったのに動揺する暇もなく、私の心はユーウツになってしまった。

 こんな不覚は久し振りだ。かつての海軍と神様との船旅で動体視力とか速さに対する勘はかなり鍛えられてると自負してたのに、まったく目も体も追いつかない奴が出てくるなんて……。

 

「はぁー……」

「うう、私、どうすれば……」

 

 ぽてぽてと机まで移動して、引かれたままの椅子に座って項垂れれば、ぱたんと座り込んでしまったコーニャさんが両手で顔を覆ってくぐもった声を発した。

 

 どうすれば、なんてこっちが聞きたいよ。

 あいつら城行ったんだよね。乗り込めばいいの?

 でもあの速さに対応できる自信がない。さっきは刀を盗られたけど、次は命をとられるかもだし。

 

 それに、ルフィさん達呪われたままじゃなんにも始まらないよ。放っておくわけにはいかない。

 神様もどこ行っちゃったかわかんないし……。

 ああ……ほんと、どうすれば。

 

「どうすれば……」

 

 ナミさんとウソップさんとチョッパーくんも、おんなじ悩みを抱えている。

 一気に仲間の半数以上を無力化されちゃあ、力が抜けてしまうのも仕方ない。

 新世界の海賊、やばい。ジャシンなんて名前、思い出せないくらい聞かない名なのに……部下っぽい黒いのでさえあれである。

 

 ……どーしよ。




TIPS
・喧嘩を売る
主に神様が売る。
シマを荒らされ回って黙っている海賊はいない。
しかし所在がつかめないので怒りはたまる一方である。

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